騒人 TOP > 小説 > 現代 > ハザードランプはつけたままで(14)
寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(14)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
内村と奈津美の前に現れたのはリコであった。連絡が取れなかったリコに、つい責めるような口調になってしまう内村。しかし、天真爛漫なリコは気にする様子もない。
 奈津美はすばやく内村から離れた。相手がだれだかを瞬時に理解したようだ。
「リコ……。ずっと連絡を待っていたんだよ」
「ごめんなさい。話せば長いんだけれど、ずっとバタバタしていて連絡できなかったの。携帯も証拠品として警察に渡してしまって、リョータの番号が分からなかったし」
「そうだったのか。まあ、元気でいてくれて何よりだ」
「ねえ、その可愛い子はリョータの彼女?」
「ああ、実は知り合ったばかりだけれど、付き合うことにしたんだ」
 警察から解放されてからも、自分を無視していたリコを責めるような気持ちで語気を荒くしてしまう。リコが目を丸くする。奈津美は一歩下がって、内村のデニムの尻ポケットのあたりをつかんでいた。
「清楚なすてきな女の子じゃない。私は娘さんと歩いているのかと思った。ねえ、あなた……」
 リコが内村の体を楯に隠れている奈津美に話しかける。
「リョータと私のことは話に聞いているかもしれないけれど、変な関係じゃないから心配しないで。それで、リョータと少し話したいことがあるんだけれど、ちょっと彼を貸してもらっていいかな?」
 奈津美は無言だった。内村のポケットをつかむ手に力が入ったような気がした。自分に対する内村への気持ちを確かめるために、次の一言を待っているに違いない。
「それはダメだよ」
 内村は無意識に奈津美の気持ちに応えようと、間髪を置かずに拒否をした。
「リコとは話したいことがいっぱいあるけれど、少なくとも今日はダメだ。それに君だって、何か用があって、このホテル街にいたんじゃないの?」
 どうしても責めるような口調になってしまう。ダメだと言いながらも、相手のことが気になって仕方がないことは、賢明な奈津美には隠せないに違いない。
「実はね、別の店に勤めることにしたんだけれど、さっきまで体調が悪くて家で休んでいたの。少し気分が良くなったから、これから事務所に顔を出そうかなって」
 もう少しで鉢合せをするところだった。店の女の子3人に手を出したドライバーと変わらないような状況になっていたかもしれない。
「そうか、じゃあ改めて携帯番号を教えるよ。それに、実はおれもピーチクッキーという店でドライバーをすることにしたから、昼じゃないと時間が……」
 内村が全部を話し終わらないうちにリコが大声を上げた。
「ピーチクッキーだって! ねえ、偶然なの? 私、いまそこに勤めているんだけれど」
「何だって!」
 内村も驚いてみせたが、どこかわざとらしかった。だが、リコは気にしていないようだった。いずれ自分がピーチクッキーのドライバーになったことはばれてしまう。ならば早く伝えておいたほうがいいと判断した。
「じゃあ待機しているときにお話しできるね。良かった」
 リコは単純に喜んでいる。
「ああ、そうだね。明日の12時から出ているから、もしかしたら送迎のときに話ができるかもしれないね」
「うん、ねえ、リョータ。一応、携帯の番号も教えて」
 と言いながら手提げバッグからスマホを取り出した。以前のものとは違う最新機種だった。液晶画面が一回り大きい。
「ねえ、これなら顔が小さく見えるでしょ。リョータも同じものにしたら。少しはスタイルが良く見えるかもよ」
 屈託のない笑顔でリコが言い放つ。奈津美のことが気にはなっていたが、リコと話すと楽しい気持ちになるのは事実だった。居心地がいいのだ。これ以上立ち話をしていると、奈津美から嫌われてしまうかもしれない。
「ワン切りするから、電話番号を言ってくれ」
「うん」
 リコは天真爛漫だ。これまでのいきさつを、まったく気にするようなそぶりは見せず、何度もジャンプするような仕草で内村にまとわりつく。
 連絡先が伝わったことを確かめると、内村は急いでその場を離れることにした。
