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かたやま伸枝
著者:かたやま伸枝(かたやまのぶえ)
1963年生まれ。NHK教育テレビ「おはなしのくに」原作でデビュー。現在「マイナビウーマン」などWebを中心に作家活動中。また占い師(中野占い館「ランプ」で「碧」名で所属)としても暗躍中。物書きとしても占い師としても、人の心の中にあるイワクイイガタイキモチを掘り出して言葉にすることがライフワークです(占い師としては個人の秘密は厳守します)。2013年 第二回空想科學小説コンテスト、巽孝之賞受賞。
小説/現代

天使の中指(4)

[連載 | 連載中 | 全7話] 目次へ
野郎四人のしゃぶしゃぶ花見は桜子たちの参加で一気に盛り上がった。耶子ちゃん&愛梨ちゃんのノリは驚異的
 青い空に、薄紅色のさくらがいっぱいに開いている。
 花びらは後から後から、ひらひらと落ちかかってくる。
 おれはそれを見上げてしばらくの間、ぼおっとしていた。
「おい、ぼけっとしてないで鍋の火を消せ。燃料もったいないだろう」
 沢木の不機嫌そうな声に、返事をせずにコンロの火を消した。
 まったく。
 コイツにはコンパに来てほしくなかったのに。たまたま授業がいっしょだったから、ついてきてしまったのだ。
 スイッチをひねると、ぐつぐつと煮立っていた水面がしずまる。
 しゃぶしゃぶ花見コンパの開始は、一時半の予定だった。
 今はもう、二時半をまわろうとしている。
 三人来るはずだった女のコは、まだひとりも来てはいない。
「ヘーーックション! ああ、さみぃ」
 遠藤が大きなくしゃみをして、腕をさすってブルブル震えた。
 昨日までの汗ばむような陽気とかわって、今日はかなり冷える。
 天気予報では、花冷えといっていた。
「これ、来ないかもな」
 遠藤が独り言のように、つぶやいた。ほんとうは三宅が来るはずだったのだが、風邪をこじらせたとかで、彼は代役だ。
 そう、来ないかもしれない。女のコはたいてい、寒さに弱い。
 公園の地面に敷いたシートからはしんしんと冷たさが伝わってきて、気をつけないとおれたちも風邪をひいてしまいそうだ。
 よそのシートのにぎわう声が、余計にこっちを弱らせる。

 プルルルルルルルルルルッ

 矢尾の携帯だ。
 コンパに来るはずの女のコらしい。この声色じゃあ、ダメそうだな。
「すまん、ダメだって」
「しょうがねぇよ。こう寒かったら、誰でもちょっと考えるもんな」
「まあ、せっかく肉も買ったことだし、さくらもきれいだし、とりあえず花見を楽しもうぜ」
 遠藤とおれは沢木の露骨な「チェッ」という舌打ちを無視し、矢尾をなぐさめた。
 カチリと音をたててコンロを点火する。
 しゃぶしゃぶだから、鍋の中はただのお湯だ。
 さくらの花びらが、煮えた鍋にふりかかる。きれいだ。
 が、あっという間に煮えてしまい、ただの薄い膜になってしまう。
 おれは皿や箸をまわしながら、ふと思いたって携帯を取り出した。
「もしもし、あの、辻森だけど……」
 桜子に電話をしてみた。
「ふっふっふっ。なんだねいったい?」
 やった、出たぞ。
「いや、野郎四人でしゃぶしゃぶ花見してるんだけど、もし仕事がなければ来れないかなって……」
「わっはっはっ、辻森くんは運がいいぞ。行ってあげよう」
 一瞬、降りかかってくるさくらの花びらが、輝いて見えた。
「じゃあ区立公園で待ってるから。できたら誰か、友だちも連れてきてよ」
「へいへい」
 やりぃっ!
 おれは小躍りしたい気持ちをおさえて、携帯を胸ポケットにしまって、肉を鍋の中にひょいひょいと放りこんだ。
「この間の女のコたち、桜子さんとか来てくれるって」
「おおっ、やったぁ」
 皿を渡しながらいうと、矢尾も遠藤もとってもよろこんでくれた。
 沢木も「ほぉ」という顔をしている。
「じゃ、とりあえず乾杯しますか」
 クーラーボックスの中からビールをとりだすと、次々と回していった。
 乾杯の音頭をとると、みんな一口すすっただけで、あっという間に我先にとしゃぶしゃぶの鍋にとりついていた。



