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宇佐美ダイ
著者:宇佐美ダイ(うさみだい)
2011年夏、東京から宮崎に戻ってきました。格闘技をやってます。元カメラマンですけど、今は正義の味方の仕事をしています。いつの間にか人の心も読めるようになりました。そして趣味で浮遊しているような写真を三脚+セルフタイマーで撮ってます。林ナツミさんの写真を見て撮り始めました。反原発、反TPPです。今の殺伐とした仕事をテーマにいつか書きたいなあ、と思ってます。
小説/現代

Christmas Wave

[読切]
前田隆史は、キャラバンを冬の海の海岸に乗り入れた。幼なじみの裕美が声をあげる。フリーカメラマンの前田が撮った女の子は、必ずオーディションに受かるという。写真を撮り終えて車に戻った裕美は、思わぬ告白をする。
 キャラバンのタイヤを軋ませて、国道を左折すると、冬の海が見えた。
 助手席の裕美が黄色い声で「わあ!」と、叫ぶと同時にドリンクホルダーに突っ込んでいた、携帯電話が派手に鳴り始めた。
 車内に響いていた『サザン』のメロディに、電子音化された『チューブ』のサビが重なる。
 俺は、オーディオの音量を少しだけしぼって、携帯電話を取り上げた。
「前田さん! 沙織です! 受かりました!」
 俺が「はい」と、応える前に、携帯電話の中で華やかな声が弾けた。
「おめでとう。あとは、黒木さんの努力次第だ。オーディションはいつ?」
「来月の頭。日曜日です。本当に前田さんのおかげ。合格したら、また宮崎に遊びに行きます。その時は、どーんと奢っちゃうから」
「楽しみだ。知ってるかい? 俺はけっこう食うぜ」
 俺は、携帯電話を元の位置に戻すと、少しだけ窓を開けて車内に潮風を入れた。
「また、また、受かっちゃったの?」
 髪を指先で弄んでいた、裕美が微笑んだ。
「うん」
「当然って顔しちゃって! 本当に、合格請負人ね」
 レイヤーの入ったセミロングの髪が潮風に揺れている。
「なんだか、必殺仕事人みたいだなあ」
「じゃあ、カリスマカメラマン!」
「それも背負ってるみたいで気持ち悪い」
「だって、そうでしょう? 隆史兄ちゃんが撮った女の子は百パーセント書類審査に合格するもの。オーディションに進む前の書類審査用の写真って、リキ入れてないコもいるけど、結構シビアよね。だって、書類審査っていっても、結局は写真審査って事じゃない。写真だけでほとんどのコが、落とされてしまうのだから、気合い入れなくっちゃ」
 裕美は、白い拳を胸の前で握りしめた。
 助手席の加藤裕美は、俺の幼なじみだ。
 幼なじみと言っても、二十九の俺とは十歳も離れている。子供の頃から世話好きの裕美はリストラされしかたなくフリーカメラマンになってしまった俺の元に次から次へと、タレント志望の女の子を連れてきては、写真
を撮らしてくれていた。
 その裕美が、先日「私もオーディション受けるから、撮って」と、言ってきたのだ。
「都会の方じゃ、そんな写真にお金を使うコも増えてきたって話だ」
 そう言って、俺は海の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「彼氏の友達のアマチュアカメラマンとか、よくて街の写真館のおじちゃんでしょう? 隆史兄ちゃんとはレベルが違うもん。それに、隆史兄ちゃんが『大丈夫』って太鼓判押した女の子は百パーセント、オーディションに受かるじゃない。……たぶん、タレント性とか、将来性とかを見極める力と感性が、隆史兄ちゃんの場合、業界の人たちと同じなのよね」
「そうゆう信憑性のない口コミのおかげで、こんな田舎に住む半端なカメラマンでも、なんとか食っていける」
