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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ドーブブルーに街は暮れて(5)

[連載 | 連載中 | 全6話] 目次へ
「もしかして、昼間の人ですよね?」
「はい、驚きました」
 大は事情が飲み込めない。陽介に恵利を紹介しようと思っていたら、すでに2人が微笑みながら話している。
「どういうこと? 大は恵利ちゃんのことを知っているの?」
「いいや、今日、七里ケ浜の駐車場で会ったばかり」
 恵利は大と陽介の会話を聞いていて、しまったと思った。鎌倉の駐車場へ車を持たない自分が1人で行くはずはない。だれか男と出かけたと想像するのが普通だろう。大に直樹のことは隠している。特定の彼はいないと言い続けてきた。大は頭の中を整理しているような顔つきになった。
 陽介もしまったと思っていた。昼の男は明らかに恋人だろう。先ほど、大から送信されてきたメッセージでは、気に入っている女性を連れて行くとあった。大は果たして恋人らしき男の存在を知っているのだろうか。安易に七里ケ浜駐車場の名前を出してしまった。1人でそんなところへ彼女が行くはずはないと大は思ったはずだ。
 気まずいまま3人は並んで座る。恵利を真ん中に挟む形になった。
「何になさいますか?」
「グラスホッパーをお願いします」
 思わず陽介が恵利を見る。
「ずいぶんと、渋い選択だね。確かに甘くて美味しいカクテルだけどさ」
「俺はパナマね」
 大も注文する。バーテンダーは何か思い出したようだ。
「前回もお二人は同じものでしたね」
 陽介は目を丸くしてバーテンダーを見た。
「すごいなあ、客が何を注文したかまで覚えているの?」
「グラスホッパーとパナマの組み合わせで、お二人が前にいらっしゃったことを思い出しました」
 グラスホッパーで使うグリーン・ペパーミント・リキュールをラムに変えればパナマになる。男女が揃いで頼めば、二人の関係は親密であるとバーテンダーに伝えているようなものだ。だが、あの日から二人の距離は縮まっていないとバーテンダーは直感した。ふらふらしながら店を出て行く二人だったので、そのままどこかのホテルに行ったに違いないと想像していたが、今日の様子からすれば、まだ深い関係にはなっていないようだ。
 カウンターの内側から見れば、並んで座る二人の視線や仕草で、どれくらいの関係かが分かる。恋人同志と判断すれば、女性に対して親しげにしないように注意している。男の気に障れば、二度と店に来てもらえなくなるからだ。
 陽介のグラスも空になったので、バーテンダーが何にするかと聞く。
「アレクサンダーをください」
 バーテンダーはにやりと笑った。グラスホッパーのグリーン・ペパーミント・リキュールをブランデーに変えたカクテルがアレクサンダーだ。男2人と女1人がそろって兄弟のようなカクテルを頼むというのは、めったにない状況だ。3人がどんな関係なのかは分からない。確かなのは全員、酒好きということだけだ。
 グラスを重ねてから、大が恵利にたずねた。
「鎌倉に行くなんて珍しいね」
 本当はだれと行っていたかを聞きたかった。だが、遠回りの質問しかできなかった。
「昔からの友達に付き合わされたの。食事の誘いを断って横浜で降ろしてもらった」
 恵利はウソをついた。陽介は大の方を向いている恵利の姿をそれとなく観察した。アイボリーのセーター、ブラウンのミニスカートから伸びた脚がまぶしい。陽介は思わず唾を飲み込む。駐車場でも、スタイルのいい後ろ姿に釘付けになっていたことを思い返す。グレーがかったストッキングに、ベージュ色のスニーカーが一見アンバランスに思えたが、逆にセクシーに見える。そのまま会社へ行っても大丈夫そうな格好を、スニーカーで外しているところがいい。前日、会社帰りにそのまま直樹のマンションに直行したからだとは、知るよしもなかった。恵利は直樹のマンションに、スニーカー1足を置いていた。
 大は恵利の返事を聞きながら、あとから陽介に確かめれば、だれと一緒だったかが分かると考えていた。おでん店からここに来るまで、恵利に少し冷たく接していたのはわざとであった。今晩、2人の距離を詰められなければ、もう諦めようと決めていた。自分の友達である陽介を含めて3人で飲むことで、恵利もリラックスするだろう。バーを出て、陽介と別れて2人になってから、一挙に恵利を口説こうと計画していた。ところが、自分の知らない男の影を恵利に感じて、だんだん面倒臭く思えてきた。彼女はやめたほうがいいという情報を、陽介が教えてくれることをどこかで期待している。
