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かたやま伸枝
著者:かたやま伸枝(かたやまのぶえ)
1963年生まれ。NHK教育テレビ「おはなしのくに」原作でデビュー。現在「マイナビウーマン」などWebを中心に作家活動中。また占い師(中野占い館「ランプ」で「碧」名で所属)としても暗躍中。物書きとしても占い師としても、人の心の中にあるイワクイイガタイキモチを掘り出して言葉にすることがライフワークです(占い師としては個人の秘密は厳守します)。2013年 第二回空想科學小説コンテスト、巽孝之賞受賞。
小説/現代

天使の中指(1)

[連載 | 連載中 | 全7話] 目次へ
はしゃぎながらもちょっと寂しいおれたち四人の隣に、パワフルでにぎやかな女のコ三人組が登場。だが神経質な沢木が彼女らを露骨ににらんで……軽妙な文体で「おれ」の心情をつづる青春ラブストーリー。待望の連載がついに開始!
 桜子とはじめて出会ったのは、大学近くの居酒屋だった。
 最初はおれら四人、沢木と矢尾と三宅とおれ(辻森っていうんだけど)で飲んでたんだ。
 一応、二年への進級祝いという名目で。
 テーブルにチーズコロッケやほっけ、もろきゅうや焼きイカなんかが並んでて、いつも通り、プレステやタレントの写真集の話で盛り上がったような雰囲気ではあったんだけど。
 ……まあ口では上手に言えないような、そこはかとない寂しさはあったかな。
 なんというか、面子が三人を越えたら盛り上がらないとイカンみたいな、脅迫観念がある気がして。
 それでもまだ寒い中、店には三宅のメガネがたびたび曇るほどガンガンに暖房が入っているし、客が来るたび「らっしゃいっ!」と威勢のいい掛け声があがって、おれたちはなんとなくほっともしていた。
「キャーッハハハハハ。だからさあ、んなバカさあ、ほっとけばよかったのよぉ」
 そんな中、となりの席の女のコたちの声が、たびたび耳についた。
 おれらと同じかちょい上ぐらいの、けっこうなキレイどころだ。
 でもまあ、キレイなコでもうるさいことはうるさい。
 こっちにやや勢いがない分だけ、癇に触るっていうところか。
 しっかし女って、男といるときでも、同性でつるんでいるときでも、いつもやたらに元気だよなあ。ひとりでいるときもこんななのかな……なんてことを考えていたら、神経質な沢木が、女のコたちを振り返ってあからさまににらんだ。
 ったく、ヤツはすぐこういう行動に出る。
 いいよ、ひとりでいる時なら何やっても。だけど今、四人でいるときそういう行動をとるかなあ。
 それじゃあウチら全員が、女のコたちをうとましがってるみたいじゃないか。
 たしかにうるさいけど。でも、ガンつけるほどじゃないよ。
 でもあいつがにらんだせいで、おれの気持ちもヤツと同じだと女のコたちにとられてしまう。
 あいつひとりのリアクションのせいで。それがたまらなくムカついてしまう。
 だけどとなりのテーブルの女のコたちは、そんなことは気にせず、あいかわらずえらく元気だった。
 そして、かわいかった。
 なかでも桜子は、稲森風のややぬけてるような顔だちが魅力的だった。初対面から目が吸いついて離れなかった。
「さくらこぉ、そんなヤツ、忘れなきゃぁ」
「わかってるけどぉ、忘れさせてくれないんだもん、あいつの方が」
「やだそれってば、エッチすぎーーっ!」
「ギャーッハハハハハハッ!」
 店の半分ぐらいの客が、桜子たちを振り返えるほどのパワフルさだった。
「あの、すいません。すこしうるさすぎるんですけど」
 うわっ。
 おれはびっくりして自分のテーブルに向き直った。沢木が彼女たちにいちゃもんをつけたのだ。
 信じられんねぇ。
 矢尾や三宅もおれも、意思表示するほどイヤがってはいない。
 でも、どうしてもうるさくてたまらないんだったら、ちょっと一言おれらにさぐりを入れてから声をかけるだろう、ふつう。
