騒人 TOP > 小説 > ホラー > 南の島の小さな英雄 眠太郎懺悔録外伝(その一)
青島龍鳴
著者:青島龍鳴(あおしまりょうめい)
青島龍鳴と申します。メタ化されたものしか受け入れられないこの時代で、黴の生えたような古臭いものばかり書いている時代錯誤作家です。既刊本「But the world is beautiful」。
小説/ホラー
【電子書籍】南の島の小さな英雄 眠太郎懺悔録外伝(その一)
島をリゾート地に改造しようと目論む三上だったが、何者かに工事を邪魔されいらだっていた。島の守り神キムジナーが現れたのだと噂する島民たち。裏組織カンパニーから送り込まれた人外の眷属である“百眼”のモモエは赤髪の怪物と対峙するが、分の悪い闘いを放棄してしまう。一方、帝家に仕えた尚平は役を外され島に帰ってきていた。プライドだけは一人前のくせに、何一つ人並みにこなせず、いじけていた尚平。赤髪の怪物との関連を疑われるが、やる気のないモモエに変わり凶悪な吸血鬼が送り込まれてくる。真実を知り、すべてを拒絶していた青年は変わる。モモエが嫉妬するほどに。後に帝家の英雄になる青年の端緒を描く眠太郎懺悔録外伝。

▼ご購入(ダウンロード)は以下のサイトから!
立ち読み

南の島の小さな英雄 眠太郎懺悔録外伝(その一)


前章

 とある島に
 神と交わった男がいた

 男は神の恩恵を受け
 多大な財を受けたが

 男は神を恐れるようになり
 ついに
 神の本体である樹を斬りつけ
 神と決別してしまった


 それから数年後
 男は神の復讐に遭い

 子孫代々の男の子を
 贄にえに捧げねばならなくなった


 それから更に数百年後
 神の祟りを躱かわす術を得た一族は
 奇妙な運命に翻弄される



第一章

 パイナップルの細長い葉が
 風に吹かれて揺れ動く

 太陽が照りつける
 牧歌的な青空の下

 上原久美子ういばる くみこは怒りに燃えていた。頭上の太陽より激しく燃えていた。
「ショウ! どこいったの!!」
 弟の上原尚平ういばる しょうへいが、また畑仕事をサボって逃亡したのだ。大きな声を出したせいで、背中におぶっている頭に赤いリボンをつけた赤ん坊が泣き出した。
「はっはっは。また森にでも行って、木に愚痴でも垂れてるのさ。怖〜いお姉ちゃんに、またいびられたってね」
 夫の上原泰司ういばる たいじが、雑草の束を肩に担ぎながら、高らかに笑った。
「あんたは黙ってて!」
 婿養子の泰司は、子供を産んでから気が強くなった妻にかなわない。下手くそな口笛を吹きつつ、雑草を焼却炉に運んでいった。
「クミちゃん、ショウちゃんばかり責めちゃ可哀相よ」
 草抜きで固まった腰を叩きながら、杉田育子すぎた やすこがフォローを入れた。東の都からわざわざ手伝いのために越してきた従姉妹には、育子も強い態度を通せない。
「あのねヤッちゃん、ショウのこと甘やかし過ぎ。あいつ根性ねじくれてるから、甘やかすといくらでもサボるのよ。こんな調子だから、ミキくんのとこでも要らない子にされちゃうのよ」
 尚平は確かに怠け者だった。
 南の島で産まれ、六歳のときに訳あって東の都にある従姉妹の育子の家で育った尚平だった。が、二十歳を過ぎても碌ろくに働くことも出来なかった。従兄の佐川幹三郎さがわ みきさぶろうの伝手つてで就いた職場でも勤まらなかった。前々から島で働くことを希望していた育子について来る形で、島に帰ることとなったのだ。
 とにかく尚平ときたらプライドだけは一人前のくせして、何一つ人並みにこなせない。体が小さいせいか体力も女性以下で、頭の方は中学生あたりでストップしたのかとも思われるザマだ。
「でも、また頭が痛いって言ってたし。クミちゃん、責め過ぎよ。ミキくんのとこだって、厳しい所だったの知ってるでしょ? 特別な才能がなけりゃ、やっていけない仕事だったもん」
 頭が痛いのはこっちの方だ。久美子は腹の虫が収まらない。どうやら尚平の評価に関して、育子は久美子と百八十度まるまる異なるようだ。久美子から見れば尚平の社会不適合っぷりは完全に自己責任なのだが、育子にはそう映っていないらしい。
 とはいえ、久美子は育子にだけは強く当たることができない。幼い日を仲良く過ごした思い出もあるし、育子には世話になっている。先祖から受け継いだ広大なパイナップル畑は、赤ん坊を抱えた久美子と夫だけでは手に余っていた。仕事と育児の両立に目処が立ったのは、明らかに育子のお蔭だった。正直な話、パイナップル畑のみを考えるなら三人で仕事の手は回る。だが……。
「ショウのやつ、このままじゃダメになる」
 久美子はぼそりと本音を漏らした。姉として、弟のことが心配でたまらないのだ。
「クミちゃん、やっぱり優しいね」
 育子がタオルで汗を拭きながら、微笑んだ。
「えっ何言ってんの家族じゃん当たり前じゃん」
 背中の赤ん坊を揺らすことに集中するふりをして、久美子は照れ隠しに替えようとした。が……。
「そうね、当たり前だね」
 育子のクスクス笑いが追い討ちをかけた。
(やっぱ、ヤッちゃんにはかなわないな)
 久美子はつくづくそう思わされた。

