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浅川こうすけ
著者:浅川こうすけ(あさかわこうすけ)
猫が好き。毛がつやつやの黒猫が特に好き。自分で飼ってるわけではなくて人様の猫相手に猫じゃらしを振ったりしています。でも本心では、自分自身が猫じゃらしにじゃれつきたいのです。時間やしがらみを忘れて一心不乱にじゃれつきたいのです。猫じゃらしを振っているのが美しい奥方ならなお嬉しい。――と、こんなことを真顔でいう30代の未婚男子でございます。
小説/現代

みみずせんびき

[読切]
コレクターとは斯くありなん。鋭い嗅覚と執念で獲物を狙え、禁止されるほどに燃え上がるんだっ。てな心意気の坂本翼もとうとう監視者の罠に落ちた。逃れることはできるのか!? 戦え、翼! 後にどんな運命が待っていようとも……
 坂本翼の嗅覚は、タバコの匂いにはごまかされなかった。
 電信柱によりかかり、紫煙をくゆらせる男。その紺のスーツにつつまれた体から、危険な香りがにじみでて、鼻腔を刺激してくる。
 男の前をとおりすぎ、目についた路地をまがった翼は、ほっと息をつくと同時に肩を落とした。知らず緊張していたのだろう。
「さっきの男、何者だろう?」
 疑問がそのまま、口をついてでた。独り言のくせがついたのは、去年、大学に入学してひとり暮しをはじめてからだ。だれもいない部屋にむかって、「ただいま」といったのがはじまりだった。
「人待ち、かな」
 歩きながら、つぶやいた。男の足元に、吸殻がいくつも落ちていたのを思い出したのだ。
 ふいに、翼は足をとめた。
<自動販売機の店・龍ちゃん>
 と、ポップ体で書かれた看板の下であった。
 眼前に横並びで四台、自動販売機が肩をそろえていた。コンクリの塀で三方を囲まれ、まるでなにかから隠れているような按配である。もっと遠くからでも見えるようにしておくのが商売だろうが、この近辺は海からの風がきついので塩害対策でもあるのだろう。
 翼は乾いた唇をひとなめふたなめ、そのうちのひとつでミルクティーを買った。自動販売機のポケットから取りだした缶が、手のひらにじんわり熱を伝えてくる。
 プルタブをあけ、ひとくちふたくち、ようやく人心地がつけた。残りは一気にのみほし、翼は空き缶を捨てようとゴミ箱を探した。左端の自動販売機によりそうように、青い色のボックスがたたずんでいるのはすぐに発見できた。
「――なんだ?」
 と、疑問が口をついてでたのは、ゴミ箱の横に人ひとりが通れるスペースがあったからだ。コンクリの塀で囲うときに、寸法をまちがえたのだろうか?
「いや」
 と、翼はすぐに否定した。左端の自動販売機と背中あわせになるようにして、もう一台あることをめざとく見つけたからだ。奥にあるほうが、ほんのちょっぴり背が高かったので発見できたのであろうか。
 いや、違う。それはコレクターの嗅覚ゆえであった。
 翼は意味もなく左右をみまわしながら、自動販売機と塀のすきまに身をいれた。やはり、背中あわせにもう一台、赤いボディの自動販売機があった。
 さらにまわりこみ、隠れた自動販売機の正面に立つ。カラン、という音が足元でした。いままで握っていたミルクティーの缶が落ちたのだが、翼はまるで意にかいさず、瞠目したまま眼前の赤いボディを見つめていた。
 否、見つめていたのは自動販売機ではなく、そのなかに見本としておさめられている本の、そのタイトルであった。
「みみずせんびき」
 翼は声にしてタイトルを読みあげた。歓喜にふるえていた。
 俗にエロ本としょうされるものの一冊である。ミミズ千匹だと認定された女性器の写真を掲載している、マニアックな一品であった。
