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かたやま伸枝
著者:かたやま伸枝(かたやまのぶえ)
1963年生まれ。NHK教育テレビ「おはなしのくに」原作でデビュー。現在「マイナビウーマン」などWebを中心に作家活動中。また占い師(中野占い館「ランプ」で「碧」名で所属)としても暗躍中。物書きとしても占い師としても、人の心の中にあるイワクイイガタイキモチを掘り出して言葉にすることがライフワークです(占い師としては個人の秘密は厳守します)。2013年 第二回空想科學小説コンテスト、巽孝之賞受賞。
小説/現代

天使の中指(3)

[連載 | 連載中 | 全7話] 目次へ
矢尾のマンションでは既に到着していた三宅が眠りこんでいた。そのお疲れの原因を知ったおれはさらに尋問しようとするが、三宅はとろけそうな顔のまま眠りこむ。桜子とおれとのプチメール&コールは毎日続いてはいるけれど。
 ピンポーン

「あ、辻森だけど」
「おお、いま出る」
 矢尾は2LDKでフローリングの、高級そうなマンションに住んでいる。
 だるそうな足取りで、リビングへとおれをまねく。
「えっらい眠そうじゃん」
「うん。バイトでもWeb見て、家でもパソコンいじって、結局睡眠三時間だからな。自分でもバカだと思うよ。辻森はまた、ケンタか?」
「そう、毎日毎日ケンタッキーでチキン揚げてるよ。髪とかみっちり洗ったけれど、まだにおいがしてそー」
「うっ、胸焼けしそう」
 フローリングの床よりひとまわり小さいカーペットを敷いたリビングでは、一足先に来ていた三宅がぐったりと眠っていた。
「なによこいつ、休みにバイトもしてないくせに、妙にお疲れじゃない?」
「ふふん、どうしてだと思う? たたき起こして聞いてみな」
 矢尾は憮然として答えた。
「おっはよー三宅ちゃん、なんでそんなに眠いのかなぁ。おにいさんに話してごらん」
 おれは三宅の脇腹にかるく足をのせると、小刻みにふるわせてくすぐりを入れる。
 三宅はふひゃひゃひゃと、力ない笑いを浮かべて体をゆする。
「……昨日ね、帰ったのよ。彩菜ちゃん」
「昨日ってカラオケ行ったの、先週の土曜日だろ。彩菜ちゃん、それからずっといたのかよっ?」
 おれは思わず三宅にせまった。
「うん、あの朝に彩菜ちゃん、同棲中の彼氏ともめてて帰りたくないっていうから『じゃあ、うちで寝てけば』っていって、そのままずっと昨日まで……」
「昨日まで、なんだよっ!」
「……おれんちに泊まってたの」
 あああああ、こんなことが許されていいのか。
「だけどよぉ、彩菜ちゃんが泊まったからって、どうしておまえが眠いんだぁ? おい、いってみろよ、寝ないで言えっ!」
 いつしかおれは、三宅の襟首をつかまんばかりに尋問していた。
「そ、そりはいっぱいしたからだよぉ。普通にもやったしぃ、おっぱいにも挟んでもらったしぃ、お口でカポッともしてもらったしぃ、ひゃっはっはっ……」
 とろけそうな顔の三宅は、しゃべりながらも、また寝てしまった。
 唖然。
 おれはおもしろ半分で……あとの半分はけっこうマジに怒りながら、しつこく三宅にたずねる。
「おい三宅っ、寝るんじゃねぇ、起きてもっと話すんだよっ」
「すまんー、マクドでなら昼おごるから、寝かせてくれぇ……」
 呆然。
「おぉい、矢尾ぉ、なんだよこいつ……」
「ゆーなよ。おれが聞きたいくらいだ」
「くそっ、昼飯はビッグマック三個は食うぞ」
「ポテトもLだ」
 おれと矢尾は口をへの字に曲げ、うなづきあった。

 ヴィーーーン

 そのとき心臓のあたりに、低い振動が響いた。
 シャツの胸ポケットに入れた携帯が、震えているのだ。
(くふふっ)
 おれは心の中で小さく笑って、矢尾に小さく「すまん」というと携帯を取り出した。