 なのにアイツは自分一人の意志で、すぐそういう行動をとる。
 ホント、自分に神経質なヤツほど、他人の気持ちに無神経だよな、まったく。
「あ、ごめんなさーい」
 幸いなことに、女のコたちはハモりながら笑顔で謝ってくれた。
 ハモった女のコたちは、一瞬視線を交わすと、小さく小刻みにうなづいて微笑み合う。
「あのー、失礼ついでにお願いがあるんですけど……」
 桜子が、するするっとテーブルに近づいてきた。
「よかったら、ごいっしょしません?」
 男四人は一瞬、パチパチッとせわしなくまばたきをした。
「ええ、どうぞどうぞ、いや、うれしいなあ」
 ジャニーズっぽい得な顔だちの矢尾が、とっさににこやかに答える。矢尾も沢木がキライらしく、ヤツの意向をときどき露骨に無視する。今もそうだ。
 沢木はぷいっと顔を横にそむけた。だが表情をよく見ると、相席はまんざらイヤでもない雰囲気だ。
「それじゃあ、おじゃましまーす」
 三人の女のコたちは、自分たちのジョッキを持っておれらのテーブルに滑り込んできた。
 いっぺんに座が華やいだ。たとえじゃなくて、ほんとに花が咲いたようだ。
「美香でーす」
「彩菜でーす」
「桜子でーす」
 名前を名乗った三人の女の子のつやつやしたピンク色の唇が、くにゅっと笑顔をつくり、白い歯をきれいにのぞかせる。
 みんな色が白くて、髪は茶パツで、身体が細くて、ミニのスカートから伸びたすんなりとした脚がなまめかしい。
 とびきりってやつだと思う。
 おれは髪をアップにした美香ちゃんのうなじや、ぱっちりした彩菜ちゃんの目の白い部分や桜子のセーターの胸元からのぞく鎖骨に、幾度も衝撃をうけながらも、なんとか気持ちを落ち着かせた。
「学校どこなの?」
 三人の女のコは、たがいに視線をクルクルとからめ合うと、また笑った。
「ううん、もう働いてるんだ」
「じゃあ、OLさん?」
 矢尾がたずねると、三人の視線がもう一度からんだ。
「ちっがーう。わたしたちはね……じゃーん!」
 三人は写真に撮られる女子高生のように腕を前に出した。
「エステティシャンでーす。三人合わせてゴールドフィンガーズ!」
 声がきれいにハモっていた。思わずおれらは拍手していた。
「へえっ、エステで働いてるんだ。ねえ、おれも一回行ってみたいな」
 三宅が目をキラキラさせてる。
「残念でした。ウチはメンズはやってないの。女のコだけっていうか、チェーン店じゃなくて値段高いから、ブヨブヨのおばさんばかりよ」
「そのかわり給料はすっごくいい。とんでもない重労働だけど」
「ほら見て、腕なんてすごい筋肉」
 彩菜ちゃんがセーターをまくって腕を見せてくれた。なるほどすごい筋肉だ。こういう細身で筋肉質のコって、腕相撲とかけっこう強いぞ。もしかしたらおれなんか、負けてしまうかもしれない。
「じゃあとりあえず、乾杯!」
「乾杯!」
 これがおれと桜子との最初の出会いだった。



 二次会のカラオケも大いに盛り上がった。
 実はその夜おれは居酒屋分の金しか持ってなくて「また三宅に借りるのか、わりぃなあ」ってショゲてたんだけど、驚いたことに居酒屋の分は女のコたちのおごりになっていたのだ。
 ああいうときは、だいたい女のコの払いまでつけられてしまうことが多いのに。
 だけどおかげでこうして、仲間にうしろめたい思いをせずに、カラオケにのめり込むことができる。感謝だ。
 桜子たちは、おどろくほどカラオケがうまかった。
「モー娘。」なんて歌だけじゃなく、細かいフリや目線さえも、ビデオクリップとほとんど同じに踊れてしまう(しかもひとり三役もこなして!)。
 何より彼女たちは、真剣だった。
 もちろん遊びだからリラックスしているけれど、「やるっ!」と思ったことにまっすぐにダッシュしている感じがする。
 ムキになるとみっともないとか、このへんでいいかな、なんていう迷いがない。
 見ていて爽快だった。
 カラオケルームでは曲が止まるたび、沢木の寝息が聞こえてきた。
