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南川純平
著者:南川純平(みなみかわじゅんぺい)
1950年、伯耆國生まれ、現在、相模國在住。子供の頃からチャンバラが大好きで、最初に書いた小説は、小学校三年生のときの『怪傑紫頭巾』。傑作だったという記憶はありますが、残念乍ら現存しません。歴史小説を、その時代に生きた人々の感覚で書きたいと思っています。そこから、混迷した現代に逆照射できる何かがあると信じて。
小説/歴史・時代

ポトゲラヒ(1)

[連載 | 連載中 | 全1話] 目次へ
嘉永七年十一月初め、桜田久之助が大浦港で下船したのは、まだ朝の冷気を残した五つ前。街を歩いていると、突如地面が激しく揺れだした。娘の叫び声を聞いた久之助は、とっさにその手を掴み、山へと駆け出す。日本における写真の開祖となる久之助こと下岡蓮杖の青春を鮮やかに描き出すポトゲラヒ開幕!
 大津波

「ああ、下田に帰ったら腹いっぱい丸鮨が食いてえ!」
 嘉永七年十一月初め、桜田久之助(後の下岡蓮杖)は鳳凰丸の甲板から朝焼けの沖に向かって叫んだ。
 この季節、下田の沖では南下した秋刀魚がたくさん捕れた。この秋刀魚を橙酢に漬けたものを頭ごと鮨にしたのが丸鮨である。幼い頃、父に連れられて港近くの料理屋で食べた丸鮨の味が甦ってきた。と同時に下田での苦い思い出も次々と久之助の目の前に映し出された。それはさっきまで船倉で見た夢の続きでもあった。
 三歳ですでに桜田家を出され、それからの二十七年間、下田、江戸、浦賀を行き来する旅だった。最初は絵師を目指した。それが、わが国初の写真師になろうという決心に変わってから、すでに八年が経っていた。
 そんな法螺みたいな夢にしがみついていなければ生きて来られなかった。強情を張っていなければ自分が崩れてしまいそうな気がした。それは生まれてからこの方、ずっと母の愛情に触れることがなかったためかもしれない。
「ぴちゃ、ぴちゃ」
 船縁を打つ波の音は、養母きくの冷たく凍った手が、幼い久之助の青い尻を打つ音に似ている。きくの顔が浮かんだ。耳まで裂けた赤い口、吊り上がった眼、そして鼓膜が破れそうになるほどの高い声。下田に戻ると、またあの顔に向き合うことになるのだ。
 三十歳になる久之助は、子供のように耳を塞いだ。
「久之助、あれを見ろ!」
 気が付くと、側に浦賀与力の中島三郎助が立っていた。中島はこの鳳凰丸の製作者であり艦長でもあった。中島の発案で、和船づくりの技術を用いた独自の洋式船を建造し、この日やっと初めての外洋航海にこぎつけたのだ。ただの足軽に過ぎない久之助を友人のように扱う中島は新しい型の指導者であった。
「あ、あれは、飛び魚」
「そうだ、それにしても何という数だ」
 数千、数万の飛び魚が海面にひしめきながら次々と飛び跳ね、朝の光に輝いていた。それは幻想的だが、どこか不気味な光景だった。
「あはは、惜しいことをしたなぁ、網を持ってくるんだった」
 中島の高笑いにつられて久之助も笑ったが、さっきの悪夢の続きのように不吉な予感にとらわれていた。
 
 桜田家は代々下田で廻船問屋を営んでいた。元和二年に下田の玄関口である大浦の港に船改めの番所が出来てからは、問屋衆と呼ばれる廻船問屋もこの船改めを手伝うようになり、その引換に名字帯刀を許され、世襲となったのである。
 後に番所が浦賀に移ってからもこの制度は継続され、下田の問屋衆は妻子を下田に残して浦賀に赴任していた。
 盆暮れを除いて浦賀に住んだ父、与惣右衛門は浦賀の在の貧しい農家の女との間に子をつくった。その女は産後の肥立ちが悪く、間もなく死んでしまい、与惣右衛門はその男の子を下田の実家に連れ帰り、桜田家の三男として育てた。それが久之助である。
 養母のきくは苦労知らずの家付き娘。きくにとって妾の子である久之助にどうしても愛情を注ぐことは出来ない。久之助が悪戯をするたびに際限ない折檻を繰り返した。
 桜田家に出入りしていた足軽の土屋嘉助夫妻がこれを見かね、自分達に子供が無いことを理由に三歳の久之助を養子として貰い受けた。ところが、久之助が十歳になるまでに二人とも流行り病で亡くなってしまった。そこから久之助の流浪の旅が始まったのである。
 二度目の江戸住まいの頃、日本画の狩野薫川のところで絵の修行をしていた。たまたま使いで行った島津屋敷で目にした銀板写真の美しさ不思議さにひどく感動し、すぐその虜になった。絵を描いていてもその思いは高まるばかり。わが国初の写真師になるという熱い野望に身を焦がすのだった。
 写真術を修得するには外国人に接するのが先決。そのため父に頼んで江戸の玄関口である浦賀の砲台に務めた。しかし、さしたる成果も得られないまま、ペリーによって開かれた港が下田と箱舘になったのを機に、故郷の下田へ帰ることを決意したのである。

