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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(25)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
警察で事情聴取を受ける内村。動機がありそうな人物と言えば奈津美の元彼でしかありえない。しかし、その元彼にはアリバイがあった。しかし――。
 麻布警察署へと向かうパトカーの中でも内村は泣き続けた。ハンカチを顔に当てて、涙を流し続けていることを隠そうとしたが、嗚咽で分かってしまう。ハンドルを握る警官もかける言葉がなかった。
 そういえばケガをしたリコを自分のマンションまで連れて行ったことがあった。あのとき、ルームミラーに映ったリコの頬をネオンサインが染めていた。内村はゆっくりとハンカチを取る。車はいつのまにか、外堀通りに出ていた。にじんだ赤や青の光がまとわりつく。街は一昨日に戻って、雨の中にあるようだった。
 六本木の交差点を左折する。パトカーに向かっておどけた仕草をする外国人。目を合わさないように急ぎ足になる中年の男。自分の周りの風景が現実感を伴わない。この街では今日に限ったことではないのだが、奈津美を失ったことが、内村の意識レベルを低くしている。
 警察署に到着すると、案内されたのは小さな会議室だった。出された熱いお茶が冷たく感じられる頃になって、ようやく安田と成川が登場した。年配の安田が白髪頭をかきながら挨拶をした。
「すみません、お待たせしました。実況見分はとりあえず終わりました。でも、すみません。しばらくはマンションに帰らないでください。あそこで彼女が殺害されたのは間違いないでしょう。現場を保存しなくてはなりませんから」
 そう言われなくても戻る気にはならない。奈津美の遺体は警察に搬送されて検死が行われるはずだ。そばにいたほうが奈津美を感じられるような気がしていた。可能なら警察に泊まりたい。
「すみません。今晩はここにいさせてくれませんか。ほかに行き場もないし、彼女の近くにいたいんです」
「分かりました。こちらとしても、内村さんにはいろいろ聞きたいことがありますから」
 先ほど失礼な発言をした成川が、汚名返上とばかりにやさしそうな笑顔を見せた。
 内村は奈津美との出会いから、彼女の変わり果てた姿を発見するまでを詳しく説明した。安田と成川は交互に、内村に同じ話を合計4回させた。どこかに矛盾したところがないかを確かめるためなのだろう。気がつくと、23時を回っていた。
「ご協力ありがとうございます。内村さん、こちらで用意しますから近くのホテルに泊まってください。部屋にある荷物で必要なものがあれば言ってくださいね」
 安田は伸びをした後、腰を自分の拳で叩きながら内村に話しかけた。長時間の聴取で疲労しているのは、むしろ刑事のほうだった。
「えっ? 警察に泊めてくれないのですか」
「さすがにそれは難しいです。でも安心してください。ここから少し歩きますが溜池に近いアパホテルを予約しましたから」
 あの日、奈津美が入っていたマンションのすぐそばにあるホテルだ。これも何かの縁なのだろう。
「安田さん、先ほども説明したように、そのホテルのすぐそばのマンションに奈津美の元彼が住んでいるはずです」
「そうでしたね。実はもう、彼女の交友関係を別の刑事が調べていましてね、いま受けた報告では元彼にアリバイがあるようなんですよ」
「どういうことですか?」
「つまり、奈津美さんの元彼は、彼女が殺された時間に別の場所にいたということです」
「そんなはずはない。ほかにだれが奈津美を殺すというんですか。きっと何かのトリックがありますよ。その男の行動を詳しく教えてください」
 内村が声を荒らげる。警察署の中が一瞬、シーンとする。
「内村さん、落ち着いてください。いくらあなたが彼女の関係者だといっても、捜査上の秘密をお話しするわけにはいきません。ですが、複数の証言が得られているので、元彼はシロだというのが我々の判断です」
 そうやって説明されても、内村は自分の推理の正当性を何度も主張した。安田と成川は辛抱強く、内村の言葉をうなずきながら聞いていた。