「謙遜、謙遜。で? どうかなあ、私は。今度のオーディションの倍率は二十万倍くらいになるんだって。……だめ?」
「二十万倍? そいつはすごい。でも、最初から無理と決めつけちゃいけない。とにかく、撮ろう」
 俺は、浜の手前の駐車場にキャラバンを突っ込んでサイドブレーキを引いた。
 空気が乾いている。
 助手席の窓を全開にした、裕美が「白浜、到着!」と、叫んだ。

   *

 去年のクリスマスの事だ。
 おれは、突然未来が見えるようになった。
 ファインダーの中で集中し続けるプロカメラマンは、例外なく勘がよくなるという。
 いつの間にか、モデルや動物、選手たちの次の動きが読めるようになってしまうのだ。
 アメリカのプロカメラマンが、銀行で強盗事件に巻き込まれ、凶弾に倒れた警官の手から、一度も手にした事がない銃を取り上げ、犯人を一撃で射殺した、という話も頷ける。
 俺だって、プロカメラマンのはしくれだ。ずっと以前からある程度なら、被写体の動きを読む事ができた。
 しかし、急にその能力が限界を突き抜けてしまった。つまり、レンズを通して、少しだけ先の世界が見えるようになったのだ。
 その時のレンズは、85ミリF1.2というポートレート撮影に使われる、明るいレンズが条件で、それはたぶん、モデルと会話をしながら撮れる距離を持ち、一番モデルに心を集中できるレンズだからだろう。
 背景を軽く溶かし、浮き上がってくる女の子の姿に未来の彼女の姿が重なる。
 未来とは選択肢だ。広大な時間の海に漂う、膨大の量のあみだくじ。正しい選択肢を選べば、幸せな未来は必ずやってくる。
 ファインダーを覗いている俺は、女の子をどこに立たせて、どの光を使えば、書類審査に受かるかがわかるのだ。
 営業写真館のカメラマンだった、俺が休日を利用して始めたポートレート撮影がこれだけヒットしたのも、この能力のおかげなのだ。
「なぜ上京しないの? 都会の第一線で活躍できる力を持っているのに惜しいわ」
 裕美は、俺をまっすぐに見て言った。
「俺がここからいなくなったら、泣き崩れる女の子が大勢いるからなあ」
「もう! 真面目にこたえて」
「宮崎には、いい波があるからだよ」
 おれは車の外に出ると、キャラバンの鼻面をぐるりとまわった。
「サーフィンのこと?」
 窓枠に細い顎をのせた裕美は、海を見つめて言った。
「ああ。それに、おれは都会で暮らすと息が詰まって死んでしまうんだ」
 そう言いながら、キャラバンの助手席のドアをてのひらで叩くと、裕美は「嘘ばっかり」と、楽しそうに声を上げて笑った。
 嘘じゃない。上京するという選択肢を選んだ俺のすぐ先には、『死』が待っている。
 鏡に映した俺の顔にカメラをむけて、東京で暮らす事を思い浮かべると、現在の俺の顔に首から血を流した未来の俺のデスマスクが重なったのだ。
「メークを直して、着替えるね。生足に黄色いミニよ。鼻血にご注意ください」
 裕美は手をのばして、俺の鼻をつまんだ。
「おっと、その前にいいか?」
「あ。そうでした」
 俺は、85ミリをつけたニコンF4を裕美にむけた。
「ねえ。前から聞きたかったのだけど、それ、撮っている訳じゃないんでしょう?」
「ああ」
「何かのおまじない?」
「ジンクスみたいなモノ」
 ファイダーの中に、白いフリースを着た、少しだけ先の世界の裕美が浮かんできた。背景は緑と赤だ。
「ふーん」
「もう、いいよ」
「いけそう?」
「まかせろ」
「まかせた!」
 裕美は俺が差し出した掌をぱちんといい音をたてて叩くと、「のぞくなよ」と、笑って、広い後部座席に移って行った。
 対面シートにして、サードシートを一番後ろまで下げているので、キャラバンの後部座席はキャンピングカー並の広さになっている。
 裕美が着替えている間に、俺はキャラバンのルーフキャリアから、赤いサーフボードをおろした。
