騒人 TOP > 小説 > 現代 > ハザードランプはつけたままで(33)
寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(33)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
いちどは否定された内村とリコの関係。殺人教唆でつかまった祐太郎の告白。内村がかつて捨てた女との邂逅。ついに最終回を迎えたハザード。内村の想いが収束してゆく。
 麻布十番のホテルの前に内村は車を止めた。自分の住まいのマンションからすぐの距離だが、ホテルから出てきた女の子をいつでもピックアップできるように待機していた。
 カメラマンの仕事も少しは増えたが、それだけでは食べていけない。週に3回はこうして、デリヘルの送迎ドライバーをして稼いでいる。店の経営者に教えられたとおり、ハザードランプはつけたままだ。
 午後6時10分。茜色に染まった雲をフロントガラス越しにながめていると、助手席の窓をノックする音がした。安田刑事だった。あわててエンジンキーをまわし、窓を開ける。
「やあ、内村さん。元気にしていたかね」
「ええ、まあ何とか」
「そうか、ところで少し話したいことがあるんだけれど、車の中に入れてもらっていいかな」
「はあ、いま送迎の仕事をしていまして、途中で女の子が戻ってくるかもしれませんけれど」
「構わんよ。そのときは、いったん出ていくから」
 内村は車を降りて、後部のスライドドアーを開ける。安田刑事が手を挙げて乗り込む。後ろのウインドーにはすべてスモークが貼ってあるため、外からは見えない。
「おう、意外と広いね。こりゃあ、カメラマンの仕事にも、デリヘルの仕事にも役立つなあ……。おっと、無駄話をしている暇はなかったね」
 内村は安田の隣に座って話を聞くことにした。ちょうど、リコを六本木に送っていき、車の中で待機していたときと同じような格好になる。そのリコを逮捕した刑事と、車の中で対峙することは不思議な感覚だった。
「すみません、どんなご用件ですか?」
「ああ、君から頼まれたDNA鑑定だが、結果をもらってきたよ」
 そう言って安田は一通の封筒を内村に渡した。今回の殺人事件で、内村も事情を聴かれた。そのときに「伊藤理子とは親子ではないと思っており、彼女のためにもDNAによる親子鑑定をして欲しい」と頼んでおいた。捜査の本筋からは外れるが、証拠提出のためにリコのDNAを調べることになっており、警察も内村の申し出を受け入れたのだった。
「安田さん、結果は?」
「分からんよ。個人情報には違いないだろう。自分で確かめてくれ」
「はい」
 そう言うなり内村は封筒の端を乱暴に破り始めた。あわてて安田が制止する。
「おいおい、おれの前で開けるつもりか?」
「ええ、構いませんよ。しっかり避妊はしていたし100%他人のはずですから」
 そういいながら広げた紙を見て内村は愕然とする。そこにあったのは「父子である確率は99%以上」との結果報告だった。
「まさか……」
「やっぱりな。親子だったか。俺はそう思っていたよ」
 安田が話を続ける。
「どことなく、リコにはあんたの面影がある。それに、いつ男と女の関係になってもおかしくない距離にありながら、そうならなかっただろう。つまり、近親者と交配しないように、生物としての本能が働いたんだよ。匂いとかに嫌悪感を覚えたりしてね」
 内村は言葉を失った。言われてみればその通りだ。リコが自分の胸で泣き崩れたとき、彼女の涙の匂いに閉口したことがあった。それは実の親子だったからに違いない。
「でも安田さん、私はきちんと避妊していたはずなのですが」
「自分が担当した事件で、同じように親子でないと主張した父親がいた。セックスのときは初めからゴムを着けていたってね。ところが調べてみると、その男の子どもを身ごもりたい母親が、父親の残滓を、スポイトを使って自分の中に入れていたんだよ。まるで人工授精のようにね」
 内村は遠い記憶をたどる。そういえば、香水を調合するためのものだと言って、洗面所にはスポイトが置かれていた。さらに、行為が終わった後に自分はすぐに眠ることが多かった。伊藤今日子が何かをたくらんだとしても気づかなかっただろう。
「どうする? リコには伝えたほうがいいのかな」
 ゆっくりと内村はうなずいた。奈津美を失ったときよりも切ない気持ちになる。胸のきしむ音が安田に聞こえたのではないかと疑ったほどだ。
 そのとき、スマホが着信を告げる。ホテルの中にいるデリヘル嬢からだった。
「終わりました。これから出ます」
 状況を察した安田は、再び手を高く挙げて車を後にした。運転席へ移動しなければと思いつつも、内村は体が動かなかった。

