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南川純平
著者:南川純平(みなみかわじゅんぺい)
1950年、伯耆國生まれ、現在、相模國在住。子供の頃からチャンバラが大好きで、最初に書いた小説は、小学校三年生のときの『怪傑紫頭巾』。傑作だったという記憶はありますが、残念乍ら現存しません。歴史小説を、その時代に生きた人々の感覚で書きたいと思っています。そこから、混迷した現代に逆照射できる何かがあると信じて。
小説/歴史・時代

月水早流し

[読切]
時は江戸。両国橘町の裏通りに中条流を構える幻庵のもと、住み込みで働くおのぶは堕胎に訪れる女たちの背負ったものに興味を覚える。おのぶも年頃だ。幻庵に悪戯を思いつくが……。
「せんせ、先生は女の人を好きになったことあるんですか?」
 午後の診察には未だ間のある昼下がり、縁側で煙管をくわえながら庭に咲いた菊を眺めていた立花幻庵の広い背中に、おのぶは疑問を投げつけた。
 不意をついた問いだったらしい。振り向いた幻庵の目尻が一瞬吊り上がったが、おのぶの未だあどけなさを残した顔を見ると、いつもの柔和な眼に戻った。
「あはは、おのぶは子供だなぁ。儂が毎日毎日おなごの股ぐらを覗いておるから、もうおなごは嫌になったと思ったか」
「いえ、その……」
 正直なところを言えば、四十の坂を越えた幻庵の顔つきが、近頃、おのぶには妙に愛おしく思えることがある。所々に白いものが混じった髪と髭は伸び放題、お世辞にも見栄えのする顔ではないのだが。
 本当は美男なのに、わざと汚くしている。それは中条流の女医者への配慮だと思い当たったからかもしれない。
 女医者とは女を扱う医者つまり産婦人科医のことであり、中条流とは堕胎に専門技術を発揮する一派のことである。
 一年半前のあの時、もし美男で身なりも清潔な青年医師の前で湯文字をはだけて股を露わにする状況であったなら、おのぶはきっと逃げ出していただろう。そして、今頃は父無し子を抱えて路頭に迷っていたかもしれないのだ。
 両国橘町の裏通りに『月水早流し』の看板を掲げた医師立花幻庵を、おのぶが訪ねて来たのは堕胎のためであった。
 転び芸者が多く住むこの辺りに、中条流の良い医者が居ることを教えてくれたのは、おのぶが住み込みで働いていた相模屋の手代の清吉であった。お腹の子の父親その人である清吉は、立花幻庵という名を耳元で囁き、二分の金をおのぶの手に握らせると、そそくさと店の奥に消えて行った。
 許されぬ恋だと言い聞かされ、お腹の子を始末するのはしょうがないと諦めていた。でも、せめて清吉が医者のところまで付き添ってくれるものと思っていた。
 むさ苦しい格好をした中年の医者が、股を弄っていたかと思うと、挿し薬を無造作に奥まで挿し込んだ。「うっ」と一瞬苦しくなった後、気が遠くなった。一刻の眠りの間に全てが終わっていた。
 水子が流れ出てしまうと何もかもが虚ろに思えた。日本橋の店には戻る気になれなかった。夕暮れの街をどう歩いたのか分からないまま、汐見橋の上に立ち、身を乗り出して川の流れを見つめていた。
 ふと肩を叩く人に気づいた。目の前には、先ほどまで自分の股ぐらに顔を埋めていた医者の顔があった。
「なによ、この医者、まだ何か用があるっていうの」と思った。
 幻庵は黙って懐から竹の皮に包んだ握り飯を差し出した。丸とも三角ともつかない不格好な味噌おむすびであったが、味噌の香りが香ばしい。おのぶが口をつけたのを見届けると、幻庵はもう一つのおむすびにかぶりついた。
「美味しい。……これ、先生が自分で?」
「そうじゃよ、他に誰もおらんだろう。……今はちゃんと食べなきゃ。……いや、もしかして帰るところがないのではと思ってな」
 この時、おのぶは初めて幻庵の顔をまともに見た。
 おのぶ十六歳の春のことである。その時から、おのぶは幻庵医師のところで下働きをするようになった。それからすでに一年半が過ぎた。
 幻庵の所に世話になってから最初の数ヶ月、おのぶは嫌で嫌でたまらなかった。何よりも、死んだ赤子を雑物のように水に流すのはとても自分には出来ないと思った。
「こんな所に居るくらいなら、女郎になる方がずっとましだわ」と悪態をついて出て行ったこともあったが、女郎になる気はなかった。いっそ故郷の小田原に帰ろうと西を目指して歩き出したこともあった。しかし、小田原に行っても泊めてくれる親戚があるわけでもなく、途中で激しい雷に見舞われ、結局は幻庵の所に怯えて戻ってきた。そんな時でも幻庵は何も言わなかった。
 半年も過ぎた頃からそんな生活にも慣れ、幻庵の手伝いも少しずつ出来るようになった。元々働くのが大好きで、のみ込みも早いおのぶが、幻庵にとって無くてはならない助手となるのにそう長くはかからなかった。中条の医者にとって秘伝中の秘伝である、挿し薬の調合の仕方もそれほど苦もなく修得した。
 中条流は中条帯刀を祖とする、もともとは医学全般を扱う流派であった。ところが、催生薬すなわち陣痛促進剤として、内服薬ではなく外用薬を用いたところにその特徴があり、この挿し薬が堕胎に極めて有効であったため、中条流としてもてはやされる事になったのである。
 その挿し薬とは、檳榔子の粉を薄荷の煎じ汁で練って丸め、それを細く延ばした先に水銀を付けたものである。薄荷の清涼感と檳榔の麻酔作用で苦痛を伴うことなく堕胎できるという、当時としては画期的な術であった。
 そんな秘術に触れることも面白かったが、それより、横たわるさまざまな女たちの背負ったものに、おのぶは興味をおぼえるようになった。
 『猫も杓子も孕む閏年』という諺通りに、その年は商売繁盛で忙しかった。まさか、前年の暮れに貼った引き札が効いたわけでもないだろうに。
 引き札とは女医者の宣伝文句を書いたもので、長屋では総後架(共同便所)の板壁に貼るのが常である。
 臭いのを我慢して、両国から深川、下谷までの長屋という長屋の総後架に引き札を貼りまくったのはおのぶの手柄であった。ただし、『おろし値段一分。験なくは礼不請』という味も素っ気もない文句を書いただけもので、その効果の程は甚だ疑問であったが。

