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かたやま伸枝
著者:かたやま伸枝(かたやまのぶえ)
1963年生まれ。NHK教育テレビ「おはなしのくに」原作でデビュー。現在「マイナビウーマン」などWebを中心に作家活動中。また占い師(中野占い館「ランプ」で「碧」名で所属)としても暗躍中。物書きとしても占い師としても、人の心の中にあるイワクイイガタイキモチを掘り出して言葉にすることがライフワークです(占い師としては個人の秘密は厳守します)。2013年 第二回空想科學小説コンテスト、巽孝之賞受賞。
小説/現代

天使の中指(5)

[連載 | 連載中 | 全7話] 目次へ
案外にカサついていて、冷たくて、アンバランスに中指が長い桜子の手。おれはその手をとってカラオケボックスを抜け出した。タクシーに乗り、行き着いたのは桜子の部屋。「シャワー、浴びてくれば」て。ええーっ!
 曲の途絶えたカラオケボックスは、あっという間に静かになった。
 桜子は、ひそやかな笑い声をたて続けている。
 そりゃあ……話に聞いたことはあったさ。
 カラオケボックスで、おいしい思いをしたヤツの噂。
 一対一だけじゃなく、いろんな女と、とかさ。
 高校の頃から聞くだけは聞かされてたし、そうなったらって何度か思った。男だったら誰でもそうだろう。
 それが今、噂じゃなくて、目の前におこっている。
 おれはゆっくり腕を伸ばして、桜子の手をにぎった。
 手は案外に、カサついていた。もっとしっとりしているかと思ったのに。
 冷たくて、アンバランスに中指が長かった。
 意味もなく、大きな指輪がはめられていた。
(なんか、意外な感じ)
 でも、それが本当の桜子だっだ。
 そうだよな。
 桜子は電話の音声じゃなく、ビデオに映る映像でもなく、おれの知らないところで今までずっと生きてきて、今日ここにいるひとりの女だ。
(よし、決めた)
 おれはナイロンバッグをとると、猛烈な勢いで財布をさぐり、テーブルにおおよそ二人分のカラオケ代金を置いて、桜子にいった。
「ここ、出よ」
「え?」
「いいから出よ。おれ、ここにいたくない」
 桜子は一瞬きょとんとしたが、すぐにパッと輝くような笑顔を見せた。
「そだね!」
 おれは桜子の乾いた手をとって、かけだした。
 迷路のようなカラオケボックスの廊下をぬけ、乾いたゲロに飾られた路地を走り、閑散とした大通りに出た。
 車はほとんど走っていない。ときおりタクシーが流していくだけだ。
 桜子は下を向いて、はあはあいってる。
 おれたちはしばらく立ち止まって、ぼちぼちと歩き出した。
「これからどうするぅ……って今何時?」
「三時半」
「うぎゃっ」
 それでも二人、悪い気分ではなかったと思う。
 街灯に影を長く引かせて、ほとんど何もしゃべらずに深夜の街を歩いた。
 桜子はときどきスキップしたり、腕を広げてぐるぐる回った。見た目以上に、酔っているのかもしれない。
 しばらくいくと、歩道に明るい光が広がっていた。
 ラーメン屋だ。
「ちょっと食べていこっか?」
「うん」
 桜子とふたりでカウンターに並び、ラーメンを啜(すす)る。
(……)
 一口啜った時点でおれたちは目くばせし、急いで一気に食べるとすばやく店をあとにした。
「あー、まずかった!」
 店を出て三歩出たとたん、桜子とおれは声をそろえて同じことをいった。
 大笑いした。
 そしてまたふたりして、歩き出した。
「辻森くんってさ、思ってた以上にずっといい人なんだね」
 桜子が、いきなりいいだした。
「んなことないよ。単なる小心者なの。桜子の方がエラいよ。毎日ちゃんと働いて、元気で明るくて」
「そ、そんな風に見えるんだ……こっちこそ、んなことないって。バカが毎日、流されてるだけ」
 そっと隣を見てみた。桜子はしゃれにならないくらい、暗い顔をしていた。
「……流されてるって、ちゃんと泳いでるんじゃない?」
 彼女は答えずに、カカカッと笑った。
「んー、よかったらウチ来ない?」
 いきなりな展開で、おれは心臓がとまりそうになった。
「う、うん。何かごめんね、こっちから出ようってさそっておいて」
「なーに、いってんだか」
 いうが早いか桜子は道路に向かって手をあげ、タクシーを止めた。
「○&★#%$まで」
 早口で聞き取れなかった。
 おれは今、自分がどこにいるのかをまるで把握していない。
 タクシーは見知らぬ街を、かなりなスピードで走り抜けていた。
 東京は行けども行けども街がつきない。終わりがない。
 今夜はじめて、この街がちょっと怖いと思った。
「あ、この辺で止めてください」
 桜子のすんでいるマンションは、かなり高級そうだった。
 番号を打ち込んでエントランスを開けて、エレベーターに乗り部屋までいく。
 中に入って、絶句した。
 凝った模様のペルシャ絨毯。
 金具が全部真鍮で金色なベッド。真っ赤なソファ。
 カーテンは白のフリフリだし、不思議な形のテーブルには、ガラスの花瓶にピンクのバラが活けてあって、瀬戸物の天使も微笑んでいる。
 クローゼットはオール鏡張り。もちろん、天井にはシャンデリアが。
「す、すごいね。お姫様のお部屋みたい」
「とんでもない趣味でしょう。でも好きなの。好きだからしょうがないの」
 桜子はちょっと恥ずかしそうな、それでいて自慢気な顔をしていた。
「うん、いいと思うよ。ここまで突き進んでいれば、いっそ清々しい」
 正直いって、開いた口がふさがらないって感じだったが、でもこの徹底ぶりは、やはりさすがという気もする。
「水でいい?」
「うん」
 奥へいった桜子は、銀色のおぼんに水の入ったコップをふたつのせて戻ってきた。
 おれは一気に飲み干した。
「シャワー、浴びてくれば」
「えっ!」
「下着とかはないけど、Tシャツなら男物、持ってるから」
「あ、じゃあ……」
 バスルームへ向かう間、一足ごとに心臓がバクバクと痙攣した。
 エスティシャンらしくバスルームもきれいにしてあって、中は気分のよくなる生の草の香りがいっぱいして、胸がさわいだ。
(……女のコが男を部屋にあげてシャワーをすすめたら、それはイイってことだよなぁ)
 心臓がいっそうバクバクする。つついいつもより、念入りに洗ってしまう。
 ああ、シャワーなのにのぼせそうだ。出なくては。
 脱衣所で汗が引くまで深呼吸すると、着替えて部屋に戻った。
「じゃあ、わたしもシャワー浴びるから、ベッドに入って待っていて」
 ええーっ! お、お、おい、いいのかぁ?
 桜子はすたすたとバスルームに消えていった。
 近寄ると寝具からは、桜子の甘い匂いがした。バスルームの匂いとすこし似ている。
 シャワーの水音が遠く聞こえた。
(うおぉぉぉぉーーっ)
 おれはジーンズを脱いで、ベッドに入った。
 ベッドには、ゆるいS字の抱き枕がある。
 思わず、からみつくように抱いてしまう。
(はあぁぁぁぁーーっ)
 甘い香りがいっぱいにして、おれはますますキツく抱き枕にからみついた。
 草の香りがなつかしい。小さい頃はよく、よく似た匂いに包まれて一日中走り回った。
 ショウリョウバッタの羽音。空。太陽。
 何を見ても目の奥がむずむずするほど、まぶしかった。
 桜子は小さい頃、どんな子どもだったのだろう。
 いつの間にか、同じ草むらの中に、小さな桜子がいるような気がしてきた。
 音だけで姿が見えない。
 風の音がする……さがさなくっちゃ。
 でもまた草の揺れる音だ。
 桜子はいったい、どこにいるのだろう。