 毎年、花を見るたびに思う。
 さくらの花ってこんなに薄く、透き通ったものだっけ、って。
 しっとりと冷たい花びらも、手の甲にでも貼りつけばすぐに暖まる。
 そんな花びらの降るむこうから、何度も何度も思い描いた人影が、ゆっくりと歩いてくる。
 三人の女のコたち。
 あれ? ……なんかずいぶん、重たそうな荷物を持ってるな。
 おれはシートの上で大きく両手を振りながら、途中から待ちきれなくなり、スニーカーをつっかけて走りだした。
「おおっす! いきなり呼び出してごめん。でも……そんなにいっぱい、何を持ってきたの?」
「酒と肉ぅ」
 桜子は真剣な表情で、ひじにかけたスーパーのカサカサ袋を大きくゆすりながら運んでいる。
 ぼくはそれを引き受ける。
 沢木も矢尾もあとから走ってきて、スーパーの袋を女のコからを受け取っている。
「すげえ重いじゃん。よくここまで持ってきたね」
「ハハハ、学生さんのヤワな腕とはちがうんだって」
 桜子はニタリと笑って、上目づかいぼくを見た。
 会いたかった。すごく。
「ありがとう」
 おれはいろんなことに、お礼をいった。
「さあ、いい肉バンバン買ったから、みんなでバクバク食べようよ。あ、彼女たちは耶子(ヤコ)ちゃんと愛梨(アイリ)ちゃん。ふたりともお店の若いコなの。よろしく!」
「どーもですっ」
 もしかしたら、十八歳未満かもしれない。いやいや、女のコの年なんてわからないからな。働いているコなら、なおさらだ。お化粧もうまいし。
 でもカワイイのはたしかだな。まあ……桜子ほどではないけど。
 かくして花見は、さっきとはうってかわってメチャメチャに盛り上がった。
 特に耶子ちゃんと愛梨ちゃんのノリは驚異的で、前回の美香・彩菜組をはるかに凌ぐはしゃぎぶりだ。
 おれは生まれてはじめて、一升瓶から紙コップに日本酒をつぎがぶ飲みしたり、鼻の穴にピーナツを入れて飛ばしたりする女のコを見た。
 それに桜子たちの持ってきた肉というのが――お湯に入れるとレースのようにヒラヒラになり、三分の一ぐらいになってしまうのだが――どうしようもなく美味いのだ。
 おれたちの用意した安い輸入牛肉が終わって、かなりお腹がくちくなったあとでも、ついバカ食いをしてしまう。
 矢尾が「すげぇ高いぞ、この肉」といって、ちょっとビビっていたが、それでも箸を止めたりはしない。
 ガツガツ食べているおれと矢尾のうしろで、異様な悲鳴が聞こえた。
 ふりむくと耶子ちゃんと愛梨ちゃんが「チチクリマンボー」と叫んで、服の上からおっぱいの先をひっぱっているのだ。
 おそろしい。
 そこへ完全に酔いのまわった遠藤がくわわって、出し物は世にも恐ろしいパフォーマンスへと変化する。
 矢尾とおれは、しゃぶしゃぶの肉をくわえたまま、無言で顔を見合わせた。
「止めないの?」
「おまえ止めろよ」
「止めたら止まるの?」
「……まあいいから食ってようぜ、おれたちは」
 かくしてしゃぶしゃぶ花見は、となりのシートの人間や通行人の腰をエビのように引かせる狂気乱舞となって、暗くなるまで終わらなかった。