 小春日和の一日のことである。その日まず立花家の門を叩いたのは、青白い肌をした、おのぶの同い年くらいの娘であった。湯文字を捲くって下半身が露わになると、驚いたことに下の毛は何も無かった。
「どうされたかの?」といつもの幻庵。
「粗相しんした……」
 そう言ってしまってから、娘はあわてて口を押さえた。
 この貧弱な娘がかなり格の高い遊女であることは、この一言で分かった。遊女は必ず下の毛を抜いているということも聞いたことがあった。
「可哀想に、これからのあの娘に待っとるのは転がりだけじゃ」
「そんなこと分からないわ、これから良い旦那に引かれるかもしれないじゃないの」
 そう反論しながら、おふくも幻庵と同じ感想を抱いた。
 その夜やってきた患者は、今度は一転して剛毛の女だった。昼間、この女のことで身なりの整った侍が打ち合わせに来ていたところを見ると、どうやら大藩の奥女中らしい。不忍池の蓮の茶屋あたりで、陰間か役者と遊んだものだろう。
 見ると、すでに幻庵は露わになった女の太い股の間に頭を埋めていた。秋の夜だというのに額には汗が滲んでいる。剛毛を掻き分けながら指で局部を刺激し続け、体液で濡れてきたところに挿し薬を挿入するのである。
「あっ、あああ」
 その奥女中は堪えきれないで大きな声をもらした。その上、感じ過ぎる体質なのか、全身をを細かく痙攣させながら左右に激しく動き始めた。
「こら、危ないぞ、動かないで!」
 幻庵は叱りつけながらみずから女中の体にかぶさり、しっかりと押さえつけた。
 女中は幻庵の体を感じたのか、幻庵の背に手を這わせ始めた。おのぶはそれを見ると、自分の体全体が火照って来るのを覚えた。躯が地についていないような妙な気分になって、一瞬何も見えなくなったのだ。
 ふっと我に返ると、女を押さえながら、おのぶに目配せをしている幻庵の顔が見えた。おのぶに挿入操作をやってくれと言っているのだ。幻庵のやっている治療のほとんどは習得していたが、それだけはやったことがなかった。
 汗を流しながら必死で押さえている師を見ていると、逃げ場はなかった。意を決し、おのぶはおそるおそる挿し薬を挿入した。幻庵は「もっと奥まで」と声は出さずに口の形で指示をした。
 挿し終わって、おのぶは肩で大きく息を吐いた。幻庵が「よくやった」とおのぶの肩を叩いた。