 二人は訳あって、中学に入った頃から顔を合わせたことがなかった。あれから二十年近く経ち、久美子は変わった。婿を迎え子供を授かり多忙な毎日に忙殺されるうちに、知らず知らずのうちに心が荒すさんでいった。
 そんなとき、育子が尚平を連れて帰郷した。
 育子は久美の知っている育子と、全くと言って良いほど変わっていなかった。朗らかで明るい育子がそのまま大人の女性に成長していた。日常の鬱屈で凝り固まっていた久美子の心は育子の笑顔に一瞬のうちに溶かされ、お互いに涙してしまった。
 ところが育子曰わく、育子の方こそ都会のせせこましい生活で荒んでいたという。久し振りに会った久美子は自然豊かな島で何も変わらず生きているのが嬉しくて、つい泣いてしまったというのだ。

 二人は鏡のようなものなんだな、と久美子は思った。
 ただ汗を拭い髪を撫でつけるだけで、育子は天使や女神に喩えていいくらい綺麗に見えた。でもきっと、赤ん坊を背負った久美子の姿は育子には同じくらい神々しいものに映っているのだろう。

「クミちゃん、ショウちゃんのことが可愛くて心配し過ぎてるんだね。でもよく考えて。ショウちゃんが島に帰って体調が変わるのって、予想できたことじゃない? だってショウちゃんはガジュ……」
「待って駄目ヤッちゃん!」
 育子が言いかけた言葉を、久美子が遮った。久美子のキツい眼差しに、育子は我に返ったように口を押さえた。
「あ……ごめんなさい。私ったらウッカリ……」
 育子は重大な禁忌を犯しかけていた。上原一族には口にすることさえ危険を伴う秘密があるのだ。それは特に、この島で口にしてはならないことなのだ。
 育子と久美子は辺りを見回した。人影は一つもない。だが、二人が用心しなければならないのは人間ではない。育子が口を滑らせた言葉だけでは、人間には何のことなのか推測すらしようがない。近所の住人にも、彼女らの抱えている複雑な事情を知っている者はほとんどいないのだから。
 やがて二人の視線は“それら”探すことを辞めた。彼女らには“それら”を見つけることは恐らく無理だからだ。無責任な話にも聞こえるが、見ることができないものを用心しても仕方がない。
 そういうものに、尚平は目を付けられている可能性があるのだ。だからこそ、久美子は姉として並以上に弟にしっかりして欲しいのだ。人並みの仕事からさえ遁走する有り様では話にならないのに。久美子が苛立ちを隠せないのは、そういう意味が含まれているのだ。

