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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(27)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
奈津美が殺された前日、リコと祐太郎は同じベッドの中にいた。そこで内村と奈津美のことを聞いた祐太郎は怒りがこみ上げる。事件の真相はいかに。
「リコ、なぜ知っている?」
「ねえ、久しぶりとかの挨拶もないの?」
 リコが口をとがらせている姿が目に浮かぶ。勝手なもので奈津美を失ったら、リコに会いたい気持ちが芽生えている。内村は軽い自己嫌悪に陥りながらも、さらに問い詰めた。
「だって、おかしいだろ? 全部チェックしたわけじゃないけれど、テレビや新聞で報道されていなかったからな」
「警察が私のところへ来たんだよ。奈津美さんの元彼のマンションに、私が入っていくところが防犯カメラに映っていて事情を聴かれたの」
「ええっ? 仕事で行ったのかい?」
「ほら、リョータに電話したのを覚えていないの? 奈津美さんが入っていくのを見かけたのと同じ六本木のマンションに、出張が入ったって連絡したでしょ」
 内村の記憶がよみがえった。確かにそうだった。あの日、散歩しながら客のマンションに向かうから、後で迎えにだけ来て欲しいとリコから連絡が入った。結局、それもキャンセルとなり、奈津美と横浜でのデートを楽しんだのだった。
 まさか、リコの客が奈津美の元彼だったという可能性はあるのだろうか。額ににじんだ汗が、次第に大きな粒となっていく。
「もしかして、その派遣先って、奈津美の元彼のところじゃないよね?」
「そんな偶然あるわけないじゃない。でも私は奈津美さんの彼氏がどんな人か知らないから、実は相手したお客さんがそうだったという可能性まで否定できないけれどね」
 リコは嘘をついた。本当は渡辺祐太郎が奈津美の元彼であることを知っていた。

 話は事件の前日にさかのぼる。もうすぐで日付が変わろうとしている頃、リコは祐太郎のベッドの中にいた。
「そろそろ家へ帰ろうかな」
「泊まっていけよ。いや、何だったら俺と一緒に暮らさないか」
 それからリコと祐太郎は朝まで、お互いの体をむさぼりあった。いままでにない快感に、リコは溺れてしまった。祐太郎にしても、抱く気にはならなかった奈津美との違いに驚いている。セックスの相性とは、このことを言うのだと感じていた。
 午前4時半、明け方の冷気で部屋が静まっていた。少しまどろんでいたリコは、はっとして体を起こす。同じく浅い眠りの中にいた祐太郎がつられて目を覚ます。
「おい、どうした?」
「あのね、急に思い出したことがあるの。奈津美さんって知っている?」
 祐太郎の顔がこわばった。それからスローモーションで目を大きく開いていく。
「なぜ知っているの?」
「やっぱりね。そうだと思った。あんな美人に彼氏がいるとしたら、ユウタロウみたいなタイプに違いないって思ったから……」
「質問に答えて欲しいな。君がなぜ、奈津美のことを知っているのかな?」
「ちょっと複雑な話だけれど、ピーチクッキーのドライバーさんが奈津美さんの新しい彼氏でね」
「ちょっと待って」
 祐太郎が口を挟む。
「いま、奈津美の新しい彼氏って言ったよね。その男の名前は何ていうの?」
「ユウタロウは知らないと思うけれど、内村って人だよ」
 やはり間違っていなかった。祐太郎は奈津美をつけて、新しい彼氏がいるらしい麻布十番のマンションを突き止めた。その翌日、ドアホンで相手の名前を確かめたときのことを思い出していた。宅配便の業者を装い「高橋さんですか」の質問に「いいえ内村ですけど」との返答があった。
 リコが話を続ける。
「この近くに派遣されたことがあって、待機している車の中で、たまたま奈津美さんがこのマンションに入っていくのを見たんだ。内村さんは焦っていたけれどね。ここが元彼の住まいだって分かったからじゃないかな」
「一つ教えてほしい。なぜ奈津美は内村って男と知り合ったのかな? デリヘルのドライバーと接点はないと思うのだけれど……」
