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かたやま伸枝
著者:かたやま伸枝(かたやまのぶえ)
1963年生まれ。NHK教育テレビ「おはなしのくに」原作でデビュー。現在「マイナビウーマン」などWebを中心に作家活動中。また占い師(中野占い館「ランプ」で「碧」名で所属)としても暗躍中。物書きとしても占い師としても、人の心の中にあるイワクイイガタイキモチを掘り出して言葉にすることがライフワークです(占い師としては個人の秘密は厳守します)。2013年 第二回空想科學小説コンテスト、巽孝之賞受賞。
小説/現代

天使の中指(2)

[連載 | 連載中 | 全7話] 目次へ
明け方のカラオケボックス。寝起きの不機嫌な沢木がおれに絡む。ムカつく。イラつく。疲れるっ。帰宅するなり自室のベッドにナイロンバックを投げつけてしまった。バッグの中身がバラバラと床に、……「お、おぉーっ!」
「ここって、ここはカラオケボックスだよ」
「なんでだよ、今日おれ、おまえのうちに泊まる約束してたじゃないか」
 時刻は午前四時五十分。起きぬけの沢木は、めちゃくちゃ機嫌が悪そうだった。
「だってみんなでカラオケ行こうってことになって、相談しようとしたって、おまえは寝てるし」
「だからって、約束をやぶるのかよ」
 沢木がもんのすごく不機嫌そうに、おれをにらむ。
 おれもムカつく。
「だって熟睡したおまえなんか、重くておれ一人じゃとても運びきれねぇよ」
「なんだよ。だって、だってって言い訳ばかりしやがって。けっきょくおまえは、おれとの約束より女がよくってここ来たんだろう? おれはおまえみたいなおぼっちゃんとちがって、カラオケなんかにホイホイ金出せないって知ってるくせに……」
 沢木はおれをにらみながら、低い声でブツブツと文句を言い続ける。
 ったく誰がおぼっちゃんなんだよ。おれだって、金ならないぞ。
「だったらちゃんと起きていて、自分の意志で家に帰ってくれ」
「ひでぇな。自分が悪いクセに人のせいにする気だよ、コイツ」
 おれはひどくムカつき、同時におそろしく疲れた。
 なんで、こんなことを言われなきゃならないんだろう。
 いっそここで派手にケンカして、沢木とは一生付き合わなくてもいいようにした方が、いいんじゃないだろうか?
 だが、ここでおれが決定的に怒れないのは、ヤツは中学から高校の卒業までコツコツと柔道部で練習を続け、ケンカに強いのを知っているからだ。
 やったことはないが、ヤリあったらおれは必ず負ける。
 だからいつも、沢木に押される。あきらかに沢木が悪い場合でもネチネチ文句を言い続けられ、ヤツのいいようにされてしまう。
 おれは酔いも楽しさもいっぺんで吹き飛んで、何ともいえないドス黒い感情が自分の中にたまっていくのを感じていた。
 壁の内線電話が鳴った。三宅が出る。
「はい、はいもう出ます。清算します。全部でいくらですか……」
 入るときに、ここはワリカンとみんなで決めた。
 もしかしたら、沢木は払わないかもしれない。そしたらどうするんだろう。男だけで沢木の分も負担するのかな。おれ金、足りるかしら。
「じゃあみんな、五千五百円オールっていうことで」
 三宅のソフトな声が、部屋に響く。
 おれはすぐさま三宅に金を払ったが、沢木はなかなか財布を出さない。
 ドス黒い感情が、おれの中にどんどん広がっていく。
「はいそれで、沢木は金出すの出さないの?」
 集金していた三宅が、おれたちの間に入ってサクッと沢木にいった。
「はいよ」
 沢木は上着のポケットから金を出すと、三宅に素直に差し出した。
 おれ以外のヤツには、沢木はめったに噛みつかない。
 よく人を見ているのだ。ホントにイラつく。
「じゃあ悪いけど、一足先に行って会計しててくんないか?」
「ああ」
 おれと沢木を引き離すために、三宅が気をきかせてくれたのだろう。
 おれは涼しい廊下に出ると、いくつもの曲がり角を曲がって、受け付けへと清算にいった。
「ただいま、ポイントサービスを実施中です。次回五百円引きのサービス券を……」
 めんどくさいので、券はもらっておいた。
 もう桜子のことなんてどうでもよくなってしまうほど、おれは疲れていた。