 日付が変わる。らちが明かないとようやく悟った内村は、警察を後にしてホテルへと歩き始めた。
 残された安田と成川は2人とも机の上に足を投げ出し、事務イスにもたれて体を揺らしていた。成川が口を開く。
「内村が元彼を怪しむのも無理ないですよね。動機で考えれば渡辺が犯人と思って当然ですから」
「成ちゃん、そうなんだよ。彼女の友達に聞き込みをしてきた米澤によれば、同じサークルのメンバー全員が同じような感想をもっているんだ。ふられた憎さで人を殺しかねないのが渡辺だってね。でも、今日は昼過ぎからバーベキューを羽田空港近くの城南島公園でしていて、渡辺も加わっていた。そして彼は一度も姿を消さなかった。それは間違いないと言っている」
「友達が口裏を合わせている可能性はありませんか?」
「それもないな。どちらかというと嫌な男だったらしく、かばう理由がないからさ」
「肉を買い足しに行くとか言って、麻布十番のマンションに行って殺害という線はありませんか」
「城南島から麻布十番まで高速道路を使っても20分近くはかかるだろう。往復で40分以上、そんなに長い間いなかったら、だれかが気づくはずだ。米澤の話では、渡辺はずっと肉を焼き続けていたらしい。彼にしては珍しいことで、だから仲間はみんな覚えているんだ」
「なんだか、それではアリバイ作りをしているみたいですね」
 安田がはっとした顔をする。成川が指摘する通りだ。完全にシロと断定するには早すぎるかもしれない。いつもとは違う行動をした人間は、すべて疑ってかかるべきだと安田は思い直す。
「安さん、ほかに奈津美を殺しそうな存在はありませんかね?」
「今晩はもう遅いから明日にしよう。交友関係は米澤が担当して調べる予定だ。我々は彼女の足取りから追っていこう。携帯の通信記録がもう少しで手に入るはずだから」
 そこに鑑識の佐々木が入ってくる。ラグビー選手のような体格のいい男で、サラサラの髪の毛と童顔がミスマッチだ。
「安田さん、成川さん、まだいらっしゃいましたか。彼女の携帯に午後3時半ごろ着信があり、相手は渡辺祐太郎であることが分かりました。午後になってから、通話だけでなくメールもラインも、それ以外のやりとりがないことが分かりました」
 安田が目をしばたかせている。考えごとをするときの彼の癖だ。成川は天井の一点を見つめたまま固まっている。
「安さん、やはり元彼の渡辺は事件にからんでいそうですね。アリバイに何か盲点があるんじゃないでしょうか」
 安田は成川の質問には答えず、佐々木に尋ねた。
「佐々木さん、ガイシャの死亡推定時刻に間違いはないんですかね?」
「はい、午後4時の前後30分ぐらいの間だと思います。空調も入っていましたが、室温は我々が到着した時点で22度ですからズレはまずないでしょう」
「成ちゃん、後は考えられるとしたら、別の場所で殺して、内村が帰宅する前にマンションに運んだかだな。渡辺に犯人である可能性があるとしたら、城南島に呼び出して、たとえば車の中で殺して、あとで麻布十番に行けば可能となる」
「安さんの推理では、室内で殺されたのは間違いないだろうということでしたが……」
「ああ、だが偽装工作をしていたとしたら、我々も騙される場合がある。あのマンションはオートロックこそついているが、監視カメラがなかった。周囲の防犯カメラに大きな荷物を運びこんだ男がいなかったかをチェックしてみるしかないな。佐々木さん、マンション近くの防犯カメラの映像を集めてくれるかな」
「はい、もう手配中です。明日には分析を始められると思います」
「よし、それでは明日早くから動こう。初動で解決できるかどうかが決まるからな」
「はい」
 成川と佐々木が声をそろえて返事をした。
 奈津美の遺体はまだ司法解剖の最中だった。

 内村はアパホテルの一室で眠れぬ夜を過ごしていた。
 奈津美の魂が別れを告げるように、カーテンを揺らす。内村は気づかず、焦点の定まらぬ目を、光の射す方に向けていた。
『リョータ、ありがとう。もっと早く会いたかったな』
 ようやく気配に気づいた内村が目を凝らしたが何も見えなかった。
(つづく)
(初出:2014年03月24日)
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登録日:2014年03月24日 19時08分

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