< おはよう >

 午前十一時。桜子のおはようのプチメールは、これでもけっこう早い方だ。
 ワンタッチボタンで、すぐに返事を返す。
「もしもし、辻森です」
「あ、辻森くん、おはよー……」
 寝起きですこしハスキーな桜子の声が、耳の中に流れ込んでくる。
「今日は、午後からお仕事なのら」
「そう。おれは今、矢尾のウチ」
「いいなー、学生はヒマで」
「はっはっはっ、ちょっと待ってね」
 おれは、きょとんとしている矢尾に携帯を持たせた。
「もしもし……」
 このあとの会話は三宅と彩菜ちゃんの話だったそうだ。彩菜ちゃんは三宅のおかげでとっくに飽きた恋人と無事に切れたらしく、桜子は三宅にくれぐれもよろしくといってたらしい。
「じゃあ、桜子はお仕事がんばってね」
「はいはい、がんばりますよっ。また夜に連絡するね」
 携帯は切れた。
「ったくよぉ、どいつもこいつも……」
 矢尾はさすがに、すこし不機嫌そうになっている。
「三宅といっしょにしないでくれよ。おれはただ毎日、おはようとおやすみのコールをし合うだけ」
「だけっていうけど、毎日だろ?」
 おれは矢尾に、あれから桜子とした約束の説明をした。
 桜子がおれのところへはかける時は、朝九時から夜十時まではプチメールで、その他なら普通にする。バイトの都合があるからだ。
 逆におれが桜子のところへかけるなら、朝十一時から夜中一時まではプチメールで、その他なら普通にかける。仕事の都合があるからだ。
「おれとしては、夜中一時までホントに仕事か? って思うんだよね。なんか聞くと、通常業務が終わってから、ミーティングや勉強会をけっこうやるっていうんだけど」
 軽くいったが、かなり本気で気にしていた。
 矢尾は、まじめに答えてくれる。
「うーん、前の彼女の友だちに美容師いたけど、やっぱ仕事が終わってから十一時すぎまで勉強会とかあったらしいよ。エステとかヘアサロンとかは、そうなんじゃない?」
「そっかぁ。でもたとえウソでも、文句はつけらんないしね」
「なんでよ」
「だって、彼氏でもなんでもないから」
 そう思うと、すごく寂しい。
「じゃあ一度、昼飯でもさそえよ。好きなんだろ? じゃなきゃ進まないぜ」
「え、うん、まあ……」
「うげっ、こいつ告白してるよ」
「あっ、ひでぇ、ハメやがったな!」
 おれと矢尾は、ヒャッハッハッと大声で笑った。
 そして、ひとしきり笑ったあとで、矢尾にパソコンの使い方を教わった。
 大学にもあるが、いつも誰かに占領されててめったなことでは使えない。
「んでさ、電源入れたら、このeのマークをダブルクリックして……」
 来年からはじまる就職活動にも、インターネットは欠かせない。
 今のうちから慣れといて、冬のボーナスで親に買ってもらうしかないだろう。
 うちのように、知名度はそこそこだが実質三流という大学は、まめに努力しても就職の実情はキビシイのだ。
 一通り教え終わって、コミック雑誌を読みはじめた矢尾の横で、おれはたいして代わり映えしない企業のホームページを、それでも食い入るように見入っていた。



 矢尾の家からの帰りは、すっかり夜になっていた。
 世田谷区はISDNが定額なのだそうで、ヤツの家では思う存分インターネットを楽しませてもらった。
 三宅の告白も、ぶっとびだった。
 そして矢尾の女友だちからのツテで、新学期には花見のコンパにも出る。
 桜子を思うとちょっとアレだが、かわいい女のコが来るのなら、そりゃ会いたいに決まっている。