 次の日は一転して初めて木枯らしの吹く寒い日だった。その夜、商家の下女らしい娘が飛び込んできた。おきくと名乗った娘は始終うつむきながら幻庵の問いに答えた。おのぶはおきくという下女の姿に一年半前の自分を重ね合わせていた。
 そんなおのぶの気持ちを知ってか知らぬか、幻庵は型通りの診察をすると、「湯文字をぐっとまくって」と、いつもの台詞を棒読みするように呟いた。
「待って! 待って下さい!」
 娘は急に半裸の躰で起きあがると、入ってきた勝手口を見つめた。
 おのぶは娘の視線の先にある勝手口に向かって駆け出していた。勝手口を出て表に廻った。すると、薄暗がりの中に一人の男が立っていたのだ。おのぶは思わずぴくっとした。
「すみません、驚かせて。わたしは美増屋の手代をやっている巳吉といいます」
「ああ、もしかして、おきくさんのお腹の子の……」
「そうです。わたしが父親です……で、いま、おきくは? 無事ですか?」
 巳吉はおきくの躰を案じていた。
「おきくさんのことをそんなに好いているなら、何とかなりませんか! おきくさんもあなたも元気な赤ちゃんが産まれて来ることを望んでるはずです。そうじゃありませんか」
 そう言うと巳吉の手を引っ張って、おきくの側まで連れてきた。
「ほら、ここで赤ん坊を殺してもいいんですか。本当に後悔しませんね!」
 先に声をあげたのはおきくだった。その上に巳吉の嗚咽が重なった。
「何とか旦那さんと奥さんに頼んでみます。この子を産むことが出来れば、どんな嫌な仕事でもやります……。幻庵先生には一文にもならなくて、すみませんでした」
 感極まっているおのぶの横で、幻庵は前掛けをゆっくりと外し、冷え冷えと輝く星を見ながら低い声でぼそっと呟いた。
「首尾を祈るよ。また、困ったらいつでも来なさい」
「先生、あんな言い方はないでしょう。もうここの門をくぐるようなことは考えるな、とか何とか言えないのですか!」
 おのぶは頭に来ていた。二人が帰ってからそう言って幻庵に噛みついた。
「いやぁ、そう言われてもな。これが儂の商売だからなぁ」
 幻庵はおのぶの挑発にのる気配はなかった。

 おのぶも年頃である。この頃は街を歩くと男の視線が気になる。
「生娘で通るかしら? 誰も堕胎を経験した娘なんて思わないでしょ」
 手鏡を見ながら自分の容姿に少し自信を持ち始めている。
「幻庵先生も男だわ。ずっと一緒に同じ屋根の下に寝起きしていて、妙な気が起きないのかしら? 十人並み以上の美しい娘がこんな近くに居るのに、何の気も示さないのは、やはり女に興味を持てないからかしら。毎日毎日、女の汚れた部分ばかり見ていてきっと嫌になったんだ。先生は否定したけど、心の中ではそう思ってるんだわ」
 おのぶは良い事を思いついた。それは悪戯であったが、何度も想像をめぐらす度に、幻庵の反応を見ないではいられないようになった。そして、その悪戯の結末を想像すると体が熱くなってきたのだ。
 立冬の日であった。その夜遅く、おのぶは幻庵の部屋を訪れた。幻庵は未だ起きて書きものをしていたが、廊下の軋む音で筆を休め、おのぶが入ってくるのを待っていた。
 部屋に入ると、おのぶは無言で着物の帯を解き、最後の腰巻きも自分ではだけて下半身を露出させた。
「先生のお陰でこんなに綺麗になりました。今夜は先生にじっくり見てもらいたくて、参上しました」
 おのぶは幻庵を艶めかしい眼で見つめた。
 幻庵もおのぶの眼を見つめ返した。しばらく見つめ合った後、幻庵はふーっと一つ息を吐いて視線を逸らした。
「馬鹿なことを考えるもんじゃない。早く着なさい」
 そう言うなり背を向け、刻み煙草を煙管に詰め込んだ。
「なんだい、唐変木! 先生の意気地なし! 孕んだ女の股しか触れないって言うのかい! そんなことだから、中条、中条って馬鹿にされるんじゃないか。あたいはもう嫌だよ……」
 これまで抑えて来たものが一気に迸り、おのぶの口をついて出てきた。もうそこにじっとして居られず、おのぶは夜の街に飛び出して行った。
 気がつくと、以前に迷って入り込んだ路地に来ていた。確かそこは小田原町。江戸が出きたとき、小田原からやってきた人たちが住んでいた街だ。今では河岸に近く、魚問屋がずらっと並んでいる。
 街が動き出すには未だ早い時間である。
 漆黒の闇の中でおのぶは何か籠のようなものに躓き、思わず地面に膝を着いた。それは小さな蓋付きの籠だった。中から、か細い猫の鳴き声がした。
 雲間から出た月が真っ黒な子猫の姿を照らし出していた。
「捨て猫か」
 捨てた者は、魚河岸に近いこの辺りに捨てれば食べるものには困らない、などと考えたのだろうか。
 おのぶはその黒猫を懐に入れると駆け出していた。いくつかの橋を渡り、材木町を抜けると見慣れた橋が見えてきた。橘町に向かう汐見橋である。
 橋の上に佇んでいる男の影が見えた。
 おのぶはその影に向かって全力で駆けた。男もおのぶに気付いて振り向いた。おのぶはそのまま、幻庵の胸に飛び込んだ。
 幻庵の太い腕がおのぶをしっかりと抱きしめた。
 二人の胸の間で、子猫が可愛い鳴き声を洩らした。
(了)
(初出:2011年12月)
登録日:2011年12月07日 12時37分
タグ : 時代 堕胎 医者

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