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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(7)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
殺人事件に巻き込まれてしまった内村とリコ。何もしていないのだからと正直に警察に話をすることに決めた2人だったが……。
「念のため調べておくか……。万が一にもガイシャの血液だったりしたら、すぐに内村を拘束しよう」
 安田は頭をかきながら成川に説明すると、鑑識に携帯で連絡をした。しばらくは、ここを動けないことになる。
 一方、内村の部屋の中では、リコが心配そうな顔を見せていた。
「ねえ、リョータ。警察はまた来るかな?」
「いや、おれには疑わしいところがないし、もう来ないんじゃないかな。それより驚いたよ……。今日会ったばかりのオーナーが、殺されてしまうなんてさ。人生って何が起こるか分からないよな」
「私とも今日出会ったばかりだよ……」
「確かにね……。そういえば警察は君の行方を気にしていたな。待てよ……。もし、アリバイを聞かれたらどうするつもり?」
「正直に言う。ずっと、リョータの部屋で寝ていましたって……」
「そりゃあまずいな。君のことを知らないって答えてしまったよ。しかも、ずっと寝ていたなんてだれにも証明できないだろ?」
「じゃあ、騒ぎがおさまるまで、ここにこもっている」
「それも無理な話だな。他に容疑者がいなければ、警察はリコのことを必死になって探すはずだ。となると、最後に君といたのはおれになる。ここに警察がやってくることになるよ……」
「やだよ。私、何もやっていないよ……。さっき警察はもう来ないって言ったくせに……」
 それだけ言うとリコは内村の胸に顔を埋めて大声で泣き出した。いつのまにか内村のTシャツとルームパンツに着替えている。リコの涙は子どもの汗のような、少しすえた匂いがした。先ほどまで欲望に忠実だった内村の血流は落ち着き、彼女を抱こうという気持ちが失せていた。
「じゃあ、こうしよう。いまから警察に連絡を取って正直に話そう。第一、リコはここへ来る前にストーカーに襲われていたんだぜ。その証拠にケガもしているし、体格のいいオーナーを簡単に刺し殺せそるようには見えない。たぶん、大丈夫だと思うよ」
 リコは急に泣き止んだ。内村を見上げている。頬で止まっている彼女の涙を内村が親指で拭き取る。やはり、あまりいい匂いがしない。よく考えてみれば、こうやって女性の涙を間近で見るのは初めてかもしれない。映画では美しく描かれていても、現実は独特の匂いがするものなのか。性欲が否定されると、恋への発展もないことに気づく。考えてみれば内村は、深い関係になってから初めて、相手のことを好きになるタイプだった。恋に恋したことなど一度もなかった。
「リョータ、私のことを面倒くさい女だと思ったでしょ?」
「そんなことはないよ。こうやって二人でいるのも何かの縁だから、ちゃんと最後まで守ってあげるよ」
「ほんと? うれしい」
 再びリコが内村の胸で泣き始めた。先ほどではないものの、汗のような匂いがすることに閉口する。仕方ない。落ち着くまで抱いているしかない。
 そう言えば、あの同棲していた女も泣いたことがあった。ここまで近くで観察したわけではないが、安物のアクセサリーを奪い取って捨てたとき、信じられないぐらいの大声を出して泣いていた。涙の匂いがどうだったかは思い出せない。あきれて、すぐに寝てしまったからだろう。リコを抱きながら昔の女を思い出すのは、自分でも気づかない罪の意識のせいだった。
「さあ、そろそろ電話をさせてくれ。時間を置くと、何か隠蔽工作をしようとしていたと思われても嫌だからね……」
「うん」
 リコは素直に小さくうなずいた。顔は目を中心にむくんでいたが、形のいい唇に目を奪われる。内村は自分の唇を軟着陸させる。リコは「あっ」と小さな声を上げた。再び内村を欲望が支配しそうになるが、このまま二人の関係を先に進ませてしまったのでは事態は悪くなる一方だ。意思を強くしてリコから離れスマホを手に取った。ポケットから戸川の名刺を取り出して電話をする。
「はい、戸川……」
「あのう、先ほどの内村ですが、実はひとつウソを言ってしまって……」
「何だって?」
 思ったよりも怒気のある声に引いてしまう。だが、もう電話を切るわけにはいかない。
「実は寝室に、いずみがいるんです……」
「本当ですか? なら、いまからすぐに行きますよ……」
「はい、どれぐらいかかりますか?」
「まだ、マンションの下にいたので、本当にすぐですよ」
「えっ……」
 内村は言葉を失う。あれからかなりの時間が経っているはずだ。この階下で一体何をしていたというのだろう。嫌な予感に、また汗が噴き出す。いつのまにか電話は切れており、チャイムが鳴った。モニターには戸川ではなく、安田と成川の捜査一課コンビが並んで映っている。
「内村さん、早く開けてください」
 選択を誤っただろうか。刑事たちは結局、リコを拘束するのではないかとの予感がする。だが、逃げ道はない。解錠ボタンを押す。ふと見ると、リコはソファにちょこんと座り小さく震えている。
「心配するなよ。ありのままを話そう。だって、おれたちは何も悪いことなんてしてないんだからさ……」
 リコはうなずかなかった。ドアチャイムが鳴る。長い夜が始まった。
(つづく)
(初出:2014年01月14日)
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登録日:2014年01月14日 17時30分

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