 世間のおば様たちに睨まれながらも、エロ本が書店に並んでいたよき日は、いったい何年前までの話であったろうか。少なくとも、五年前、エロ本狩りが本格的にはじまる前のことだ。新聞も読まなければニュースも見ない翼には、なぜそうなったのかはわからないが、なんでも首相の思いつきで決まってしまったらしいことだけは、噂で知っていた。
 翼はその首相を憎い――とは思わなかった。摘発されたエロ本が焼却され、以後の発行がなされなくなっても、腹は痛まなかった。元々、エロ本とは深く関係してなかったからだ。エロ本をさわったところで、紙の感触しかかえしてこない。本来必要なやわらかさやぬくもりは皆無だ。鼻を近づけても紙とインクの匂いが鼻腔を刺激するだけ。甘く脳髄をとろかす香りとは、ほど遠い。そんなものに、翼は価値を見出せなかった。
 しかしそれも、五年前までのこと。エロ本狩りが本格化したとき、翼のなかでスイッチがはいった。
 小学校三年生のとき、秋の遠足で近くの山まで行列で歩いたことがある。交差点で女の先生が、
「信号が赤になりましたよ、とまりなさい」
 といった次の瞬間、翼は横断歩道を疾駆していた。クラクションの音が天井音楽に聞こえた。あとで説教をたらふくごちそうになったが、胸をはって満足感にひたりきっていた。
 やめろといわれればやりたくなる。ようするに自分がそういう人間だと気づいたのは、つい最近のことだった。エロ本を読むなといわれれば、これはぜひ読まなければならない。
 そうして、坂本翼は、エロ本コレクターとなった。


「みみずせんびき」発見に、我知らず動揺していたのだろう。サイフをジャケットの内ポケットからとりだそうとして、翼は手をすべらせてしまった。サイフが地面にむかって直線をひく。そして、コンクリの地面に落ちる――ことはなかった。黒いビニール製のサイフは、同じく黒い色した革靴にふれるかふれないかの位置で、ゆらゆらとゆれていた。
 翼はなんら慌てず、なにもない空間をつかんだ。いや、よく目をこらせば、日の光を反射した細い糸が発見できるだろう。その極細の糸をたぐり、翼はみずからの手にサイフをつかんだ。たしかな重みが心地よい。
 坂本翼は、以前スリにあったことがあった。住んでいる学生アパートから、海鳴大学までは四駅だ。構内の自動販売機でジュースを買ったときに、茶色のサイフをジャケットの内ポケットにしまった。目的の駅について、なにか食べようとポケットに手をのばしたが、そこにサイフはなかった。以来、サイフに紐をとおして、首からぶらさえげていた。ただし、そんなことが友人に知れると恥ずかしいので、見えないように極細の釣り糸――テグスを使用しているのであったが、これが活躍したことはいまだない。
 見られると恥ずかしいという思いは、秘蔵のエロ本を収納するのに秘密の隠し場所をつくるほどであった。
 翼はサイフから百二十円をとりだし、硬貨の投入口を探した。
「あれ?」
 翼は困惑に眉をよせた。硬貨を咥えこむべきスリットが見あたらないのだ。上から下までなめるように見ても、それらしい個所がない。
「商売する気があるのか?」
 翼は側面にまわりこんで、そちらにもスリットがないかたしかめた。結果は落ちた肩が雄弁にものがたっていた。それでも負けずに、ゴミ箱をもってきてのぼり、自動販売機の天板に視線をすべらせた。
「ない」
 苦虫をかみつぶしたような顔で、翼はつぶやいた。
 だが、その瞳はまだ輝いていた。心のうちの炎よりも、なお激しく。その光を人はなんとよぶのか? 情熱か? 根性か? 執念? 否、負けん気であった。
 スリットがないということは、これは「買うな」という自動販売機の意思である。「買うな」といわれたのであれば、それは「買わなければならない」ということである。この負けん気があるからこそ、坂本翼はエロ本コレクターになったのだ。瞳が燃えあがるのも、至極当然。
 あと調べてないところというと、背面と底面のみ。
 坂本翼は瞠目した。
