騒人 TOP > 小説 > 現代 > ハザードランプはつけたままで(13)
寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(13)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
奈津美と深い仲になった内村は、紹介してもらったお店でドライバーの仕事を得る。事務所の竹川は完全なオネエであった。
 電話を終えた奈津美に話しかける。
「ありがとう。ドライバーとして採用してくれそうかな?」
「分からないけれど、案内するように言われたから会ってはくれるみたいです。たぶん、麦川さんみたいにちゃんとしていたら大丈夫じゃないかな」
「あ、実は麦川というのは仮名で、本名は内村良太なんだ。それにちゃんとしていないよね……。君とエッチしてしまったんだからさ」
 奈津美は恥ずかしそうな顔をしながらも笑った。服装を整えてから、二人はもう一度キスをした。内村の胸に顔をうずめた奈津美がつぶやく。
「私も浮気したことになりますね。でも、彼に悪いとは思わなかった。別れるきっかけになるかもしれない」
「奈津美ちゃん、早まらないで。いまは流れで君を抱いてしまったけれど、これから付き合おうとしているわけでもないし。年齢も親子ほど離れているから、俺が良くても君が無理だろうしね」
「無理じゃないです……。このまま会えなくなるのは嫌だな」
 内村の胸は高鳴っていた。久しぶりのセックスのせいだけではないだろう。体が満足したというより、どこかで心が通じ合ったような思いにとらわれていた。一方でずっと、リコのことが引っ掛かっている。浮気したのは自分のような気持ちになっていた。
「探している女の子のことが気になっているんですね」
「ああ……」
 奈津美は体を離すと洗面所に向かった。鏡の前で化粧を直しながら、後ろに映り込む内村に向かって話しかける。
「結局、どうでしたか? 私を抱いたら彼女への思いがはっきりするかもしれないって言っていましたよね」
「うん、リコと会いたいという気持ちは変わらなかった。でも、言い訳するわけではないけれど、きっと彼女と会っても深い関係にはならない気がする」
「それはどうかしら……。魅力的な人みたいだし、彼女から迫られたら内村さんは我慢できないと思いますよ?」
「若いころの自分ならね。この年になると、男と女の仲になるのが面倒なこともある。それに、君との関係がすごく良かったから」
 口紅を塗る手を止めて奈津美が振り返る。
「なんだか急にウソつきになりましたね。私で性欲が満たされたから、とりあえずは落ち着いているだけでしょ。正確に言うと、彼女への気持ちは、彼女を抱いてからでないと分からないってことじゃないかしら」
 奈津美のことを甘く見ていたかもしれない。内村の中のどこかで、風俗で働こうとする若い女性を見下していた部分があったのだ。思わぬ反撃にあってたじろいでいる。確かに奈津美が指摘する通りだ。
「参ったな。すべて見透かされているみたいだ。でも、これだけは正直な気持ちなんだけれど、君とはこれからも会いたいと思っている。体の関係がなくてもいい。普通にお茶をしたり、食事をしたりしたい気持ちなんだよ」
「私は嫌だな……」
「えっ?」
「体の関係が必要だと思う。だって、普通にデートするだけだったら、いまの彼との生活と同じじゃないですか。内村さんが私とエッチをしたくないと思うようになったら、そのときは別れるときですね」
 いつの間にか主導権が彼女にわたっている。デリヘルはインスタントな性的関係を求めるところではなかったのか。内村は思いもよらぬ男女関係を背負い込むことになった。
「分かった。正直に言おう。これから俺と付き合ってくれ」
「はい。彼とは別れます。リコさんって言いましたっけ? 内村さんが彼女と再会して、私が邪魔になったら、ちゃんと教えてくださいね……」
 再び奈津美は内村の胸に飛び込んだ。たまらなくなって、彼女の形のいい顎を持ち上げてキスをする。
「あ、口紅がつきますよ」
 内村は返事をしなかった。先ほどよりも激しく舌をからませる。そのままベッドに押し倒し、ブラウスのボタンをはずしにかかった。奈津美も抵抗しなかった。彼女から言われる前に、暗くしようと手探りで照明のスライドスイッチを探す。
「このままでいい。あなたが嫌じゃなければ……」
 内村は黙ってうなずいた。薄明かりの中で確かめただけの胸があらわになった。確かに起伏には乏しかったが、細雪が積もったかのように白く美しかった。唇を寄せる。
「とてもきれいだよ」
 彼の言葉を聞いて、奈津美も力強く内村を抱きしめた。二人はもう一度、一つになった。
 竹川の事務所に顔を出したのは、電話をしてから、さらに30分も経ってからだった。
