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井原りり
著者:井原りり(いはらりり)

小説/現代

風変わりな聖夜

[読切]
姪である高校2年生の久美が、古本屋“おたからや”でバイトをするという。ネットの知り合いが実は近所に住んでいたっておかしくない。“おたからや”の店長がそうだった。こういう写真集好きだろ、と彼が見せた本は「死体と緊縛と奇形」だった。
「きーちゃん。今日、面接受けてきた」
いかにも晩秋という冷えた空気の漂う夕方、いつもより早く仕事が終ったので、book offで立ち読みしていたら、いつのまにあらわれたのか、隣に姪の久美が立っていた。

「きーちゃん」ねえ。久しぶりにそう呼ばれた。
絹代だから、「きーちゃん」。それだけ。
もう誰もわたしのことを「きーちゃん」とは呼ばない。いまだにそう呼ぶのは出戻った姉とその娘の久美だけだ。

「面接って何の? まだ就職決める時期じゃないでしょ?」
「うん。ただのバイトだよ。まだ高校2年だしぃ。当分ガッコやめる気ってないしぃ」
「で、なにやんの?」
「古本屋」
「わお。ここ?」
「違うよ。市場町の”おたからや”」
「ふうん。じゃ、がんばって」
「それだけ?」
「他に何か言えってか? 言わないよ」

背の高い娘だ。えらそうにあたしを見下ろしてモノをいう。
なんだか、また身長が伸びたような気がする。この寒いのに短い制服のスカートからにょきっと脚を出している。その眩しさから眼をそむける自分がちょっと情けなくもある。
あああ、それにしてもこんなところで身内にあうなんて、今日はきっとろくなことがないだろう。

姉は二十歳で久美を産んで、25の時にはもう実家に出戻ってきた。
あたしは姉より6つ年下で、もう30になろうというのに、結婚する気配もなく一人で気ままに生きている。そんなあたしのことを姉と久美がバカにしていることもよく知っている。
姉に云わせれば、子持ちでバツイチだということは一度は結婚もしたし子どもも産んだということだから、一人前の女の証明になるが、あんたは何よ。いつまでたってもオンナじゃないわね、というわけだ。 
あたしは姉や久美とは違う種類の、それでもちゃんとオンナなんだって云ってやりたいが、まともに取り合うとろくなことにならない。同じ空気を吸うことさえいやだ。姉を見ていると誰が結婚なんか、と思ってしまう。

今度は久美が古本屋でアルバイト?
へ、冗談じゃないわ。こんな中身のない空っぽムスメが……。
しかも、よりによって「市場町の”おたからや”」!
zooの店だなんて……。

でも、zooの店だったら、おもしろいことになるな。
zooが久美をどんなふうに扱うのか、とても興味がある。食っちゃって、ぼろぼろにしてやって、ポイって捨ててくれたら気持ちがいい。

もうずっと前から、zooのことは知っている。
違うな。
知っているのはzooというハンドルとそのカラダだけだ。わたしがよく行くチャットの常連のzoo。
いつだったか、ふとしたことからおたがいが同じ市内に住んでいることがわかってしまった。

こんなに大勢の人が、ネットに上がってきているのだから、中に一人くらい近所の住民がいても不思議はない。
古本屋の店長をしていると言っていたが、それが”おたからや”だとわかった時はびっくりした。
おいおいマジかよ? ってな感じだ。

市場町の”おたからや”には開店当時からよく行っていた。
book offのような巨大な郊外型古書店チェーンとは違うから、アルバイトの若い店員はあまり使っていない。最初はいかにも古本屋のおやじという風体の老人が店番をしていたのだが、半年くらい前にわたしより少し若いくらいのあんちゃんが主人然というでかい態度で店にいたからびっくりした。

ついこないだまでカウンターの奥には本の山とちょっと前のキャラクターものの紙箱の山しかなかったのに、あんちゃんはパソコン一式を持ち込んで急にハイテクモード入っちゃってるかなあーみたいなセコハンブックストア化したのだ。
ちょっとよそにはないような変わった雑貨や、最近の子ども向けのゲームソフトのコーナーも出来ていたし、美術書や写真集の棚が急に拡充したのに気がつかないわたしではない。