   *

 南の島の日差しも遮る
 灌木かんぼくの群の奥深く

 昼間でも薄暗い
 木々が鬱蒼うっそうと茂っている
 深い林の真ん中で

 畑仕事から逃れた尚平は森林浴を決め込んでいた。ヒンヤリと冷えた木々の合間に流れる空気が心地良い、湿った地面の上に仰向けになって転がっていた。
「はっ。草抜きとか、やってられっかよ」
 尚平は嘯うそぶいた。
「オレ、そういうのやる人じゃねえし。イクコみてえなバカ女がやる卑職、シティボーイのオレの仕事じゃねえし」
 照りつける太陽に負けた体を冷やしながら、尚平はまず自分から騙した。本当は育子のようにバリバリ働いて、久美子の鼻を明かしてやる筈だったのに。まず亜熱帯の暑さすらクリアできずに逃げ出した自らの貧弱さを認めず、更にそんな惨めな現実から逃避するためだけに育子を貶けなした。従姉妹と姉の目の前では絶対に口にできないことを、木々の葉に遮られてよく見えない空に向かって吐き捨てた。
 そうしているうちに葉の間から差し込む陽光に目を眩まされ
「……畜生っ!」
 と悪態をつきながら、文字通りに天に向かって唾を吐いた。重力の法則通りに返ってくる唾を、尚平は顔面を横に逸らして華麗にかわしたつもりだった。が、避ける動作が足りなくて、唾はコメカミに落ちた。
「……畜生! 畜生っ! 島なんて、こんな暑苦しいド田舎、オレには合わねえよ!!」
 東の都にいたときは『こんな人混みだらけのせせこましいところ、オレみたいな大人物には似合わねえ』などと豪語していたことは、無かったことになっている。
 尚平はこういう男だった。
 悪いことは全て他の何かのせいにして生きてきた。それでいて、どうして自分が何事においても人並みにさえ届かないのか、まるで理解していなかった。今の自分を誰が育てたのか、理解していなかった。否、理解していないのではなく認めようとしていないだけなのかもしれない。慢性化している苛立ちの正体さえもわからなかった。自分が本当は何に苛立っているのかさえも、わかっていなかった。
 尚平とはそういう男だった。

 尚平はふてくされていた。
「何で……クミコはわかってくんねえんだ……」
 尚平は頭痛に悩まされていた。息を吐くように嘘を吐く尚平だが、こればかりは真実だった。島に帰ったその夜から、後頭部に穿うがたれたような痛みが走っていた。しかもその痛みは寝ていれば治るどころか、日を追う毎に強くなっていった。
 しかしながら普段が普段だ。尚平が頭痛を訴えても久美子は
「こらっ! 仕事しろ狼少年!」
 と言って、仮病にしか思ってくれない。更に悪いことに、せっかく心配してくれた育子が
「ショウちゃん大丈夫? 頭が痛むの? 頭のどの辺が、どんな風に痛むの?」
 と声をかけてくれたのに
「うるせえ! 仮病だ仮病!!」
 などと、つい嘘をついてしまったのだから同情の余地も無い。
(どこがどう痛むだ? それ、ハナから疑ってる人間の台詞じゃねえか!)
 こうして尚平はまたまた自業自得を他人のせいにした末に、誰からも信頼されなくなった。