「簡単だよ。彼女はピーチクッキーに体験入店して、最初のお客さんが内村さんだったの。でも彼女はすぐに店をやめて、なぜか客だった内村さんがドライバーになったんだよ」
 祐太郎はぽかんと口を開けていた。リコが奈津美を知っているという事実以上に、ショックなことを聞かされたからだ。
「体験入店?」
「そうだよ。私も店のオーナーから教えてもらった話だけれどね。デリヘルデビューって男の人が想像するよりも勇気がいる。だから、いろいろ説明を受けた後、最初につく客が重要なの。奈津美さんの相手は内村さんで、どういう話があったかまでは知らないけれど、いつのまにか内村さんと付き合うことになったということよね」
「納得いかないな。何で奈津美がデリヘル嬢になる必要があるのか」
「確かにお金には不自由してなさそうだもんね。どうせ、いいところのお嬢さんなんでしょ。ユウタロウとも濃厚なセックスをしていただろうから、欲求不満とも思えないしね」
 リコの説明を聞いて祐太郎には思い当たる節があった。ここ半年間、彼女とは体の関係がなかった。胸の大きな女が好みの祐太郎にしてみれば、奈津美はスリム過ぎた。また、情事の時の反応も鈍く、刺激がなかったのだ。
 正直に言えば、3回目のセックスで、もう飽きていた。ただ、美人でスタイルのいい奈津美と歩いていると、周囲から羨望のまなざしが突き刺さる。奈津美が彼女であると公言することで、対抗意識を持った女を誘えば、かなりの高確率で最後の関係まで持ち込めた。祐太郎にとっては都合のいい女だった。
 だが、その奈津美が一度でもデリヘルのバイトをしようとしたことが許せなかった。自分が浮気者であることを棚に上げて、祐太郎以外の男と、性的な関係を覚悟した奈津美を汚らしく思った。得意げにつけていた高級腕時計が、偽物だと判明したようなショックだった。
 デリヘルのドライバーをするような男と、自分とのセックスでは出したことのないような嬌声をあげていたとしたら……。祐太郎の中で、最初は小さかった怒りの炎が次第に勢いを増す。同級生に奈津美を奪われたなら、まだ許せる。祐太郎が見下しているタイプの男に、奈津美を渡してしまったことを後悔していた。おそらく、新しい男へメッセージとして残したキスマークも、何の効果もなかっただろう。
 権力志向の強い男は、女で人生を狂わせることがある。権力に魅力を感じている女は意外と少ないのだ。恋人や妻が思い通りにならないときに、自分を見失ってしまう。権力と、その結果の金では、どうにもならないことがあることを、自分がものにしたはずの女から気づかされるのが一番つらい。
 奈津美に対して祐太郎が殺意を覚えた瞬間だった。
「ユウタロウ、なんだかすごく怖い顔をしているよ」
 祐太郎にはリコの声が届かなかった。彼の頭の中では、内村と奈津美との濃厚なセックスシーンが何度も繰り返し再生されていた。内村のことは声しか知らない。清楚な奈津美とは真逆の下品な中年男の姿を勝手に当てはめていた。
 あれほど何度もリコを抱いたのにもかかわらず、祐太郎の黒い妄想は再び下半身の血流を増やす結果となった。リコに覆いかぶさると、少し乱暴に胸を揉んだ。
「痛いよ」
 祐太郎は何も答えない。不思議なことにリコは恐怖よりも快感を覚えていた。自分勝手に何度も体を求めてくる男が嫌ではなかった。それだけ自分が必要とされているような気持ちになるからだ。
 デリヘルの客たちは、快感の峠を越えるまではやさしいが、事が終わると冷たくなる。まだプレイ時間が残っていても、「仕事があるから」と身支度を始める男が多かった。癒しを求めているのではなく、あくまでも肉体的な道具であることを思い知らされる瞬間でもあった。
 祐太郎は動きを止めなかった。リコは自分の体のすべてを祐太郎に委ねた。そして心までも、祐太郎に売り渡したことに気づいていなかった。
(つづく)
(初出:2014年04月03日)
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登録日:2014年04月03日 18時16分
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