騒人 TOP > 小説 > ホラー > 眠太郎懺悔録 憑護の願った夢(2)
青島龍鳴
著者:青島龍鳴(あおしまりょうめい)
青島龍鳴と申します。メタ化されたものしか受け入れられないこの時代で、黴の生えたような古臭いものばかり書いている時代錯誤作家です。既刊本「But the world is beautiful」。
小説/ホラー

眠太郎懺悔録 憑護の願った夢(2)

[連載 | 完結済 | 全3話] 目次へ
『ましら』一門の人喰いを狩る。不穏な空気漂う一門の前で、能天気な有紀の質問に救われ、御老公の応えを得たミトツシ。彼は、さっそく一仕事するために夜の闇に消えていった。
 第二幕

 有紀は夢を見ていた
 自分がもう1人いる夢だ。
 もう1人の有紀とは、非常に仲良くしていた。
 有紀にはもう1人の彼女が、なぜか羨ましくて仕方がなかった。全く同じのはずの彼女が、自分よりもずっと美人で頭が良くて体力もあるように思ったからだ。
 もう1人の彼女になることを、有紀はずっと願っていた。
 ある日、もう1人の有紀がいなくなってしまった。それはとても悲しいことだった。
 いなくなってしまうのは自分のほうだったらよかったのに、と有紀は嘆いた。
 自分はいなくなってしまってもいいから、もう1人の自分を代わりに戻して欲しい。
 有紀は強く強く、そう願うのだ。
 誰だかわからない声が囁いた。「いい方法がある」
 声はそう言っていた。



「有紀ちゃん、凄く怖がってましたよ。キモ……怖い人がいるって、ミツトシさんのことだったんですね。わたし、てっきり判断を間違えたかとおもいました」
 有紀が微睡みから覚めると、女性の声がしていた。
 誰だかわからない。聞いた記憶がある気もするのだが、誰だったのか思い出せない。
 有紀はソファに寝かせられていた。中華料理屋に入ったはずだったが、居るのは待合室のような所だ。
 殺風景なコンクリート丸出しの部屋で、油の臭いが強いことから中華料理屋の中には間違いないのだろう。
「その件のことは責めるつもりはない。もし俺がやったとしても迷っただろう。だが、はっきりした。『おうき』、お前にはこの手の任務は向いてない」
 もう1人、男の声がする。こちらは誰なのか、はっきりと思い出すことが出来た。
 明るいところで見ると、ミツトシは期待以上に整った顔をしていた。ただそれは男らしい美形というより、人形のような素っ気の無さを感じさせた。
「一目で怪しい雰囲気がわかったなら、その時点で報告すべきだった。何故、1日置いた? その1日で、有能な『つくもり』をロストしたかもしれない。あのサルが、飯にしちまう前に一晩くらい遊ぼうと考えてくれたから、たまたま助かっただけだ」
 ミツトシは女性に怒っているようだった。
 油の臭いを和らげるアロマの匂い。この心地良い匂いがする女性が誰なのか、特定するのには時間がかかった。
「だって、あの人と一緒にいる有紀ちゃんがあんまり楽しそうで……嫌な気がするなんて、とても言えませんでした。それに、わたしの勘違いかもしれないし……」
「勘違いだったら、それでいい。疑いが晴れりゃ、それが一番だ」
 ミツトシははっきりと言い放った。
 有紀にはいまいち話が読めなかったが、自分のことで彼女が叱られているのはわかった。なぜ自分ごときのことで関係ないひとに事が及んでいるのかはわからないが、それだけはわかった。
「なるほど。気のせいだったらいいのにな〜と、脳内お花畑モード入ってたってわけか。嫌な予感がするのを、事なかれで済ませればあの女は幸せになると思ったか。つくづく優しい子だことなあ……」

 しばらくは狸寝入りを決め込んでいた有紀は、とうとう我慢が出来ずに起き上がった。
 目の前では、真白が歯を食いしばっていた。薄々は見当がついていたが、やはり真白だった。有紀の知っている彼女とは口調があまりに違って確信が持てない……というより確定させたくなかったのだが、やはり真白だった。
「真白をいじめないでよ!」
 有紀が親友の痩せた体を抱きしめてミツトシを睨めつけると、真白の瞼から堰を切ったように涙が流れた。
 真白が何者かはわからない。
 本当は大人しい口調で喋る子なのが、有紀とだけは乱暴な話し方をしていた。
 真白は有紀と友達になりやすいよう、演技していたようだ。
 でも、馴れ初めなんてどうだっていい。真白は有紀の知らないところで、有紀のために動いていたのだ。今この場にいることが、何よりの証拠だ。
「任務に向いてない? 言わせて貰うけど、あんただって、致命的なミスしかけてたじゃん? あたしのこと、帰らせようとしてたよね? またゴリラが襲ってきたら、どうするつもりだったわけ? あたし、自慢じゃないけど足遅いよ? 逃げられない自信があるけど? どうするつもり?」
 ミツトシに対するアプローチは、もう頭から飛んでいた。嫌われたって構わない。真白をいじめるような奴なんていらない。有紀は心底そう思った。
「奴には既に見張りがついてる。家に引きこもって、しばらく動く気配がない。あとは『許可』を取って狩りに行くだけでお終いだ」
 ミツトシは迷いなく言った。痛い所を突いたつもりの有紀は、少しばかり面食らった。
「へ、え! どんな優秀なお仲間さんが見張りについてるのか、是非とも知りたいんですけど!?」