 誰も信用していない人間が誰からも信用されなくなるのは当然だ。なのに世界中の全てが敵に回ったと、尚平はそう思い込んでいた。そう考えるのには、尚平なりに理由はあった。生来の怠け者であったこの男は、たった一度だけ本気で働こうとしたことがあったのだ。
 尚平が東の都で叔父叔母の脛すねをかじっていた時、生まれて初めて尊敬すべき人物に会った。その人は大きかった。体も随分と大きかったが、何よりも強さと優しさと、そして粋いきというものを心得ている精神的な大きさを感じさせる人だった。
 この人について行きたいと願った尚平は、煙たがられるのも構わずその人に追い縋すがった。ただ者ではないと睨んだ尚平の眼は正しかった。何とその人は、闇に巣食う魑魅魍魎ちみもうりょうを退治する正義のヒーローだったのだ。
 何としてもその人と共に戦いたいと願った尚平に、幸運が舞い込んだ。なんと従兄弟の佐川幹三郎さがわ みきさぶろうが、その人と同じところで勤めていたのだ。幹三郎も上京しているとは聞いていたが、詳しい話は親類縁者の誰にも知らせていなかった。正義のヒーロー達の裏方を勤めているのを内緒にするなんて、何ともいやらしい奴だと尚平は幹三郎の事情を考えようともせず一方的に蔑さげすんだ。
 秘密を守ってやる代わりに仕事の口利きを要求した尚平に、幹三郎は渋々ながらも「帝みかど一門」というらしいその職場に推薦状を書いてくれた(そのくらいはしてくれて当然だと尚平は思った)。残念ながら尚平が神と崇めるヒーローの直属ではなく、幹三郎と共に裏方で勤めるようになった。妖怪変化を相手取り火花を散らす毎日を期待していたのだが、残念ながら願いは叶わなかった。帝一門は都の中心地にだだ広い敷地と大きな御屋敷を持っている(それが一門の当主の私有地だと聞いて、世の中には恵まれた奴もいるもんだと羨うらやんだ)。
 尚平があてがわれたのは屋敷内の“奥の院”と呼ばれる所で祝詞を唱える儀式に参加するだけという、実に地味な役割だった。正義のヒーローを夢見ていたのに、何がどう間違ったのか神主の真似事をする羽目に陥った尚平は、早くもやる気が半減してしまった。  そんな平凡の仕事に、幹三郎はどういうわけか
「これは大変な仕事だぞ。お前に務まるとは思えない。何かおかしなことが起きたらすぐオレに言え」
 と、無闇に心配した。たかが儀式に参加するだけの退屈で簡単な仕事なのに、何を言っているのか尚平には見当もつかなかった。まさかそんな幹三郎の懸念が的中するとは思ってもみなかった。奥の院は何故か恐ろしく陰鬱な気配が漂っていたが、それが幹三郎の忠告と結びついているとは考えなかった。
 奥の院に勤めるようになって一週間もしないうちに、尚平は酷い頭痛や吐き気に襲われるようになった。奥の院にいるだけでも死の危険を感じつつも、幹三郎に助けを請わなかった。言えば役を降ろされ、神と崇める人と共に戦うチャンスも失われてしまう。頭の悪い人間によくありがちなことだが、敢えて言わない事が正解だと判断したのだ。
 不幸中の幸いか、尚平の過ちは最悪の方向には転がらなかった。尚平も感じていた奥の院の不気味な雰囲気は実は霊的にとんでもなく危険なもので、魂を蝕まれ精神疾患に罹かかったものもいる。中には再起不能に陥ったものさえいた。が、尚平はそうなる前に体の方がついていかず、儀式の最中で外に飛び出し嘔吐おうとしてしまった。これを幹三郎に見られ、無理をしていたことが露呈した。
 こうして、尚平は役を外された。予想通りの展開に憤いきどおった尚平だが、もし状況が深刻化する前に相談していたなら、他にやりようもあったかもしれないと気付くことはなかった。前もって念押ししたのに隠匿を図るような人間を許せるほど、帝一門は寛容な組織ではなかったというだけのことなのだが。
 尚平はこの事件によって“努力なんてやるだけ無駄だ”という結論に達した。客観的には完全に尚平の失態の末路でも、主観的にはそれが事実として認識された。

 こうして実に手前勝手な経緯により、尚平は完全にいじけきっていた。いじけたまま、湿った地面の心地好い冷たさに溺れるように眠りに落ちた。
 世の中の全てを拒絶した青年には、夢の中くらいにしか居場所が残されていなかった。
 
 それは、島に来てから何度も見ている夢と同じものだった。
 尚平は島のどこかの海岸沿いにいた。白い砂浜とデイゴの花が咲く美しい海岸だ。海も見たこともないくらい青々としていて、人の建てたものが見当たらない不思議な場所だ。どこだかは思い出せないが、いつか来たことがある気がする。
 そこで尚平はとても可愛らしい女性に、果物を勧められるのだ。女性の髪と同じ鮮やかな赤色をした、スモモに似たとても美味しそうな果実だ。しかし姉のように意地悪なオバサンが現れて横槍を入れ、赤い果実を取り上げようとするのだ。
 この夢は何度か同じものを見ている。意地悪オバサンの手を払いのけ尚平は果実を食べようとするのだが、オバサンも必死で妨害してくる。果実を丸々一個食べ切れたことはないのだが、たまに半分くらいは食べられることがある。
 その日はうまくいった方で、二口ほど果実を食べられた。僅かな酸味の混じった甘い甘い果実の味を堪能しているうちに目覚めてしまうのが口惜しいのだが……。

