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井原りり
著者:井原りり(いはらりり)

小説/現代

秘密のコントロール(3)

[連載 | 連載中 | 全3話] 目次へ
小さなあやまち一つで、何もかもがうまく行かない、挫折感。宇野には宇野の、さかなにはさかなの、生活がある。週末は退屈だ。
「またあ、玄関の鍵がかけてないじゃないの……」
母がぶつぶついいながらドアをロックしている。
「誰が入ってくるかわかんないんだよ。強盗にずかずか踏みこんで来られたら、逃げ場はないんだからね」

あああ、もっともだ、もっともだ。返すコトバはない。
うっかりしてたあたしが悪かったよ。
凶悪犯罪にいつ巻きこまれても不思議はないこの世の中だ。

そんな時代に、顔も知らない人にこころを奪われてしまったり、本名も知らない人の前で服を脱いでハダカになったり、気分次第では寝てしまったり、なんてことを嫁いだムスメがしているなどとは、ゆめゆめ、あなたはご存知ない。

いやいや、ご存知ないほうが幸福。
事実を知ったらきっとあなたはショックのあまり死にたくなってしまうだろうし……。
あたしがこうなってしまったことについては、あなたにはいささかも責任はないのだし……。


***


to:さかな
題名:注意
本文:週末の携帯にメールを寄越すのはいかがなものか。
   わたしの妻がどう思うかをよく考えてね。


***


to:宇野
題名:申し訳ありません
本文:あ。
   気付きませんでした。では、すまされませんね。
   最初の頃は日曜のメールにもお返事くださってたから……。
   構わないんだって思い込んでしまいましたが、常識で考えればおかしいですよね。


***


既婚者の週末に妻以外の女が闖入してよいわけがない。
それがたとえ、ポケットの中の機械に届く64文字のコトバだけであろうと。
そんなことは、わたしだってわきまえている。

なのに……。
最初のうち、少しだけやってしまう。
ありがちなあやまちの一つ。

あああ、こんなささいな失敗でも立ち上がれないような挫折に感じられる。

今日は、何をしても、きっとうまく行かないな。

玄関の鍵?
頼まれた買い物?
スカートの裾のほころび?
料理の味付け?

みんな、ダメダメ。

自宅にあるデスクトップは家族の共有だ。
自分一人のために自分で買ったノートPCの隠し場所として実家を選んだのだが、これでよかったのか。

最近、頻繁に実家にわたしが立ち寄るのは老母のためではなく、実はあやしげな世界との交信のためだと知ったら……。

いや、もう、きっと、そんなことはばれている。
あやしげな世界がどんなものかを知らないだけだ。
老母にすれば邪悪な変態の巣窟にすぎない、この場所。


***


週末のショッピングセンター。
遊具の置いてある広場で子どもを遊ばせながら、アタマの中で宇野のことを考えている。
宇野はわたしのことを考えているだろうか。

週末は退屈。


***


to:さかな
題名:空call
本文:夜、callするかもしれない。電話に出なくていい。
   バイブ着信にして、カラダにあてて感じること。
   妻としてるから、それをさかなに知らせるよ。

   想像して。
   さかなは後ろ手に縛られて、窓越しにそれを見てるんだ。

   おとなしくして待っていなさい。
   次はさかなの番だよ。


***


空callは一度もかかって来なかった。
(つづく)
(初出:2000年10月)
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登録日:2010年06月27日 16時25分

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