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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(12)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
内村はためらうことなく美鈴に抱きついた。父と娘のような感覚に、笑い出すふたり。ドライバーとしての仕事を失った内村は、新たに雇ってくれるよう美鈴に頼むのだが。
 内村はためらうことなく、美鈴に抱きついた。彼女はますます体をこわばらせ、顔を下に向け、内村の唇がせまらないような防御態勢になった。しばらくすると内村は、やさしく髪の毛を撫ぜ始めた。美鈴は内村が自分の欲望と戦っているように思えた。もし、力ずくで体を求められたとしても仕方ない。そもそも、性的なサービスをすることを前提に、この部屋に入ったのだ。覚悟した自分がよみがえってくる。と同時に体から力が抜けていくのを感じた。内村にも伝わったに違いない。だが、彼は求めてこなかった。
「なんだか、不思議な気持ちだな。風俗の女性を抱いているような感じがしない。遠い昔に戻って、好きだった女の子を初めて抱きしめたような気持ちになっている……」
「私も……、なんだか落ち着いています。失礼かもしれないけれど、お父さんにぎゅっとされたときを思い出していました」
「やっぱりか……。実はおれも娘のことを思い出していた。離婚してからは会っていない……。本当はブラウスのボタンをはずして、君の胸にキスをしようと思っていた。でも、そんな気にならなかったよ」
「もしかして、胸の感触がなかったから?」
「まだ、言っている……」
 2人は同時に笑った。どちらからともなく体を離して向き合った。内村は姿勢を正すと、真剣な顔で話し始めた。
「ひとつ、お願いがあるんだ。ピーチクッキーにドライバーっているだろ?」
「ええ、説明を受けました。今回は渋谷だから待機所から歩いてきましたけれど、六本木などに行くときは送迎があるって……」
「そのドライバーとして俺を薦めてほしいんだ」
「えっ? あの店で働きたいということですか?」
「ああ……。カメラマンの仕事がないから働きたいというのが一番の理由だけれど、もうひとつは、ピーチクッキーにいる女の子の一人と会いたいんだよ……」
「急に休みになったという女の子ですか?」
「そうだ。話せば長くなるが……」
 それから内村はリコとの出会いと、殺人事件に巻き込まれたこと、彼女から連絡がないことなどを細かく説明した。美鈴はときおり、うなずきながら静かに聞いていた。
「最初はストーカーなのかと疑いました。違うみたいですね。分かりました。店に戻って、体験入店だけでやめると話をするときに、お願いしてみます」
「助かるよ……。でも、そろそろ時間だし、次の指名が入っているんじゃないかな?」
「いいえ……。とりあえず1人のお客さんについてみて、ダメだったら入店しないという話になっています。でも、ひとつ教えてもらっていいですか。直接、店に頼んだらダメなんですか?」
「かぐや姫の館の面接を受けるときに調べたのだけれど、自分が利用したことのある店のドライバーにはなれないという決まりが、どこの店にもあるんだ。それこそ、ストーカーが入ってくるのを防ぐためだろうけれど……。でも、君は入店しないし、これが初めての利用だとピーチクッキーも知っているから、君から話してもらえば何とかなるかもしれない……」
「好きなんですね、そのリコっていう子が……」
「自分でもよく分からない。とにかく別の誰かを抱いたら、彼女への気持ちが覚めると思っていた。でも、君とは深い関係にならなかったし……、本当のところは、まだ分からないな……」
「いまからでもエッチしますか?」
「えっ……」
 内村は思わず美鈴を見つめた。冗談を言っているようには思えない。内村の強い視線を受け止めて、彼女はそっと目をつぶった。内村は自分の唇を軟着陸させる。壊れ物を触るかのように、やさしく彼女を抱きしめて、髪をとかすように撫ぜる。内村が舌を差し込んだときに、美鈴は小さくあっという声を上げた。彼女から内村の首に手を回してきた。後はそのままベッドへ倒れ込むしかなかった。
「暗くしてください……」
 内村がブラウスのボタンに手を伸ばしたとき、美鈴が耳元でささやいた。照明のスライドスイッチをゼロにする。前面の扉がガラスになっている冷蔵庫の光だけが頼りとなる。彼女は自分の胸を見られたくないのだろう。あらわとなった上半身は確かに細かった。バストはまったくないというわけではない。わずかな光の中で、ゆるやかに盛り上っている部分が確認できる。しかし手でつかめるような形ではなく、やさしく撫ぜて初めて起伏が分かる程度だった。
「ヘルスでは本番をしてはいけないことになっている。このままじゃ、おれは普通に美鈴ちゃんを抱くことになるよ。いいのかな?」
「美鈴と呼ばないで……。本名は奈津美って言います……。お店での関係と考えていませんから……」
 奈津美が全部話し終わらないうちに、内村は彼女の胸に顔をうずめた。喘ぎ声が漏れる。2人は一つになった。
 そのまま、眠ってしまいそうになっていると、奈津美の携帯が着信を告げた。ピーチクッキーからだった。
「もしもし、美鈴ちゃん……。大丈夫? もう90分経つけれど……」
「はい、ずっとお話を聞いてもらっていました。社長、やっぱり、この仕事できません。実はお客さんにもサービスしていないんですよ……」
「ええっ? こんなに時間が経っているのに……。分かった。じゃあ、お客さんと電話を代わってくれる?」
 奈津美が携帯を差し出す。内村は緊張しながら受け取った。別に悪いことをしているわけではない。だが、深い関係を結んでしまったのは事実だ。
「もしもし、麦川さんですか? なんだか、うちの女の子が失礼したみたいで……。サービスもなかったようなので、お代はいただきません。面接のときに、もっと確認しておけば良かったです。どうぞ、ホテル代も高くなりますから、そのまま適当にお帰りになっていただいて結構です。もしくは美鈴を帰していただいてから別の子をお届けしましょうか?」
「いえ、結構です。彼女と話をしているだけで満足しましたから……」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると救われます。もう一度、美鈴に代わってもらえますか?」
 相変わらず、竹川はアナウンサーのような話し方だった。事務的なようで冷たくなく、声質に人の心をとらえる何かがあった。
「美鈴ちゃん、もう帰っていいから……。お客さんから、お金をもらってはダメですよ。まあ、またその気になったら働けばいいから連絡をください」
「ありがとうございます。それで、実は……、このお客さんがピーチクッキーでドライバーとして働きたいと言っているんですけれど……。とても紳士的で感じが良くて、エッチなところが全然なくて、体験入店だけした私が言うのもおかしいかもしれませんが、きっと、いい人だと思います」
 竹川はしばらく黙っていた。何か仕組まれているのだろうか。体験入店させたばかりの女の子と、初めての客の組み合わせ。しかも、彼女は入店しないと言っていて、客もサービスを受けていないらしい。普通ならトラブル必至の状況だ。ところが、相手が寄こした唯一の注文は自分をドライバーで雇えという想像を超えたものだった。いずみを指名していたが、どうやらネットで調べて気に入っただけらしい。竹川は大きく深呼吸する。ちょうど、女の子とのトラブルでドライバーを一人辞めさせたばかりだった。
「分かった。じゃあ、お客さんをさっき面接したところまで案内してきてくれるかな? ところで、その麦川さんってイケメン?」
 竹川はゲイだった。
(つづく)
(初出:2014年02月06日)
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登録日:2014年02月06日 19時21分

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