   *

 サボり魔の尚平が眠りに落ちた頃。
 久美子と育子が畑仕事を続けていると、嫌な男が姿を現した。
 三上荘介みかみ そうすけ。
 二人より一つ年上の、子供の頃からの知り合いである。元々は養豚農家の家の長男だったが、跡目を継がずに不動産業界へと転身した男だ。
「よう、久美子。いい加減、畑を売る気にならねぇか?」
 三上は何度も断った話をまた蒸し返してきた。三上は政治屋と組んで、この島をリゾート地に改造するつもりでいるらしい。
「馬鹿言わないでよ。御先祖様から受け継いだ畑を売れるわけないでしょ? しかもあんたの言い値じゃ二束三文じゃない。冗談じゃないわ」
 もし破格の値を提示されても、久美子は絶対に譲らなかっただろう。ましてや三上のやっている商売ときたら、地上げ屋に近い。地元のやくざ者と連つるんでいて、嫌がらせを受けて土地を手放した者もいる。
「二束三文? 馬鹿言ってるのはお前だ。こんな田舎の土地を買ってくれるだけ有り難いと思えよ。今後、オレみたいにわざわざ買いに来てくれる良心的な人なんていねぇよ。お前、子や孫に恨まれるぜ。チャンスをフイにしちまった間抜けな母ちゃんだってな」
 今のところ、久美子は三上による嫌がらせを受けてはいない。昔馴染みということで手心を加えて貰っているといえば聞こえが悪くないが、それもいつまで続くかわからない。
「あんたこそ、島の神様に恨まれてんじゃない? 聞いたよ。あんたが売った土地で工事してる業者が、何者かに襲われたっていうじゃない?」
 久美子がほくそ笑むと、三上は苦々しげに歯軋はぎしりをした。この風聞は真実だった。

 島には昔から伝わる言い伝説があった。
 島にはキデヌム、またはキジムナーと呼ばれる赤い髪の子供の姿をした神様がいて、島を守っているという。悪さをした人間には苛烈な罰を与えると言われ、島民たちはキジムナーを敬い畏れていた。
 こんな話がある。
 島に某国の軍事基地が建てられた後、軍人たちが島の娘を襲ったり等、悪虐の限りを尽くした時代があった。そんなある日、基地を治めていた将が奇妙な夢を見た。見覚えのない浜辺で、何人もの赤い髪の子供たちに囲まれ睨まれるというものだ。ただ憎々しげに睨まれるだけの夢が、どうしてか夜中に絶叫するほど恐ろしかったという。同じ夢を何度も見た挙句、発狂寸前のところでこれが兵たちの悪行を戒めているものだと気付き、悪さを働いた兵に厳罰を下すよう方針を変えた。途端に将が奇妙な夢を見ることはなくなったという。
 他にも神様に魅入られたお坊さんが憑かれた逸話や、神様と仲良くなったのに裏切ったために殺された島民の話などが伝わっている。近代以降はそのような話をほとんど聞かなくなったものの、特に年のいったものたちは「キデヌム様を怒らせるようなことだけはするな」と若い者たちに伝えていた。
 そのキデヌム様が、再び姿を現したという噂が囁かれ始めた。
 夜中に赤い髪を振り乱した子供のように小さな人影が目撃され、夜間工事をしていた労働者が殴られて入院したり、運送トラックをパンクさせられたりしている。その風貌が島に伝わるキデヌム様と一致しているため、迷信深い老人たちはキデヌム様の祟りだと訴えた。

「はっ! あんなの、どっかの“テイ”の道場主の変装に決まってんじゃねぇか! やってるこたぁ犯罪だ! じきにしょっぴいてやらぁな!」

 島には“テイ”という伝統武術が伝えられていて、島には幾つかの道場がある。一説によるとキデヌム様が人々に伝えた闘法だともいわれている。伝統芸能と侮るなかれ、中には実戦派の流派もあり、名人なら腕力だけの労働者が数人くらいでは歯が立たない猛者もいる。それだけの名手となれば人数も限られるのだが、三上はそのうちの誰かが犯人だと睨んでいた。しかしその全員にアリバイがあるのだ。なにしろ聞こえの良い道場主は恵まれた体の持ち主ばかりが揃っていて、小柄という特徴に当てはまる者がいない。
 三上の裏には政治家がついているため、警察も抱き込んでいた。証拠さえあれば犯罪者に仕立て上げることができるのに、誰が当たりなのか見当もつかない有り様では逮捕もできない。実は密かに道場の師範代以上の手練れ全てに監視をつけた時間に、それでも神様が出てしまった事もある。犯人を特定するどころか、彼ら全員の無罪を証明してしまったわけだ。

