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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(11)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
リコとおぼしきデリヘル嬢を指名したものの、急病で来られないと告げられる。新人の子を紹介され、押し切られるようにOKした内村。やがてホテルに現れた女の子は……。
 10分ほど待っただろうか。ノックする音がした。少しうとうとし始めていた内村は急いで起き上がる。ラブホテル特有の重いドアを開けると、そこに立っていたのは確かに女優の桐谷美鈴に似た若い女性だった。つい、全身をなめるように見てしまう。男の欲望がそうさせたというより、カメラマンとしての癖だった。ダメージ加工されたデニムのショートパンツから、すらりと長い生脚が存在感を主張している。
「美鈴です。よろしくお願いします……」
 ほとんど聞き取れないような小さい声で彼女は挨拶すると、ゆっくりとお辞儀をした。見た目からは想像できない奥ゆかしさだった。演技なのか。いや違う。知らない場所にいきなり連れてこられた犬のようにおびえているに違いない。その証拠に、いつまでも中に入ろうとしない。
「こんにちは。とにかく中へ入ってくれるかな」
 内村がうながすと美鈴は、こくりとうなずいた。部屋へ招き入れてからベッドに座るように言ったが、立ったままで動こうとしない。彼女は何か言いたそうだった。
「初めてなんだってね……」
 内村は世間話をするつもりで話しかけた。しばらく間を置いて美鈴が答える。
「はい……。今日は体験入店です」
「そうか……。じゃあ、まだ、この仕事を続けるかどうかは決めていないんだ」
「はい……。あのう、それで……、申し訳ないのですが……、私がお金を払いますから、このまま帰らせていただいていいですか?」
 途中まではたどたどしく、最後ははっきりと自分の気持ちを主張した。デリヘルで働くことを覚悟したものの、実際にホテルの部屋に入っておじけづいてしまったのだろう。金を払うというのは、内村が美鈴に払うはずの18000円を、彼女自身が出して店へ渡すという意味に違いない。
「お金に困っているから、このバイトをしようとしたわけじゃないの? まあ、とにかく座って……。話だけでもしようよ」
 ベッドと離れた位置にあるソファに彼女は腰を下ろした。内村のほうを向かずに、部屋に備え付けの大型テレビに目が釘付けになっている。振り返って確かめるとアダルトビデオが流れており、まさにからみの真っ最中だった。あわてて内村はリモコンを探して、電源を切った。その様子に安心したのか、ようやく彼女の肩から力が抜けた。
「お金が欲しかったわけじゃないんです……」
「じゃあ、どうしたのかな? こういう仕事は初めてのようだし、エッチなことに興味を持ったからというわけでもなさそうだし……。あ、無理に話さなくてもいいよ。それに、お金はちゃんと渡すから心配しなくていい。別にサービスをしなくても構わない……」
「ええっ……。でも、すっきりしたくて、お店に電話したのではないのですか?」
 すっきりという言葉がおかしくて、つい内村は鼻で笑ってしまう。冷蔵庫の中からお茶とコーヒーのドリンクを取り出す。彼女に向かって差し出すと、ぺこりとお辞儀をしてお茶のペットボトルを受け取った。内村は缶コーヒーのリングを引き一口飲む。それからベッドに座り直すと彼女に説明した。
「実はお目当ての女性がいたけれど急病とかで来られなくなってね。本当は帰るつもりだった。でも、お店の人に押し切られて、あなたを薦められたというわけさ……」
「そうだったんですか……。やはり私みたいなのはタイプじゃないから、その……、エッチな気持ちにならないということですね」
「いやいや違うよ。すてきだと思うよ……。でも、あなたがあまりにも嫌がっているようだから、世間話をして帰ってもらってもいいかなと思ったわけだよ……」
「お金持ちなんですね。だって、何もサービスしなくて2万円近く払うなんて……」
