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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ドーブブルーに街は暮れて(4)

[連載 | 連載中 | 全6話] 目次へ
横浜駅で直樹と分かれたのは午後5時を回ったところだった。今晩どうするか考えて、恵利は連絡先から米澤大の名前を探した。それが思わぬ出会いに繋がる。
 恋人とのセックスが楽しいのは2年が限界かもしれない。恵利は友達の言葉を思い返していた。十数年前に結婚したときは、新婚数カ月で体を合わせる回数が減り、1年後にはほぼセックスレスになっていた。離婚原因は夫の浮気だった。自分としていないのだから、性に対して淡白かと思っていたら、外に刺激を求めていたことが分かったのだ。
 元カレと続いたのも2年。別れ話を持ち出される直前、体を求められる回数は減ってはいなかったが、恵利の方から避けるようになっていた。同じ部屋に暮らし、結婚しているのと変わらない生活を続けていた。彼の下着を洗ったりするうちに、兄弟のような感覚で相手を見ていることに気付いた。1人で食事をしたり飲んだりする寂しさとは無縁だったけれど、逆にそのことだけが彼の存在価値だったのかもしれない。同じベッドの中にいて、軽くおやすみのキスをして、添い寝をしてくれれば十分だった。
「さあ、恵利のマンションまで送って行くよ」
 直樹の声で我に返る。せっかく有給休暇を取ったのに、夜は別々に過ごすというのだろうか。
「あれ? 直樹のマンションに行ってはダメなの?」
「おふくろの調子が悪くてさ、先ほどメールがあった。だから実家に戻るよ。なんだったら、俺んちにいても構わないけど」
「夜も一緒に食べないんだね?」
「ああ、これから急いで千葉に向かうつもりだから」
「分かった。友達に連絡してみるから、横浜かどこかで降ろしてくれてもいいよ」
「悪いね。じゃあ、横浜駅の東口につけるよ。俺は東神奈川から高速に乗って、実家に急ぐから」
 直樹とのセックスもまた、前の2人とは違ったパターンだった。週末だけ直樹のマンションで過ごす。土曜の夜は、どちらからともなく体を求める。平日や日曜の夜にすることは、ほとんどなかった。一緒に旅行に出かけたのは半年前の1回だけ。3泊4日で青森県の浅虫温泉に滞在したのだが、そのときは毎晩のように求められ、驚いたのを覚えている。
 平日もなるべくタイミングを合わせて、直樹と一緒に夕食を取るようにしていたが、お互いの仕事の都合や、ほかの友達と過ごすために、土日しか会えないことも珍しくない。判で押したように、土曜日は必ず体を求めてくる直樹。最近は少し乱暴な気がする。短い時間で終わってしまうと、いつの間にか寝息を立てて、朝まで会話することもない。だれか別の存在があるのだろうかと疑ってもみたが、まったく分からない。週末はほとんど一緒にいるのだから、その隙はないだろうと恵利は判断していた。
 横浜駅で降ろされ、去って行く車のテープランプをぼんやりと眺めていた。完全に視界から消えるのを確認して、駅ビルの中に入る。すでに日は沈んでいたが、時計を確かめると5時を少し回ったところだった。直樹と過ごせないと分かってから、今晩どうするか考えていた。連絡先の中から、米澤大の名前を探す。5回コールをして大の元気な声が聞こえた。
「もしもし、恵利ちゃん。俺も電話しようかなと思っていたところ。まだ会社じゃないかなと思っていて遠慮してたよ」
「今日は休みだったの。いま横浜にいるんだけど」
「えっ、じゃあすぐに向かうよ。うれしいなあ、こんなに早い時間から」
 大は横浜に住むフリーのカメラマン。恵利とは10歳近く離れているはずだが、本当の年齢を良く知らない。同じく飲食会で知り合い、熱心に誘われて2人で飲みに行くようになったけれど、深い関係ではなかった。バーに寄った帰りに、しつこく唇を求められたことがあったが、最後まで拒否をし続けた。嫌いなわけではない。実際に体を合わせたとしても不快になることはないだろう。逆にはまってしまうかもしれない。それでも体を許さないのは、自分以外にも複数の女性の存在が見え隠れするからだ。恋人はいないと本人は断言しているが、Facebookでは何人かの女性と親しそうにしているショットが並んでいる。それに自分には直樹がいるではないか。
