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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(15)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
内村たちの後をつけるのはリコだった。お店を変わったリコを指名した内村を不審に思うリコ。ストーカー男とのやり取りが明かされる。
 リコの携帯が着信を告げる。一瞬、前を行く内村と奈津美に気づかれたのではないかと体を固くする。だが、すでに二人は恋人同士のように身を寄せていて、周りの世界が目に入らないようだった。電話は竹川からだ。
「いずみちゃん、まだ来ないの? 指名が入っているんだけれど」
「ごめんなさい。道玄坂まで来たら、また気持ちが悪くなっちゃって……」
「ええっ? 大丈夫? 妊娠しているわけじゃないでしょうね」
「ははっ、違いますよ。本当に調子が悪いんです」
「仕方ないわね。18時半からも指名が入っていて、そのお客さんも断ったのよ。すごい人気ね。あなたに入店してもらって良かった」
 竹川は悪い奴ではない。だが、おしゃべりが過ぎるので、まわりを閉口させてしまうことが多い。体調不良と説明しているのに、電話を切ろうとしない竹川にリコはいらだっていた。
「そうそう、最初にあなたを指名したお客さんが、うちでドライバーすることになったの」
 リコは自分の耳を疑った。内村のことを言っているらしい。つまり、リコからは何も連絡をしていないのに、内村はピーチクッキーという店に、リコが在籍していることを調べて指名したことになる。どうしてピーチクッキーで働いていると分かったのか、リコには見当がつかなかった。それとも、いずみという名前だけを手掛かりに指名したのか。お店のホームページに掲載している写真は、ボカシが入っていて人を特定できるようなものではない。
 もしかしたら、あのストーカー男のように、自宅の前でこっそり自分を待ち伏せしていて、後をつけて店を割り出したのではないか。リコは不安になった。しかし、よく考えてみれば、もし内村がストーカーだったとしたら、自分の誘いを断って別の女と仲良くしていることと矛盾する。リコは首をかしげるばかりだ。内村がカメラマンとしてのテクニックを駆使して自分を見つけたとは想像できなくて当然だった。
「ちょっと、いずみちゃん、聞いているの?」
「はい。すみません。また吐きそうになってきました。後で電話します」
 それだけ言うと自分から電話を切った。駅前のスクランブル交差点を渡る。見失わないように、二人との距離を詰める。だが、これだけ人でごった返していたら気づかれる心配はない。内村と奈津美は手をつないでいるばかりでなく、歩きながらキスをしている。軽く唇を合わせた程度だったとはいえ、年齢差があるカップルの人目をはばからない行動に、すれ違うスーツ姿のサラリーマンが眉をひそめている。
 ラフな姿の50男と、デニムのショートパンツが似合う若い女の子の組み合わせ。すれ違ったサラリーマンにとっては一生、縁がない世界かもしれない。その一方で、そういうスーツ姿の男が、成功している人生のわずかな隙間を埋めるようにデリヘルへ客としてやってくる。リコが相手をした客の大半がそうだった。派手なミニスカートやショートパンツ姿を好み、人によっては服を脱がないでサービスをしてくれと要求する。そこに人格はない。若い女の子が自分のものを口にしているという事実が欲しいだけだ。
 ことが終われば、さっさとシャワーを浴びて、「ねえ、君みたいにかわいい子が何で働いているの」と説教が始まる。適当にあしらっていると、最後には店を通さず直接会おうと持ちかけられる。そのほうが、店の取り分も君のものになるから儲かるとの論理だ。かぐや姫の館でストーカーになった男も同じパターンだった。最初は、わざわざ店に顔を出さずに済み、さらに実入りも増えるとリコは歓迎していた。身なりも整っていて、髪は薄いものの優しい笑顔が魅力的だった。ところが、そのうち食事をしたいだの、旅行したいだの言いだし、さらには別の客の相手をすることに焼きもちをやくようになった。18時の出勤から最終まで、6時間以上の予約を入れられたことがある。サービスしているのはせいぜい1時間、後は話をしているだけだったが、それが何よりも苦痛だった。
