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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(2)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
女の子を送迎し、ホテルの前で停車する内村。カメラマンとして自分に欠けているものはなにかと思いをめぐらせ、スマホをいじる元気も失せたころ、時間になっても出てこない女の子に苛立っていると……。
「免許証を見せてもらっていいですか?」
 窓を開けると、男はいきなり本題に入った。制服姿ではなく警察手帳を見せるところからすれば刑事だろう。いずみちゃんが降りて、ホテルに入って行くところを見られたのか。特に問題はないはずだ。やましいところがあるわけではないので、素直に免許証を差し出すことにする。
「内村良太さんね……。いま、女の子を送迎していたみたいだけれど、どこの店かな?」
 思った通りだった。生活安全課の刑事なのか。自分より20歳近く若いはずなのに、いつの間にか丁寧語ではなく、ため口になっているのが気に食わない。
「かぐや姫の館です」
「ああ、あそこね。内村さん、見ない顔だけれど、新入りさんかな?」
「はい。実は今日からでして……」
「あっ、そう。持ち込みの車みたいだからバイトだね。本業は何かな?」
「フリーのカメラマンです」
「なるほど……、仕事が減って、ちょこっと稼ごうってことね。まあ、特に危ないことをしている店じゃないから大丈夫だと思うけれど、何か店の人が怪しいことをやっていそうだったら、連絡をしてくれるかな。悪いようにはしないからね……」
「危ないって?」
「ほら、本番行為を黙認しているとか、女の子にヤミ金を紹介しているとか、18歳未満の女の子にサービスさせているとか……分かるでしょ。そしたらね、すぐに通報して欲しいんだ。そうそう、連絡先が書いてある名刺をあげるから、ちょっと待ってて……」
 刑事はそういうと、ジャケットの内ポケットからボールペンを取り出し、自分の名刺に「靖国通り、2013.9.15」とメモを記してから、内村に手渡した。不思議そうに様子を見ていることに気づいて
「これはね。まあ、そんなことしないと思うけどさ、刑事の名刺を悪用しないように書いておくんだ。気を悪くしないでね。それじゃあ、内村さんの携帯電話の番号を教えて……」
 完全に刑事のペースだ。何も抵抗できない。こうやって犯人を追いつめていくのだろうか。それだけではない。一度、ターゲットにされたら、無実でも捕まってしまいそうだ。おそらく30代半ばだろう。警察官になって十年と少しで、ここまで図々しくなれることに感心する。
「じゃあ、頼んだよ。何かあったら必ず、私、戸川まで電話をして頂戴ね」
 手を高く挙げて男は去って行く。まるで物まねタレントがやるポーズのようで、思わず苦笑してしまう。不思議なことに、どの業界でもプロは、少し芝居がかって見えるぐらい、その道の人だと分かる振る舞いをする。ゴルゴ13の劇画を初めて目にしても、糸のように細い目をした男がスナイパーだとすぐ分かるようなものだ。
 カメラマンとして自分に欠けているのは、そういうところかもしれない。初めて行くキャバクラで、「仕事は何をしているんですか?」と聞かれ、「さあ、当ててごらん」と返事をすると、大概は公務員と言われてしまう。いまのところ、半分以上の確率だ。しかも、スケベな英語教師という解答が3回あった。軽く殺意を覚えて、ストーカーになってやろうかと考えたこともあったが、好みのタイプでもない女の尻を追い回すほど暇ではない。どさくさにまぎれて、その娘の胸にタッチして、スケベな英語教師の想像にリアリティーを持たせるぐらいの反抗しかできなかった。
 急に頭の中に、自分と大学の同期で、そこそこ売れているカメラマンの麦川修平の姿が浮かぶ。内村は麦川が自分よりいい写真を撮っていると思ったことは一度もない。facebookにアップロードされている写真を先ほども見たばかりだったが、白壁に投影された自分の姿の1カットで、添えられたコメントも「ちょっとけだるい午後。昨晩徹夜で写真を処理したから仕方ない。今晩も寝る時間を削ってたまった請求書を書かなくては。忙しいけれど充実している」というもので、読んだ瞬間に「けっ」と大声を出してしまった。売れっ子であることを、本人はさりげなく自慢しているつもりだろうが、わざとらしくて読めたものではない。にもかかわらず、クライアントは麦川を指名するのだ。おそらく、いかにもカメラマンっぽいからだろうというのが内村の出した結論だ。
 スマホをいじる元気も失せ、ラジオから流れる音楽に身を任せていた。ふと、時計を見ると、いずみちゃんの接客終了の10分前だ。こちらから、アラートの電話を入れることになっている。再び店から渡されたベタベタした携帯を手に取る。先ほどと同じように、歯槽膿漏の匂いにむせながら電話をかける。
 10回コール音がなっても出なかった。もしかしたら、客と一緒にシャワーを浴びているのかもしれない。数分してからかけ直すも結果は同じだった。いつのまにか、サービス終了予定時刻を5分過ぎている。何かあったのだろうか。店に電話をして指示を仰ぐ。
「時間が過ぎても電話に出ないって? じゃあね、どこかパーキングに入れてもらって、ホテルのフロントの人に205号室の女の子が帰ってこないんだけどと聞いてくれるかな」
「分かりました」
 内村は電話を切ってから舌打ちをする。このあたりの駐車場代は高い。自腹になるのだろうか。ますますバイト代が減ってしまう。
 イライラしながら車を発進させようとしたとき、正面に突然、いずみちゃんが姿を現した。髪を振り乱し、早くドアを開けてくれと言っているようだ。ロックを解除すると、あわてた様子で乗り込む。
「早く車を出して! ねえ早く、お願い……」
 何が起きたか分からないが、とりあえず発進する。そのとき、ホテルから一人の男が飛び出してくるのが見えた。こちらをにらんで、車の前に立ちはばかろうと向かってくる。内村はアクセルに力を入れた。タイヤは悲鳴をあげて急加速する。ルームミラーに映っている男の姿が小さくなっていく。
「もう大丈夫だよ」と内村は声をかけながら、いずみちゃんの姿を確かめる。腕をワインレッド色のハンカチで押さえている。
 赤く見えたのは血で染まっているせいだった。
(つづく)
(初出:2013年12月02日)
登録日:2013年12月02日 21時21分

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