 ヴィーーーン

 心臓の上がしびれた。もう反射的に携帯に出る。
「おれだけど、どうせヒマだろ?」
 沢木だ。全身の力が一気に抜けた。
 時間は夜十時半。おれはテキトーに相づちを打って、風呂だといって携帯を切ろうと考えた。
 おれと沢木と矢尾は、同じ高校の出身だ。
 中央線の終点近く「えっ、こんなとこまで走ってるんだ」と驚かれるような田舎が三人の出身地なのだ。
 矢尾は、繁盛している酒屋の息子。
 おれは某精密機械メーカーの、サラリーマンの息子。
 沢木も地元のサラリーマンの息子だが、三年前におやじさんが病気にかかって今は療養中だ。
 かくして矢尾はこぎれいなマンションに住み、おれは安アパート、沢木は片道三時間近くかけて自宅通学となっている。
 沢木はよく、おれを贅沢だと責める。
 特に、金もないのにケンタッキーのような、ゆるいバイトをしていることが、許せないなどとほざく。
 ものすごくげんなりする。
 いやおれも、入学当初は居酒屋で深夜過ぎまでアルバイトをしていた。
 だがそういうバイトはてきめんに、授業に響いた。
 いくらめざましをかけても、朝起きられない。
 バイトならいくらでも働けるのに、学校では頭が働かない。
 要するに、激しいバイトをこなしながら、学校に通うだけの体力がなかったのだ。
 また、独りで暮らすということは、親元にいるより意外と気力を使うのだということも知らなかった。
 おれはいくつかのテストでかなりヤバめの点をとり、しかたなく貧乏を承知でゆるくて時給の安いバイトに切り替えて、毎日金に困りながら暮らしている。
 沢木はそれを、おれがおぼっちゃまで精神力が足りないせいだと責める。
 いわれればその通りなのだが、はっきりいって大きなお世話だ。
(あーあ)
 それに最初から、沢木はおれに八つ当たりをしているだけなのだ。
 沢木が一人暮らしをしたい気持ちも、よくわかる。親が体を壊したなんて、不安だろう。
 だがそれをこっちにぶつけられては、たまらない。
 おれは道を歩きながら「もう風呂だから」といって、携帯を切った。
 そして頭をぶるぶると振って、沢木のことを忘れようとした。



 気が滅入ったので、すこし遠回りをしてビデオを借りて帰った。
 三宅からショーゲキの告白を聞いたばかりなので、ついそういうのを借りてしまう。
 いや別に、そうじゃなくてもそうだけど。
 OLシリーズ。やっぱ桜子のことが、頭のどこかにあるんだろうな。
 顔もちょっと、似てるかもしれない。
 桜子。
 桜子の匂い。笑顔。肌の色。大きくない胸。
 うなじ。ゆれる髪。全身のなめらかな輪郭。
 なんで彼女は、今ここにいないんだろ。
 どうして今ここにきて、体を開いてくれないんだろ。
 彩菜ちゃんが三宅にしたみたく、おれにしてくれたっていいのに。
 画面の中のオンナみたいに脚を開いてむき出しにして、おれを受け入れてくれたっていいはずなのに。
 今まで、こんなに切実に何かが欲しくなったことなんて、なかった。
 ゲームだって、服だって、いい成績も、ここまで欲しいと思ったことはなかった。
 桜子が欲しい。
 でも今、ここにはいない。
 そしてこれからも、おれのそばにいてくれるかは、わからない。
 桜子。
 画面ではおしりからされてるオンナが、顔をしかめてぐねぐね腰をゆらしていた。
 そのえげつない動きに目を奪われて、つい終わりになってしまった。
「ちぇっ」
 ティッシュをゴミ箱にたたき込むと、乱暴にビデオを切った。
 ストーカーになってしまうヤツの気持ちが、ほんの少しだけわかってしまった。
 彼女は今ここにいない。それがとても不当なことに思えてくる。
「桜子……」
 さみしい。猛烈に寂しかった。
 おれは携帯をとりだして < おやすみ > と打ち込むと、そのままベッドに入った。
 ほんとうは十回でも二十回でも百回でも < おやすみ > と打ちたかったけど、そしたら二度と返事が来なくなるだろうから、やめた。
 また、携帯電話をベッドに引き入れて寝た。
 ほんとうに寂しかった。
(つづく)
(初出:2000年06月)
登録日:2010年06月15日 17時17分
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