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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(32)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
リコは取調室で覚悟を決め、素直に自白していた。奈津美に謝りたい一心だった。アリバイを作り、つかまらないよう周到に計画した渡辺だったが悪いことはできない。事件の顛末が明らかになる。
 取調室でリコは覚悟を決めた顔をしていた。身を乗り出すようにして正面に座る安田が質問する。
「なぜ、奈津美さんを殺す必要があったのですか? 特別に恨みがあったわけではないでしょう?」
 リコは落ち着いた声で説明を始めた。
「はい、奈津美さんに嫉妬していたのは事実ですが、殺そうなんて思っていませんでした。でも、ユウタロウにそそのかされたんです。もし、実の父に復讐したいのなら、本人を殺すのではなくて、最愛の人を葬ったほうが効果的だって……」
「実の父親というのは内村さんということでしたが」
「勘違いだったみたいです」
 リコは安田から目をそらし、空中の一点を凝視するような表情になって話す。
「私が勝手に思い込んでいたんですよ。内村さんの部屋で母の写真を見つけ、彼の古い手帳を目にして、彼が母と同棲していたのは間違いないと思いました。母は父とは離婚したと言ってましたけれど、父親の戸籍に入った形跡はなかった。ただ、別れたあなたのお父さんはカメラマンだったと言っていたので、内村さんが自分の父親だと信じてしまったんです」
 安田がさらに身を乗り出す。少し小声になって改めてリコに尋ねた。
「それがなぜ、今度は父親ではないと思ったのですか?」
 リコはため息をついてから、今度は安田の目を見据えるようにして口を開いた。
「内村さんが教えてくれたんです。母との間ではしっかり避妊していたって。あの人の言うことは信じられる。それに自分のことを振り返ってみれば、母が内村さんと付き合っているときに、他の男と寝た可能性はあるだろうなって。私には、いきずりの男の子どもとは言えなかったのかな。もしかしたら、同棲していた内村さんの娘だと自分でも信じようとしていたんでしょうね」
 安田が身を起こす。目の前のリコが不幸だと感じている。だが殺人を起こしたのは事実だ。同情はできない。
「では、奈津美さんを殺したことを後悔しているのですね」
「ええ、取り返しのつかないことをしたと思っています。ユウタロウにそそのかされたのは本当だけれど、彼女に嫉妬する気持ちがあったのも事実です。最後にはむかっとして包丁で刺してしまった。いまでも、私の手に……その……感覚が……」
 リコの手が小刻みに震えだす。安田と代わって若い成川がリコの前に座る。
「いきさつは分かりました。我々としては、あなたが主張するように渡辺が奈津美さんを殺すように言ったとしたら、彼を殺人教唆で立件したいのですよ」
 リコの動きが止まる。ぽかんとした顔で成川を見ている。
「すみません。あまり勉強してこなかったので難しいことは分からないんですが、その何ですか、サツジンキョウ……」
「サツジンキョウサです。刑法第六十一条に人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科するという項目があります。つまり、人を殺すように渡辺が言って、あなたが実行したということが確かめられれば、渡辺も同罪ということですよ」
「でも証拠がないとダメなんでしょ」
「そうですね。あなたの自白だけでは難しい。我々が想像するに渡辺は悪知恵の回る男だから、証拠を残しているとは思えませんしね。たとえばメールとか、凶器を渡辺から渡されたとか、計画を書いた紙とか、そういうのはありませんか?」
「まったくないです。ユウタロウも俺が殺すように言ったと警察に話しても、証拠がないから無駄だよと私に釘を刺してましたから」
 成川がやれやれという顔をしながらパイプいすに寄りかかる。やはり、殺人罪で渡辺を引っ張るのは無理がありそうだと判断したのだ。再び、ベテランの安田がリコの前に座る。
「いいですか、よく思い出してみてください。我々はつい証拠と言ってしまいますが、あなたの感覚で、これは渡辺の計画だと分からせるようなものがないかどうか……」