 リコはオーナーに頼んで出入り禁止にしてもらったが、ストーカー男は他人を装って予約を入れた。携帯番号が違っていたため、店でも分からなかったのだ。ホテルのドアを開けた瞬間、客がくだんの男だと気付いて、リコは逃げようとした。だが、男はその場で土下座をして「君と会えないと頭がおかしくなりそうだ。とにかく中に入ってくれ、サービスはしなくていい」と必死だった。つい情にほだされて、部屋の中へ入ってしまった。
 最初はおとなしかった。男は二人の出会いからこれまでの出来事を、一つひとつ振り返りながら話をした。リコは黙って聞いていた。欲望に応えているほうが楽だった。かつては恋人のようにベッドで愛し合うまねごとをした。性的なサービスを抜きに、客と向き合うことは自分を蔑むような気持ちになる。指名の1時間が気の遠くなるほど長く感じた。ようやくホテルを出るときになって「もう指名しないでね」と言ってしまった。リコの言葉に逆上した男は、カバンからナイフを取り出した。振り回したことでリコの右腕にかする。殺されるかもしれないと急いで外へ飛び出し、内村の車に逃げ込む。あの後、ストーカー男は、オーナーを呼び出して殺したことになる。
 リコは二人を尾行しながら、1週間前の出来事を振り返っていた。内村と奈津美は、銀座線の改札口を通る。ホームに出れば浅草行が出発するところだった。リコもあわてて、二人が乗車した隣の車両に飛び乗る。窓越しに状況が観察できる。溜池山王で乗り換えれば、彼のマンションに行くに違いない。何を話しているのだろう。相変わらず二人は笑顔だった。リコの心の中にじりじりとした気持ちが芽生える。ストーカーの心情が少しわかったような気がした。自分の思い通りになると思っていた内村が、どんどん自分から遠ざかっていく。あえて1週間連絡を取らずに、内村の気持ちを自分に向けようとした試みは失敗したことになるとリコは反省していた。
 溜池山王に到着しても二人は降りなかった。おそらく、銀座あたりに食事に行くに違いない。金に困っていると言いながら、仕事を見つけると、それをあてにして贅沢をする。リコは内村のすべてが許せないような気持ちになっていた。顔を見たこともない自分の父親も、内村のような男だったかと想像して、今度は本当に吐き気がしてきた。
 突然、電車がブレーキをかける。虎の門駅で酔っ払いが線路に立ち入ったためだ。吊革につかまっていた内村と奈津美も投げ出される格好になった。内村は奈津美をかばい、自分が先にしりもちをついて、彼女が床に倒れないようにした。照れ笑いをしながら、ゆっくりと起き上がる。ふと、何気なく見ると、隣の車両にリコがいることに気付いた。なぜだ。道路の混雑を避けて、地下鉄を利用して出張先のホテルに向かおうとしているのだろうか。しかも目が合ってしまう。彼女の唇がゆっくりと動く。
「コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル」
 まさか……。だが、内村の目にはそう映った。渋谷のホテル街で会ったときとは違って、おそろしい形相だ。何か気に入らないことがあるのか。それとも、奈津美と仲良くしていることにジェラシーを感じているのだろうか。驚いた顔をしていると、リコから目をそらした。しばらく、前を向いてホテル街での立ち話を、内村は頭の中で再生した。特に怒らせるようなことを言った覚えはない。もう一度確かめようと見たとき、リコの姿はなかった。車両の中を移動したのに違いない。
「あれ、リョータさん、急に元気がなくなったけれど、どこかぶつけて痛むの?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと、仕事のことを思い出して考えごとをしていたんだよ」
「それならば、いいけれど……。それにお金が心配だったら、少しは出すよ。親から仕送りももらっているし、そんなに不自由にはしていないから」
「ありがとう。でも30も年の離れた女の子におごってもらったとなったら、さすがに肩身が狭いな」
「そうか。じゃあ安い店にしようよ」
 リコと会いたくて仕方ないと思った自分はどこへ行ってしまったのだろう。20年前、こっそりと同棲相手のアパートから逃げ出したように、今度はどうやってリコとの縁を切るかを考え始めている。彼女が自分をにらんだ気持ちが分かるような気がした。
(つづく)
(初出:2014年02月17日)
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登録日:2014年02月17日 16時43分
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