 それを小脇に抱えて砂浜を歩き、大きな傘のように垂れ下がったフェニックスの葉の向こう側の砂浜にそれを突き立てた。
 冬の柔らかい陽が葉の間から漏れていた。
「おまたせ」
 黄色いミニスカートで長い足の付け根のあたりを少しだけ隠した、裕美がキャラバンからおりてきた。
 ミニスカートの上は、白いフリースだ。
「スカート、短かすぎる?」
「やばい。鼻血が出そうだ」
「どこに立てばいいですか? 前田先生」
 目を半月にして、ふふ、っと笑った、裕美が静かに言った。
「フェニックスの手前の影に少し入って」
 そう言って、ファインダーを覗いた、俺は息を飲んだ。赤と緑の世界の中に浮かび上がった、白い少女は妖精のように神秘的に美しく、未来と現在の次元の隙間に揺れる裕美の柔らかい笑みに俺は吸い寄せられそうになってしまったのだ。
「まいったな……」
「どうしたの?」
「必要ないみたいだ」
「何が?」
「俺が」
「どうして?」
「今の裕美なら誰が撮ったって、すごい写真になるよ」
 レフで光をおこして、俺はF4のシャッターを五回切った。
「何言ってんの。隆史兄ちゃんが前にいるから、私は緊張しないで自然でいられるの。他の人にカメラをむけられたこうよ」
 裕美は、両手で自分の顔を両側から挟んだ。
「馬鹿。そんな顔になっちまうぞ」
 俺は、F4をカメラバックにしまった。
「え? もう、おしまい?」
「ああ。信用しろ。着替えるか? 昼飯食べて帰ろう」
「うん」と、言って車に入って行った、裕美が叫び声を上げた。
「どうした? 開けるぞ! いいか?」
 俺は、重いキャラバンのスライドドアーを開けた。
「ムカデよ!」
 掠れた声の裕美が指さした先には、二十五センチはありそうなムカデが無数の足をグロテスクに動かしながらゆっくりとシートの下に潜りこもうとしていた。
「こいつ! いったい、どこから入ったんだ」
 俺は、床に放り投げていた革手袋を素早くつけ、その手でムカデを掴み上げた。威嚇するように身体をくねらせる、ムカデを浜に放り投げると、ムカデはあっという間に砂の中に消えてしまった。
「恐かった……」
 裕美は、両腕を俺の首に回して引き寄せた。
「刺されなかったか?」
 俺は、革手袋を外すと、裕美の髪を撫でながら、シートに腰をおろした。
「う、うん……」
 隣に座った、裕美が俺の身体を引き寄せた。
 俺の胸に裕美の胸が重なった。
「どうした?」
「しばらくこのままで……」
「びびったもんな。いいよ」
「隆史兄ちゃんの心臓の音が、私の胸の中に響いてくる」
 裕美は、俺を見上げて微笑んだ。
「もっと、くっつけていい?」
 裕美は、両腕に力を込めた。
「震えてるじゃないか。さあ、帰ろう」
 俺は、小刻みに震える裕美の腕をとった。
「いやっ!」
 いきなり、裕美が足を開いて、俺の膝の上に跨ってきた。ただでさえ短いスカートの裾が思いっきりずり上がって、裕美の白いパンティーがまる見えになった。
「おい! 裕美! お前、どうかしてるぞ」
「どうもしてないよ……」
 腰を俺の股間にぴったりとあわせた裕美は、顔を俺の胸にうずめ、そのまま黙りこんでしまった。
「おい!」
 俺は、たまらずに声をかけた。
「隆史兄ちゃんが、他の女の子を撮っているのを横で見ていて、胸が苦しかったの。どうして? なんで? って、ずっと考えていたのだけど、最近焼き餅をやいていた事ってに気がついたわ。だから、私も隆史兄ちゃんの本気の写真を撮ってもらいたかった」
 裕美は泣きながら、ゆっくり腰を動かしている。必死に冷静を保とうとしている、俺の意志を無視するかのようにジーンズの下のモノは硬度を高めていた。それに気づいたのか、裕美は顔を上げ濡れた瞳で俺を見つめた。「芸能界に入るつもりはなかったのか?」
 俺は、囁くように言った。
「そう言わないと、撮ってくれないでしょう?
