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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(29)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
時間はさかのぼる。大学で友人と旅行の相談をする奈津美がいた。慶応ボーイよりオジサンを選んだ奈津美を不思議がる亜由美。事件の真相が。
 千葉大のキャンパスに奈津美の姿があった。図書館前の広場で教育学部の同級生と夏休みに出かける旅行の相談をしていた。
「奈津美は彼と旅行する予定はないの?」
 うりざね顔にショートカットのヘアスタイルがよく似合っている亜由美が、奈津美の耳元で小声で聞いた。
「ないよ。慶応のユウタロウとは別れたんだ」
「ええっ? あんなイケメンなのに……。もったいない。私に紹介して欲しかったな」
「何を言ってるの。亜由美には庄一君がいるでしょ」
「まあね。やさしくていいヤツなんだけどさ、ちょっと不細工なのが気になりだして」
「ひどい。ふったりしたら絶対悪いことが起きるよ」
「自分からは別れないよ。でも、庄一が浮気したら許さないから」
「そんな兆候があるの?」
「まったくない。第一モテないし、私にベタボレだしね」
「なによ、単なるノロケを聞かせたかっただけじゃない」
 2人は大きな声で笑った。もともと女子学生比率の高い大学だが、奈津美と亜由美は読者モデルをやっていそうな美人ということもあり。その周辺だけがレフ板で光を集めたようにキラキラしていた。
 工学部2年生の男子学生4人が、奈津美と亜由美を遠巻きにして見ている。「お前が声をかけろよ」とお互いに小突き合っているが、とても勇気を出せそうにない。その様子に気づいた亜由美が奈津美を促して場所を移動する。歩きながら奈津美に尋ねる。
「午後の授業は?」
「今日はさぼる。何だか疲れているんだ。そのうち詳しく話すけれど、実は新しい彼氏が出来たの」
 亜由美は立ち止まって奈津美を責めるような目をして見る。
「ちょっと、それって奈津美が浮気したってこと? 慶応生よりカッコいい人なの? もしかして東大生とか」
「違うよ。私よりずっと年上のオジサン。まあ、見方によってはカッコいいかもしれないけれど普通かな」
「分からないなあ。イケメンからオジサンに乗り換えるなんてさ。一体何がいいの?」
 あらためて指摘されて奈津美は考え込む。確かにそうだ。祐太郎と一緒に歩いている時は、うらやましそうに見られることがあった。だが、内村と横浜でデートした時は違っていた。中には好奇心をむき出しにして、2人を見比べるような視線を感じることもあった。
「あのね、ユウタロウにとって私はアクセサリーだったような気がする。でも新しい彼は違うな。もっと大きく包み込んでくれるような……」
「分かった。エッチだよ。私も庄一しか知らないから詳しくは分からないけれど、きっと濃厚なんだろうな。もしかすると純愛より性愛を選んだとかさ」
 奈津美は腕を組みながら亜由美の話を聞いていた。顔が曇っている。
「亜由美じゃなかったら怒ってるよ、ワタシ。まあ、ユウタロウのときより、はるかに気持ちいいのは確かだけどさ。それだけでは一緒に暮らせないよ」
「おっと、もう一緒に住んでいるの? 奥手だった奈津美がそこまで成長するとは思ってもいなかったな。でも、元彼は気をつけた方がいいよ。ストーカーになるかも」
「大丈夫だよ。確かに簡単には別れることを納得してくれなかったけどね」
「やっぱり。しばらくは気をつけた方がいいな。包丁で刺されるかも」
「まさか。バカじゃないんだから、そんなことをするはずないじゃない」
 その頃、祐太郎とリコが奈津美の殺人計画を立てているとは想像できなくて当然だった。初夏の日差しに照らされたキャンパスは平和そのものだった。
 先ほどの男子学生たちは、他学部の美女2人と仲良くなることをあきらめ芝生の上でふざけあっている。そうやって発散しなければ、たまったエネルギーで自爆しそうだった。実は4人とも女性経験はおろか彼女もいない。奈津美と亜由美が話している内容を知ったら、女性不信になってしまうかもしれない。
「私はバントの練習があるから部室に行くね。じゃあ、また明日」
「うん。庄一君によろしく。ギターを弾いている姿はクールだと思うよって」
「他に取り柄がないからね」
 笑いながら亜由美が手を振る。奈津美もそれに応えてから、西千葉の駅へと向かった。少し早めに大学を後にしたのは、内村にプレゼントを買って帰ろうと思ったからだ。お金で苦労している内村は、キャンバス地で出来たぼろぼろの長財布を使っていた。ブランドものでなくてもいい。少し見栄えのいい革財布を銀座のデパートで探すつもりだった。
 目当てのものは思ったより早く見つかった。きれいなブルーの財布で、内村が使っている様子を想像するだけで思わず微笑んでしまう。
「プレゼント用ですね。ギフトラッピングしましょうか?」
「はい、お願いします……。あ、ちょっと待ってください」
 そう言うと奈津美は、自分のバックから名刺より一回り小さいメッセージカードを取り出して、財布の中の小銭入れに忍ばせた。
 奈津美と大して年の変わらない女性店員が感心している。
「そうか。そういう方法もあったんですね。何が書いてあるかは確認しませんから大丈夫ですよ」
 思わず軽口を叩いたので、その横にいた白髪まじりでベテランの女性店員からにらまれている。その様子がおかしくて、奈津美は人差し指を自分の鼻に当てて笑いをこらえていた。
 内村のマンションに着いたのは15時過ぎだった。窓を開け空気を入れ替える。一息つこうと飲み物を用意したところでスマホが着信を告げた。祐太郎だった。一瞬、出るのをやめようかと思ったが、亜由美の「ストーカーになるかも」の言葉を思い出した。無視するのは良くない結果を生む可能性がある。明るい声で応答することにした。
「もしもし、奈津美です」
「あ、俺だけど元気かな?」
「うん。あれ? 風が強いようだけれど、どこに居るの?」
「城南島。言ってなかったっけ、バーベキューやるって」
「そうだったね。忘れていた」
「いまから来る?」
「………」
 奈津美はどう返答していいか分からず黙ってしまう。
「ハハハ、そうだよな。別れた男と一緒にいたくないだろうしね。ひとつ、いい話を教えてやるよ。君の新しい彼氏の元彼女を俺は知っているんだ。リコっていう風俗嬢。だから彼から病気をうつされないように気をつけたほうがいいぜ。じゃあな」
 電話は一方的に切られた。言葉は怒気を含んでいた。それにしても、なぜユウタロウがリコのことを知っているのだろう。気持ちが一挙にブルーになる。
 インタホーンが来客を告げる。内村からは宅配便が来たら受け取っておいてと頼まれている。何も考えずに通話ボタンを押して返事をする。
「もしもし、奈津美さんですか?」
「えっ? どちらさまですか?」
「リコです。一度、渋谷でお目にかかってますよね。ちょっと話したいことがあって……。開けてもらえますか」
 拒否する理由が見当たらない。祐太郎がリコを知っていることも気になり、奈津美は解錠することにした。命の炎が消える数分前の出来事だった。
(つづく)
(初出:2014年04月10日)
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登録日:2014年04月10日 16時59分
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