その日のことはよく覚えている。
わたしがレジの前に2,3冊の写真集を持って立つと、パソコンに向かっていたあんちゃんはあわててスタートボタンを押してスタンバイ状態にしようとした。
見覚えのあるログの画面がぴっしゅーっと音を立てて消えていこうとしている。

「zooさん?」
とわたしが言う。
わたしの視線をまっすぐに受けながら
「silk?」
と彼は言った。
「そう。だけど、なんでわかったの?」
「silkだって、なんでオレだってわかったんだよ?」
「お互い様じゃない」
「そうだね。同じ匂いがしたんだろ?」
「うん。確かに」
「そっか。ついに出会ってしまいましたか。silkさん」
「近くにいることはわかってたけど、そっか、ここだったんだね」

ネットに上がればわたしはもう完全に「きーちゃん」とは縁が切れる。
そうして自分でつけた「silk」というハンドルを名乗る。「きーちゃん」とはまったくの別人、もう一人のあたし。
あ、でも面と向かって「silk」って呼ばれるとこんなに恥ずかしいとは……。
うかつだった。
目で見るログ画面の中でなら「silkさん」とか「silkちゃん」とか呼びかけられてもなんとも思わなかったのに実際に耳に聞こえる声でそう呼ばれてみると、これはもう恥ずかしいなんてもんじゃない。
なんとか善後策を講じよう。
 
かといってzooに本名を明かすつもりはない。親のつけた名前なんか嫌いだ。
ベッドで「絹代」と呼ばれても感じたことがない。
もうなんだか「silk」でいたほうが気持ちがいいし、なじんでしまったみたいだ。
ちょっと安直につけすぎたかも? 本名が「絹代」だからハンドルが「silk」だなんてzooにばれたら笑われる。

「silk。時間ある?」とzooは云うとあたしをカウンターの中に招き入れた。
すすめられた丸い木の椅子にあたしが座ると、zooはキャンベルスープ缶の柄のマグカップに昆布茶の粉末を入れ、空気圧式ではない古い型のポットでお湯をそそいだ。

ずずっと昆布茶をすすると、見慣れた店内を逆方向から眺めている自分の位置がなんだか不思議だった。
「なんか、ヘン」
「なにが?」
「ここに、zooと二人でいるってことが」
「別にヘンじゃないよ、毎晩チャットでしゃべってるんだし……」
「それにさ、silkってログの画面で見るのにはもう慣れたけど、リアルで呼ばれたことがないもん。すごく恥ずかしい」
「ん? オフとか出ないの?」
「出ないよ。まだネットで知り合った人にリアルであったことなんてない」
「そっか。オレは慣れたよ」
「zooさんって呼ばれても?」
「うん。silkもそのうち慣れるよ」

ほんとに慣れるんだろうか。
なんで、silkってハンドルなの? って聞かれたらどう答えようか。

「silkって、こういう写真集好きなんだろ?」
あああ、よりによって今日のあたしはとんでもないものを、わざわざzooの前にさらしてしまっていた。
死体と緊縛と奇形。
「そのうちに、あんたが来ると思って並べておいたんだ。やっぱり買ったね」
「罠の前の餌?」
「ふ」
「カウンターの中じゃ落ち着かない。別の場所で話したいな」
「わかった。閉店時間は知ってるね。5分前においで」
「らじゃ」

あたしはいったん自分の部屋に戻り、軽く食事をしてからパソコンに向かった。
とりあえず、これからどうなるんだろう。
ご挨拶がわりに一度くらいするだろうな。
メールチェック。3通。めるまがばかり、収穫なし。
さて、21:30。閉店5分前まであと25分。夜の10時に閉店していたのではbook offには到底対抗できない。

着替え。
脱ぎやすい服を着ていったのでは、まるで「食べてください」だよなー、と思いながらも背中のジッパーを下ろすだけで全裸になれる格好で家を出てしまう。この服を着ておいでってzooが云ってるように思えたから、いいんだ。