 慌てて左右をみわたす。いまのいままで気づかなかった。背面を調べようとすれば、自動販売機を動かさなければならず、それには十分なスペースが必要である。
 そしてここには――ブロック塀に囲まれたこの空間には、十二分なスペースが用意されているではないか。力士が相撲をとれるほどに。
「これはなにをあらわすのか、すなわち自動販売機を動かさなければならないということではないのか? それに……」
 よく見れば、表の自動販売機は足が固定されているが、このエロ本販売機は足が固定されていなかった。
「事実がすべて、自動販売機を動かせといっている」
 翼は機械を抱きかかえると、ずりずりとひっぱった。十センチほど進めてとめる。とりあえず、スリットがあるかどうか確かめるだけなのだから、これくらいで十分だ。
 すきまに顔をよせてみるが、影になってはっきり見えない。もうちょっとひっぱりだそうかと考えて、はたと気づいた。
 坂本翼は内ポケットから、にぶく光るライターをとりだし着火した。四センチほど火がのびる。そこらで売っている安物ではない。ちょっとやそっとの風では消えないという保証つきである。ほんとうなのかも、ちゃんと確かめた。着火したライタを川原に置き、一時間ほど眺めていたが、どれだけ風がふいても、火はかすかにゆらぐだけだった。
 翼はライターの火をすきまにさしこんだ。上から下と移動させ、スリットを探すがどうやら背面にもなさそうであった。
「底、か」
 つぶやいてから、翼はため息をついた。地面に膝をつくのがわずかにためらわれたが、「みみずせんびき」のためならそれもまたよしと、自動販売機の底面をのぞきこむ。
「ここも、暗くて見えないぞ」
 地面と自動販売機とのわずかなすきまは、人の腕がなんとかとおるほどであった。翼はライターをもった腕をさしこみ、自動販売機の底面を探った。
「どういうことだ?」
 翼は眉をひそめた。底面にも、硬貨をいれるべきスリットはなかったのである。それもそのはず。落ちついて考えれば、底面にスリットがあっては硬貨を投入しても、自動販売機のなかに落ちていくわけがない。地球には重力があるのだ。
 立ちあがった翼は、うつむいて肩を震わせた。
 カチリと、どこかで固い音がした。
「ヒッ、ヒッ」
 しゃくりあげるような声も、低くおさえられていた。この場に、もし母性本能にみちあふれた奇特な女性がいたとしたら、翼の頭を胸にいだき、髪をすいて「大丈夫よ」となぐさめていたことだろう。
 そして、その女性は、次の瞬間には自分の勘違いに気づいたであろう。
「ヒッヒッヒッ。ヒャーハッハッハッハッハ」
 翼はうつむいていた顔をあげ、青空にむかって大口をあけた。笑いが奔流となって天へと吹きあがる。
「ハッハッハッハッハ。笑ってしまう、自分をね。スリットを探した、自分がおかしい。なかったんだ。はじめから、そんなものは。なら、どうやってみみずせんびきを手にいれる? こうするしかないだろう!」
 翼は腰を落とし、自動販売機とがっぷりよっつに組んだ。鼻息も荒く、足をふんばる。グラリ、と自動販売機がかたむいたのは、執念からくる怪力ゆえであった。
「なかの本を取りだすには、壊すしかない!」
 凄い音をさせて、自動販売機が倒れた。
 瞬間、翼の眼前をなにかがおおいかぶさった。紙とインクの匂いが鼻についた。慌てて手ではらう。眼前に展開されている光景に、思わず息をのんでしまった。
 倒れた自動販売機がまっぷたつにわかれ、そこから「みみずせんびき」が噴きだしているではないか。公園の噴水のようであり、真夏の花火のようでもあった。
 だが、本の花火もあたたくまに終焉をむかえた。何十冊と重なった本の山だけがあとに残る。
「壊れ、たのか?」
 眼前の本の山から、何冊かを手にとり、翼はだれにともなくつぶやいた。
「そう、壊れたのだよ」
 まさか、答えが返ってこようとは!