「逆だよ。貧乏さ。ここで払う金もカードローンで調達した。カメラマンをしているけれど、最近、仕事がないんだ……」
「やっぱり、私が払います。そんな大切なお金をもらえません……」
「まあ、いいじゃないか……。こうやって話をするのもサービスだと思えば……」
「いい人なんですね……」
 初めて美鈴が笑顔を見せた。ぱっちりとした目が、とたんに三日月形に変わる。内村の中でスイッチが入った。このまま彼女の手を引っ張ってベッドに押し倒しても罪に問われるわけではない。相手は風俗店から派遣されてきたのだ。だが、ぎりぎりの我慢をした。いい人と言われて裏切られない気持ちになったからだ。もしかすると年齢的なものかもしれない。あの飲食店の女性を自分勝手に抱き続けたように、若いころの自分ならすぐに体の関係に持ち込もうとしただろう。
「いい人なんかじゃない……。普通に女好きだし、あなたがその気ならサービスを受けていたと思うよ」
「そういうところも正直でいいと思います……」
 ラブホテルでサービスを放棄した女性から誉められるというのは中途半端な快感だった。たとえがややこしいが、ダイエット中に一口食べたら、我慢できなくなって大食いをしてしまいそうになる気持ちに似ている。だから、これ以上、自分を認めてほしくない。話題を変えるしかない。
「そうそう、結局、なぜこの仕事をしようと思ったのかな?」
「おじさん、相談に乗ってくれますか?」
「ああ、金のこと以外なら……」
「ふふっ……」
 また、可愛らしく笑う。今度は華奢な顔立ちには不釣り合いな少し厚めの唇が、柔らかな弧を描くのに目を奪われる。ホテルの一室で、このまま欲望を押し殺すのは、あと30分ぐらいが限界だろう。内村はかぶりを振って、コーヒーを一気に飲み干した。
「一緒に住んでいる彼が浮気をしたんです……」
「はあ……」
「それも2回目。大学生になった年の夏に知り合って、秋には一緒に暮らし始めていました。でも、冬には私の体をほとんど求めなくなった。いまでも、普段は仲良く映画を観たり、食事をしたりしていますけれど、セックスは半年前に1回したきり……」
「浮気をしたことからすると、彼がセックスに興味がないわけではないようだね……」
「たぶん……。私の体のせいだと思います……」
「どういうこと? どこも、おかしく見えないけれど。それどころか、すぐにでも抱きつきたくなるほどの美人だよ……」
 内村はそう言いながら自分の鼻息が荒くなるのを感じた。しかし、彼女の口から出た言葉を聞いて、欲望は一気に萎えてしまった。
「あのう、実はまったくと言っていいほど胸がないんです……。上半身は男みたい。ブラジャーなんて必要ないぐらい。女友達も昔はからかっていたけれど、いまでは腫れ物に触るように、そういう話題は避けています……」
「ぜんぜん、腫れていないのにね……」
 内村の冗談に首をかしげていた美鈴は、少し考えてから、はっと気づいて小さく笑った。
「その通りです。むしろ、そうやっていじってもらったほうがうれしい。彼はいじってくれませんけれど」
「ははっ、うまい……ってほめられてもうれしくないか」
「いいえ、楽しいです」
 彼女は笑いながら、距離はあるものの内村が座る横に移動してきた。
「なぐさめで言うわけじゃないけれど、巨乳は好きじゃないな。スリムなほうがタイプだから、胸はあまり気にしないよ……」
「彼も最初はそう言っていました。でも、あまりにもないから……。こういう店で働けば、少しは変わるかなって思ったんです」
「無理だよ。揉まれて大きくなるわけないし、それでも好きだと言ってくれる人を探すしかないだろうな……」
「そうですよね。でも、私の胸を見て、彼以外の男の人がどう反応するかは知りたかった……」
「よし、分かった。私が判断しよう」
 内村は美鈴との距離を詰めた。彼女はびくっとして、体を硬直させた。
(つづく)
(初出:2014年02月03日)
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登録日:2014年02月03日 19時08分
タグ : デリヘル

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