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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(28)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
リコは真実を祐太郎に告げる。衝撃的な真実は祐太郎の言葉によってただならぬ行動へと駆り立てるのだった。
 再び眠りに落ちたリコが目を覚ます。テレビのリモコンを探してスイッチを入れると、芸能ニュースをやっていた。見覚えのあるレポーター。どうやら10時を過ぎているらしい。
 ベッドの隣に祐太郎の姿はなかった。少し不安になる。まだ鍵を渡されておらず、彼が戻ってくるまで家を出るわけにはいかない。シャワーでも浴びようかと立ち上がった時、玄関のカギを開ける音がした。祐太郎だった。
「おはよう。どうだい? 気分は」
「おはよう。ちょうど起きたところだったの」
 祐太郎が手にしたコンビニのビニール袋が揺れている。朝食を調達に行っていたのだとリコは理解した。
「菓子パンとサラダ、あとヨーグルトドリンクだけどいいかな?」
 少し袋を持ち上げるようにして祐太郎がリコに尋ねる。白いTシャツに細身のチノパン、薄いグリーンのパーカーを羽織っている。リコの男友達にはいないタイプだ。いかにも有名私立大学の学生という雰囲気を漂わせている。
「ありがとう。やさしいね」
「えっ? 当たり前だろう」
 白い歯をのぞかせて祐太郎が笑う。さらに話を続ける。
「本当は手料理を振舞いたかったけれど、朝からしっかり食べるタイプかどうか分からなかったからね」
 リコは亡くなった母親のことを思い出していた。朝からカレーが登場することも珍しくなかった。もともとは朝食を抜くほうだったらしいが、父親に合わせているうちに、朝から平気で食べられるようになったと言っていた。リコの父親はカメラマンで、「エネルギーを充填する必要があったから」というのが母親の口癖だった。
「大丈夫。ちゃんと食べられるし、ちょうどいい感じだと思う」
「そうか、それは良かった。窓を開けて空気を入れ替えたいけれど、いいかな?」
 リコははっとする。下着姿のままだったからだ。客の前では平気で裸になれても、爽やかに話しかけてくる祐太郎に対して恥ずかしさを覚えた。昨日の午後、このマンションに派遣されたときは、単なる客とヘルス嬢の関係でしかなかったのに不思議だ。
 ふと、内村と奈津美の関係を考える。ピーチクッキーの竹川から話を聞いたときは、「客との関係が発展するなんてあり得ない」と思っていたが、いままさに自分が祐太郎との仲を深めようとしている。いや、もうすでに恋人同士のようではないか。いつどこで、自分の一生を左右する男と出会うかは、想像がつかないものだ。
 祐太郎がキッチンで支度をしている間に、昨晩脱ぎ散らかした服を引き寄せ急いで着替えを済ませた。
「なーんだ。もう服を着ちゃったの? エプロンを渡して裸の上につけてもらいたいと計画していたんだけどね」
 思わずリコは噴き出す。すっとした美男子なのにもかかわらず、脂ぎった中年男のような発想がおかしかったからだ。もっとも本気で言っているとは思えない。
 実は中年男以上に祐太郎は粘着質で、性欲に支配されていることにリコは気づいていない。自分が男性経験豊富で、人を見る目に自信があると彼女は思っている。客とかりそめの関係をいくらこなしても、人生の深淵をのぞいたことにもならないことが分かっていなかった。
 内村との出会いでリコは成長する可能性があった。しかし、殺人事件のドタバタで、その機会を逸して、結果的に奈津美に内村を奪われた格好になった。偶然の出来事には違いないが、奈津美がリコの人生を狂わせたのは事実である。
 朝食を済ませシャワーを浴びる。祐太郎はゆうぜんとソファに身を委ねテレビに夢中になっていた。髪を乾かしながら、少し大きな声でリコが尋ねる。
「ねえユウタロウ、大学に行かなくていいの?」
「ああ、代返を頼んであるし、そんなに厳しくない授業ばかりだからサボっても大丈夫さ」
 リコがドライヤーのスイッチを切ったのを見計らって、祐太郎はテレビを消す。体を起こしてリコに話しかける。
