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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(10)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
きっとまたデリヘルをやっているに違いないと、ネットでリコを探す内村。東京だけで1000件以上ある店の中から探し出すのは容易ではない。やりきれない気持ちになったとき1枚の写真が浮かんだ。
 グーグルの検索ボックスにデリヘルと入力すると、店舗を紹介する情報サイトがずらっと並んだ。そのうちの一つを選んでクリックする。東京だけで1000店以上の登録がある。これを丹念に見ていってリコを見つけるのは気の遠くなるような作業になるだろう。そもそも行方をくらました後に、またデリヘルに勤めているかどうかさえ分からないのだ。だが、内村はあきらめたくなかった。
 調査対象を絞る方法がいくつかある。かぐや姫の館はすでになく、別の店に登録したなら新人ということになる。また、これまでと同じ出張エリアにある店を選ぶに違いないと判断した。あとはランキング上位から順番に調べていくしかない。
 いつのまにか西日がソファを、もの悲しいオレンジ色に染めている。すでに50店はチェックしただろう。在籍する女の子の写真一覧には、たいていボカシがかかっており、一つひとつ拡大しながら確かめていくのは骨の折れる作業だ。どの写真も画像処理ソフトを使い、可愛く見えるように加工してあるのは間違いなかった。元となる写真の顔を小さくして、目を大きくする。さらに胸をとがらせ、脚を長くする。そのうえで全体にボカシを入れると、みんなが同じようなグラビアアイドルへと変身する。まるで理想的な姿へと平面化されたアニメの登場人物のように、息遣いが消え、男の意のままに操られるフィギュアが誕生する。自分勝手な妄想をふくらませて、電話をかけさせたくするのに十分な仕上がりだ。
 内村は絶望していた。いくらカメラマンだからといって、原型の情報はほとんど失われている中から、一人の女性を探し出すのは困難を極める。300人近くはチェックしたはずだが見落としたような気がしてくる。目をしばたかせる。大きく伸びをする。本業でもこんなに集中したことはないかもしれない。ふと、自分への撮影依頼が減ったのは、結局、いいかげんな仕事をしてきたからかもしれないと反省する。
 やりきれない気持ちになって目をつぶったときに1枚の写真が頭の中に浮かぶ。この世には存在しない傑作だ。リコがドアを閉める直前、深く心に刻まれた彼女の笑顔である。下唇と顎の間に、中心からやや右にそれて小さなホクロがあったことを思い出した。彼女にキスをしたとき、自分の右手を顎の下に添えて、やさしく持ち上げたときも目にしていた。
 これまでチェックしていた画像の中から、目だけにボカシが入っているものを再び確認することにした。21人目の写真に目が止まる。リコと同じ場所にホクロはないが、拡大してみると、その部分だけが不自然に諧調が失われているのだ。おそらく、粗っぽく修正した結果に違いない。今度は全身の写真をチェックする。右手の負傷したあたりにも、同じく調子が飛んでいる部分がある。間違いない。リコだ。驚いたことに源氏名は「いずみ」だった。最初から名前で調べていく手があったわけだ。だが、苦労して彼女を探し出したことに内村は達成感を覚えていた。
 さらに目を凝らせば、本日出勤となっている。あわてて時計を確かめる。18時15分だ。18時から深夜2時までの出勤となっているので間に合う。すぐ店へ電話しようと思ったが、果たして、客が内村だと知って来てくれるだろうかという不安があった。迷いつつも、はやる気持ちを抑えきれず、気が付けばスマホを手に取り店へとダイヤルしていた。
「お電話ありがとうございます。ピーチクッキー、担当の竹川です……」
「あのう……、初めて電話をするのですが、いずみちゃんを指名できますか?」
「いずみですね。お客様、何をご覧いただいて当店へお電話いただきましたでしょうか?」
「ネットでいろいろ見ていたら、この店のページにたどりついて……」
「ありがとうございます。いずみなら、いますぐにでもご案内できますよ……。ご自宅ですか、それともホテルですか?」
「ホテルを利用したいのですが、どこに行けばよろしいでしょうか?」
 リコは内村の自宅を知っている。余計な出費になるが、とっさにホテルを使うことを思いついた。
「当店は渋谷にありますので、渋谷のホテルに入られたら電話をいただけますか? だいたい、どれぐらいの時間がかかりますか?」
「急いで30分ぐらいかと……」
「分かりました。では、いずみをキープしておきますね。お客様の電話番号は、いまおかけいただいている番号でよろしいですね。また、19時過ぎになっても、お電話をいただけないときはキャンセルとみなして、いずみの予約は取り消させていただきます」
 慣れているのだろう。まるでアナウンサーのように、竹川と名乗った男のガイダンスは、よどみがなかった。最後に名前を尋ねられたが、内村ではまずいと考え麦川と答えた。日頃、苦々しく思っている同期のカメラマンの名前を出したことに自分でも笑ってしまう。仮名を使うとき、そこには自分の変身願望が表れることがある。彼のように稼ぎたいとの本音が出てしまったわけだ。
 麻布十番から渋谷まで地下鉄を利用すれば20分足らずで移動できるが、駅からホテルまで歩く時間を考えると30分近くはかかるだろう。パソコンの電源を落とすのももどかしく、外へ飛び出す。コンビニエンスストアのATMでクレジットカードを使い4万円を引き出す。これでカードローンの利用可能額はゼロとなった。タクシーをひろって渋谷のホテル街に向かう。こんなことをしていれば、生活がどんどん厳しくなるのは分かっていた。でも、リコに会いたいという気持ちを抑えることができない。
 裏道から明治通りへと出た車は、20分と少しで円山町のホテル街へと着いた。その中の小ぎれいなところを選び中に入る。カギを受け取り部屋からピーチクッキーへと電話する。応答したのは先ほどの竹川だった。
「麦川様ですね。お待ちしておりました。実は申し訳ないのですが、いずみが体調を崩しまして、急きょお休みとなったんです……」
「ええっ、そうなんですか……。もうホテルに入ってしまっているのですけれど……」
「申し訳ありません。その代わりと言ってはなんですが、業界未経験、本日初出勤の美鈴を向かわせますが、いかがでしょうか。スリムで桐谷美鈴に似た感じの大学生ですよ」
 きっとセールストークに違いない。リコに会えないのなら、ここで無駄な金を使う必要はない。いまならホテル代も返してもらえるかもしれない。断ろうと決意した内村の気持ちを見透かすように、竹川は畳みかけた。
「本当に美人なんです。お客様のように、紳士的な話し方をされる人が最初のお客様となっていただくと、当店としても大変助かるのですが……」
 少し迷ったものの、内村は店の提案を受け入れることにした。
「分かりました。では、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。いずみが急にキャンセルとなったおわびに、60分間2万円のところ、18000円にさせていただきますので、なにとぞお手柔らかにお願いします」
 何を手加減しろというのだろう。風俗店独特の言い回しなのか。内村は靴を脱いでベッドに横になる。リコのことが頭の片隅に引っ掛かってはいたが、どんな女性が来るのか想像するだけで下半身に血流が集中するのが分かる。
 どんな状況にあっても男の欲望は消えない。リコに会いたいという気持ちも、若い女の体を味わいたいゆえに生じたものではなかったか。美鈴を抱けば、はっきりすると内村は考え始めていた。
(つづく)
(初出:2014年01月30日)
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登録日:2014年01月30日 13時25分
タグ : デリヘル

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