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樹都
著者:樹都(いつきのみやこ)
書棚に文学全集を並べていた母と、階段裏に自作ラジコン飛行機をずらりと並べていた父。学研のまんがひみつシリーズと水木しげるの妖怪百科。地元の図書館の児童向けホラー/SFの全集。こっそり買った古いアメリカのヌード写真集と、推理小説のカバーをかけた官能小説。90年代のライトノベルと花と夢。これらを混ぜると樹都になる。
小説/現代

花嫁の父

[読切]
縁日で父を買ってきた。こういうものは小さいうちに買ってきて丹精するものだ。鋏で頭頂部を刈り、曲がったネクタイを直し、顔を洗って髭を剃る。咲いたら婚約者に紹介しようと思う20代半ばのOLだった。不思議でほほえましい短編小説。
 昨日、縁日で父を一株買ってきた。安かった。もう開花直前まで育った父だ。こういうものは小さいうちに買って丹精したがる人が多いらしくて、それで安かったのだ。風情がなかなか私好みの父だったからいい買い物をしたのではないかと思う。
 まあそれに、息子や恋人ではなく父なのだ。ある程度は私が預かり知らぬ、最初から決まっていてどうしようもない部分があったほうが、父らしいというものだ。
 私の部屋にはいつ買って来たのかもう忘れてしまったプランターがあったから、とうの昔に枯れきったチューリップを掘り出して父を植えた。
 南の窓際に置き、窓を細く開けて風を入れる。(本当はベランダに出しておきたいのだが、なにしろ、父だ。薄情な娘、と近所で噂されてもつまらない)
 すると私のベッドのそばに父が立っていることになり、寝付くときにはちょっと抵抗があったが仕方がない。もともと、二十代も半ばを過ぎたOLのアパートに父がいるのはかなり無茶なのだ。我ながら物好き、という話。

 目が覚めると枕もとに父が立っている。
「おはよう」と呟く相手がいる目覚めは、悪くなかった。
 父は朝日に照らされて、背筋を伸ばして立っている。買ってきたときと変わらぬ仏頂面だ。娘が眠ってからも頑張っている大黒柱、という風情が漂ってこれもいい。肩でも揉んであげようか、という気になる。
 鉢ごと父を逆向きにしてから着替えた。休日なのでラフなトレーナーとソフトデニム。ストレッチも忘れない。
 洗顔を済ませて振り返ってみると、逆向きのままの父がいる。ふと思いついて、私は父に寄っていった。両の二の腕をつかんで、上へ軽く押し上げる。力加減を変えながら二三度繰り返すと、うまいこと怒り肩ができた。
 ちょっと離れてゆっくりと眺め、私は満足した。父の後姿はこうでなくてはいけない。
 今日は一日、父に手をかけるとしようか。

 まずは鋏を持ち出してきて、父の頭頂部を軽く刈った。地肌があからさまに見えない程度に髪を薄くする。切り落とした髪は軽く払って、毛玉取りの粘着ローラーをかける。
 粘着ローラーにはビッシリと髪が絡んでもの凄まじいありさまになった。外側の一巻きを剥がして捨てる。こういうことも、生き物と暮らすからには味わいだと思うことにする。
 曲がったネクタイを直そうとしたが、逆に結び目が解けかけた。なおもしつこくいじりまわしているうちにどうなるのが正しいのかもわからなくなってくる。
 ため息を一つ。腰に手を当てて「ま、初心者だもんね」と呟いた。そのうち実家の母から教えてもらおう。

 顔を洗って髭を剃るために、苦労して父をユニットバスに運んだ。
 昔の人にしては長身の父なので、プランターの高さを足すと入り口に頭がつかえてしまう。斜めにして入れようとしたら倒してしまった。父は直立不動怒り肩のまま傾いで、鏡の上端に額をつけて止まった。
 やむなくそのまま私が父の下にもぐりこんで、下からシェーバーを当てることにした。部屋に髭剃りはないので無駄毛剃り用のシェーバーで勘弁してもらう。
 半分ほど剃り終えたところで、インターホンが来客を告げた。
 隆之が来ていた。