 有紀には仲間を手配しているだけの暇があったようには見えなかった。ハッタリの言い逃れの可能性があると疑った。
「それは言えない。間違いのない見張りだ、とだけ言っておく」
 今度は身も蓋もない答えだ。
「いやいや。それじゃ、お話にならないんですけど。
 だいたい、あたしは『つくもり』じゃなくて『つきもり』! この子は『おうき』じゃなくて『あおき』でしょ! あんた、訛り酷くない!?」

 頭に血が上ると、まだ前の話が終わっていないのに次の怒りの炎が燃えあがってしまうものだが……。
「有紀ちゃん、ごめんなさい。『青木真白』は偽名なの。本当の名前は、『黄木真由(おうきまゆ)』なの。ミツトシさんは、何も間違っていないの……」
 有紀の腕の中にいた親友の言葉は、正直なところ想定の範囲内のことだった。
「わたし、有紀ちゃんに近づくよう頼まれたの。別人を演じるように言われて。最初、有紀ちゃんは呪いを使うものに狙われると思われていたから、もしも巻き添えを食らうことがあっても影響を減らせるようにって、専門家のおじいさんに言われたの。でも、有紀ちゃん。わたし、初めは頼まれたから受けたことだったけど、わたし……」
「わり……どうでもいいわ」
 親友の辛い告白を、有紀は最後まで続けさせなかった。
「あたしは認めない。あんたは、真白だ。他の誰でもない。あたしの知ってる真白は、あたしに謝ったりしない。あたしのことを、有紀ちゃんだとか呼ばない。
 あんたはオウキナントカとかいう、誰だか知らない女じゃない。あたしが知ってるのは、淫売だとか死ねとか冗談で言ってくれる親友だ。
 口が悪いけど、いざとなったら友達のために本気で動いてくれて、必要なら夜中でも怪しい中華料理屋まで一人で駆けつけてくれるような、そんないい女だ」
 有紀は黄木真由――否、青木真白を見つめた。
 真白は涙を手の甲で拭った。
「ドン亀のくせして、口先だけは偉そうにしやがるし」
 そう言って、二カッと笑った。
 有紀も笑顔で返した。
 有紀が親友と認める真白が、そこにいた。

 女二人が友情を確かめ合っているうちに、ミツトシの姿が消えていた。
「あいつ……」
 有紀は一気に醒めた。
 初め、ミツトシは絶対的なヒーローに思えた。こともあろうにゴリラなんかに誑かされていた有紀を、現実では有り得ない必殺技を繰り出して救出した。
 だが、ミツトシは人間として必要なものがいくつも欠落していた。何か、普通の人間とは全く別の行動原理によって動いているような、そんな気がしていた。
 もはや恋愛の対象からは外れた。強い男が好きな有紀だったが、一緒に人生を過ごすことのできない男とはやっていける気がしない。
「わた……うちら、ここの店主に待ちぼうけさせられてたんだ。ミツトシさん、呼ばれたんでしょ」
 半開きの扉から、真白はふてくされるでもなく出て行く。ミツトシのマイペースぶりに慣れているのだろう。
 釈然としないまま、有紀は真白の後を着いていった。