「神様の祟りだぁ? 馬鹿言え。んなもんいるわけねぇだろ? 島のもんが化けてるに決まってんだ。お前ら何か知らねえだろな? 隠すと為になんねぇぞ?」
 三上は凄んでみせたが、久美子といえばクスクス笑いを堪えている。元々、三上という男は強面こわもてではない。童顔のくせに太っていて、出来の悪いマスコット人形のような風貌をしている。啖呵たんかを切ってみせても、ちっとも怖くないのだ。
「私、知ってます」
 育子が急に口を挟んだ。三上がギロリと育子を睨んだ。
「がじゅ……キデヌム様は、いるよ」
 育子の斜め上の回答に、三上は思わず目を剥いた。
「なんだこの女、電波は黙って……」
「キデヌム様は実在しますよ。私、この目で見たんです。神様っていうより、精霊に近いかんじですけど。とても暢気な人たちですけど、悪いことをした人には恐ろしい罰を与えます。貴方、神様の怒りを買ってるんですよ。そりゃ島を滅茶苦茶に開発してるようじゃ、当然です」
 育子は堰せきを切ったように喋り始めた。しかもそれは、怒っている様子ではなかった。母親が悪戯をした子供を窘たしなめるような、忠告に近い物言いだった。
「私、わかるんです。貴方は悪いことに向いてる人じゃない。こんなことしてちゃいけません。大変なことになる前に、豚屋さんに戻った方がいいと思います」
 育子が三上に詰め寄った。豚のように太った体が真っ赤に膨れ上がり、ワナワナと震えている。なるべく棘のある言い方を避けたつもりの育子には心外だったが、これも無理はない。真実を突かれると人は激怒するものだということを、育子はあまり理解していなかった。
「下手に出てりゃつけあがりやがって! 豚屋って何だよ、養豚所だ馬鹿野郎!!」
 どうでもいいところに突っ込みながら、三上は事もあろうに育子に向かって拳を振り上げた。
「はいはい、そこまで!」
 三上の拳を、雑草焼きから戻ってきた泰司が腕を絡めて止めた。
「女に手を挙げるとか、相っ変わらずの豚野郎っぷりじゃねえか。なあ三上ちゃんよ?」
 泰司の一睨みだけで、真っ赤だった三上の顔が青白くなった。三上と泰司は古い馴染みだ。小さな頃から運動神経に劣っていた三上は、幹三郎と泰司によくいじめられていた。幼い日のトラウマが、未だに両者の力関係に影響を及ぼしている。
「畜生! 覚えてやがれ! 何が神様だ電波野郎! どうせてめえらの知り合いだろ!? 絶対に捕まえてやるから、覚悟してやがれ!!」
 ズレた捨て台詞を残して三上は逃げるように帰って行った。

「……はっ! 一人じゃ女しか脅せねえチンピラが、ナニ粋がってんだか!」
 嘲笑する泰司に向けて、育子が口を尖らせた。
「あの人のこと、聞いてますよ。お言葉ですけど、泰司さん達があの人を苛めたから歪んじゃった部分もあるんじゃないですか?」
 育子の指摘に、泰司は一瞬だけムッとした表情を見せた後に項垂うなだれた。
「いや……それ、あるかもな。オレらが豚野郎とか言い過ぎなけりゃ、今頃普通に豚農家やってたかもわかんね……」
 泰司が三上と決定的に違う点は、反論できないからといってムキになるほど子供ではないことだ。
「……いえ。泰司さんが悪いとか、そういうことを言いたいんじゃないんです。ただ、あの人にもあの人なりに、悪い人になっちゃった理由くらいあるんじゃないかなって思って……何だか上手く言えません、ご免なさい」
 育子は慌てて訂正した。端から見ていた久美子が溜め息をついた。天使のような育子に唯一欠点があるとすれば、それは人間離れして優し過ぎることかもしれない。一般人どころか聖人やら聖女と呼ばれる人のような、浮世離れした部分がある。天使には人間の弱さや醜さを、どこか理解しきれないのかと思った。
(続きは電子書籍で!)
登録日:2015年07月14日 17時07分
タグ : 眠太郎懺悔録

