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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(1)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
フリーカメラマンの内村は、生計を立てるためデリヘルのドライバーをはじめた。面接を受け早速仕事に出かけた内村だったが、嫌な予感に背中を冷たい汗がつたう。寺尾氏の現代ミステリー連載開始!
 面接官はうだつのあがらない男だった。安物のスーツにポリエステルの白いワイシャツ、まるで就職活動の学生がするような赤いネクタイを結んでいる。清潔感がないのは無精髭のせいだろうか。内村良太はヤクザ風の男が出てくるのではないかと想像していたので、肩すかしをくらった気分だった。
「フリーのカメラマンさんなんですね。勤務時間は夜がご希望ですか?」
「はい。夕方6時以降は仕事が入ることがないので、ほぼ毎日大丈夫です」
 少し見栄を張った。ここ半年は昼に仕事が入ることも少ない。先月はインタビュー撮影の依頼が3本だけ。6万円の収入しかなかった。貯金もほぼゼロとなり、このままではカードローンの残額が増える一方だ。何かアルバイトをしようとネットを検索していて見つけたのがドライバーの仕事だった。
「分かりました。合格です。早速、今晩から働いてもらいましょう。車は持ち込み、ガソリン代も負担していただきますが、女の子一人の送迎で3千円となります。ただし、この事務所から近い港区周辺だったら2千円です。条件はそれでいいですか?」
「あのう……だいたい、どれぐらい稼げますでしょうか?」
「まあ、日によりますけれど、18時から28時まで働いてもらって、5本前後かな……。手取りで1万円は超えますよ」
 内村の頬が緩んだ。ありがたい。日曜の夜だけ休みで、一カ月に25日以上働ける。男の話が本当なら、30万円近くを稼げることになる。機材のローンと家賃は確実に払えて、ここのところご無沙汰のバーにもいける。待てよ、一体いつ飲みに行くというのだ。日曜の夜にやっている店は限られる。いっそのこと、月曜だけ休みに変えてもらえないだろうか。
「休みなんですが、日曜ではなくて月曜にしてもらえますか?」
「冗談いっちゃ困るよ」
 急に男の口調が変わった。眉間にしわを寄せ、老眼鏡のレンズの上から内村を睨みつける。
「日曜は客が少ないんだ。あなたにとっても、月曜働いてもらった方が稼げると思いますけどねえ……」
「分かりました。失礼しました」
 クライアントからクレームをつけられたときのように、ひたすら平身低頭する。また、ここでも自分の甘さが出た。少しでも余裕が生まれそうになると、つい無駄遣いをして仕事を怠けてしまう。デリヘルのドライバーをしなくてはならなくなった自分を、もっと客観的に見なくてはならない。もっとも、そんなことができるようなら、カメラマンの仕事も順調だったはずだ。
「まあまあ、そこまで謝らないでくださいよ……。誠実そうな人だから、こちらもお願いするわけですから。そうそう、もう一つ注意してもらいたいことがあります」
「何でしょうか?」
「分かっているとは思いますが、女の子は大事な商品です。宅配便のドライバーが、お客さんに届ける荷物を自分のものにしたらどうなりますか? 泥棒ですよね。そういうわけで、女の子とは必要以上の会話をしてはいけません。手を出したりしたら、それなりの責任を取ってもらいますから……」
 具体的にどういう責任の取り方になるのかを聞こうとしてやめた。下手なことを言ったのでは、そういう邪心があるように思われてしまう。
「うちはね、かわいい子がそろっているから、ムラムラすることもあると思います。そういうときは仲間の店を紹介しますから、割引料金で遊んでください。そのほうが、お互いのためですよ」
「分かりました。真面目にやらせていただきます……」
 電話が鳴った。男はソファから立ち上がり、事務机の上の電話を取った。どうやら客からのようだ。電話番号と住所を確認して、時計に目をやり、18時過ぎには到着できると説明をしている。
「内村さん、早速働いてもらいましょう。このマンションの前に車を止めてください。すぐに待機所から、いずみちゃんという子が参ります。車のナンバーを伝えておくので、勝手に後席のスライドドアーを開けて乗り込みますから、後はこの住所のところまで送ってください」
 男からメモを受け取って時刻を確かめると、まだ17時45分だった。18時からの勤務時間という約束が守られていないことになる。だが、そんな細かいことに文句をつけて、伝わるような相手ではないことは承知している。すぐに事務所近くのコインパーキングへと内村は向かった。女の子との連絡用として渡されたのは、ぼろぼろのガラケーだった。少しベタついていて、自分の前に働いていたドライバーの歯槽膿漏のような匂いが残っている。軽い吐き気を覚えるが、ぜいたくは言えない。
 マンションの前で5分も待たないうちに、いずみちゃんが乗り込んで来た。
「おはようございます。いずみです。新しいドライバーさんですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ……」
 ルームミラーで確かめると、明るい笑顔の普通の女の子だった。自分の娘と同じぐらいの年だろう。2年前に離婚して以来、彼女とは会っていない。「大学生?」と尋ねたい気持ちを我慢する。必要以上の会話をしてはいけないルールだ。
 目的地は車で10分のホテルだった。いずみちゃんは「行ってきます」と元気のいい声で挨拶をすると、小走りにホテルに向かった。水色のカットソーに白いショートパンツ。すらりと伸びた脚が眩しい。思わずつばを飲み込む。自分の娘も金に困って同じようなバイトをしていないかと不安になるが、かぶりを振って妄想を打ち切る。
 これから19時まで約一時間。ハザードランプをつけたままで待たなくてはならない。バッテリーがあがらないように、ときおりエンジンをかける。ガソリン代も馬鹿にならないので、思ったよりも割の悪い仕事かもしれない。暇つぶしにスマホを取り出して、仲間の近況をfacebookで確かめる。空の写真、猫の動画、食べ物レポートの数々。いつも通りで安心する。内村も投稿する。

これから某アイドル撮影の打ち合わせ。守秘義務があるので名前は出せません(笑)ヒント、水色のカットソーが隠すのは形のいい胸、白いショートパンツからすらりとした脚が伸びています。あ、これだけじゃあ分からないね(汗)

 かなりの脚色。小説家になったほうがカメラマンをやっているよりもいいかもしれない。そのときだった。運転席側のガラスをノックする男の姿があった。嫌な予感に、冷たい汗が背中を濡らした。
(つづく)
(初出:2013年11月28日)
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登録日:2013年11月28日 14時09分

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