 自分の婚約者にこういうのもどうかと思うが、隆之を見るなら会社で背広姿に限る。
 私服では安いポロシャツを好んで着るものだから、中身までよれて頼りなく見えてしまう。忠告は、したんだけど。
「ヤホ、遊びにきた」
 いつのまにか昼近くなっていた。
 玄関口で片手を挙げていいかげんな挨拶をするとすぐに、彼は首を伸ばして私越しに部屋を見回した。
「なに探してるの?」
「いや、あれはどこかなって。昨日居酒屋出て縁日行ったよな。俺酔ってたけど……お前、ほら、買物しなかったっけ」
 私は大きく息をついた。『お前』と呼ばれるのは好きではない、と何度言っただろうか。
「父なら今、奥に置いてあるけど?」
 隆之は「あ、夢じゃないのか。やっぱあれ、ほら」などとモゴモゴと言う。
「とりあえず、上がれば?」

「なんつーか、異様だな」
 鏡に額をつけて浴室に収まっている父の後ろ姿を見て、隆之は気の抜けた声で呟いた。
「まだつぼみだからでしょ?」
 夜店のおじさんが言うには、世話するうちにだんだん人間味が出てくるものらしい。
「いや、そういう話じゃなくてな……」
「ごめん、後でね。その辺でくつろいでて」
 やりかけの髭剃りを済ませてしまいたかった。濡れたタオルで鼻の下からあご先まで湿らせて、シェービングクリームを塗りつける。肌を切らないように、髭の頭を一本づつ落としていく感じでシェーバーを動かす。
 その様子を隆之が逐一見ている。引き結んだ口元が不機嫌だ。
「なんて顔してるの」
 軽く咎めると、隆之は仕方なく笑った。
「なんつーか、見てて妬けるな。それ」
「なにそれ」と私は笑い飛ばした。
「なんだろうな……なんでまた、いまさら親父なんだ? お前もう大人だろ?」
 作業の仕上げをしながら私は答えた。
「まあ、いまさらだけどさ。ほら、私んちって母子家庭でさ、母さんは気の弱い人だし。厳しいお父さんって憧れだったの」
「憧れ、ねえ」
 応えて呟きながら、隆之は考えに沈む。
「別に心理学のどうこうじゃないけど? 父親に恋だとかそういう話とは別」
 正直、断言できるわけではないけれど、隆之にはそう言っておく。なんだかんだ言っても私は隆之を結構好きだ。職場では熱心で融通か利かないところがあって、筋違いだと思うと黙っていない。中身はいまどき古めかしい人だと思っている。
 隆之が(そして私も)納得していないようなので、話題を変えて付け加えた。
「咲いたら、隆之をお父さんに紹介したいの。『私の好きな人だよ』って」
 隆之は簡単に照れた顔になる。ごまかして冗談めかして言い返してくる。
「じゃあ俺、『お嬢さんを僕にください』とか言うわけだ。なんかいいな、それ」
 お互い興が乗ってきた。
「そ、お父さんは腕組みして黙ってるのね。で、お母さんがお茶を出してきて」
「『この若造が!』って俺、殴られたり?」
「うーん、どうかな? 暴力はパスかな」
「いや、いいじゃん」
 隆之は自分の思いつきにうなずいて続けた。
「父さんやめて! ってお前が止めに入る」
「あ、それはアリかも。お互い酔えるよね」
 私がくすくす笑うと彼も合わせた。ありきたりな家族ドラマのイメージは、ちょっと幸せで嬉しい。
「いいなあ。俺も親父欲しいかも」
「じゃ、できたら株分けしてあげる」
 隆之は「おう」とうなずいてから、思い直したのか首をひねった。
「いや、やっぱりどうなんだろうな」
「なにが?」
 いや……とためらって、隆之は小声で私に尋ねた。
「やっぱりなんか、おかしくないか? どっか間違ってる気がするぞ、俺」
「そう?」
 私はあいまいに微笑んで小首を傾げ、それで話を終わりにした。
 下から胸を押し上げて、父を真っ直ぐに立たせる。隆之も手伝ってくれたので、簡単に窓辺に戻せた。いい天気だ。
 来月にはこの父は、『花嫁の父』になる。
(了)
(初出:2011年03月)
登録日:2011年03月30日 14時29分
タグ : 結婚

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