 奈津美殺害の動機について渡辺祐太郎の取り調べが続いていた。最初は何も語らなかった祐太郎も、根負けしたのか、少しずつ事件の真相を話し始めた。
「刑事さん、どれぐらいの罪になるんですかね。強盗じゃないから死刑にはならないだろうし、せいぜい痴情のもつれってやつで10年がマックスですかね」
 安田は腕を組んでいる。怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、ゆっくりと説明した。
「改悛の情がみられないとなると、どこまで刑が重くなるか分からんよ。それに動機だって、単に奈津美さんを憎くて殺しただけじゃない気がしているんだがね」
「安田さん、さすがですね。ベテランは違うな。成川さんは法的知識があっても人間を洞察する力はなかったからな」
「君にほめてもらってもうれしくないね。いいかげん本当のことを言ったらどうだ」
「しょうがないな。刑が少しでも軽くなるなら打ち明けますよ。奈津美が許せなかったのは確かです。あいつは俺よりレベルの低い人間を選んだ。俺を捨ててまでしてね。大学の同級生に寝取られるなら許せるけれど、デリヘルのドライバーなんてさ、どれだけ俺のプライドが傷つけられたか分かりますか?」
「まあ、君ならそう考えるだろうな。大学入試ならともかく、人間に偏差値なんてないんだぞ」
「それは間違いだな。奈津美はね、内村と知り合ったのがデリヘルですよ。体験入店なんてけがらわしいことをしたんだ。俺の彼女だった人間が、そんな汚れたことをしたのでは、俺までけがされてしまう」
「おかしくないかね。だって、君はデリヘルで知り合ったリコと仲良くなって、奈津美さんを殺させたわけだろう?」
「見方が甘いなあ。しょせん、現場命の刑事さんの考え方だね。俺がリコと本気で仲良くなったって思っているんですか? あいつはデリヘル嬢ですよ。そんなヤツを本気で好きになるわけがないじゃないですか。もっとも、俺の実の父親は何を狂ったのか、彼女に夢中になったけどね」
「何? どういうことだ?」
「まだ気づいていなかったんですか? かぐや姫の館のオーナーを殺した渡辺啓次郎は、俺の実の父親ですよ。三重県に住む母とはとっくに離婚しているけれど、俺のことは可愛いらしくて、東京に仕事に来るたびに会っていましたよ」
 安田は愕然とする。渡辺という苗字だけでは気づかなくて当然だろう。
「おれは母親の籍に入ったから分からなかったんですね。それでね、あのリコって女はとんでもないヤツで、俺の父さんをストーカーに仕立てやがった。前から仕返しする機会を狙っていたんだ」
「偶然にデリヘル嬢と客の関係で出会ったわけではないのか?」
「違いますよ。いずみっていう源氏名を父さんから聞いていた。小遣いをやるからいろいろ調べてくれってね。父さんが店のオーナーを殺した後に、あいつは行方をくらましたけれど、もしかしてと思って、いずみという源氏名で働いている女の子を見つけて指名した。そうしたら、リコがやってきた」
「復讐するチャンスだと思ったのか?」
「そうです。でも、あいつを殺したって、俺が犯罪者になるだけだ。だったら、うまくそそのかして奈津美を殺させればいいってね。一石二鳥じゃないですか。それこそ偏差値の高い計画ですよ。ただ、俺の計画をリコがボイスレコーダーに記録するとは思っていなかった。そこまで物覚えの悪いバカだとはね」
 安田は大きくため息をついた。本当はやめようかと思ったが、どうしても祐太郎に皮肉を言いたくなった。
「君がバカにしている内村さんだけどね。彼の本職がカメラマンだっていうのは知っているね。実はもともとメーカーのエンジニアで、奈津美さんと同じ千葉大学の工学部出身なんだよ」
「えっ?」
 祐太郎が固まる。しょせんドライバーだろうと見下していた人間が、実は奈津美と同窓だった。
 つまらないプライドのために、罪をおかしたことを後悔しても遅い。人生は皮肉な出来事の連続だ。流れに身を任せていても、あらがっていても、人間本来が持っている罪に面と向かわされる。

 大田区南馬込にある万福寺に内村の姿があった。夕闇がせまっており、カラスの鳴き声が閑静な住宅街にこだましている。
 内村は伊藤家の墓の前で手を合わせている。心の中で亡くなった伊藤今日子に話しかける。
『まさか君が俺の子どもを産んでいるとは思わなかった。なぜ、教えてくれなかったのかな。そうか、あの日、俺が帰ったら伝えたいことがあるって言っていたね。赤ちゃんができたって言うつもりだったのか。おれはあれから君の元へ帰らなかったから分からなかった。
 君の娘には偶然会えたよ。つまり俺の娘でもある。彼女は俺のせいで収監されることになった。警察の説明では、執行猶予こそつかないだろうが、情状酌量の余地があるから3年少しで社会復帰できるのではないかということだった。
 彼女は俺を憎んでいるだろうけど、何とか説得して、出所したら一緒に暮らそうと思っている。本気だ。君も俺を恨んでいるかもしれないが、天国から見守ってくれ』
 内村は奈津美からもらった財布を取り出す。小さな紙片を墓の方に差し出しながら、ふたたび伊藤今日子へ話しかける。
『これはね、俺と仲良くなって殺された女が残したメッセージなんだ。こう書いてある。
 リョータ、いつまでも一緒だよ。
 俺はね、奈津美が亡くなってから、これを見つけて読んで気づいたんだ。君もずっと、そう思っていたに違いないってね。遅すぎだよな』
 内村は立ち上がって墓に向かって一礼すると、坂道の途中に止めた車へ戻る。ハザードランプはつけたつもりだったが消えている。内村は首をひねりながらエンジンキーを回すが始動しない。
 どうやらバッテリーが上がってしまったようだ。考えてみればいつもハザードを点灯させていた。元々は緊急時に使うものを、違う目的で使い過ぎたのだ。
 もう一度、車の外に出て深呼吸する。いつのまにかカラスの鳴き声が消えている。ちゃんと巣に帰ったのだろう。
 水銀灯の光で自分の影がアスファルトに長く伸びる。その影を踏むようにして家路を急ぐ親子の姿がある。
 リコに手紙を書こう。心の底から誤れば許してくれるかもしれない。残りの人生は捨てた女たちのために使おうと内村は考えていた。
(了)
(初出:2014年04月24日)
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登録日:2014年04月24日 13時37分
タグ : デリヘル 親子

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