「ちょっと、遅いじゃない。あ、分かった。あなたたち、やっちゃったでしょ」
 内村は面喰っていた。受付の電話では普通に会話をしていたが、実際に竹川と会ってみれば完全なオネエだった。小柄で薄い髪の毛をべったりとオールバックに撫ぜつけている。女物らしき黒のブラウスは、小太りな体型にまったく合っておらず、いまにもボタンがはじけそうだ。
「すみません。どういうわけか、そんな関係になってしまって」
 もし相手がヤクザ風だったら、何とかごまかそうとしたかもしれない。竹川がオネエだとみて安心して本当のことを話してしまう。実際に間違いではなかった。竹川は物わかりが良かった。
「まあ、いいわ。出会いがどこにあるか分からないから。それに彼女はこの仕事をやらないって宣言しているし……。ひとつだけ釘を刺しておくけれど、自由恋愛で深い関係になったということを忘れないでね。うちの店は売春をあっせんするところじゃないから」
「はあ、すみません。それでドライバーの仕事なんですが」
「採用よ。本当はもっと、イケメンが良かったけれど贅沢言っていられないし、ちょうど人手が欲しかったの。彼女がいれば、店の女の子に手を出す心配も少ないしね」
「ドライバーが手をつけるケースって多いんですか?」
「そうなのよ。気が付けば、ドライバーと付き合っているっていうぐらい珍しくないことよ。この間、辞めさせた男も、店の女の子3人と関係を持ったものだから、客をそっちのけで喧嘩ばっかり」
 黙って聞いていれば、永遠と話が続きそうだった。あわてて内村が口を挟む。
「それは大変でしたね。それで、あのう、条件はどんな感じでしょうか?」
「車は持ち込みで1人送迎して2000円、遠いところなら3000円ね」
 かぐや姫の館で提示された条件と変わらなかった。うまくすれば1日1万円にはなると内村は皮算用した。
「意外と稼げないわよ。うちは渋谷のホテルに出張させることが多いから、1日1万円いかないわね。しかも昼の12時から翌朝まで働いてもらう。もちろん、連絡がつくならば、待機している間は何をしてもらっていても構わないけれど」
 条件は悪かったが、背に腹は代えられない。リコを見つけるまでの短期で構わないのだ。
「分かりました。その条件でお願いします」
「ねえ、本業は何なの? フリーターには見えないし」
「カメラマンです。最近、仕事がありませんけれど」
「あら、そうなの。じゃあ、お店のホームページの手伝いをしてくれる。いま使っている人って下手で、見たかもしれないけれど、修正のあとがはっきり分かるのよ」
 そのおかげで、リコを見つけたわけだ。きっと若いカメラマンなのだろう。こういう仕事に手を出すということは、メジャーな依頼はほとんどないに違いない。という自分も、いまは全く同じ状況だった。
「大丈夫ですよ。こう見えても、ずいぶんと女優さんやアイドルの写真を手掛けてきましたから」
「ほんと? すごいわね。たとえばだれかしら?」
 しまったと思いながらも、内村は何人かの名前を挙げた。
「ふーん、みんな10年以上前にピークの人たちね。最近は仕事がないってことが分かった。まあ、ちゃんとやってくれれば、1人を修正するごとに2000円。ホテルを借りて撮り下ろすときは、1人につき5000円払うわ。月に2〜3人は新人を採用するから悪くないと思う」
 黙って聞いていた奈津美が竹川に向かって話しかける。
「あのう、今日撮影した私の写真ですけれど、ちゃんと消去してもらえますか? カメラマンさんへのギャラは私が負担することになるのでしょうか?」
「ちゃんと勤めることにならないと、カメラマンにギャラは払わないことになっているから心配は無用よ。いま、消しておくから」
 そう言いながら竹川はパソコンを操作した。こちらからは見えないので、本当に全部消したかまでは分からない。まあ、構わない。もし、奈津美の画像を見つけたら、修正の仕事のついでに自分が消去してしまえばいい。内村は勝手に考えていた。
「それじゃあ、今日は帰ってください。ほかの店に頼んだヘルプのドライバーがいるから。明日から毎日お願いね」
 二人は事務所を後にする。ホテル街のネオンが華やかさを増していた。まだ21時にならないというのに、中には満室の赤いランプがついているところさえある。これからほろ酔いのカップルで、さらに人通りは多くなるだろう。
 奈津美が内村の腕を取ってきた。はたから見れば、若い女性をだましている悪い男にしか見えないのに違いない。ついつい伏し目になってしまう。そのときだった。
「あれ、リョータ?」
 顔を上げて確かめればリコだった。
(つづく)
(初出:2014年02月10日)
前へ1 ...... 10 11 12 13 14 15 16
登録日:2014年02月10日 18時48分