 有紀たちは地下にいたらしい。窓のない、牢獄のようなコンクリート剥き出しの廊下を歩いていった。
 真白は寒そうに両肩を抱きながら歩いている。真白は寒がりだったのだろうか? 有紀には閉じ込められた初夏の空気が、むしろ暑かった。
 真白は痩せている。綺麗だが、不健康ともいえる程だ。
 痩せ過ぎている真白には、ダイエットを考えている有紀とは違って寒いのかもしれない。
「なんだ真白、冷え性持ち?」
 有紀はニヤニヤ笑って、スーツの上着を脱いで真白の肩にかけた。
「……あんがと。ここ、凄く寒気がする」
 有紀は一枚脱いでも汗が滲む一歩手前なのに、真白は冬のように震えている。
「なに真白、霊感でもあるの?」
 有紀は冗談のつもりで言った。
「まあね。見えることはないけど、感じるんだ。ここ、ヤバいよ。人間が居られるところじゃない……」
 真白には大真面目に答えられてしまった。
 有紀はようやく理解した。ミツトシや真白のいる世界は、そういう世界であったことを。彼女自身も、巻き込まれた挙げ句に同じ世界に足を踏み入れてしまったことを。(少なくとも就職した時点で足を踏み入れていたことは、まだわかっていない)
(オカルトには興味ない子なんだけどな……)
 有紀は運命の悪戯を少しだけ恨んだ。

 二人がミツトシに追い付いたとき、彼は既に使いの人に扉を開けられて案内されているところだった。
 ミツトシを導いていた若者が、有紀たちに視線を向けた。隣にいた真白が吐き気を催したように口に手を当てた。
「大丈夫。真白、あたしがついてる」
 有紀が声をかけると、真白は言葉なく頷いた。
 有紀が若者を睨みつけると、若者は引くどころか口元をニュッと歪めて扉の中に入るよう促した。眼は素のまま、唇だけで笑った。
 有紀は若者を無視して、震える真白の肩を抱きながら部屋に入った。
 扉の中はまるで異空間のようだった。
 桐の箪笥や掛け軸など、中華料理屋のイメージとはかけ離れた和風インテリアで壁が埋め尽くされ、今までのコンクリートに敷き詰められていた全景が嘘のようだ。
 入り口は玄関の土間のようになっていて、畳で敷き詰められた座敷に上がる前に靴箱まで置かれている徹底ぶり。正面には極めつけの般若の面。有紀は(ベタか)とさえ思った。
 般若の面の真下で、何枚も積み上げられた座布団に和服を重ね着した老人が座っていた。両脇には甚平に似た軽装の和服のオジサンが二人ずつ。
(犬○家かっ)
 有紀はもう一度、心中密かに突っ込んだ。
「これはまた、綺麗なお嬢さんかたがたを連れてらっしゃる。重畳、重畳。まことに結構」
 老人が、見た目に合わない元気な声で、唄うように調子をつけて言った。
「後ろのはオマケだ。面倒なのはナシだ。用件だけ伝えたら連れて帰る」
 ミツトシの物言いはこれ以上なく無愛想だ。
(これが時代劇だったら、この人が悪役決定。あっちが黄門様みたい)
 有紀は脳内突っ込みで忙しいが、震えながらしがみついてくる真白をあやすのも忘れない。
 大丈夫だから、と宥めるように怯える肩を叩いた。
「あんたら『ましら』の一門に、人喰いが出た。帝家(みかどけ)に利する者として、狩らせてもらう」
 ミツトシの言いようから、どうやら老人があのゴリラ男の上司みたいな人らしいことが推測された。
「なるほどなるほど。山の神の性に負けたものが出てしもうたか。これまた不憫なことなれど、定めとあれば詮なきこと」
 有紀はニブチンなりに考えを巡らせてみた。老人がゴリラ男のボスというなら、老人もゴリラだということなのだろうか?
 もしかして、黙って座っている4人のオジサンもゴリラの一門だということか?
 中華料理屋の地下に、ゴリラ屋敷が埋まっていたというのか??
「ちょい、質問あるんだけど」
 有紀が挙手した。
「黙ってろ」
 ミツトシが小声で叱った。
「ほうほう、これはこれは趣(おもむ)きこと。お嬢さん、どうぞ御遠慮なさらず」
 老人は構わないようなので、有紀は続けることにした。
「あの人……その、今話してる人のことね。あの人、おじいちゃんの部下だったの?」
 “おじいちゃん”という言葉に反応して、空気がざわついた。オジサンの一人が眉間に皺を寄せて、立ち上がろうとして膝をついた。
「喝!!」
 老人は立とうとしたオジサンを睨みつけ、制した。
 オジサンは納得できなさそうに舌打ちしながらも、腰を落とした。
「よいか木曽の赤丸。無知の失礼は侮辱に非ず、憤るは狭量の恥を悔やむべし!」
 老人がどこの方言で喋っているのかわからなったが、とにかくオジサンを叱りとばしたのだけはわかった。
「客人(まれびと)の御前(おんまえ)で躾至らぬ醜態を晒し、誠に遺憾候(いかんそうろう)ござる……」
 老人が座布団の上で恭しく頭を下げると、オジサンたちが4人とも憤りを露わにして立ち上がった。
「おじいちゃん、謝らなくていいから!」
 有紀はつい大きな声を出した。
 この老人が、凄く偉い人なのが有紀にもわかった。老人の威厳が揺らぐたび、オジサン達が大騒ぎする。
 有紀は初め、老人の大物臭い態度が気に食わなかった。でも、それは間違いだったことに気付いた。この老人は、安々と謝ってはいけない人だったのだ。