 まだひんやりとした朝の冷気を残した五つ頃であった。ドーンと何かが破裂するような低い音が響いて、突然大地が激しく揺れだした。
 おふくは家を出て堀川沿いの道を歩いていたが、その揺れで彼女の小さな体は跳ね上がり、もう少しのところで危うく川に落ちそうになった。倒れながらも辛うじて柳の木につかまり難を逃れた。
「地震だ! 大地震だぁ!」
 下田地方では地震は珍しくなかった。しかし、それはかつてない程の大きな地震であるとおふくにはすぐ感じた。
 次に、余震とも言えないような大きな揺れが波状的に襲ってきた。おふくは木につかまったまま立ち上がることが出来なかった。やっと揺れがおさまると、おふくは母の津志の事が心配になった。
 風邪で床にふせっている母に替わって、仕立てた着物を届けにきた、おふくである。母と住んでいる長屋はかなり古く、さっきの地震で倒壊した可能性が高かった。
 おふくは立ち上がると、駆け出していた。駆け出しながら母の名を叫んでいた。その時、おふくの耳に異様な低い音が伝わってきた。その音はどんどん大きくなってくる。
「津波だ! 大津波が来るぞ、 逃げろ!」
 おふくとすれ違う男がそう叫んでいるのが聞こえた。しかし、おふくには自分の身が危険だという感覚は全く無かった。屋根の下敷きになって助けを求めている母の姿しか思い浮かばなかった。
 母の津志はそれまで幸せの薄い女だった。津志は下田から五里離れた城東村の旧家の出で、十八で近所に嫁に行ったが、まもなく離縁された。そのわけをおふくはちゃんと聞いたことはなかったが、母に非があったとは考えられなかった。その時、津志のお腹にはおふくがいたのである。
 下田で経師屋をしている留吉のところに津志が後妻で入ったのが、おふく五歳の時である。その新しい父親はおふくの事を異常なほど可愛がった。最初は娘を可愛がる留吉のことを微笑ましく思っていた津志だったが、その様子には少しひっかかるものがあった。十一歳の夏、おふくが義父に胸を弄ばれていることを知るに及んで、疑惑は現実のものとなった。これがきっかけで、津志は留吉との安定した生活をきっぱりと捨て、おふくと二人だけの貧乏生活を始めたのである。
 津志は留吉のことを嫌ってはいなかった。それはおふくにも分かっていた。もう少し自分が大人だったら、自分だけ出て行けば良かったのにとおふくは子供なりに思った。それが出来なかった自分が不甲斐なく悔しかった。それだけに、大きくなったら母親孝行をするんだと自分に誓った。今度の誕生日が来れば十五歳になる。そうしたら勤めに出ることを母は認めてくれるだろう。やっと母に楽をさせられると。
 その母親が危ない。もし母親孝行が出来ないとなると、自分が生きている意味がないと思った。
 津志の居る長屋は見るも無残に崩壊し、どこが自分の家だったのかも判別がつかなかった。
「母ちゃん! 母ちゃ……ん!」
 おふくは叫びながら積み重なった瓦礫を取り除こうとしたが、思うようには動いてくれない。母を呼ぶ声は次第に泣き声に変わり、ただ声を上げながら力まかせに崩れた瓦礫を引っ張った。
 どのくらい叫んでいたのだろうか、それほど長い時間ではなかったのかもしれない。おふくの体が急に宙に浮いた。何者かがおふくの体を抱きかかえ、ものすごい速さで走り出したのである。気が付くとおふくは近くの寺の境内に運ばれていた。
 おふくを抱きかかえたのは汚い格好をした年齢不詳の男だった。
 男はおふくを降ろすと、今度は手を引いて寺の裏山に登り始めた。その男の登る速さは尋常ではなかった。まるで猿のように軽快だった。身軽なおふくも必死で男の背を追った。男は無言だったが、背中越しに、おふくの息づかいを聞いているように思えた。
 振り返ると、海の方からとてつもなく高い鉛色の壁が迫って来るのが見えた。その波は轟音を立てながらすでに倒壊した家々を呑み込んでいた。
 裏山の頂上に着くか着かないかというとき、津波は寺に向かって襲いかかった。本堂の屋根まで水飛沫が立ち、寺は屋根まで水中に没した。
 しばらくすると、今度はすさまじい音を立てながら水が引いて行った。気丈なおふくも、目の前で繰り広げられる濁流の凶暴さに青ざめ、唇を震わせた。
 すっかり水が引いたのを確認すると、おふくは立ち上がって山を下りようとした。一刻も早く、母、津志の安否を知りたかったのだ。
「今、降りちゃだめだ!」
 男が怒鳴った。初めての言葉だった。
「津波は一回ということはない。もっと大きなのが来るかもしれんぞ」
 さっきの津波より大きな津波とはどれほどのものだろうか。もし、この男の言う通りだったら、この裏山も呑み込まれてしまうに違いない。そうなれば、ここに居ようが居まいが同じ事ではないか。
 その時、おふくの耳に遠い海鳴りが聞こえた。さっきの海鳴りより更に低い、地鳴りのような音だった。
 下田湾の向こうの水平線が突如高くなった。空まで遮るような水の壁となってこちらに突き進んで来るのが見えた。
 既にあらかたの家は倒壊し、強固な寺の塔だけがぽつりぽつりと残っている下田の街に、再び大津波が襲いかかってきたのだ。未だ真っ昼間だというのに街は夕暮れのように暗くなり、白い飛沫だけがキラキラ光っている。
 おふくの立っている山はもうそれより上はなかった。もう助からないと思った。ところが、男はおふくの手を引き松の木の根元に連れていった。男は自分の着物の帯を解くと、おふくの体と自分の体をその松の大木に固く結わえた。体が痛くなるほどぎゅうぎゅうに縛った。
「この木をしっかりつかんでるんだ。ぜったい、放しちゃだめだぞ」
 男がそう言い終わらぬうちに、突如目の前が真っ暗な闇に変わった。水位はぐんぐん上がり寺の屋根を越えた。濁流がおふくの立っている辺りにも、もの凄い速さで襲ってきた。水の勢いに流されないようにおふくは松の木に抱きつき、手は男の手をしっかりと握っていた。
 幸い水位は腰の辺りで止まった。それでも、もし男の言う通りにしなかったら、躰はいっぺんに流され、波に翻弄されて助からなかっただろう。津波が行き過ぎたあとも、また次のが来るかもしれないという恐怖から、おふくは男の手をずっと握っていた。
 おふくにとって、通りすがりのこの男は命の恩人になった。危機が過ぎてからやっとおふくは男の名前を聞いた。