Facebook Comments

青島龍鳴の記事 - 新着情報

青島龍鳴の電子書籍 - 新着情報

  • 父と子と 眠太郎懺悔録(その七) 青島龍鳴 (2017年07月27日 17時01分)
    退魔師を統べる帝家と邪鬼を束ねる西の業界。共生関係を結ぶ動きに反発した幹部の裏切りで業界の新たな頭領となった黒鵡は明らかに敵対的となり、“柱神”と呼ばれる神クラスの邪鬼との正面衝突は避けられない情勢となった。そんな中、襲撃情報がリークされ、眠太郎は狸の硯治郎と転生した御嶽巴が待つ木霊寺に赴く。やがて襲い来たのは、かつての業界の女王の息子であり、その女王を殺害した張本人、狐の孔重丸と、巴を戦死させた蛇神貫禍、そして黒鵡の妻である畜兵琴理とその息子、鬼道介であった。御印破壊を狙う彼らと絶望的な戦いに挑む眠太郎たち。黒鵡と鬼道介、帝家当主である梅岩とその父、友源。父と子の哀しき想いが錯綜する。 (小説ホラー
  • 大理石の壁 眠太郎懺悔録(その六) 青島龍鳴 (2016年03月18日 19時10分)
    各話完結。邪神レベルの邪鬼をも統べる西の業界(カンパニー)。千年を生きた妖狐・青麗を倒し、新たな頭領となった畜兵・黒鵡は、鬼族の罠をやすやす突破し、妹ノエルを助けるが、どこか様子がおかしい。そして、東の帝家を訪れたひとりの少女。帝家の長、梅岩はノエルをかくまうが、そもそもそれほど強くない畜兵が柱神を務めることに疑問を抱く。ノエルを奪還しにきた邪鬼を迎え撃つ眠太郎たちだったが、あまりの実力差に勝てる気がしないと絶望に駆られる。なにせカンパニーには同程度の邪鬼が十ほどいるのだ……。信じていたもの——純白の大理石の壁に見つけてしまった汚れにどう決着を付けるのか、人間と邪鬼のやるせない物語。(小説ホラー
  • カンパニーカーニバル 眠太郎懺悔録(その五) 青島龍鳴 (2014年09月16日 17時58分)
    眠太郎が属する退魔師集団・東の帝家に対し西の業界(カンパニー)では、国中の神々が集まる柱神祭が迫っていた。そのさなか、カンパニーを束ねる女王、青麗が何者かに襲われる事件が発生。女王は何とか難を免れるが、忠臣を殺され激怒する。一方、眠太郎は瘴気の刃を操る天才、斬児の元にリベンジに行こうとして帝梅岩に咎められ、カンパニーと共生関係を結ぼうと動く流れに向けて恩を売るため、百眼の末裔、百重灯と共に西に送られることに。そして、西の京。異形の神々が集う柱神祭では、カンパニーの謀略と帝家の百五十年にわたる大仕事が明らかとなり前代未聞の大騒動が起こる! 巻き込まれた眠太郎と斬児、百重。それぞれの決断やいかに。(小説ホラー