 はっとしてふりむいた翼の鼻を、紫煙の香りが刺激してきた。いや、違う。これは喫煙者の服にしみつく特有の匂いであった。目の前にあらわれた人物は、さきほどすれ違った紺色スーツの男であった。
「あそこで、コレクターらしい人物がくるのを待っていた。すれ違ったあとから、ずっときみを見ていたよ、クク」
「まさか、監視者」
 翼は愕然とつぶやいた。監視者という名称を。危険と判断されたエロ本を見つけ、製造売買する者を見つけ捕らえる。それを生業とする者の名称を。
「そのとおり」
 男――監視者が表情をかえずに、
「クク、エロ本を買う行為はそれほどの罪にはならない。だが、エロ本を手にいれるために、自動販売機を壊すような輩は重罪になるぞ、クク」
「なに!?」
 翼はチラリと背後の自動販売機を見た。たしかに倒したのは自分だが、それだけで金属の箱がまっぷたつにさけるわけがない。これは罠であったのだ。
 監視者が一歩近づいてきた。
 翼は足をたたみ、一瞬後にのばした。
 まうしろに跳ぶ。
 自動販売機のうえに着地できたのは、チラリと見たときの目測がたしかであったからだ。
 監視者の口が、ほう、という形に動いたのを見たのは、再度うしろに跳んだ直後だった。
 本の山と自動販売機をはさんで、翼と監視者は対峙した。
 お互いの必殺の気がぶつかり、自動販売機の上で見えない火花をちらした。
 監視者が跳んだ。
 翼は瞠目した。
 監視者が自動販売機を跳びこえて眼前に着地したからだ。
 うしろむきとはいえ、自分が二回跳んだ距離をだ。
 監視者が不敵な笑みを浮かべた。
「クク、悪書は排除しなければならない。しかし、それには理由が存在しなければならない。みみずせんびきを読もうという人間が、なにをするかわかない人間であると証明できれば、クク、みみずせんびきを排除しやすいというものよ」
「な……」
「たとえば、エロ本を読みたいがために自動販売機を壊すような、そんな人物が読者にいる。クク、たったそれだけの、子供の理屈みたいな理由でもいいのだよ、みみずせんびきを排除するのにはな」
 やられた、と翼は心のうちで慟哭した。自分は利用されようとしていると。ここで捕らえられることで、みみずせんびきが排除されてしまう。それでは、ほかのコレクターたちに申し訳がたたない。
 そうはいくか、と翼は内心で叫んだ。
 同時に、監視者の顔面へむかって右手を突きだした。
 丸めた「みみずせんびき」をにぎりしめて。
 丸めた本で突けば、紙であるというイメージをくつがえすほどダメージをあたえられる。
 しかも、リーチがのびる。
 翼の腕が空気を灼いて走り――手応えなく空を突いた。
 刹那、腹にズシリと衝撃がうまった。
「グッ」
 と、うめき、翼はその場に両膝をついた。
「さらに、この男」
 監視者の笑いをふくんだ声が後頭部に落ちてきたが、翼は地面にむかって苦鳴をこぼすしかできなかった。
「クク、監視者に危害をくわえようとした。これは決定的だな」
「うう……」
 翼はうずくまったまま、上目づかいで監視者を睨んだ。
「クク、わたしに手をあげようとしたことをさらに後悔させてやる」
 監視者が腰をまわし、右足をうしろにひいた。
 蹴るつもりだ。
 なんとかかわそうと、翼は痛みをこらえながら体を動かそうとした。
「クク、無駄だな。くらえ!」
 ためられたバネから、右足が放たれる。
 翼はかわせる体勢になっていなかった。体を固くして身構えるしかない。
 ぎゅっと目をつむって、衝撃がくるのに備えたが、しかしいっかな激痛に襲われない。
 恐々、目をひらいてみると、監視者が足をおろし、顔をななめに上方にむけていた。
「どこかで火事でもおこったか、クク」
 いわれて気づいた。サイレンの音が、耳を打っていたことに。そんなことにも気づかぬほど緊張し、冷静さを欠いていたということか。こんなトラブルにみまわれたときこそ、頭を冷やさなければならないというのに。
「けっこう近いかな、クク。なにか焦げたような匂いがしている」
 監視者の視線がこちらに戻ってきた。
「ちょっぴり時間を無駄にしたが、今度こそ貴様を……」
 監視者が唇の端をクイとあげた。
「クク、ぎたんぎたんのぐっちゃぐちゃにしてやるぜ、クク」
 といったのは、監視者ではない。
 翼はうずくまったまま、にんまりと唇をゆがめた。
「監視者、お前ずっとオレを見てたんだよな。だったら、どこにいったか見てたんじゃないか?」