 私が上京して、隆史兄ちゃんも東京でメジャーなカメラマンになって、二人で暮らすのが私の夢なの……」
「だめなんだ。裕美」
「私の事、嫌い?」
「そんな訳ないじゃないか」
「はっきり言葉にしてよ」
「運命が変わるからだめだ」
「……ねえ。私のサンタさん。オーディションはどう?」
「受かるよ」
「だったら……。隆史兄ちゃんも東京に行こうよ。行って、一緒に暮らそうよ。私、一人じゃ無理だもの……。私……」
「そうしてあげたいけど、だめなんだ」
「どうして? サーフィン? 今、私が隆史兄ちゃんの恋人になったら、波と私のどちらを選ぶかしら。Hの相性、きっといいよ」
「なに……?」と、言いかけた俺の唇を震える裕美の唇がふさいだ。
 裕美の右手が、ぎこちなく俺のジーンズの上をさまよい、さぐりあてたモノを熱心にさすり始めた。
 もういいや、どうなったって……。
 裕美の背中に腕を回し、欲望の波に身をまかせようと思った瞬間、車が激しく揺れた。
「出てこい! こらっ!」
 誰かが車の外で怒鳴った。
「ゆっさゆっさ車を揺らしやがってえ! 俺たちの神聖な浜で何やってんだよう!」
「車を止めているだけだ」
 俺は、スライドドアの窓を開けた。
「なめるな!」
「殺すぞ!」
「所場代払えって言ってんの!」
「女の身体で払ってくれてもいいんだぜ!」
 十人ほどの男たちが、口々に喚いている。
「ああ、わかった」
「出ていかないで!」
 裕美が、俺の腕を引いた。
「大丈夫。ムカデの方が百万倍強い。
 俺は、裕美の手を振りほどいた。
「所場代だって?」
 俺が車をおりると、男たちは目を見開いて、二、三歩後ずさった。身長190センチ、体重110キロというプロレスラー並みの俺の体躯に圧倒されたようだ。
「そ、そうだ」
「いくら払えばいいんだ?」
「とりあえず、一本でかんべんしといてやる」
「金で払うとは言ってない」
「じゃあ、お前の女の身体か?」
「馬鹿か、お前」
「何!」
「拳骨に決まってるじゃないか」
「こいつ!」
「お前、男か?」
「はあ?」
「男か、と聞いているんだ。答えろ」
「男だぜ。太くて長い竿がついている」
「でかいタマも持っていそうだ。本物の男だったら、サシの喧嘩だよな」
「あ、あたりまえじゃないか」
「じゃあ、セコンドはリングの下におろせ」
「何言ってやがる?」
「本物の男以外は、あっちへ行ってろ」
「わ、わかった。お前らは、離れてろ。手は出すな。手はな」
「俺は、前田隆史。お前は?」
「何故、名前言わなくちゃいけねえんだ?」
「どちらかが大けがしたら、救急隊員に教えてやらなくちゃいかんだろう? 俺は前田隆史。お前は?」
「なるほどな。鹿島康夫だ」
 俺が「よし」と、呟いて身構えると、鹿島はにやりと笑って右手を上げた。
 その瞬間、弾ける音と、空気を裂く音が重なった。
「ぐっ!」
 俺は、思わず叫んだ。
 右の腿を焼けるような鋭い痛みがはしったのだ。
「隆史兄ちゃん!」と叫んで車から飛び出そうとする、裕美を右手で制して、俺は膝をついた。
「くそっ」
「ざまあみろ。手は出してねえぜえ!」
 鹿島の子分の一人が甲高い声を上げた。
 その時。
「ふん。短小が」
 野太い声がした。
 振り向くと、スキンヘッドの巨大な男が鹿島の子分からボーガンを取り上げていた。
 190センチの俺よりさらに頭ひとつでかい。高そうなスーツの下の身体は、岩の固まりのようだ。
「余計なお世話かもしれないが、俺も暴れたい気分なんだ。ちょっと運動させてくれ」
 スキンヘッドの男は、楽しそうに言った。
「ご勝手に」
 俺は、こたえた。
「ふん!」
 鼻を鳴らした、スキンヘッドの男が近くにいた鹿島の子分のひとりの頭を鷲掴みにして一声吠えた。空気が震え、小ウサギを襲う野獣のような闘いが始まった。
「鹿島。ラウンド2だ。本気で行くぜ!」
 俺は砂を蹴ると、逃げようとした鹿島の両足にタックルした。下半身を浮き上がらせ、バック転を失敗した中学生のように、鹿島は豪快に後頭部を砂浜に叩きつけた。素早くその鹿島の上に乗って右の拳を引いて身構えると、鹿島は白目をむいて気絶していた。