小説/ホラーの記事 - 新着情報

小説/ホラーの電子書籍 - 新着情報

  • 父と子と 眠太郎懺悔録(その七) 青島龍鳴 (2017年07月27日 17時01分)
    退魔師を統べる帝家と邪鬼を束ねる西の業界。共生関係を結ぶ動きに反発した幹部の裏切りで業界の新たな頭領となった黒鵡は明らかに敵対的となり、“柱神”と呼ばれる神クラスの邪鬼との正面衝突は避けられない情勢となった。そんな中、襲撃情報がリークされ、眠太郎は狸の硯治郎と転生した御嶽巴が待つ木霊寺に赴く。やがて襲い来たのは、かつての業界の女王の息子であり、その女王を殺害した張本人、狐の孔重丸と、巴を戦死させた蛇神貫禍、そして黒鵡の妻である畜兵琴理とその息子、鬼道介であった。御印破壊を狙う彼らと絶望的な戦いに挑む眠太郎たち。黒鵡と鬼道介、帝家当主である梅岩とその父、友源。父と子の哀しき想いが錯綜する。 (小説ホラー
  • 大理石の壁 眠太郎懺悔録(その六) 青島龍鳴 (2016年03月18日 19時10分)
    各話完結。邪神レベルの邪鬼をも統べる西の業界(カンパニー)。千年を生きた妖狐・青麗を倒し、新たな頭領となった畜兵・黒鵡は、鬼族の罠をやすやす突破し、妹ノエルを助けるが、どこか様子がおかしい。そして、東の帝家を訪れたひとりの少女。帝家の長、梅岩はノエルをかくまうが、そもそもそれほど強くない畜兵が柱神を務めることに疑問を抱く。ノエルを奪還しにきた邪鬼を迎え撃つ眠太郎たちだったが、あまりの実力差に勝てる気がしないと絶望に駆られる。なにせカンパニーには同程度の邪鬼が十ほどいるのだ……。信じていたもの——純白の大理石の壁に見つけてしまった汚れにどう決着を付けるのか、人間と邪鬼のやるせない物語。(小説ホラー
  • 南の島の小さな英雄 眠太郎懺悔録外伝(その一) 青島龍鳴 (2015年07月14日 17時07分)
    島をリゾート地に改造しようと目論む三上だったが、何者かに工事を邪魔されいらだっていた。島の守り神キムジナーが現れたのだと噂する島民たち。裏組織カンパニーから送り込まれた人外の眷属である“百眼”のモモエは赤髪の怪物と対峙するが、分の悪い闘いを放棄してしまう。一方、帝家に仕えた尚平は役を外され島に帰ってきていた。プライドだけは一人前のくせに、何一つ人並みにこなせず、いじけていた尚平。赤髪の怪物との関連を疑われるが、やる気のないモモエに変わり凶悪な吸血鬼が送り込まれてくる。真実を知り、すべてを拒絶していた青年は変わる。モモエが嫉妬するほどに。後に帝家の英雄になる青年の端緒を描く眠太郎懺悔録外伝。(小説ホラー

あなたへのオススメ

  • 父と子と 眠太郎懺悔録(その七) 青島龍鳴 (2017年07月27日 17時01分)
    退魔師を統べる帝家と邪鬼を束ねる西の業界。共生関係を結ぶ動きに反発した幹部の裏切りで業界の新たな頭領となった黒鵡は明らかに敵対的となり、“柱神”と呼ばれる神クラスの邪鬼との正面衝突は避けられない情勢となった。そんな中、襲撃情報がリークされ、眠太郎は狸の硯治郎と転生した御嶽巴が待つ木霊寺に赴く。やがて襲い来たのは、かつての業界の女王の息子であり、その女王を殺害した張本人、狐の孔重丸と、巴を戦死させた蛇神貫禍、そして黒鵡の妻である畜兵琴理とその息子、鬼道介であった。御印破壊を狙う彼らと絶望的な戦いに挑む眠太郎たち。黒鵡と鬼道介、帝家当主である梅岩とその父、友源。父と子の哀しき想いが錯綜する。 (小説ホラー
  • 大理石の壁 眠太郎懺悔録(その六) 青島龍鳴 (2016年03月18日 19時10分)
    各話完結。邪神レベルの邪鬼をも統べる西の業界(カンパニー)。千年を生きた妖狐・青麗を倒し、新たな頭領となった畜兵・黒鵡は、鬼族の罠をやすやす突破し、妹ノエルを助けるが、どこか様子がおかしい。そして、東の帝家を訪れたひとりの少女。帝家の長、梅岩はノエルをかくまうが、そもそもそれほど強くない畜兵が柱神を務めることに疑問を抱く。ノエルを奪還しにきた邪鬼を迎え撃つ眠太郎たちだったが、あまりの実力差に勝てる気がしないと絶望に駆られる。なにせカンパニーには同程度の邪鬼が十ほどいるのだ……。信じていたもの——純白の大理石の壁に見つけてしまった汚れにどう決着を付けるのか、人間と邪鬼のやるせない物語。(小説ホラー
  • オレが神と会った話をする 眠太郎懺悔録サイドストーリー 青島龍鳴 (2013年12月28日 16時32分)
    無敵の19歳、上原が電車で出会った“神”とは? 眠太郎懺悔録の重要キャラとなる上原尚平のサイドストーリー。(小説ホラー