「ええと。まず、呼び方は何だったらいい? おじいちゃんだとマズいなら……」
 オジサンの一人が口を挟んだ。
「御老公と呼べキチ○イ! マズいとわかってるなら口にするな学習障害者!」
 オジサンがむきになって泡を吹きながら叫ぶのがかえって可笑しかったが、有紀はどうにか吹き出すのを我慢した。
「南部の勘吉、口を慎め!」
 老人の一喝で縮こまったオジサンが可哀想になってきたので
「ありがとう。御老公様、がいいんだ」
 有紀がフォローしてみると、場は嘘のように収まった。
 そんな水戸黄門な呼び方でいいなら、問題なんてどこにもなかった。
「御老公様、あの人ってお…御老公様の子分? 子分に犯罪者が出ちゃったら……その、どうすんの?」
 有紀は本当はこのような聞き方をするつもりではなかった。もっと糾弾するような言い方をするつもりだった。
 それが、出来なくなった。既に有紀は老人に情が移り始めていた。
「人の世の理(ことわり)とは違(たが)われど、佐渡の仙造は我が子のように育てた子。
 お嬢さん。ハンザイなどとは言うけれど、先に山開き住処を奪い、山の神の眷族を人里に招いたは人の業。
 辛い浮き世に追いやりながら、過ちあれば咎を責むるはなんたる仕打ちか……」
 そう言って老人は、悲しそうな顔で俯いた。
 有紀は複雑な気分になった。
 人殺しを身内から出しておいて、突っ込まれたら「先に手を出したのは人間のほう」なんて、話にならない。
 しかし、4人のオジサンたちの怒りと悲しみの震えから見るに、彼らにとって山を追われたことは非常に大事なことなのだろう。
 有紀は改めて思った。彼らは、人間とは違う生き物なのだ。似ているけれど、明らかに違うのだ。
「そっか……。言い過ぎた。ごめんね御老公様」
 再び不穏な空気を漂わせ始めたオジサン達が、すぐに大人しくなった。
 きっと、昔はゴリラの住処があったのだ。今は動物園でしかゴリラを見られないけど、昔はそこらの山にいたのだ。(ゴリラがどこの生き物であるかなど、有紀は知らない)
 人間が山を切り開かなければ、確かに人とゴリラの軋轢は無かっただろうに。
 人間から見たら悪役以外の何者でもない彼らだが、逆に彼らから見たら人間の方こそ悪役そのものなのかもしれない。
「……もう一つだけ、いい? 御老公様はどうなるの? 責任取らされちゃうの?」
 これは、初めは聞くつもりはない質問だった。有紀は話しているうちに老人に情が移って、心配になってきた。
 場はしばらく沈黙した。有紀は質問する相手を間違えたことに気付いた。
 それは、彼らの方こそ知りたい事だろう。
「それはないから安心しろ」
 ミツトシが横槍を入れた。
 口元に優しげな笑みが浮かんでいた。
「俺があの馬鹿を狩る。それを黙認すると約束するなら、奴らとの話はそれで終わりなのさ」
 それが事務的な伝達であったのか、有紀を安心させたくて言った言葉なのか、彼らに条件付き無罪を言い渡したのかはわからなかった。
「そっか、良かった」
 ミツトシのフォローを耳にした有紀は、何故か我が事のようにホッとした。
 有紀の安堵した表情を見た老人は、少しだけ顔を緩めた。
 そして、最初のように威厳を保ちながら宣告した。
「重畳なるかな重畳なるかな。この飛騨の申兵衛の名において、こちらからこそお頼み申す。一族の掟破りし佐渡の仙造、処罰は三年眠太郎に一任お頼み申し上げる」
 この一言だけ聞くと、ミツトシはすっくと立ち上がった。
 彼としては、老人のこの一言だけを聞きに来たようなものなのだろう。
「あっ。最後に、一つだけいい?」
 この期に及んで、有紀が口を開いた。
 ミツトシは靴を履こうとしていて背を向けていて、反応が遅れた。止めようとする間もなく、有紀は喋り続けた。
「人間のこと、嫌いにならないでね」
 有紀の微妙な願いに、老人は二カッと笑った。
「それはむつかしきことなれど、お嬢さんのようにいとしげな者を嫌えというも、それまたむつかしきことなり」
 老人の答えもまた微妙なものだった。
 でも有紀は、少なくとも今はそれでいいと思った。
 ミツトシがほっと溜息をついた。