「じゃあ、機会があったらまた」
 カラオケボックスを出ると、歩いて帰れるおれと矢尾と、地下鉄組に面子が別れた。
 地下鉄組は始発が出るまでの短い間を、ドーナツ屋ですごすようだ。
 道路の向こうでは、あれほど文句をたれていた沢木が、今は桜子と楽しそうに話をしている。
 三宅は彩菜ちゃんと、かなりいい線だ。
 おれはどうしようもない脱力感におそわれていた。
「あーあ」
 思わず情けない声を出してしまう。
「なあ辻森。よけいなお世話だけどさあ、おまえあんまり沢木といっしょにいるなよ。疲れるだろう。それに正直、おれも三宅もあいつキライだし」
「そうなんだけど、でも気がつくとそばにいるんだよ」
「なんか見てるとそうだよな」
「うん」
 ここで矢尾は軽く手を振ると、八階建ての管理のよさそうなマンションに帰っていった。
 おれはトボトボとなおも歩きながら、住んでいるオンボロアパートをめざす。
 沢木との付き合いは、おれがあいつのいる中学に転校してからはじまった。
 おやじの転勤に付き合うこと四回、小学校から転校馴れしていたおれは、どこの学校でもすぐになじんだが、あの中学だけはてこずっていた。
 そこはみんなが同じ間取りに住み、どの家もほとんど同じ収入の大規模団地にある中学で、微妙な言葉のイントネーションや外見の小さな違いが、やたら大きく目立つのだ。
 イジメにあったわけではないが、自分がクラスで何となく浮いているのを、自覚しないわけにはいかなかった。
 そんな時、同じクラスの沢木が親しく声をかけてくれたのだ。ヤツはいちいち親切に、なかなか口には出していいにくいような細かなことまで、細かく教えてくれた。
 おれは最初、なんていいヤツなんだろうと沢木に感謝していたが、三ヶ月もたたないうちに、その態度に首をかしげるようになった。
 そして半年もたたないうちにはっきりとした。あいつは自分が人間関係でいつも優位にたっていないと、気が済まない性質(たち)だったのだ。
 教えて教えられる関係ならば、ヤツはいつでもおれより上だ。
 かくして沢木は中学、高校、大学とずっといつまでも「おまえはなぁんにも知らないんだから」と擦り寄ってきて、ウンチクをたれながらいつでも自分のわがままを通し、おれのことを踏みつけに……いや、そこまでいくとオーバーだな。
 昔はホントは、自分が記憶してるよりはずっと、おれらは仲がよかったのかもしれない。
「おまえって、しょがねぇよな」といわれながら、助けられたことも何度かあった気がする。
 でも正直、今はもうあいつの顔を見たくない。
 沢木とは付き合いたくないのだ。
 昔のよしみっていう気持ちより、その方がずっと強くなってしまった。
「ふう」
 こういうことは、考えるととても疲れる。おれは小さなため息をひとつつくと、アパートの金属製の外階段をあがっていった。
 スニーカーが階段を叩く音がやけに響くので、朝も早いし、おれはなるべく足音をたてないようにして上がっていった。
「……ただいま」
 誰もいない部屋にむかって、スニーカーを脱ぎながら低くつぶやいてみる。
 かたづいた部屋。沢木が来るからビールなんかも用意して、何ならとろうかという宅配ピザのカタログもテーブルの上に出してあって……。
 なんだか突然、よくわからない怒りにかきたてられて、おれは衝動的に持っていたナイロンバッグをベッドヘッドに投げつけた。
 バッグはシーツの上を滑ってベッドヘッドに当たると、半分ベッドからおっこちるような形で止った。
 そして半開きだったファスナーから、携帯だのMDウォークマンだの財布だのハンドタオルだのが、バラバラと床に落ちた。
 ばかじゃねぇの、おれって。
 何だかあまりに情けなさすぎて、床の上に座り込んだ。
「ん……あれ、なんだ?」
 最後にゆっくりとバッグの口から白い円盤状の紙が落ちてきて、床の上をすこしだけ転がって倒れて止まった。
 コースターだ。
 ベッドのそばまで、四つん這いで床の上をすばやく移動した。

 時間があったら、TELしてね☆    桜子

「お、おぉーっ!」
 ひとしきり彼女の携帯番号が書いてあるコースターの文字をながめ、ひざにのせて時間がたつのを待ち、彼女がおそらく家にたどりついただろう時間に、おもむろに番号をプッシュした。
「はい……もしもし?」
 電話の向こうの声は、すこし警戒している。
「あの、さっき会った辻森ですけど……」
「あっ、いやだぁ、辻森君? うっれしぃー!」
 桜子の声がはじけるように変わっていった。
 おれもうれしい。
「桜子は、疲れてない?」
「うん、疲れてるけど、楽しかったから心地好い疲れかな」
「そっか。これから何するの?」
「シャワー浴びて寝る」
「こっちもそう」
「そうだよね。じゃあ、おやすみなさい……って、あのね」
「なに?」
「これから寝るとき、毎晩おやすみコールしていい?」
「いいよ。おれでよければ」
「そっか。ありがとう。じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
 OFFのボタンを押したあと、胸の中がほつほつと暖かくなってきた。
 朝だけど……おやすみなさいって、いい言葉だと思った。
 それからおれはまるで、小さな子どもがクマの縫いぐるみと眠るように、携帯電話をベッドに引き入れて眠りについた。
 こうしてこの日からおれと桜子は、携帯電話やプチメールで毎日連絡をとるようになったのだ。
(つづく)
(初出:2000年06月)
登録日:2010年06月15日 17時16分
タグ : 青春 恋愛

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