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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(23)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
仕事が休みになり、デートを楽しむふたり。内村と奈津美は幸せだった。そしてリコと祐太郎の出会いはどのような展開を生むのだろうか?
 テラス席は光がいっぱいで、奈津美はまぶしそうな顔をしている。プレートランチが運ばれるまでの合間に内村がシャッターを切っている。
「だめだよ。目がちゃんと開かない」
「大丈夫だよ。そうそう、少し体をひねってごらん、まぶしくないから」
「こんな感じかな」
 その瞬間、シャッター音が響く。店員が駆け寄ってくる。
「お客様すみません、雑誌などのお仕事でしたら、あらかじめお断りいただかないと」
 内村はあわてて、かぶりを降りながら説明する。
「違いますよ。プライベートです」
 店員はいぶかしげな視線を送っている。年の離れたカップル、内村が持っているのは大型の一眼レフカメラ、しかも奈津美はモデルにしか見えないほど美人だ。こうやって誤魔化してゲリラ取材をするメディアは少なくない。店長を呼ぼうかと考えていたときに、奈津美が口を開いた。
「本当ですよ。リョータは恋人です」
 そう言いながら内村の手を取ってキスをする仕草をした。
「失礼しました」
 店員は顔を赤らめながら奥へと消えて行った。内村もぽかんとしている。
「奈津美は意外と大胆だな」
「えっ? だって、ああしたほうが納得いくでしょ」
「そりゃあ、そうだけど……。でも、やっぱりカップルには見てもらえないんだな。かといって、親子にも間違われないし」
「世間はどうだっていいじゃない。私はリョータが好きなんだから」
「それはうれしいけどさ、年齢差っていろいろ困ることがあるよ。たとえば、あと30年して俺が先に死んだら、それから奈津美は一人で30年近く生きていかなくてはいけないかもしれないぜ」
「もういやだなあ。リョータのばか。人がいつ死ぬなんて分からないでしょ。リョータだって、これから30年も生きられないかもしれないし、私も明日、死んじゃうかもしれないじゃない」
 二人の頬を五月の風がくすぐる。確かに奈津美の言うとおりだ。いまは、この幸せをかみしめることに専念したほうがいいのだろう。
 奈津美にはランチが、内村にはコーヒーが運ばれてくる。白いランチプレートがレフ板代わりになって、奈津美の瞳にキャッチライトが入る。
「あ、ちょっと待って」
 そう語りかけながら、内村はシャッターを押した。少し驚いたように目を見開き、それでいて口角が上がり自然な笑顔になっている。すぐにカメラ背面のモニターで、いま撮った1枚を奈津美に見せる。
「わあ、すごい。リョータってやっぱりカメラマンなんだね。私が事故で死んだら、遺影に使って」
「おいおい、さっきの話の続きかな。悪い冗談はやめて食事にしよう」
「うん」
 行儀よく並んだ白い歯が、形のいい唇からこぼれる。内村の胸が締め付けられる。いままで撮影したどの女優やモデルよりも美しい。しかも彼女は自分を心から愛している。失うことの怖さを久しぶりに感じている。そよ風で奈津美の髪が揺れるのを、内村はぼんやりと見ていた。
「リョータ、コーヒーが冷めちゃうよ」
 視線を感じて、照れを隠すように奈津美が話す。その唇の動きがスローモーションとなって頭の中に焼きつく。
 テーブルの上に置いた内村のスマホが振動する。手に取ると竹川からだった。
「もしもし、良ちゃん。いずみの具合が悪くなって、3時の迎えもいらなくなったの。ごめんね、だから今日は休んでいいわ」
「えっ? ほかの女の子の送迎はないんですか?」
「困ったことに、今日は出勤が少ないのよ。夜まで3人いるけど、遠くへやらずに、渋谷のホテルだけに出張させるつもり。明日の出勤に少し色をつけるから許して頂戴ね」
 電話は一方的に切れた。いつの間にか自分のことを良ちゃんと呼んでいるのが気になったが、仕事から解放された喜びのほうが勝っている。
「奈津美、休みになったよ。これからドライブでもしようか」
