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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(8)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
ウソをついた内村を無視して、2人の刑事はリコを連れ去ろうとしている。抱いたわけでもないリコを愛おしく思う内村だったが、どうすることもできない。連絡も取れなくなり……。
 安田と成川のコンビは、内村には目もくれず、リコの前に立ちはだかった。
「いずみさんというか、本名は伊藤理子さんだね。いろいろ、お話ししたいことがあるので署まで同行してもらえますか?」
「ちょっと待ってくださいよ……」
 たまらず内村が口を挟む。リコがいることを隠していたことの説明を自分に求めるどころか、2人の刑事はいきなり彼女を連れ去ろうとしている。あまりにも強引ではないか。彼女が犯人である可能性は、ほとんどないはずなのに、なぜそこまで警察は焦っているのだろう。
「内村さん、あなたが口出しをすることじゃない……」
 安田は面倒くさそうに答えた。隣で成川がうなずいている。
「でも、彼女はずっと、この部屋にいたと言っているんです。そもそも私のマンションに来たのも、ストーカーに襲われたからで、そういう事情とか何も尋ねずに連行するというのはひどくないですか?」
「内村さん、あなたは今日、伊藤理子と会ったばかりでしょ? 戸川から聞いていますよ。そこまで彼女をかばう理由が分からない。まあ、何らかのわけがあって、あなたの部屋にいたことは分かりました。あとは詳しい話を署で聞きますから……」
「逮捕状でもあるのですか?」
 一瞬、安田と成川は顔を見合わせた。少しの間があって今度は成川が説明した。
「任意同行です。ですから彼女にも来てもらえますかとお願いしている。無理矢理連れて行こうとは思っていません……」
 張りつめた空気が流れる。緊張を破ったのはリコだった。
「リョータ、大丈夫だよ。警察に行ってくる。だって、何も悪いことをしてないもん。今日はありがとう。全部、話が終わったら、こっちに顔を出すね。まだ、ストーカーがうろうろしていると困るから……」
「リコ……」
 もう引き留められなかった。内村は急にリコが愛おしくなっていた。まだ彼女を抱いたわけでもないのに、なぜ、恋に似た胸の苦しさを覚えるのか分からなかった。だが、ここで彼女と別れたら一生後悔をしそうな気がする。ここ数年の貧乏暮らしで、久しぶりに感じた女の温もりを失いたくなかったのか。いや違う。涙の匂いには嫌悪を覚えていたではないか。
 もしかすると小雨の中で捨て犬を見つけた気持ちに似ているのかもしれない。憐憫の情を禁じ得ず自分のものにしようとしている。愚かな考えだ。
 内村の心に迷いが生じたのを見透かしたかのように、安田はリコの手を取り「さあ、行こう」と立つように促した。こくんとリコはうなずく。2人に挟まれて玄関に向かう。最後に振り返って、精一杯の笑顔を見せた。
「じゃあ、すぐ戻ってくるから……」
 スローモーションで扉は閉まる。内村は立ち尽くしたまま何もできなかった。頭の中でシャッターを切る。いままで撮影した中で、この世には存在しない一番の傑作。リコの控えめで美しい笑顔。目をつぶって思い出していると涙があふれてくる。あわてて右手の人差し指で拭い、何の気はなしに匂いを確かめる。不思議なことにリコの涙と似ていた。
 眠れなかった。リコとの会話を全部、思い出そうとする。無駄だと思いながらも、リコから教わった携帯の番号にかけてみる。電源は入っていなかった。
 内村の予想は間違っていなかった。結局、リコは次の日も戻ってこなかった。たまらず、生活安全課の戸川刑事に電話をかけてみたが、「捜査一課のことは分からない」と取り付く島もなかった。被疑者の勾留は、先に適法な逮捕がされている場合にのみ認められるはずだ。帰ってこないということは逮捕されたと考えていいのだろうか。
 何もする気が起きない。デリヘルドライバーとして働いたギャラも取り損ねた。かぐや姫の館に電話をしてもコール音が鳴るだけで、だれも出ない。オーナーに代わって電話で指示を支持していた女性もつかまらない。コンビニと自宅を往復するだけで1週間が過ぎた。1日に何回も確かめたがリコの携帯の電源は切れたままだった。
 依然として、仕事の依頼はなかった。そろそろ、あまり出番のないストロボでも売らないことには、食べ物を買う金さえなくなる。リコが最後に見せた悲しい笑顔だけが心にこびりついていた。だが、いつまでもこうしていたのでは死んでしまう。
 ガソリン代がなくならないうちに、機材を売りに行こうと重い腰を上げた。マンションのエントランスを出ようしたとき、中年の男に話しかけられる。
「探しましたよ……」
 一体、だれだ。男の手に光るものを見つけたとき、記憶がよみがえる。リコを襲ったストーカーに違いない。
(つづく)
(初出:2014年01月20日)
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登録日:2014年01月20日 21時08分

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