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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(24)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
奈津美から両親に会って欲しいと請われ、カメラマンとしての仕事も目処がたち、運気の流れが変わってきたと思われた矢先、大きく運命を揺り動かす事態が!
 竹川からの電話で内村は起こされた。枕元の目覚まし時計は8時50分を指している。ドライバーの仕事に出かけるためには10時に起きれば間に合う。安眠を妨害された格好だ。
「ごめんね良ちゃん、朝早くから電話して。でもね大事な話があるの。二つあって、一つは悪い話で、もう一つはいい話なんだけど」
「映画のセリフみたいな言い方はやめてくださいよ。まあ、分かりました。いい話から聞きましょう」
「やっぱりねえ。良ちゃんはさ、夏休みの宿題を後でまとめてやるタイプだったでしょ? お寿司でも好きなネタを最初につまんじゃう感じかな」
「あのう、本題に入ってもらえませんかね。できれば、もう一眠りしたいんです」
「悪かったわ。話が長いのは私の欠点よね。じゃあ、いいほうの話からね。私の友達がカメラマンを探していて、これからすぐにでも準備をして欲しいんだけれど大丈夫かな?」
「えっ? でも、そっちに出かけたらドライバーの仕事はどうするんですか?」
「ああ、ここからが悪い話なの。実はいずみがね、うちの店をやめたいと言ってきて、ほかにいい子もいないから、しばらくは渋谷中心で営業しようかなって。だからドライバーの仕事はなくなったのよ」
「つまりクビということですか?」
「まあ、結果的にね。でもそれじゃ良ちゃんに申し訳ないじゃない。だから、代わりにカメラマンの仕事を世話してあげようと思ってFacebookに書き込んだら、ちょうど友達がカメラマンを探していたのよ」
「それにしても、今日すぐっていうのは?」
「頼んでいたカメラマンがノロウイルスに感染したとかで、急きょ代打が必要になったみたい」
 内村は小躍りしたいぐらいだった。竹川の説明によれば、外国人向け観光ガイドブックの仕事で、本日は浅草周辺を撮影するだけだという。1日拘束でギャラは税別で5万円だというから悪くない。
 リコがピーチクッキーをやめるというのは意外だった。一体、なぜそんな気持ちになったのだろう。そういえば昨日の客は長時間指名だった。直接、愛人契約でも結んだのだろうか。
 ドライバーの仕事がなくなることは痛いが、竹川は気を遣って仕事をあっせんしてくれた。これをきっかけに、またカメラマンとしてやっていけるかもしれない。
 もしかすると、奈津美と深い仲になったことで運気の流れが変わったのか。彼女は朝早く布団を抜け出して、千葉大へ行ったらしい。彼女が寝ている左半分のスペースを残して、内村は小さくなって寝ていた。幸福感が、これからの希望へとつながっている。人間の気分というのは、ちょっとしたきっかけで変わり、そのことが運命まで動かしてしまう。
 昨日、奈津美を撮影しようと思ったのも、今日の仕事につながる伏線だったと思えてくる。小さなカメラバックに、望遠ズーム1本と小型のストロボを入れ、24个ら120个良現爛此璽爐鯀着した一眼レフを肩からかける。32GBのSDカードが入っているから、このまま出かければいいだろう。急いで服を着替えると、竹川に指定された浅草の待ち合わせ場所に向かった。
 初対面のガイドブックの編集者はベテランらしく、撮影の指示も明確で気持ちよく仕事がこなせた。順調に進みすぎて、当初予定の浅草だけでなく、谷中、根津の撮影まで手掛けた。今後の仕事の約束までもらって、千代田線に乗ったのが19時を過ぎたころだった。
 国会議事堂前で降りて溜池山王の駅まで歩けば、20時よりも前に家へ着く。ちょうど奈津美も帰っている頃だろう。彼女は自分がドライバーの仕事をしていると思っているので夕食は別々の予定だった。予定を変更して昨日のカフェに一緒に行くのもいい。もし彼女がすでに夕食を済ませていたら、今度は内村が食事をして、奈津美は飲み物で付き合ってもらうのがいいなと勝手に計画を立てた。
 1本電話を入れようかと迷ったが、ちょうど目の前に着た地下鉄に飛び乗ってしまった。早く帰って奈津美を驚かすのも悪くないと考えをあらため、そのまま家路を急ぐことにした。