「じゃあ、また近いうちに」
 内村は奈津美の腰に手を回し、その場を去る。手を高く挙げてリコへ挨拶する。大通りに出る角まで来たとき振り返ってみれば、リコはさきほどの場所にとどまって手を振り続けていた。昔、自ら捨てた女性との苦い記憶がよみがえりそうになる。奈津美の声で我に返る。
「リコさんって魅力的だね。リョータさんが探していたのも無理がないな」
 いつのまにか奈津美の言葉遣いが変わっていた。リコの影響だろうか。丁寧語ではなくなり、内村のこともリョータさんと呼んでいる。彼女をフォローする言葉を探していたが、何を言っても見透かれそうで黙っているしかなかった。代わりに彼女の腰に回した手に力を込め、自分にもっと密着するようにした。
「何だろう……。私、ジェラシーを感じちゃった。胸だってさ、まるでグラビアアイドルみたいに大きかったよ。リョータさんは触ったのかな? あの胸に」
「いいや。彼女も言っていたけれど深い関係にはなっていないよ。ドライバーとお店の女の子は必要以上に会話をしてはいけないって注意を真に受けていたしね」
「でも、彼女は事件があった日、しばらくはリョータさんの家にいたんでしょ。あやしいな。キスぐらいはしたかも」
 奈津美は口をとがらせている。彼女の焼きもちがうれしくもあり、鬱陶しくもあった。先ほど出会ったばかりで、深い関係になったとは言うものの、彼女に細かい気を遣わなければならないというのは、大切にしてきた自由を奪われたような気持ちになる。
 一方で、そこまで自分のことを気にしてくれる女性が、これまでいただろうかと考えていた。ジェラシーも彼女のやさしさの現れだ。別れた妻は、自分がどんなに遅く帰ってこようと、女の匂いがしようと、まったく関知しないという態度だった。結局、娘が高校に進学してから社会復帰して、その会社のバツイチの部長とできて家を出る。自分の味方だと信じていた娘も、ほったらかしにしていたお父さんが悪いと母親の肩を持った。
 内村が遠い目をしているのに奈津美が気づく。
「ごめんなさい。言い過ぎちゃった。不思議……。本気でリョータさんのことが好きになっている」
「悪い趣味だね。いままでの話からすれば君は20歳だろ。おれは50歳。つまり30歳も離れている。口の悪い友達なら犯罪だと言うと思うよ」
「年の差は関係ないと思う。比べるわけではないけれど、彼とは違って生命力っていうか、ぎらぎらした感じがする。セックスであんなに気持ちよかったのは初めて。しかも続けて2回なんて……。そんなこと彼との間でもなかったよ」
 いわゆる草食男子なのだろうか。きっと彼女の体を求めないというのは、貧乳に嫌気がさしたというよりも、性行為自体に魅力を感じていないせいに違いない。中性的な男子大学生の姿が、内村の頭の中に浮かぶ。彼女が別れを切り出しても、引き留めることなく、「友達としてはこれからも仲良くしようね」と言いかねない。
「食事でもしてから帰ろうか。それとも、一緒に暮らしている彼の家に早く戻ったほうがいいかな?」
「いや、今晩はリョータさんのところに泊まる。荷物がいろいろあるから、彼のところへは顔を出さなくてはいけないけれど昼間にする」
「おれは構わないけれど、彼は心配しないかな」
「ねえ、なぜ彼のことまで気にするの? リョータさんはやさしいね。大丈夫、後でメールしておく。うすうす彼も別れる日が近づいていると思っていたはずだから……」
「分かった。じゃあ、銀座のバーに行こうか。渋谷は不得意でね」
「お金がないんじゃなかったの?」
「ああ、確かに。でもクレジットカードがあるし、次の引き落としじゃなくて、その先になるから、それまでドライバーとして稼げばいいよ」
「うれしいな。大人の店に行くのは初めて。でも無理はしないでね」
「ああ、だからタクシーじゃなくて銀座線に乗るよ」
「うん」
 もう周りの目は気にならなかった。2人は腕を組むのをやめ、若いカップルのように手をつないで道玄坂を下っていく。その後ろ姿を、20メートルほど離れてリコが追跡していた。
(つづく)
(初出:2014年02月13日)
前へ1 ...... 11 12 13 14 15 16 17
登録日:2014年02月13日 12時57分
タグ : デリヘル

