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寺尾豊
著者:寺尾豊(てらおゆたか)
1958年東京生まれ。千葉大学工学部画像工学科卒。子供の時からの夢は作家だったが、文学部に進学することを父親に反対され理系の道へ。卒業後、結局エンジニアにはならず、文章を書く仕事につくため日経マグロウヒル社(現・日経BP社)に入社。日経パソコン、日経デザインなどの雑誌で記者や副編集長を務める。映像部に異動後も、日経ビジネスアソシエでエッセーを連載していた。2009年末に退社してからはフリーの映像制作者。
小説/現代

ハザードランプはつけたままで(9)

[連載 | 完結済 | 全33話] 目次へ
ストーカー男に脅される内村。リコに執心する男だが、内村もまた、リコに会いたくて仕方がないことに気付く。そうして内村がとった行動は……。
「お前は……」
 後ずさりをしながら内村は相手に話しかけた。刺されるかもしれない恐怖で声が震えてしまう。
「私のことを覚えていましたか? さすが、カメラマンさんだ。ドライバーのアルバイトなんてしなくても食べられそうなのにね……。あの後、彼女の家で待っていたけれど帰ってこなかった。きっと、あんたのマンションでかくまわれていると思って探しましたよ……」
「どうやって、俺の住まいが分かった?」
 内村は少しずつ落ち着きを取り戻す。すぐには刺されないだろうと判断した。堂々としていれば引き下がるかもしれない。
「簡単だよ。いずみを乗せて逃げた車のナンバーを覚えていたから。あとはネットで知りあった何でも屋さんにね、持ち主を割り出してもらった。結構、高くついたなあ……」
「ふっ……、だが残念ながら、いずみはおれのところにはいないぞ」
「そいつはおかしい。マンションにも実家にも友達の家にも彼女はいなかった。あとはあんたのところだけだよ。嘘をつかないほうがいい。俺は彼女に会えず、すごくイライラしているんだ……」
 再び緊張が高まる。エントランスは薄暗く、ストーカー男は通りを背にしているので、表通りの通行人からは何が起こっているかは見えないだろう。声を出して気づいてもらうことも考えたが、下手に興奮させるのはまずい。
「よく聞いてくれ。かぐや姫の館のオーナーは殺されて、あの日、彼女はおれのマンションから参考人として警察に連れて行かれたままなんだ。ずっと帰って来ない。嘘じゃない……」
 男はこちらを睨みつけると、大きく深呼吸をした。
「警察だって?」
「ああ、彼女の携帯に電話しても電源は切れたままだ」
「それは知っているよ。てっきり、お前にそそのかされて番号を変えたのかと思っていた……。どうやら、ここにいないのは本当らしいな。困った……。いずみに会えないと、おれはおかしくなる……」
 男はその場でうずくまった。走って逃げたほうがいいかと迷っていると、表通りから突然数人の男が登場した。内村は何が起きたか分からなかった。あっという間に3人がストーカー男を取り押さえ、スーツ姿の男が正面に立ちはだかる。見たことがある。そうだ。捜査一課の安田刑事だ。
「警察だ。渡辺啓次郎だな。有川弘俊殺人の疑いで逮捕する」
 ガチャリと音をさせて手錠がかけられる。刑事2人はストーカー男を無理矢理立たせた。
「ちっ、悪いのはオーナーだよ。こっちは客だぜ。それを馬鹿にしやがって……」
 悪態をつきながらも、素直に連れて行かれる。ぽかんとした顔をして立ちすくむ内村に、安田が話しかける。
「危ないところでしたね。こちらの到着が遅かったら、あなたも、かぐや姫の館のオーナーと同じ運命をたどっていたかもしれない……」
「彼が犯人なのですか?」
「ええ、間違いありません。六本木の殺人現場から走り去る渡辺の姿が監視カメラに記録されていました。我々はずっと探していたのですが、つい先ほど、麻布十番近くの監視カメラに彼が写っているとの連絡を受けて、もしかすると内村さんのところへ向かっているのではと思いましてね……」
「そうだったんですか……。ありがとうございます」
 内村は自分が殺されていたかもしれないと改めて認識して背筋が寒くなる。すぐに犯人の目星がついてたとするなら、リコはどうなったのだ。
「あのう……伊藤理子は……?」
「ああ、いずみという源氏名の女の子ね。確か、あの日の明け方には解放しましたよ。同じ店のあかねという子が、オーナーといずみとの間にトラブルがあると言っていたので、こちらも疑いを持ったのですが、すぐにあかねの話がでたらめだって分かり……」
 内村は安田の話をさえぎるようにして詰め寄った。
「おかしい。あれからリコは帰って来ないんですよ。てっきり、警察に留置されているのかと……」
「はあ……、その後のことは知りませんね……。疑いはすぐに晴れたわけですから」
「そうですか……」
 どうやらリコは自らの意志で姿を見せていないと分かり内村は愕然とした。この1週間、彼女を心配し続けた自分は何だったのか。マンションに戻ってきたら、機材を売った金で、おいしいものをリコにご馳走してやろうと考えていた。戻ってこないときは、罪を犯したことになるわけだから、彼女と会うのはあきらめようと思っていた。ところが、事実はどちらの予想とも違っていた。
 同時に内村の中に、彼女を強く思う気持ちが芽生えた。無視されたことが感情に大きな起伏をもたらせたのである。スケジュールさえ空いていれば、電話1本で呼び出せるデリヘル嬢として見下していたはずが、会いたくても会えないアイドルへと昇華してしまった。
「どうすれば会えるんだ……」
 独り言をつぶやきながら、コンビニに向かう。ATMで口座残高をチェックすると2000円と少ししかなかった。手持ちのクレジットカードのキャッシング枠は限度に近い。それどころか、来月頭には10万円近い引き落としがある。急いで機材を売りに行くしかない。だが、頭の中はリコでいっぱいになっている。
 あのストーカー男がもらした「いずみに会えないと、おれはおかしくなる……」が自分にも当てはまるようになるとは思ってもいなかった。何とか彼女を探す方法はないだろうか。
 そうだ。ネットだ。デリヘルのサイトを片っ端からあたって、彼女に似たプロフィール写真を探せばいい。多少の画像処理がしてあっても、カメラマンとしての経験を生かせば見つけられる自信がある。プロショップへ出かけるのを明日に延ばして、自宅に戻ってパソコンで検索することにした。深いぬかるみに足をつっこんだことに内村は気づいていなかった。
(つづく)
(初出:2014年01月27日)
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登録日:2014年01月27日 16時24分

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