 駅構内のコーヒーショップで待っていると、20分もしないうちに大がやってきた。
「よっ、お待たせ」
「ねえ? ひまなの? 電話してから、あっという間の到着だよ」
「恵利ちゃんに会えると思ったから走って来た」
 改めて大を見ると、確かに額のあたりに汗が滲んでいる。自分に対して好感を持っているのは間違いない。
「ありがとう。どこに行く?」
「野毛に行っておでんでも食べよう。その後は近くのバーだね」
 以前、しつこくキスを迫られたときと同じコースだ。今晩、同じように口説かれたら、断り切る自信がない。直樹への愛情が冷めたというより、新しい温もりが欲しくなっている。
「あ、心配しないでいいよ。前回みたいにさ、迫らないから」
 大の先手は恵利を動揺させた。女としての魅力を否定されたような気になる。いつもはぐいぐい近づいてくる相手から距離を置かれると、自分から関係を進展させたくなる。
「そんなこと言って、怪しいなあ」
 恵利は強がりを言った。大は少しニヒルな笑顔を浮かべた。
「もうずっと、恵利ちゃんとは友達でいく。手もつながないからね」
「ありがとう。男と女にも友情が成立するって証明してね」
 恵利は、つい思ってもいなかった大きな声を出してしまった。大がぽかんとしている。それにしても、なぜ急にそんなことを彼は言い出したのだろう。これまで散々自分を口説いてきた男が変わろうとしているのか。
 桜木町の駅から歩いておでん店に向かう。夜風が冷たさを増している。今日は自然に寄り添えたはずだが、いつもより距離を取って歩く。
 到着したのは6時前だった。すでにテーブルは満席で、カウンターに案内される。恵利の左に大は腰を下ろすと、背を伸ばして厨房の中をのぞいている。端正な横顔だ。正面から見ると、長年の飽食がたたってか、二重あごやたるんだ頬が目立ち、お世辞にもイケメンとは言えないが、横から見るには悪くない。
 しかもトークがうまい。仕事先でのエピソードや、自分が参加した飲食会でのできごとを、おもしろおかしく聞かせてくれる。隣席の客まで、盗み聞きして笑い出す。「カメラマンとして被写体を笑顔にするには、トークの引き出しがないとだめだよ」と説明していたことを、あらためて思い出す。サービス精神が旺盛なところは、直樹と似ているが、より洗練された身のこなしが大にはあった。
 いつもよりも酔いが回るのが早い。恵利は気付いていなかったが酒量があがっていた。今晩、2人の仲が進展しなければ、この先もないような気になっていた。心の声が聞こえなくなるように、飲むペースが早くなっていたのだ。
「締めは茶飯に汁をかけて、玉子を載せてください」
「はい、お兄さん。常連飯ね」
「そう言われるほど、来ていなくてごめんなさい」
 今度はホール係のお姐さん達が笑顔になっている。勘定は1万円を軽く超えていた。普通のOLをしている恵利には敷居が高い店には違いなかった。
「さあバーへ急ごう。実は友達を待たせているんだ」
「ええっ、それなら先に言ってくれればよかったのに」
「嫌じゃなければ一緒に飲もう。恵利より先に約束していたしね」
 なんとなく気が重い。以前、大から口説かれないようにと、友達を連れて行ったことがあったが、復讐されているような気分だ。だからこそ、なおさら、断るわけにはいかない。
「分かった。ご一緒しますよ」
「良かった。男2人で飲むというのも味気ないしね」
 おでん店から歩いてすぐのバーで男は待っていた。カウンターに1人で座り、何やらカクテルを飲んでいる。隣の2席が空いているのは、自分たちのためだろう。
「大、遅いぞ!」
 とこちらを振り向いた男の顔を見て恵利が固まる。
 昼、七里ケ浜の駐車場で会った陽介だったからだ。
(つづく)
(初出:2020年01月)
登録日:2019年01月02日 12時00分
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