「なんだ。だらしない」
 俺は、鹿島の鳩尾に全体重をかけた右膝をねじ込みながら、立ち上がった。
 鹿島は一瞬呻いたが、目を覚ましはしなかった。
「隆史兄ちゃん、足の怪我は?」
 裕美が、駆け寄ってきた。
「大丈夫だ」
 ボーガンの矢は、ジーンズと腿の皮を裂いただけだった。血が滲んでいるけど、たいした事はない。
 俺は、巨大な男のそばまでゆっくり歩いた。
「強いな、あんた。助かった」
「ふん。ラジオ体操にもならない」
「あんた。名前は?」
「鳴海だ。名刺はないぜ。またな」
「またな?」
「日本は狭いもんだ」
 鳴海と名乗った男は、唇の端でにやりと笑うと、品川ナンバーのベンツに乗り込んだ。
(c)
 俺が白浜で撮った裕美の写真は書類審査を通過し、その連絡があった一週間後に東京で行われたオーディションにも、裕美は合格した。
 大手の芸能プロダクション『阿部エージェンシー』の専務とマネージャーが、宮崎にやってきて上京とデビューの段取りと契約についての話し合いをしている、という話を裕美からの電話で知った。クリスマスにCD、CMデビューなのだそうだ。
 裕美はデビューのための準備に忙しくなり、「隆史兄ちゃん、私の大事なサンタさん。私、クリスマス・イブに宮崎をたつわ。一緒に来てくれないのなら、せめて見送って」と、いう電話を最後に裕美からの連絡は途絶えてしまった。
(c)
 十二月二十四日の正午、宮崎空港近くのサーフポイントに二十七人の仲間たちが集まってくれた。
「文字、足らないんじゃないか?」
 何度も砂浜に俺の指示した文字を書いて確認していた、親友の健一郎が俺を見上げて言った。
「それで裕美にはわかる。どうせ、俺はあわてんぼうのサンタクロースなのだから……」
 俺はため息をつきながら、ウェットスーツの背中のジッパーを引き上げた。
「毎回の事だけど、強引な奴だなあ」
「すまん!」
 俺は両手をあわせ、仲間たちに頭を下げた。
 ほとんどの仲間が仕事を休んで集まってくれたのだ。
「かまへん、かまへん。こんな事でもあらへんと、イブに海なんか入れんで」
 仲間のひとり、伊東さんが明るく言った。
「隆史、もうすぐじゃないのか」
 健一郎が、顎で飛行場を示した。
「行こう!」
 俺たちは、波の影響を受けないポイント先の沖に向かってパドリングを始めた。
 ダンパー気味の波はでかく、俺たちはゲティング・アウトするのにとても苦労した。カレントも強い。
「太平洋のかなたまで流されたりしねえよな」
 ボードの上で大きく胸を反らして、パドリングする健一郎が真剣な顔で言った。
「たぶん」
「あやしいな」
 健一郎は、陽気に笑った。
「ここでいい」
 俺たちはパドリングをやめ、ボードに座った。
「なんで、彼女を見送ってやらないんだ」
「いいんだ、これで……」
 濡れた髪をかき上げた俺は、空を仰いで呟くように言った。
 俺が見送りに行けば、裕美は上京するのを必ずやめる。東京に行き、デビューし、いずれ世界的なスターになる、という選択肢を裕美には選ばせてやりたい。
 必ず、そうなるのだから。
「おい、離陸するぜ」
 銀色に輝く機体が、灰色の滑走路を加速して行く。
「よし!」
 俺が、親指を立てると、
「おーい! みんな、ショータイムだ!」
 と、健一郎が叫んだ。
 全員が「おー!」と、叫びかえしてくれた。
 俺たちは、それぞれのサーフボードの鼻面をあわせた。
 遠くを見るのが好きな裕美は、必ず窓際に席を取る。
 東京行きの旅客機は、このポイントの上を旋回して、航路にのる。
 裕美は、濃紺の海面に浮かぶ俺たちの白いサーフボードで書いた言葉をきっと見つけるはずだ。

『SANTA L V YUMI』

 あわてんぼうのサンタクロースが忘れた文字は、裕美が心(ハート)で埋めてくれるに違いない。
(了)
(初出:2000年12月)
登録日:2010年06月09日 13時51分
タグ : クリスマス

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