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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(6)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
深夜、刑事が部屋に訪れ事情聴取受ける内村。事件があったらしい。リコに寝室へ隠れているよう伝え、刑事達は出て行ったがピンチが迫る。
 おっとリコを忘れていた。どう考えても一緒にいるところを見られるのはまずいだろう。トイレから出てきたリコに早口で指示をする。
「何があったかわからないが、刑事が部屋にやってくるんだ。君は寝室にいてくれ。出てこなくていいからな……」
「うん」
 小さくうなずくと、リコは急ぎ足で寝室に向かった。すぐに玄関のチャイムが鳴る。ひと呼吸置いてから内村はドアを開けた。先頭に立っているのは自分に名刺を手渡した戸川刑事だった。
「すみませんね、内村さん。夜分に大勢でおしかけまして……」
 戸川の後ろに、白髪の目立つ年配の男性と、目つきの鋭い若い刑事が立っている。内村がどうぞと言う間もなく「失礼しますよ」とだけ発すると、どかどかと部屋の中になだれこんだ。こういう強引な態度は職業柄なのだろうか。しかも、気づけば勝手にソファに並んで座っている。内村は仕方なく、折り畳み式のイスを持ち出して3人の目の前に腰を下ろした。
「あのう……。どういった御用でしょうか?」
「あ、その前にご紹介しておきますね。私は生活安全課ですが、こちらの2人は捜査一課でして安田と成川と言います。私は風俗などの担当ですが、彼らはコロシの捜査が中心でして……」
「はあ……。だれかが殺されたということなんでしょうか?」
 戸川が説明しようとするのを制止して、年配の安田が話し始めた。
「かぐや姫の館のオーナーが殺されました」
「えっ……」
 内村は言葉を失う。そういえば、茜をピックアップして客先へ送り届けたとき、報告のための電話に出たのはオーナーではなく女性だった。それから後はすべて、彼女からの指示で動いていた。
「最後にオーナーと電話したのはいつですか?」
「ええっと……、確か19時過ぎだったと思います。一人目の女の子を家に送り届けて、茜ちゃんという娘を待機所でピックアップしてくれと言われたのが最後で、後は女性スタッフとしか話していません」
「なるほど……。ところで内村さん、21時頃はどこにいましたか?」
「茜ちゃんのお迎えは別のスタッフがやると指示があって、再び待機所で舞ちゃんという娘をピックアップして、品川のホテルに送り届けたのが21時頃だったと思います……」
 黙ってやりとりを聞いていた若い刑事が口を挟む。
「どなたか、あなたの行動を証明してくれる人はいますか?」
「女の子たちに聞いてくれれば……」
「いや、そうじゃなくて、たとえば、どこかの店に入ってコーヒーを飲んで時間をつぶしていたとか……。店の人はたいてい覚えていますから」
「そういうのはないですね。事務所からはハザードランプをつけたままで路上にいろと言われていましたから……。車を離れると、すぐに駐車違反の切符を切られるし、かといってコインパーキングを利用するのももったいないですから……」
 年配の刑事が優しい声で説明を加えた。
「まあ、ご想像の通りアリバイの確認なんですよ。でも、あなたに関しては、送迎のバイトを始めたばかりだと戸川から聞いておりますし、オーナーを狙うような理由がないから、念のためにうかがっていると思っていてください……」
 内村はごくりと唾を飲み込む。安心させるようなことを言いながらも、3人の刑事の目つきは明らかに容疑者を見るような光を放っている。すべてを疑うところから捜査は始まるのだろう。決して気分がいいものではないが、職業病だと思えば納得がいく。落ち着きを取り戻した内村は当日の行動をもう一度振り返った。
「思い出しました。品川のホテルに到着する前に、第一京浜の通り沿いにあるコンビニに寄りました。浜松町を過ぎたあたりです。そこで菓子パンとコーヒーを買いました」
「分かりました。確認しておきます」
「刑事さん、オーナーはどこで殺されたんですか?」
「六本木の裏通りで20時45分から21時15分の間だということが分かっています。まあ、あなたの言っているのが本当なら、ちょっと犯行は難しいですね……」
「ああ、良かった。疑われたくないですから……」
 年配の刑事が立ち上がる。戸川と成川に「さあ、帰ろう」とうながしている。3人を玄関先まで見送る。最後にドアを閉めるだけになって、再び安田が振り返って口を開いた。
「そうそう、いずみがどこへ行ったか知りませんか? あなたが送って行った後も部屋に戻った痕跡がないんですよ」
「さあ……、分かりません。事務所からは女の子と必要以上に仲良くするなと言われてますから……」
「そりゃそうだ……。では、夜遅くに失礼しました」
 バタンとドアが閉まってからも、内村は動けずにいた。いったんは落ち着いた心臓の鼓動が激しくなっている、いずみについて聞かれたときに汗が噴き出したのを感づかれてしまっただろうか。
 一方の刑事たちは、マンションの前で立ち話をしていた。
「まあ、間違いなくシロだろう。いずみのことも知らなくて当然だろうしな……」
「安さん、ひとつ気になったのは玄関にヒールの高い女物の靴がありましたよね」
「ああ、おそらく寝室にでもいたんじゃないかな……。奥さんはいないらしいから、彼女じゃないか……」
「まさかとは思いますが、いずみの靴って可能性はありませんかね?」
「ないだろう……。今日、初めてドライバーの仕事をしたばかりで、いきなり店の女の子をお持ち帰りできるほどプレイボーイには見えなかったしな」
「そうですね……。おや、安さん、これはもしかして……」
 成川がアスファルトにかがみ込んで目を凝らす。ジャケットの内ポケットから小さなLEDライトを取り出して地面を照らしている。その中央に黒い不定形のシミのようなものがあった。
「おい、成川……。そいつは……血痕だよな?」
「間違いないですね。鑑識を呼びますか?」
 安田は腕組みをしながら考えていた。いずみことリコに危機が迫ろうとしていた。
(つづく)
(初出:2014年01月07日)
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登録日:2014年01月07日 18時50分

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