 このおふくという娘とすれ違わなければ、そのまま濁流に呑み込まれてしまっただろうと久之助は思った。
 ロシアのプチャーチンの船が停泊している下田湾を避け、大浦港で鳳凰丸から下船したのは五つ前だった。身分こそ違え、処女航海を下田に選んでくれた中島三郎助の友情に感謝し、自らもその建設に助力した鳳凰丸の勇姿を見送ると、久之助は下田の街に向かっていた。
 坂下町から了仙寺の近くまで来たところで、激しく地面が揺れ出し、久之助は橋のたもとにある道祖神の前で跪いた。激しい地震だった。瓦が飛び、色々なものが瞬く間に道に散乱し始めた。何が何だか分からないまま久之助は駆け出していた。
 気が付くと、父、与惣右衛門と義母のきくが住む実家の前に来ていた。家々はことごとくぺしゃんこに倒壊し、どの家か見分けがつきかねたが、見覚えのある柿の木が目印になった。繰り返し何度もやってくる余震に酔ったようにふらふらになりながらも、潰れた家の中に人の気配が無いかどうか耳をそばだてた。しかし何も聞こえなかった。
 この家に帰りたくないとずっと思っていた罰なのだろうか。久之助はこの天災が自分への責めのように感じた。どれだけの間、呆然と立ち尽くしていたのだろうか、久之助の耳に娘の叫び声が聞こえ、我に返った。
 その娘の声の向こうから、地鳴りのような低い不気味な振動が伝わって来た。それは、今まで聞いたことのないほどの大きな海鳴りであった。
 久之助はとっさにその小柄な娘の手を掴み、山の方角に向かって駆け出した。

 濁流のすっかり引いた下田の街は凄惨そのものだった。ほとんどの家は崩れ、津波に引っかき回され、無秩序な残骸が街全体を埋め尽くしていた。
 恐怖が去ってもきつく握り続けていた久之助の手を、おふくはやっと離した。しかし、これからどうするのか何も考えられないまま、ただ、眼前に拡がる荒涼とした風景を眺めていた。とその時、久之助が急に大声で叫んだ。
「ああ、この景色、写真術で撮りてえ!」
 おふくは驚いて久之助の顔を見た。髪はぼうぼうで色は浅黒く、どうみても風采の上がらない顔だったが、今し方再び雲間から現れた陽の光を映し、眼はきらきら輝いていた。
「ああ、秋刀魚の丸鮨が食いてえ!」
 もう一度叫んだ久之助の間の抜けた声に、おふくは思わずクスリと笑った。
(つづく)
(初出:2012年09月)
   1   
登録日:2012年09月20日 15時17分
タグ : 時代 写真

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