 けっきよく沢木は最後まで女のコたちと打ち解けることができず、なんとなく場から浮いて手持ち無沙太で酒をがぶ飲みし、酔いつぶれてしまったのだ。
 めったに飲み過ぎることがないこいつが。いや、こんなの今日がはじめてだろう。
 ちょっと驚いたが、まあもともとヤツはウチに泊まる予定だったから、いいか。
 こうして眠っていると、沢木もなかなかイケてる男なのに。
 でもあのいつもの神経質そうな表情が顔にでたとたん、女のコたちはホント器用にこいつのことを無視しにかかる。
 すごいよな、彼女たちのセンサーって。
「よっしゃーっ、決まったぜーーっ!」
 曲を終えた桜子がガッツポーズを出した。
 美香ちゃんや彩菜ちゃんとともに、ストンとその場にすわる。
「ホイッ、次は君だよん」
 桜子の言葉に促されるように、ラルカンシェールのイントロが流れ出した。マイクをにぎるたび、ちょっとビビる自分が情けない。
 ああ、押し出しの弱い歌いっぷりだ。
 歌がうまいヤツも、そうでないおれでも、何となく歌えてしまうのがラルクのいいところだが、今夜はそんな中途半端さが裏目にでている。
 高音の不安定なビブラートとともに、なんともいえないまったり感が、部屋中に広がっていった。
 矢尾は美香ちゃんと、三宅は彩菜ちゃんと、目くばせしながら話しはじめた。
 まあいいか。ずっと盛り上がり続けるカラオケも、実は案外と疲れるものだ。
 初対面同士が知り合うためには、こういうまったり感もムダじゃないだろう。
 でもヤツら、こうして人が歌ってる間にうまいことやりやがってなあ。くそー。
 最後は気もそぞろで歌い終わった。
 みなの拍手が大きい。きっと有益な「まったりタイム」を設けたことへの、感謝の意味が入っているのだろう。
「イェーーイッ!」
 歌い終わって座ったおれの肩を、桜子がポンッと叩いた。
 うわぁっ、指細いっ! 全身の筋肉が一瞬一気に緊張する。
「君ってさあ、ホントにまじめな人なんだね」
「え?」
 桜子が笑っている。
「君って、いっつもまわりの人のことを考えて、気を配って、いい人だよね。今日の人たちみんなそうだけど、君は特にそう」
「そ、そうかな」
「うん。大好き」
 その言葉に、心臓が口から飛び出しそうになった。
 そ、そんなに好きなら、教えてもらえないかな、携帯の番号。
「あの、おれね、辻森っていうんだ」
「そっかぁ、辻森くんか。よし、おぼえたぞ」
「それでさあ、桜子さん」
「ダメ」
 彼女はちょっと怒った表情になり、おれはとたんに緊張する。
「呼び捨てでなきゃダメだよ。やりなおし」
「え、あ、あのさあ……桜子」
「よしっ」
「お願いがあるんだけど……」
 携帯の番号を教えてくれという些細な望みを口にしたいのに、なぜか唇が乾いていいたいことがすなおに出てこない。
 おれは困ってとぎれた言葉をつなぐように、ヘラヘラと無意味な笑いを顔に浮かべた。
 カラオケでは三宅と彩菜ちゃんが、おれの知らない古い歌謡曲をデュエットしている。銀座でどうのって、なんだそりゃ……ああ、そんなことはどうでもよくて。
 おいどうするんだよ、携帯の番号くらい軽く聞けなくて。
「なんすかぁ、お願いって。辻森くんのお願いなら、たいてい聞いちゃうぞ」
 うおぉぉっ、じゃあ携帯番号じゃなくて、もっとちがうお願いにしようか!
 だがこんな大事なときに、足元から不吉な声がした。
「おい……ここどこよ」
 沢木だ。沢木のヤツが起き出したのだ。
 おれはすっごくイヤな予感がして、口をきく前からうんざりしてしまっていた。
(つづく)
(初出:2000年06月)
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登録日:2010年06月15日 17時14分
タグ : 青春 恋愛

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