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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(19)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
内村と奈津美、そしてリコ。三角関係を呈してきた3人。同棲していた男のマンションに入っていく奈津美を目撃したふたりは、雨の車の中で会話を弾ませる。
「そうかな。よく分からなかったけれど」
 今度は内村が見え透いた嘘をついた。
「あんなに目立つのに気づかないはずがないじゃない。美女というだけじゃなくて、歩いている姿もきれいよね。それにしても、こんなところに住んでいるなんて金持ちなのね」
 彼女に気づかなかったとシラを切り通しても仕方ない。少し迷ってから内村は口を開いた。
「同棲している彼がいて、ここは、たぶん彼が契約しているマンションだろうね」
「えっ……。ということはリョータと二股っていうこと?」
「いいや、彼とは別れるつもりらしい。もしかすると、その話し合いに来たのかもしれないね」
「ふーん、穏やかじゃないわね。いまの彼って若い子なの? 簡単にあんな美人を手放すとは思えないけれど」
「おれとは正反対のイケメンらしい。いわゆる草食系で、彼女へのこだわりもないってさ」
「そんなことは信じないほうがいいよ。ホモじゃない限り草食系なんて、あり得ないと思う。マスコミが勝手に作ったイメージだよ。お行儀よく、がつがつしていないフリをしているだけでさ、本当はギラギラしていると思う。若いお客さんに、そういう人って多いから分かる」
 確かにリコの言う通りかもしれない。心が優しく、男らしさに縛られず、恋愛に消極的な奴らが本当に増えているとは信じられない。普通に反抗期もあった男の子が、大人になって、自分が傷つくのが怖くて、おとなしく見せているだけではないか。行動する前から、結果をシミュレーションできる時代に生まれた子どもたちの悲しい性なのだろう。
 そもそも草食動物のほうが、肉食獣の捕食対象であるため多産傾向が見られる。生殖行動を活発に行うのは草食系なのだ。肉食がギラギラしているのは餌に向かうときであって、メスに対してではない。内村は勝手に頭の中で話を膨らませていた。
「なるほど、リコの言う通りかもね。まあ、俺は自分のことを草食系だと思っているけれどね」
「ははっ」
 思わずリコが笑う。いつのまにか機嫌が直っている。
「リョータらしい冗談だね」
「いや、違うんだ。草食動物のほうが異性に対して積極的なんだよ。たくさん子孫を残さないとライオンに食べられてしまうからさ」
「あっ、私も聞いたことがある。ねえ、だとしたら、彼女は大丈夫なの? 別れようとしたら、彼がストーカーに変貌するかもよ」
 心のどこかで引っかかっていたことの正体をリコが突き止めた。本当は前から気づいていたのに認めたくなかったのだ。だが、奈津美と祐太郎の別れ話に、内村が直接関わることはできないだろう。どんなに不安であっても、めでたく彼から解放されたという朗報をじっと待つしかない。
「俺がするべきことと言ったら祈るぐらいだな」
「ねえ、良かったら私が協力するよ」
 リコは何をたくらんでいるのだろう。内村の中で、もうひとつ別の不安が生まれた。奈津美のことを、リコが良く思っていないのは確かだ。
「ありがとう。でも、なぜ俺と彼女の仲を取り持とうとするのかな?」
「不思議に思われても仕方がないよね。実際に、お高くとまっている感じがしてさ、私は彼女のことが嫌いだからね。でも、リョータのことは好きなんだ。だから応援してあげたい」
「ますます分からないね。俺のことが好きなのに、別の女とうまくいかせようなんて変じゃないか」
「そうだね、きっとリョータのことを好きだっていう気持ちは恋愛感情じゃなくて、もっと深いものかもしれない。だから、つまらない女に引っかかっているのが許せなくて……。でもリョータの気持ちを考えると、うまくいくように手伝いたくなる」

 内村は、はっとする。リコに対して持っていたこだわりは、同じく恋愛感情ではなかったのではないか。確かにリコとキスはしたし、男女の関係になってもおかしくない状況もあった。だが、リコの涙の匂いを嗅いだとき、まるで妹を抱いているような気持ちになって、それ以上の関係に進めなかった。
「ありがとう。リコの気持ちはうれしいよ。でも、待つしかないんだ。下手に誰かが介入すると、警察がストーカーに警告したときのように、話がこじれてしまう気がする」
「そうか、刺激しないことが大切だね。私もリョータの彼女のことを少しでも好きになれるように努力するよ」
「そこまでしなくていいさ。リコとは全く違うタイプであることは分かっている。自分の気持ちに正直でいたほうがいい」