「あのさ、ちょっと教えて欲しいんだ。内村さんって人のことを……」
「どうして? 自分の彼女を奪った相手だから?」
「まあ、そんなもんさ。でも、それだけじゃない。リコも内村に魅かれている気がしたんだ。自分が愛した女性2人の気持ちをつかんでいる男が気になって当然だろ」
 愛しているとの言葉にリコは少しドキッとする。しかし、祐太郎に本当のことを話すべきかどうかと迷う気持ちが自分を冷静にさせた。やはり誰かに聞いてもらいたい。思い切って真実を明らかにすることにした。
「ユウタロウ、本当のことを話すね。内村さんは私の父親だと思うんだ」
 唐突な告白だった。祐太郎は思わず立ち上がってしまうほど驚いた。
「何だって……。どういうこと?」
「実はストーカーに追われて内村のマンションに逃げたことがあるの。一人で彼の帰りを待っているときに、机の上に置いてあるファイルが気になって手に取ってみた。そうしたら私の母の写真があったんだ」
「内村ってドライバーじゃなかったのか?」
「もともとっていうか、いまもカメラマンだよ。仕事が暇になってデリヘルの送迎のバイトをしているだけ。そのファイルは何ていうのかな? 自分がこんな写真を撮れますっていう資料みたいな……」
「宣材ってやつかな?」
「そうそう、そのセンザイだと思う。最初は母の写真だと気付かなかった。だって、すごく美人に撮れていたから。私とは違って、切れ長の一重なのね。日本的な顔立ち。それに服が見覚えのあるものだったから」
 すこしイラついた様子で祐太郎はリコに聞く。
「そこにリコのお母さんの写真があるだけでは、内村さんって人が君の父親であるって証拠にはならないだろ? 偶然、撮ったことがあるだけかもしれないしさ」
「私もなんだかわけが分からなくなって、触ってはいけないと言われていたんだけど、ほかにも母の写真がないかと机の中を探してみたの。そうしたら古い手帳がみつかった。私の母のことが書いてあった。二人は同棲していたんだよ」
「なあ、それでも君が内村さんの子どもとは限らないぜ。なぜ、そこまで言い切れる」
「刑事ドラマみたいな言い方だけど状況証拠かな。まず、カメラマンであること。亡くなった母は父と離婚したと言っていたけれど、本当は同棲中に捨てられたんだよ。戸籍を見たことがあって、母は一度も結婚していなかった。だから私は同棲中にできたカメラマンの子ども。つまり内村さんの娘ってことになるでしょ」
 祐太郎は大きく深呼吸をする。リコの言っていることが本当だとすれば、確かに内村の娘なのかもしれない。
「内村さんは知っているのかな?」
 リコは声をたてて笑った。少し怒気が混じっている。
「知っているわけないじゃない。教えてないしね。本当のことを言うとね、いつか殺してやるつもりなんだ」
「物騒だな。表向きは仲良くしておいて、油断させて、包丁でぶすりとやるって魂胆だな」
「さすが、ユウタロウは頭がいいね。まあ、そんなところかな。事件が明るみに出ても、私が犯人だなんて警察に話しちゃだめだよ」
「でもさ、仮に実の父親だとして、そんなに憎いのかい?」
「私は認知されていないんだよ。母はずっと父のことを思って生きていた。女手一つで私を育てて、結局がんになって死んじゃった。ストレスが原因だよ。内村がさせた苦労で殺されたようなもの」
 リコの目が怒りで充血していた。自分の言葉に、あらためて内村が憎くなったようだった。しばらく黙っていた祐太郎が口を開く。
「要するに、リコはお母さんの代わりに復讐をしたいんだろ。だったら、もっといい方法があるよ」
「どういうこと?」
「だってさ、内村を殺したところで、死んだら何も分からいだろう。それよりも、君のお母さんが内村を失って苦しんだような気持ちを、内村自身に味あわせるのがいいんじゃないかな」
 リコの顔が引きつる。祐太郎の顔が別人に見えた。もはや、そこにいるのは爽やかな私大生ではない。
「それって、もしかすると……」
 おびえたように話すリコに、祐太郎は大きくうなずいて見せた。
(つづく)
(初出:2014年04月07日)
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登録日:2014年04月07日 21時09分
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