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井原りり
著者:井原りり(いはらりり)

小説/現代

秘密のコントロール(1)

[連載 | 連載中 | 全3話] 目次へ
宇野がどういうオトコなのか、自分がどういう女になっていくのか。わからないまま、与えられた指示に忠実に従う。日常ではない「さかな」の時間。
宇野からのメールを携帯が受信した時は実家にいた。

「それでね、もうじきお盆なんだけど、今年はおとうさんの七回忌で……」

さっきから母親がなにやら相談ごとを持ちかけてくるのだが、満足に聞いてはいない。
お供え物は何がいいか? とか、お寺さんへの手土産はやっぱりデパートで買わないとだめだろうか? とか延々と繰り返される母の「相談」に付き合うのは苦痛だった。

左手に携帯を握り、親指だけをなにやら忙しそうに動かしているのを見て、いつのまにか母親は台所に引っ込んでいった。

ふう。


***

to:さかな
題名:課題
本文:更衣室やトイレではない場所で下着だけになること。
   そうして、わたしの名を呼びなさい。 
   できるかな?

***


ふう。

更衣室もトイレもだめ、か。
どこかの駐車場でクルマに乗ったままなら、できるかもしれない。

「ちょっと出かけてくる」
「あああ、明日からのお供え物がないのよ。何か、果物でも……、そうね、桃なんか、あったらでいいんだけど、買って来てちょうだい」

この母親は、自分はろくに食事もとらないでも平気でいられるくせに、仏壇に供える物のことになると、どうしてこうも熱心になれるのだろうか。

「あったらでいいんだけど」だと? 買わないで帰ってきたら、大げさに落胆するくせに……。

まったく、ひとのことはよくわからない。

スーパーやショッピングセンターの駐車場に行く気はさらさらなかった。
いや、まだそういう気分にはなれない、というべきか。

これがいわゆる【露出命令】というやつなのだろうが、まだ、こちらの気分がそんなに高揚していないのだ。

宇野がどういうオトコなのか、いまいち把握できていないことがまず第一。
第二には自分がどういう女になっていくのかが、てんでわからない。

だから安全圏というか、野外であっても他人の目にはふれないですむ場所を自分のアタマの中で検索してみる。
時間がない。
急いで。

あそこはどうだ?

橋を渡ってすぐ、複合型の書店の駐車場なら、わずかだが周囲から死角になる一画がある。
もう随分前、ノーマルな恋人がいた頃、コンビニで買ってきたアイスクリームを、そこでなめあったことを思い出した。
若い恋人がいるというだけで、そこいらの欲求不満の主婦連中とは大きな差がつけられたように思って得意になっていたころだ。

今は……。相手が若いというだけでは満足できない貪欲な自分がいる。
それは「性欲が強い」というのとは、少しニュアンスが違うと思うのは、自分は淫乱なだけじゃないんだという強がりなのかもしれないが。

運よく駐車場の一番すみにクルマをとめることが出来た。
エンジンを切る。

ふう。

なにやってんだろ>自分。

こんな課題、やってもやらなくても、宇野が管制塔から監視しているわけでもないのに……。
それでも、メールが入ると指示を忠実にこなそうとして、アタマがいっぱいになってしまう。
胸がわくわくしてきたりするのだ。
驚きだ。

「宇野さん。今から脱ぎますから、見てて、ちゃんと」

声に出してそういう。
あああ、留守電にしておいてもらえばよかった。
(つづく)
(初出:2000年08月)
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登録日:2010年06月27日 16時23分

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