 リコは少し口をとがらせながら目をつぶった。自分一人が裁かれることになったとしても不満はない。祐太郎の口車に乗った自分が悪いのだからと思っていた。それよりも早く、自分の刑が確定されて、奈津美のために祈ることのほうが大切だと思っていた。
「ないですよ、刑事さん。いいんです。私がすべて悪かったんですから」
「まあまあ、そう簡単に結論を出してはダメですよ。うちの成川もね、大学で法学を勉強していたこともあり、いろいろと詳しいのだけれど、証拠がそろわないとなると諦める傾向にある。でもねえ、粘り強く向かっていれば道は開けるものです」
 説教くさい安田の言葉を重たく感じる。もし、自分の父親が生きていたとしたら、こんな感じで諭されるのだろうか。言っていることが正しかったとしても、気になるのは歯周病が原因らしい口臭だ。
「そうだ、リコさん。ひとつ不思議だと思っているのだけれど、あなたは随分と手際よく殺人を実行している。その手順も渡辺から教えられたことですか?」
「はい。細かく指示されたんです。包丁で刺した後、汚れたTシャツはコンビニのごみ箱に捨てるようにとか」
「なるほどね。メモをしたりしなかったの?」
「ええ、そんなことをしたら証拠になるからダメだって」
「失礼な言い方だけれど、よく覚えていられましたね。人殺しなんて、悪知恵が回らないとスムーズにできないものですよ」
「ふふっ」
 リコが思わず笑う。
「刑事さんが言いたいことは分かります。私ってバカそうだもん。確かに覚えられないと思ったの。だからユウタロウが気づかないように、スマホのボイスレコーダーで録音しておいて、内村さんのマンションに行く前に聞き返したんです」
 安田と成川が顔を見合わせる。安田がさらにリコへ顔を近づける。
「いま何て言いました? 録音したって」
「ええ、でもユウタロウにバレたらまずいと思って、家に帰ってから削除しましたけれど」
「いや、大丈夫です。復元できますよ。なあ、成川そうだろ?」
「はい。その後ボイスレコーダーを何度も使っていなければ、簡単に復元できます。やりましたね、これは証拠としては100点ですよ」
 2人の刑事が興奮しているのを、リコは不思議そうな顔をして見ていた。
「成川、すぐに科捜研に連絡しろ。彼女から押収したスマホの中に証拠があるってな」
「承知しました」
 成川が安田に言われて早足で取調室を後にする。残された安田が微笑みながらリコに話しかける。
「リコさん、お手柄と言ってはなんだが、これで渡辺も殺人罪で送検できますよ。私は成川と違ってエリートではないから何とも言えないけれど、あなたの罪は軽くなると思う。実行犯であるのは間違いないが、渡辺に洗脳されていたと弁護できそうだな」
「はあ……」
 安田の言っていることの意味がリコにはよく分からなかった。それに自分の罪が軽くなるかどうかなど気にしていなかった。むしろ奈津美に謝りたい気持ちでいっぱいになっていた。

 大学近くの居酒屋で、渡辺祐太郎がサークル仲間と飲んでいるところに警察が踏み込み、殺人罪の疑いで渡辺を逮捕した。
「証拠はあるのかよ」とわめく祐太郎に、米澤刑事が説明する。
「伊藤理子がお前の説明をボイスレコーダーに録っていたそうだ」
 その一言ですべてを察した渡辺は黙る。ちくしょうと言いながら、自分の膝を拳で殴るしかなかった。
 渡辺が警察に連行されていった後も、大学生たちの宴会は続いた。
「やっぱり、あいつが犯人だったな」
「私も最初から怪しいと思っていたの。プライドが高かったから奈津美にふられたのが許せなかったんでしょうね」
「でもさあ、奈津美も感じ悪かったよね。別にわざわざ千葉から、こっちまできてサークル活動しなくたっていいじゃない」
「そうだよな。俺もあいつは美人を鼻にかけているようで気に入らなかった」
「やっぱりねえ」
 祐太郎と奈津美の悪口が、少し前までは仲間だったものたちの口から次々と飛び出した。人の不幸は蜜の味。最高の肴だったのかもしれない。
 宴会は予定時間を過ぎても終わらず、飲み放題の時間を、追加料金を払って延長することになった。笑い声と嬌声が店の外まで響く。
 大きな満月が天頂から見下ろしていることを、誰一人として気づかなかった。
(つづく)
(初出:2014年04月21日)
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登録日:2014年04月21日 23時42分

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