Facebook Comments

寺尾豊の記事 - 新着情報

  • ハザードランプはつけたままで(33) 寺尾豊 (2014年04月24日 13時37分)
    いちどは否定された内村とリコの関係。殺人教唆でつかまった祐太郎の告白。内村がかつて捨てた女との邂逅。ついに最終回を迎えたハザード。内村の想いが収束してゆく。(小説現代
  • ハザードランプはつけたままで(32) 寺尾豊 (2014年04月21日 23時42分)
    リコは取調室で覚悟を決め、素直に自白していた。奈津美に謝りたい一心だった。アリバイを作り、つかまらないよう周到に計画した渡辺だったが悪いことはできない。事件の顛末が明らかになる。(小説現代
  • ハザードランプはつけたままで(31) 寺尾豊 (2014年04月17日 12時37分)
    リコは内村と連絡を取った。復讐のため内村をも殺害しようとするが、真実が明らかとなり泣き崩れしかないリコだった。(小説現代

小説/現代の記事 - 新着情報

  • 園生に咲く花(7) 北見遼 (2016年08月13日 12時42分)
    事件が一段落つき、夜も明けようというころで気が付いた。「今日は受験日だった!」 焦る小紅をよそに姉の小百合は涼しい顔で飛ばしていた高速を降りる。そんなときが来た小紅の晴れやかな笑顔がまぶしい。園生に咲く花、最終章!(小説現代
  • 園生に咲く花(6) 北見遼 (2016年05月31日 14時28分)
    「見つけたわ!」深夜の高速道路を爆走するピンク色のワゴン車。誘拐犯の車を見つけた一行はカーチェイスの末、ついに犯人を追い詰める。重苦しい現場で露わになるそれぞれの想い。(小説現代
  • 園生に咲く花(5) 北見遼 (2016年05月12日 14時06分)
    誘拐犯と思わしき晴美――姉の旦那がかつてつき合っていた女性のアパートに雪崩れ込むがすでに空っぽだった。取り乱す姉に愕然とする小紅だったが、事態はそれどころではない。(小説現代

小説/現代の電子書籍 - 新着情報

  • オンラインマガジン『騒人』総集編  (2015年08月20日 17時44分)
    オンラインマガジン騒人に掲載の編集者オススメ作品と書き下ろし作品をまとめて発刊した投稿Web小説『Sohzine.jp』Vol.1から10までを一冊にしました。一巻ずつ購入するよりお得。単体で電子書籍化した「作家の日常」は小説家、阿川大樹氏の日常を公開。また、宇佐美ダイ氏の「LeLeLa」は、不思議な力を手に入れ吸血鬼となった男の対決を描く伝奇小説。眠太郎懺悔録シリーズの青島龍鳴氏「ファーストキスは鉄の味」、城本朔夜氏の電子書籍「イペタムの刀鞘」外伝など、充実した内容でお送りします。コメディや児童小説の他、時代小説、ファンタジー、笑える・泣けるエッセイまで、70作品を一気に楽しめます。(小説現代
  • 投稿WEB小説『Sohzine.jp』Vol.9  (2015年08月20日 17時29分)
    騒人編集部お勧め作品を掲載! 青島龍鳴氏『ファーストキスは鉄の味(前編)』は、退治屋不足のため狐の女王と取引をする帝家。眠太郎懺悔録シリーズ。樹都氏『ヤミネコ』。猫にまつわるあらぬ話。阿川大樹氏『作家の日常』では、お金にまつわる話しを赤裸々に告白。宇佐美ダイ氏『LeLeLa』。美智子は朋子に“気”を扱うための栓を抜かれるが……。綺羅星沙々羅氏『太陽は君に輝く』はククルの森に入った一行の前に難敵が出現。南川純平氏『ポトゲラヒ』。下田にやってきた久之助は写真術を学ぶ機会を得る。いちばゆみ氏『ゆうきゃんの人生迷走案内』。電車で見たポスターに思い出したのはカオルくんのことだった。あのとき、何が出来たろうか? (小説現代
  • 投稿WEB小説『Sohzine.jp』Vol.8  (2015年08月20日 17時24分)
    騒人編集部お勧め作品を掲載! 浅川こうすけ氏『恋人ボックス』。モニターに映し出された恋人、デアルを独り占めしたい村木は作戦を練る。天野雅氏『永遠の海』。中学三年の千彩子。案内された崖の上。彼女の計画とは? 阿川大樹氏『作家の日常』は編集者との出会いについて。宇佐美ダイ氏『LeLeLa』は逃げ出した美智子の前に“新人類”を称する吸血鬼が現れる。綺羅星沙々羅氏『太陽は君に輝く』では、貴族と一般人の混合チームで試験に挑むことに。新連載、南川純平氏『ポトゲラヒ』は日本における写真の開祖、下岡蓮杖の青春を描く。おおみち礼治氏『宣う躰 キンタマチェック』は当時十六歳だった著者の入院録。今号も面白いに決まってる! (小説現代

あなたへのオススメ

  • ハザードランプはつけたままで(33) 寺尾豊 (2014年04月24日 13時37分)
    いちどは否定された内村とリコの関係。殺人教唆でつかまった祐太郎の告白。内村がかつて捨てた女との邂逅。ついに最終回を迎えたハザード。内村の想いが収束してゆく。(小説現代
  • ハザードランプはつけたままで(32) 寺尾豊 (2014年04月21日 23時42分)
    リコは取調室で覚悟を決め、素直に自白していた。奈津美に謝りたい一心だった。アリバイを作り、つかまらないよう周到に計画した渡辺だったが悪いことはできない。事件の顛末が明らかになる。(小説現代
  • ハザードランプはつけたままで(31) 寺尾豊 (2014年04月17日 12時37分)
    リコは内村と連絡を取った。復讐のため内村をも殺害しようとするが、真実が明らかとなり泣き崩れしかないリコだった。(小説現代