(他に親しい男がいながら、思わせぶりな態度を取る女なんて、こちらから願い下げだ)
 心の中でつぶやき、いらいらを募らせていた。
 陽介は大が落ち着かなくなっているのが分かった。カメラマンとライターとしてもう長い付き合いだ。大が何を考えているかは、顔つきをみれば想像がつく。彼女に別の男がいるらしいと分かって嫉妬しているのだろう。微笑んでいるように見えても、眉間にかすかだがしわを寄せている。
 恵利が化粧室の場所を尋ねる。席を離れたのを見計らって、大は陽介のほうへ身を乗り出した。
「彼女はどんな男と鎌倉にいたんだい?」
「言っていいのかな……。まあ、お前に隠す必要もないからな。おそらく彼女と同じくらいの年頃だと思う。すっきりとしたイケメンだったよ。彼女は背が高いけれど、相手は普通だったな。お前より小さかった」
「なんだよ、それ。背の高さなんてどうでもいい。要するに恋人と来ていたということだな」
「まあ、そうだろうね。親しい間柄でもないのに、2人で鎌倉へドライブというのはあまりないだろう。寒かったせいかもしれないが、寄り添って歩いていたよ」
「ああ、ちくしょう。彼はいないなんてウソをつきやがって。ずいぶんと時間を無駄にした気がする」
「なんだよ、諦めるのか。その男から奪えばいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるねえ。おれは平和主義者なんだ。三角関係はごめんだよ」
 大は拳を握りしめている。カウンターを叩きこそしなかったが、力を入れているのか小刻みに震えている。
「陽介、悪いけれど俺は帰る。今日の飲み代は後から精算してくれ」
 そう言うと立ち上がり、バーテンダーが唖然とするなか、勝手にコートハンガーからダウンジャケットを取ると、出口に向かって歩き始めた。
「おい、待てよ」と陽介も立ち上がったとき、化粧室のドアが開いて、恵利が出て来た。大と恵利が正面から向き合う形になった。
「あれ、どうしたの? 電話?」
 と尋ねる恵利を無視して、扉の向こうへと大は消えて行った。首をひねりながら恵利が席に戻る。
「大と喧嘩でもしたの?」
「いいや、あなたに怒って帰って行きましたよ」
 陽介にいつのまにか、大の怒りが飛び火していた。無理もない。自分といる途中で帰ってしまうような友達ではない。そんな状態に追いつめた目の前の女を、穏やかな気持ちで見られなかった。
「そうなのね……」
 勘のいい恵利は、直樹のことを陽介が伝えたのだろうと理解した。スツールに座り直すと、大きなため息をついた。バーテンダーは何事もなかったような顔をしてグラスを磨いている。恵利が話しかける。
「ジンライムを薄めに作ってください」
「かしこまりました」
 陽介が恵利に向かって口を開く。
「昼の彼には悪いと思っていないの?」
 少し間を置いてから恵利が答える。
「なんだかお父さんに叱られているみたい。確かにね、少しは悪いと思っている。でも、そろそろ潮時かなって」
「そうなんだ。大はいいやつだよ。乗り換えてみれば」
「どうかな。実は何度も付き合って欲しいって言われている。私のことを好きなのは分かっていてうれしいとも思っているよ。でもね、新しい恋人は自分から選びたいの」
「どういう意味?」
「口説かれて、深い仲になってというパターンが嫌になっちゃった。私から好きになりたい」
 いつのまにか陽介は平静になっている。大の気持ちが乗り移って恵利を嫌な女だと思いかけていたが、むしろ正直なところに惹かれ始めている。バーテンダーが空になったショートグラスを片付ける。
「次はギムレットをください」
 恵利が目を大きく開いて陽介を見つめる。ギムレットを頼む男はナルシストだと勝手に思ってきたが、陽介には似合う気がする。直樹が陽介のことを「渋いイケメンだから」と口にしたのを思い出す。もしかすると自分から一人の男を好きになるチャンスなのかもしれない。
「私もギムレットをください」
 恵利が注文する。今度は陽介が目を見開くことになった。金曜の夜はまだ始まったばかりだった。
(つづく)
(初出:2020年01月)
登録日:2020年01月03日 12時00分
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