「――なんの話をしている?」
 監視者が狐につままれたような顔をしていた。
「なにが『どこに』いったというんだ?」
「クク、消防車のおかげだな」
 翼は監視者のまねをして、唇のはしをつりあげて笑った。きっと最高に腹のたつ笑いかただと思う。いままでその笑いにさらされていたのだから、だれよりもよくわかるのだ。
「あのサイレンの音で、冷静になれた、クク。くわえていえば、お前に腹を殴られたのもよかった。うずくまっているとよく見える場合もあるんだよ、クク、地面に転がっているものとか、よく見える」
「なんの話だ!?」
「オレもいまのいままでわすれていた『モノ』の話さ、クク。自動販売機の底を調べるときに、オレはなにを持っていた? 立ちあがったときに落として、クク、いまのいままで忘れていたもの」
「ライターか!」
 なにかに気づいた監視者がふりむいた。さきほどよりも、焼ける匂いがはっきりしたせいかもしれない。
 監視者が後退った。
 彼のむこうがわでは、自動販売機を囲うように積もっていた「みみずせんびき」から、白煙と赤い炎が幽鬼のように立ちのぼっていた。
 じきに全部燃えてしまうだろう、もったいない気もしたが、これで捕まっても「みみずせんびき」が排除されることはない。自動販売機を壊しただけで、「みみずせんびき」が関与したという証拠はないのだから。これで、他のコレクターに迷惑をかけることもなくなった。もっとも、捕まる気もなかった。
 翼は手に持つテグスをさらにひいた。
 燃える「みみずせんびき」の山のなかから、炎を吹きだすライターがすべりでてきた。
 地面に落ちていたライターをこうやってテグスでひいて、「みみずせんびき」の山まで誘導したのであった。
 安物のライターではないのだ。スリにとられるわけにはいかない。サイフと同じに、テグスをむすびつけていたのが、こんなところで役にたった。
 翼はさらにテグスをひいて、ライターをすべりよせた。
 愕然としたままの監視者の足元まで誘導する。
「ほんと、消防車に感謝しなければな。あのサイレンが鳴っていなければ、こうはならなかった」
 ぼんやりしていた観察者が、突然跳びあがった。ライターの火が、ズボンの裾に燃えうつったからだ。
「あつ、あつ、あつ」
「クク、踊れ、踊れ、踊れ」
 翼、ゆらり立ちあがった。服の下から「みみずせんびき」を一冊取りだし、丸める。
 丸めた本で突けば、紙であるというイメージをくつがえすほどダメージをあたえられる。
 しかも、リーチがのびる。
 翼の腕が空気を裂いてのび――たしかな手応えが腕を伝わって体を震わせた。
 顔面の真中をまるくへこませた監視者が、大の字であおむけにたおれた。
「大サービスで、火は消してやるぜ、クク」
 翼はズボンのファスナーをあけると、ナニをとりだして放水をはじめた。監視者の足元で水のはねる音がする。
 事が終わると、翼はナニをしまってライターをひろった。
 燃えあがる「みみずぜんびき」を横目に、その場をあとにする。
 もったいないとは思わなかった。服の下には、二冊の「みみずせんびき」があるのだ。
 自動販売機から「みみずせんびき」が吹きあがったあと、翼は数冊だけ手にとっていた。カバンの類はなかったのだ。まさか、こんな本を裸で持ち歩くほど、度胸もなければふっきれてもいない。すぐに、服の下に隠した。直後、監視者に声をかけられたのであった。
 翼は家路を急ぎながら、服のうえから「みみずせんびき」をなでた。監視者に一発くらったときに、この本がガードしてくれていなかったら、ダメージはもっと深刻だったろう。消防車のサイレンが聞こえなくなっても、まだ苦痛にうめくくらいには。
「フフ」
 翼は知らず笑みを浮かべた。「みみずせんびき」を自分のコレクションに加えることが、楽しみでしかたないのだ。苦労して手にいれた一品だけあって、感激もひとしおだろう。
 あの角をまがれば、もうマンションが見えてくる。
 翼はにやにや笑いながら、角をまがった。
 そして、目を見開いた。眼球がこぼれ落ちそうなほど。
「あのときの消防車のサイレン、まさか……」
 マンションのあったはずのそこには、黒く焼け焦げた柱が数本、天にむかって尖っているだけだった。
(了)
(初出:1999年09月)
登録日:2010年06月14日 23時08分
タグ : エロ本

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