「おっはよー!」
 ここはどこだ?
「さあさあ、わたしもう仕事だから辻森くんも起きて」
 しかたなく起き上がると、目の前に桜子の顔がせまっていた。
「あ、あの……」
「よーく眠ってたよ、枕抱いて。いびきまでかいてたよ。いやあ、まさかわたし、抱き枕に負けるとは思わなかったわ。屈辱ね〜」
 ひでぇ。おれはあれから、ぐっすりと眠り込んでたらしい。
 うなだれてベッドをおりる。情けないにも、ほどがある。
「お、起こしてくれてもよかったんだけど」
 桜子は微笑みながらも、キツい視線をこちらに向ける。
「起こしたよ。でも鼻つまんでもたたいても、ぜんぜん起きなかったの。熟睡。ま、いいから食べて」
 テーブルの上には、こんがり焼けたトーストに目玉焼きにトマトサラダに、カフェオレがよい香りをたてている。
「いただきます……」
「召し上がれ」
 おれはこれから、トーストを噛るたびに『後悔』の二文字を思い出すんだろうなあ。
 あ、おいしい……あーあ、こんなときでも、ものの味はわかるんだ。
「まあね、あの香り、かなり強い睡眠導入効果があるから」
「そうなの?」
「アロマテラピーって聞いたことある? 植物の匂いって、バカにできないんだよ」
「そうなんだ……」
「そう。だからそんなに、しょげないで」
 いかん、桜子になぐさめられてしまった。
「うん」
 返事をしたおれは、猛然と食べはじめた。
 よく歩いて水分をとったのがよかったのか、二日酔いもない。
「さ、いこいこ。遅刻になっちゃう」
 食べ終わると桜子にうながされて部屋を出た。あわただしかったがしかたない。彼女は仕事なのだ。
 おれは鼻がつんとなるような胸の痛みを、もてあましていた。
「あ、朝はね、エレベーター混んでるから、こっちが近道なの!」
 桜子は、鉄製のドアの前で手招きしている。
 外は、金属製の非常階段だった。ら旋階段だ。
 マンションの外見からするとかなりチャッチィ造りで、高いから目がくらんだ。
 おれは桜子と、ガンガン音をたてて階段を下りながら、彼女に話しかけた。
「あのさー、駅へ出るのにどうしたらいい?」
 たずねると、小さな笑いが返ってきた。
「んー、駅よりさあ、降りて左手をまっすぐいったら、二十分ぐらいで辻森くんの大学だよ」
「ええっ!」
 驚いた。桜子の家は大学をはさんで、おれのアパートと同じぐらいの距離にあったのだ。
 だけど考えたらはじめて会ったのだって、大学近くの居酒屋だ。
 近くに住んでいたって、何の不思議もない。
 どうして今まで、気がつかなかったんだろう。
「ま、そーゆーわけだから……」
 桜子は階段を下りきると、道路の上でほんの一瞬だけ目を伏せた。
「よかったら、また来てちょ!」
 そうして花が咲くように微笑むと、手を振って小走りに駆けていった。
 おれはその場にぼーっとたたずんで、桜子に小さく手を振った。
 小さくだが、ずっとずっと振り続けていた。
「うん、きっとまた来る」
(つづく)
(初出:2000年07月)
登録日:2010年06月15日 17時19分
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