「夜中までやろうとは思わないの?」
「そうだねえ。バイトが見つかればね……」
「どこに行くの?」
「おれんち」
「なにすんの?」
「なにもしない」
「好きにしていいのに」
「なんで?」
「同じ匂いがするから」
「ふ」
「あたしを縛って……」
「今日はまだだ」

その夜、zooはほんとに何もしなかった。あたしをはだかに剥いた以外のことは……。
zooの家のリビングには、ちゃんと1m四方くらいの鉄の檻があった。
「だからzooなんだね」
とわたしが聞くと
「だからzooなんだよ」
と云いながら彼はわたしを後ろから抱いて、じじじーっとジッパーを下ろした。
「ここに、入りたいんでしょ? この檻の中に……」
にっこり笑ってそういわれたら、こちらも笑って応えるしかない。
冷たい鉄の檻の中はなんだか不思議な場所だった。あたしは膝をかかえて体操座りをした。zooは何もいわないで、黙ってテレビを見ていた。
そのうちに眠くなって、あたしは檻にもたれて眠ってしまい、そのうちに朝が来た。
そのうちに、時々あたしはzooの家に行っては飼い犬のように扱われるようになった。
「どうしてあたしを罠でつかまえたの?」
「オレに飼われたくなかった?」
「飼われたかった」
「silkと同じチャットに出入りするようになって半年だろう。それだけの時間があればたいていのことはわかってくるさ。オレも、おまえが飼いたかった」
「ふうん、そうか。そういうもんなのか」

今でもまだ、あたしたちはzooとsilkのままでいる。
いつのまにかあたしの耳も慣れてきて、「silk」という音が耳に聞こえてきたら、それはzooがわたしを呼んでいるんだと認識できるようになってきた。

zooのことをもっと詳しく知りたいと思わないわけじゃない。家の中を少し探せば彼の名前の書かれた郵便物もあるだろうし……。
ただ、お互いにからだの奥まで入り込んでからみあったのに、名前だけは依然として知らないまま……という、この関係がとってもおもしろい。

zooはsilkであるわたししか知らない。
わたしもzooがいつまでもzooでいるから、彼に飼われているようなものだ。
これから久美がzooの店で働くようになったら、どういう関係になるんだろう、わたしたちは。
想像力のない久美にはバイト先の店長の自宅に自分の叔母が飼われているなんて思いもよらないだろうし……。

恋人同士だったら名前や家庭環境くらいは知っていなくちゃヘン?
だったら、わたしとzooの関係っていったい何?

「きーちゃん」を知らないzooが「きーちゃん」しか知らない久美と接触する。わたしの知らない当たり前の名前でzooは久美に自己紹介するんだろうな。
鈴木?
小林? 
田中? 
なんかヘン。
誰よ? って感じだ。

「あたし、もうお店には行かない」
久美にあった夜、オープンチャットで会話しながらzooにはICQで話しかけた。
「なんで?」
すぐに返事がかえってきた。
「バイト入れるんだって?」
「うん。でも何か関係あるのか」
「あたしの姪なんだ」
「うへ。そうなんだ。あの背の高い子だろ?」
「そう」
「いいじゃん、別に」
「嫌いなんだ。あの子もあの子の母親も」
「オレと知り合いだってのは、まだ知らないんだろ?」
「そんなこと、いえないよ」
「リアルとバーチャルが交差しておもしろくなるさ」
「でも、店には行かないからね」

「それはそうと、silk。今度おまえをクリスマスツリーにするから」
「どうするの?」
「ハダカにしたsilkをね、縛り上げて電球で飾るよ」
「”おたからや”そちも相当のワルよのう。ふぉっふぉっふぉっ」
これが笑わずにいられるだろうか。

わたしにはその光景がはっきりと見えた。
たぶんzooはあたしで作ったクリスマスツリーを久美にも見せるのだろう。
檻のまわりはきれいにろうそくが並べられて、ゆらゆらと炎が揺れている。檻の中に全裸でうずくまるあたし。小さな電球があたしのカラダの上で点滅する。
zooに誘われるまま、のこのことついてきた久美はそれを見て唖然とする。

あたしはやっとこの町を出る正当な理由を見つけられる。
(了)
(初出:2000年12月)
登録日:2010年06月27日 16時27分

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