 プッチモニの「ちょこっとLOVE」が聞こえてきた。
 女のコのかわいい声と、ムサい男の、ついていくのがやっとの声。
 ああ今、声が裏がえったぞ。これ、矢尾だなあ。
 頭とまぶたがぶくぶくに重い。起き上がることができない。
 それどころか、目を開けるのもおっくうだ。
 飲み過ぎたんだろう。ビールと日本酒とワインと、ともかくシートの上にあったもの、何でも飲んだもんなあ。
 まったく大失敗だ。カラオケボックスについても、九時ぐらいまでは起きてたのに。
 うっすらとまぶたを開けると、テーブルの向こうのソファに、妖しくからまりあう男女の姿が見えた。
(な、なんだっ!)
 おれは薄暗いカラオケボックスで、目をこらした。
 耶子ちゃんだ。耶子ちゃんと遠藤だ。
 覆いかぶさる遠藤の白いシャツが、カラオケボックスの特殊な灯りに蛍光していた。
 のけぞる耶子ちゃんの喉や、からませている白いナマ足が、おぞましくも美しく蠢いている。
(な、な、な、何やってんだぁ、こいつら!)
 だが小心者のおれは、いきなり起き上がったり声を出したりできない。
 曲が、安室奈美恵スペシャルメドレーに変わった。
 おれは助けをもとめるように、でもゆっくりゆっくり首をめぐらせて、歌っている矢尾と愛梨ちゃんとに目をむける。
 ふたりはちゃんと歌っていた。
(ああ、よかった。でもなんで、こいつら遠藤を止めないんだろう?)
 変だぞと思っていると、ほんの短い間奏の間に矢尾と愛梨ちゃんのくちびるが、むにょっとくっついた。
 矢尾は当たり前のように、愛梨ちゃんの胸をつかんでいる。
(うわっ)
 おれが寝てる間に、どどどどうしてこんなことに?
 いやそれより、桜子は!
「もうだいじょうぶ?」
 頭の上から、声が降ってきた。
「あ、ああ……え、ええっ?」
 桜子の顔が、目の前にアップになった。
 そういえば頭をのせてる場所が、ソファにしてはやけに暖かい。
 ひざ枕だ。
「あ、ああっ、ごめんね!」
 おれはあわてて起き上がると、まじまじと桜子を見た。
 かなり酔ってるようだが、他のヤツらよりはだいぶマシだ。
「そうとう飲んでたもんね。ウーロン茶、頼んであるよ」
 テーブルには氷が半分溶けて、びっしりと汗をかいたウーロン茶のコップがある。
 おれはそれを一気に飲んだ。
 桜子はケラケラ笑った。
 重苦しい頭とまぶたが、すっと楽になった。
 いつもはこんなに飲んだりしないのだが、今夜の泥酔にはわけがある。
 沢木のせいだ。
 四時半ごろ、あいつは今日は帰るからといいだして、おれらをホッとさせたのだ。
 だが最後の最後に一発かましてくれた。
「桜子さん、携帯の番号教えて」
「うん、いいよ」
 あっけなかった。
 桜子と沢木はその場で携帯とPHSをくっつけ合って、番号の交換をしていた。
 終わるとほんの瞬間だが、おれに向かって口だけで笑ってみせた。
 おれの桜子なのに。
 いや、そうじゃないかもしれないけれど。
 だがあいつが桜子に連絡をとる、そう考えただけで、殺意に近い気持ちが沸き上がるのを抑えきれない。
 やめよう。こんな時にまでアイツのことを考えるのは。
「あっ、あああんっ」
 おわっ!
 思考の合間に突然、艶っぽい声が脳みそをかき回す。
 げぇっ。遠藤の手が、耶子ちゃんのスカートの中に伸びてるぞ。
 おれはソファから飛びあがりそうになった。
 で、むこうでは曲の終わった矢尾と愛梨ちゃんが、熱い抱擁でキスをかわしている。
「ったくみんな、しょうがないよねぇ」
 そして目の前では、桜子が笑っている。
 薄暗がりに、桜子の笑顔がぼんやり白く光ってる。
 あああああ……あっ、いや、その、あれ、つまり……お、おれ、いったい、どうしたらいいの?
(つづく)
(初出:2000年07月)
登録日:2010年06月15日 17時18分
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