「ほんと? うれしいなあ。じゃあ急いで食べなくちゃ」
 そう言いながらも優雅にフォークを口元に運んでいる。太陽が少し傾き、フォークがきらきらと光る。ぬるくなったコーヒーを内村は一気に飲み干した。
 奈津美が食べ終わるのを待って、二人は横浜へ出かけることにした。内村の懐はさびしかったが、平日の午後に自由な時間があることは珍しい。この機会を逃す手はない。
 デリヘルの送迎では、リコは後部の席に座る。当たり前のことだが、何も迷うことなく奈津美は助手席のドアを開けた。隣に誰かを座らせて車を走らせるのは何年振りだろう。離婚が決まってから、娘の荷物を引っ越し先へと運ぶ時に、娘がしぶしぶ助手席に座ったのが最後だったと記憶している。道中、一言も口をきかなかった。
 奈津美は饒舌だった。大学であったことや、実家でのエピソード、子供のころの思い出を飽きることなく語り続けた。元彼の話題こそでなかったが、まるで自分の人生を振り返っているかのようだった。
「のどが渇いたから、どこかでお茶したいな」
「そうだろうね。それだけしゃべればさ」
 内村は笑いながら答えた。奈津美は口をとがらせて反論する。
「こんなこと、いつもじゃないんだよ。なぜか分からないけれど、今日は私のことをたくさん話したい気分なの。リョータに覚えておいてほしくて」
「まさか、いつ死んでもいいようになんて言うなよな」
「あ、先を越された」
 車内に笑い声が響く。ベイブリッジからは遠く富士山が見える。そのまま新山下で降りて、ムーンカフェに向かう。50年代の米国車が似合いそうな店で、オールディーズナンバーが流れている。内村には懐かしいが、奈津美には新鮮だった。
 日が暮れるまで二人は語り合い、そこから中華街の謝甜記に移動して食事をした。中華粥が有名な店だが、梅味噌をつけて食べる唐揚げの「梅醤花鶏」を奈津美は気に入ってしまった。車の運転があるためアルコールに手を伸ばせない内村をしり目に、遠慮なくビールで流し込んだ。
 あわただしいデートだったが、満足感は高かった。
 帰りの車の中で、部活帰りの中学生のように奈津美は眠っていた。内村はちらっと目をやっては微笑んでいる。自分の娘が小学生だった頃を思い出す。公園ではしゃぎまわって、汗臭い匂いをさせながら、帰りの車の中では寝息を立てていた。
 不思議なことに、思い出の中の娘がリコと重なっている。もしかしたら汗の匂いを思い返していたせいかもしれない。警察に捕まる前に、彼女が流した涙の匂いと似ていたのだ。
 そういえば奈津美を抱いても匂いが気になったことは一度もない。リコと奈津美の一番の違いはそこにあるのかもしれない。リコとは一線を画し、奈津美とは深い関係になってしまったのも、実はそんな些細な違いに左右されている。人生に翻弄されているときは、その背景にある必然に気付くことはないものだ。
 内村は考えるのを止めた。少し速度を上げて、家路を急ぐことにした。

 もうすぐで日付が変わろうとしている頃、リコは祐太郎のベッドの中にいた。
「そろそろ家へ帰ろうかな」
「泊まっていけよ。いや、何だったら俺と一緒に暮らさないか」
「フフッ、困った人だな。本気じゃないくせに」
「いや、恋人というより同士として共同生活するのも悪くないんじゃないかなって」
「まあ、いいか。彼氏もいないし、ユウタロウとしばらくは一緒にいるよ」
「ありがとう。金のことなら心配はいらないから、できればデリヘルをやめてくれないかな」
「うん、いいよ。ちょっと休みたかったしね」
 祐太郎はリコの唇をやさしく吸った。リコは「あっ」と小さな声をあげる。もう何回目だろう。祐太郎の手が自分を求めている。再び祐太郎に体を任せる。小さな波がいくつも集まって、大きな波へと成長して、強い快感がリコの体を突き抜けていく。
 人生に翻弄される2人は、偶然の出会いだとしかとらえていなかった。
(つづく)
(初出:2014年03月17日)
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登録日:2014年03月17日 20時12分
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