 御老公との会見を終え、使いの者に中華料理屋の出口に送ってもらった。
 使いの若者は、
「図に乗るなよ」と言った。
 頭に来た有紀が言い返そうとしたが、ミツトシに先を越された。
「別に、図に乗るようなことはない。特別な遣り取りは無かったが」
 有紀も鈍いなりに察した。この若者には、有紀の言うことは通用しない。
「よく覚えておけ。ヌシらは、味方よりも敵に近い」
 若者が怒っている様子もなく無表情に言い放ったのが、余計に不気味だった。
「それは朗報だな。俺はてっきり、敵となる一歩手前だと思っていた」
 ミツトシは平気な顔でそう言い切った。
 有紀はなぜ先程『この若者には有紀の言うことは通用しない』と思ったのかがわかった。
 老人に有紀の話が通じたのは、互いに敵対したくないという考えがあったからだ。
 だがこの若者は違う。初めから敵意を持っている。
 そういう相手には、ミツトシの方が向いている。
「そういえばお前ら、『クビダワラ』とは未だに連絡が着かないのか?」
 ミツトシのその言葉は、探りを入れているようだった。
「……今まで『クビダワラ様』のことを聞かれた者と、おそらく同じ答えを言う。あのかたの情報を仮に得ていたとしても、貴様に教える者は我が眷属にはいない」
 若者は相変わらず無表情なのが、有紀には怖かった。
 よく見ればこの若者、さっきからまばたきをしていない。幽霊を見たことのない有紀は、初めてその類を恐がる人の気持ちがわかった。
 不気味な若者との問答は、長くは続かなかった。
 中華料理屋の表玄関に着いた。早く不可解な使い人と別れたかった有紀は、真っ先に手を伸ばして扉を開けて出た。ドン亀と謗られて久しい彼女が他人より速い動作を行った、唯一の事例だった。

「凄いよ有紀! あんた、どうしてあんなのと渡り合えるの?」
 逃げるように料理屋の外に出た真白は、開口一番にそう言った。
 有紀にはただの偉そうなおじいちゃんにしか見えなかったものが、有紀には恐ろしい怪物に感じていたのだろう。
 料理屋をゆっくりと出たミツトシが、フッと笑った。
「月森は感じない。だからこそ、あれを人に近いものとして対話できたんだろうな」
 そう言って遠くの夜空を見つめ、サングラスの中心を押さえた。
 小一時間前まではミツトシのそういう仕草に見とれていた有紀だが、今では何とも思わない。
「それ、誉めてるつもり?」
 有紀はムッとしたが、
「そうだ。正直、よくやった」
 面食らうほど、あっさり誉められた。
「結果論だが、あのじいさんがあそこまで穏健派だったとは知らなかった。あちらも全面戦争は避けたいのだな。奴らも、一族の存続のため必死なんだろう。俺一人だったら、全員殺すしかなかったかもしれない。お前のお手柄だ」
 何気に物騒なことを言うミツトシに、
「そ、そう。わかれば良いのよ」
 有紀はそうとだけ返事した。
「でも、変な話ね。身内に罪人が出たなら、内輪で処分するのがスジじゃない? 信用されたければ、そのくらい……」
 有紀は素朴な疑問を口にした。
「月森、順序が逆だ。帝家は内輪の処分で納得するほど、ましらを信用できない。ごまかし食って、罪が罰に繋がらなくなる事態を否定できない」
 ミツトシが答えた。それは先程の『敵となる一歩手前』『全員殺すしかなかったかもしれない』という発言を裏付けていた。殺人者を罰する、ただそれだけのことに異論を出しかねない相手だったのだ。
 有紀が成し遂げたことは、なかなか大したことだったのかもしれない……。
 ふと、有紀はまた別のことが気になった。
「さっきから出てるミカドケって、あんたの勤めてるとこ?」
 有紀はミツトシのことに関して、まだまだ知らないことだらけであることを再認識した。
「……まあ、そんなところだ」
 ミツトシが曖昧な返事をしたことが有紀にもわかったが、そこから先の質問は許されなかった。
「さて、俺は一仕事してくる。黄木、おまえは月森を送ってやれ」
 ミツトシはそう言って、夜の闇の中に消えていった。
 有紀も真白も、何も言わなかった。
 ミツトシにどんな『一仕事』が待っているのか、はっきりとわかっていたからだ。
(つづく)
(初出:2012年11月)
登録日:2012年11月27日 15時31分
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