「リョータ、違うよ。彼女と私は似ているところがあるんだと思う。あの娘はさ、いかにも普通のお嬢さんだけれどね、一歩間違えれば私みたいにデリヘル嬢をやっていたかもしれない。それにリョータに夢中になるなんて、なかなかいいセンスしているからさ。自分と似たタイプなのに、彼女の方がはるかに恵まれていて、それが許せないのかな」
 内村はリコを見直していた。自分をそこまで客観的に分析できるとは思っていなかった。おそらく高校を卒業してから、すぐに働いて、そして時間を置かずに風俗へと身を落としたのだろう。10代最後に濃密な人生経験をすることで成長したというわけか。
 一方で国立大学に通う奈津美は、そこまで頭が回っていない。入試を突破できても、人生を学び始めたばかりだからだろうか。
 このまま奈津美との付き合いが続いていくとしても、リコとの関係は失いたくないと内村は思い始めていた。リコ自身も、内村の恋人になることを望んでいないことが分かった。昨晩は奈津美と一緒に深酒をしたが、できればリコと酒を飲みながら語り合いたい気持ちが芽生えた。
「リコはいい女だな」
「えっ? いまさら何を言い出すの。それとも、胸だけは私みたいに立派なのを楽しんでおいて、残りのすべては彼女でいこうとか、虫のいいことを想像しているわけじゃないでしょうね。だったら、お金を払ってね。いくらでもサービスしてあげるから」
「いいや、そういうのはいらない。おしゃべりがしたいだけだ」
「面倒くさいことを言うのね。でも、そんなリョータが好き。彼女の存在がなかったら、もっと仲良くできるのに……。頭に来るから殺してやりたい」
 リコは本音を口にした。実はもっと、内村との関係について一歩踏み込んだ話をしたかったのだが、まだそんな時期ではないと逡巡してしまった。
「おいおい、物騒なことを言うなよ。万が一のことがあったら、この間の事件みたいに疑われるぜ」
「冗談だから大丈夫。殺意があっても、実際に行動に移したくなるほどじゃないしね。せめて、嫌がらせするぐらいかな」
「えっ? どんな?」
「リョータと彼女が一緒に歩いていたら、後ろからリョータに抱きついてキスをおねだりするとかね」
「やめてくれよ。第一、おれたちはそんな関係じゃないだろう」
「嫌がらせだから、実際の関係を反映していなくていいのよ。相手の気持ちをどこまで傷つけられるかが勝負だから」
 つくづくリコは変な女だ。頭の回転がいいことは話し方から分かる。一方で感情の起伏が激しい。
 そういえば昔の同棲相手もそうだった。もし、あのまま一緒にいたら、いまごろ人生はどう変わっていたのかと考えてしまう。一途な彼女が次第に愛おしくなったかもしれないが、浮気が発覚して殺されていたかもしれない。そのほうが、幸せな人生の幕切れだったとも思う。
「なあ、どうする? 気分が落ち着いたのなら、竹川さんに連絡してお客さんのところへ行くかい?」
「うん、そうする。私ね、お母さんに似ていると思う。ときたま自分がコントロールできなくなるところがね。リョータ、迷惑をかけてごめん」
「構わないよ。何だかリコとの距離が縮まった気がする。これからも、いろいろと話そうな」
「こちらこそ、よろしくね。うちはお父さんがいないから、こうやってリョータと話せると幸せだな」
「もしかして、お父さんは亡くなったのかい?」
「違う。私が子供のころに離婚したの。だから写真も残っていないんだ」
 やはりリコは不幸の中で育ってきた。もし、普通の生活を送ってきたら、彼女の人生はどう変わっていたのだろうか。
「それにね、お母さんも中学生のときに死んじゃったの。だから自由で気ままなんだ」
 かける言葉が見つからない。屈託のない笑顔の向こうに、激しい感情の起伏を生み出す暗い低気圧を見つけたような気がした。もしかすると、リコに近づくことは危険かもしれない。だが、もうすでに戻れない距離に彼女はいる。
 考えてみれば内村の人生は女性から逃げることの連続だった。同棲相手だけではなく、浮気をして自分のもとを去った妻も、内村がそう仕向けたようなものだ。
 しかし、リコも奈津美もそういうわけにはいかないだろう。若い二人の女性に挟まれて、自分の行く航路が大きく方向を変えようとしている。
 フロントガラスに雨粒が落ちる。絹のような細かい雨が降り出した。
「さっきまで晴れていたのになあ」
 内村はそうつぶやくとワイパーを動かした。掃除を怠っていたせいで油膜の残るウインドーはきれいにならない。六本木通りはにじんでいた。
(つづく)
(初出:2014年03月03日)
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登録日:2014年03月03日 17時20分

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