Facebook Comments

寺尾豊の記事 - 新着情報

  • ハザードランプはつけたままで(33) 寺尾豊 (2014年04月24日 13時37分)
    いちどは否定された内村とリコの関係。殺人教唆でつかまった祐太郎の告白。内村がかつて捨てた女との邂逅。ついに最終回を迎えたハザード。内村の想いが収束してゆく。(小説現代
  • ハザードランプはつけたままで(32) 寺尾豊 (2014年04月21日 23時42分)
    リコは取調室で覚悟を決め、素直に自白していた。奈津美に謝りたい一心だった。アリバイを作り、つかまらないよう周到に計画した渡辺だったが悪いことはできない。事件の顛末が明らかになる。(小説現代
  • ハザードランプはつけたままで(31) 寺尾豊 (2014年04月17日 12時37分)
    リコは内村と連絡を取った。復讐のため内村をも殺害しようとするが、真実が明らかとなり泣き崩れしかないリコだった。(小説現代

小説/現代の記事 - 新着情報

  • 園生に咲く花(7) 北見遼 (2016年08月13日 12時42分)
    事件が一段落つき、夜も明けようというころで気が付いた。「今日は受験日だった!」 焦る小紅をよそに姉の小百合は涼しい顔で飛ばしていた高速を降りる。そんなときが来た小紅の晴れやかな笑顔がまぶしい。園生に咲く花、最終章!(小説現代
  • 園生に咲く花(6) 北見遼 (2016年05月31日 14時28分)
    「見つけたわ!」深夜の高速道路を爆走するピンク色のワゴン車。誘拐犯の車を見つけた一行はカーチェイスの末、ついに犯人を追い詰める。重苦しい現場で露わになるそれぞれの想い。(小説現代
  • 園生に咲く花(5) 北見遼 (2016年05月12日 14時06分)
    誘拐犯と思わしき晴美――姉の旦那がかつてつき合っていた女性のアパートに雪崩れ込むがすでに空っぽだった。取り乱す姉に愕然とする小紅だったが、事態はそれどころではない。(小説現代

小説/現代の電子書籍 - 新着情報

  • オンラインマガジン『騒人』総集編  (2015年08月20日 17時44分)
    オンラインマガジン騒人に掲載の編集者オススメ作品と書き下ろし作品をまとめて発刊した投稿Web小説『Sohzine.jp』Vol.1から10までを一冊にしました。一巻ずつ購入するよりお得。単体で電子書籍化した「作家の日常」は小説家、阿川大樹氏の日常を公開。また、宇佐美ダイ氏の「LeLeLa」は、不思議な力を手に入れ吸血鬼となった男の対決を描く伝奇小説。眠太郎懺悔録シリーズの青島龍鳴氏「ファーストキスは鉄の味」、城本朔夜氏の電子書籍「イペタムの刀鞘」外伝など、充実した内容でお送りします。コメディや児童小説の他、時代小説、ファンタジー、笑える・泣けるエッセイまで、70作品を一気に楽しめます。(小説現代
  • 投稿WEB小説『Sohzine.jp』Vol.9  (2015年08月20日 17時29分)
    騒人編集部お勧め作品を掲載! 青島龍鳴氏『ファーストキスは鉄の味(前編)』は、退治屋不足のため狐の女王と取引をする帝家。眠太郎懺悔録シリーズ。樹都氏『ヤミネコ』。猫にまつわるあらぬ話。阿川大樹氏『作家の日常』では、お金にまつわる話しを赤裸々に告白。宇佐美ダイ氏『LeLeLa』。美智子は朋子に“気”を扱うための栓を抜かれるが……。綺羅星沙々羅氏『太陽は君に輝く』はククルの森に入った一行の前に難敵が出現。南川純平氏『ポトゲラヒ』。下田にやってきた久之助は写真術を学ぶ機会を得る。いちばゆみ氏『ゆうきゃんの人生迷走案内』。電車で見たポスターに思い出したのはカオルくんのことだった。あのとき、何が出来たろうか? (小説現代
  • 投稿WEB小説『Sohzine.jp』Vol.8  (2015年08月20日 17時24分)
    騒人編集部お勧め作品を掲載! 浅川こうすけ氏『恋人ボックス』。モニターに映し出された恋人、デアルを独り占めしたい村木は作戦を練る。天野雅氏『永遠の海』。中学三年の千彩子。案内された崖の上。彼女の計画とは? 阿川大樹氏『作家の日常』は編集者との出会いについて。宇佐美ダイ氏『LeLeLa』は逃げ出した美智子の前に“新人類”を称する吸血鬼が現れる。綺羅星沙々羅氏『太陽は君に輝く』では、貴族と一般人の混合チームで試験に挑むことに。新連載、南川純平氏『ポトゲラヒ』は日本における写真の開祖、下岡蓮杖の青春を描く。おおみち礼治氏『宣う躰 キンタマチェック』は当時十六歳だった著者の入院録。今号も面白いに決まってる! (小説現代

あなたへのオススメ