 パートナーが待つ家に帰るのは楽しいものだ。もしかすると、大学で何か用があって奈津美の帰りが遅くなるかもしれないが、その場合は自分が待つ楽しみを味わえる。人生の何もかもを肯定したくなるような気持ちだった。
 マンションのエレベーターに乗り込んだときは、奈津美が帰っているのかどうか想像するだけで心臓が高鳴った。数日間で内村の中に、しっかりとした愛が芽生えていたのだ。

 ところが開錠しようとして異変に気付く。確かに戸締まりして出かけたはずなのに開いている。急に不安が押し寄せる。心の中で「そんなうまい話が続くわけがない」と、もう一人の自分がつぶやき始める。ドアを開けると奈津美の靴があった。鍵を閉め忘れただけだろうと、自分を思い込ませようとするが全身から嫌な汗が噴き出す。
 走りたくなる気持ちを押さえて、ゆっくりと寝室へと向かう。もし室内にいるならば「お帰りなさい」の声がしてもいいはずだ。
 リコが自分を待っていたときも声がしなかったのを思い出す。布団に頭を突っ込んで、猫のように丸くなって寝ていた。今回も同じような状況に違いない。意を決して、寝室の引き戸を開ける。
 内村は膝から崩れ落ちた。目の前に奈津美が横たわっている。腹部には刃物が突き刺さっている。大きく見開いた眼は微動だにしない。死んでいることは確かだった。白いサマーセーターが腹部を中心に血で赤い。黄色いフレアのミニスカートから長い脚が投げ出されている。そこだけが、命を持っているかのように艶かしい。一体、何が起こったかが分からない。ただひとつ確かなのは、奈津美がこの世から消えということだ。
 震える手で110番通報する。10分も経たないうちにパトカーが到着した。さらに遅れること30分。リコを参考人として警察に連れて行った捜査一課の安田と成川が姿を現した。
「また、あなたですか? 内村さん、まさかあなたが手をかけたんじゃないでしょうね」
「バカなことを言わないでください。私が帰ったらこうなっていて……」
 奈津美の亡がらの前にいた鑑識に安田が声をかける。
「仏さんの死亡推定時刻は?」
「詳しくは検死が必要ですが、おそらく死後4時間ぐらいでしょう。硬直が始まっていますから」
 安田は内村の方に向き直って尋ねる。
「念のためお聞きしますが、今日の午後4時ごろ、どこにいましたか?」
「浅草から谷中へ移動中でした。撮影の仕事を頼まれて」
「なるほど。一人で?」
「いいえ、編集者と一緒です」
 安田と成川がうなずく。若い成川が口を開いた。
「まあ、あなたの様子から判断して、犯人の可能性はないと思っていましたが、一応お聞きしたまでです。ところで彼女との関係は?」
「愛し合っていました。結婚したいと思っていたんですよ。明日には彼女の実家に行って、ご両親にも挨拶をしようと思っていたぐらいなんです」
 本来なら愛という言葉を口にするには抵抗がある。だが、自分より先に死んでしまった奈津美へメッセージを伝えたい気持ちが、刑事の前でも素直な言葉となって表れた。内村の目から大粒の涙がこぼれる。冷えて震えていた自分の体に、熱い血流が戻ってきた。だれが奈津美をこんな目に合わせのだ。恐怖は怒りへと姿を変え、内村の魂を揺さぶった。
「内村さん、ずいぶんと年の離れた子ばかりに縁があるんですね」
 成川が不用意な言葉を口にする。内村はあからさまに不快な表情を見せた。成川はあわてて目を伏せる。代わって安田が話しかける。
「犯人に心当たりはありますか?」
 内村の頭の中に、奈津美の胸につけられたキスマークが浮かぶ。昨晩、彼女の体を求めようとしたときに、灯りを消して欲しいと言われた。それでも、わずかな豆球の光で、5カ所のあざが浮かび上がった。
「刑事さん、彼女の元彼ですよ。間違いないです」
 二人の刑事がメモを取りながらうなずき合っている。
「内村さん、あなたはもうここに居ないほうがいい。もう少し詳しい話を署で聞かせてください。我々はもう少し検証してから戻りますから、そこの警官と一緒に行っててください」
 内村は小さくうなずく。涙は止まらない。人目もはばからず、大声を出して泣き始めた。
 わずか4日間の幸せだった。
(つづく)
(初出:2014年03月20日)
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登録日:2014年03月20日 12時30分
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