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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/現代

園生に咲く花(1)

[連載 | 完結済 | 全7話] 目次へ
わずか三畳の部室で真面目にエロ本を読む文芸部のふたりと、部室のストーブ目当てに入り浸る小紅。センター試験でE判定をもらい落ち込む小紅は、部員である、小紅の姉に恋する七樹と十七歳にしてOLに貢がせる色男、隆也にからかわれつつ進路に迷っていた。姉と違い、がさつな自分をもてあます小紅の行く先はどっちだ!?
   1

「Eってのはエラーのことじゃないよな?」
 軽口を叩いてのぞき込む七樹を、私はにらみ返した。その眼光の鋭さにたじろいだのか、七樹は思わず後ずさった。わずか三畳の狭い部室に険悪な空気が立ち込める。それをにわかに破裂させたのは、隆也の次の一言だった。
「Eもエラーも大して変わらないでしょう。どのみち判定不可能ってことなんですから」
 その瞬間、室内に絶叫が響き渡った。
「いい加減にしろ! 人が不幸のどん底にいるのに、慰めの言葉一つもないのか!?」
 一気に叫び、私はゼエゼエと肩で息をした。部室の澱んだ空気を必要以上に吸いたくはないのだが、そうも言っていられない。
「何だ、慰めてほしかったのか? よしよし、かわいそうに」
 わざとらしく声色を変えて頭を撫でてくる七樹の手を、私は力任せにひっぱたく。
「気色の悪いことをするな!」
「何だよ、暴力女。判定結果が悪かったからって俺に当たるな。悪いのはセンターで失敗した奴だろ。失敗したのはおまえだ。ゆえにおまえが悪い」
「……わかってるよ、そんなことは」
 三段論法でびしりと痛いところを突かれ、私はうめいた。
 私こと葛城小紅は先日、センター試験を受けた。受けた直後、絶望した。それほど試験のできは悪かった。そうして暗澹たる思いで自己採点を終え、志望大学の合否を判定したところ――見事にE、E、E、Eの嵐。
 E判定とは合格率二Oパーセント以下のことだ。希望を持つだけムダというのが判定マシンのお告げらしい。エラーの間違いではないかと目を疑いたくなるのはこっちの方だ。
「そうです、小紅さん。わめき散らすのは時間の無駄だし、喉を痛めるだけですよ」
 またも横から涼しい声が割って入る。私は隆也の読んでいる本を腹いせに取り上げた。
「何をするんですか。読書の邪魔をしないでください」
「うるさい! 人の横で涼しい顔してエロ小説なんか読んでるな!」
「じゃあニヤニヤしながら読めというんですか。そんな変態みたいな真似が僕にできるわけないでしょう。第一、格好悪い」
「口答えするなあっ!」
 私が一喝すると隆也は黙った。しかし、それは私に言い負かされたからではなく、単にこれ以上騒がれるのが嫌で閉口しただけなのだ。こういうところが実に憎たらしい。
 隆也は蝋人形かと思うほど色白で整った顔立ちをしているくせに、口を開くとこのありさまだ。外見と中身のギャップに呆れるばかりだが、こいつは同級生や教師の前では巨大な猫をかぶっているため、その正体を知る者は少ない。だから私が実態をばらしたところで、誰も信じてはくれないだろう。
「まったく、何が文芸部だよ。活動といえばせいぜいエロ小説をあさるくらいのくせに」
 私は狭い部室を見回して盛大に溜息をついた。わずか三畳の空間には、所狭しと本が積み上げられている。そのほとんどが成年雑誌や官能小説の類だ。地層の下のほうには文学全集のようなものが敷かれているが、それは何十年も前の部員の置きみやげだろう。今の文芸部は腐れに腐れきっている。
「部外者は黙ってろよ。顧問の認可は下りてんだから。おまえこそ部員でもないのに部室のストーブに当たりに来てるだけだろうが」
 閉口した隆也の代わりに、今度は七樹が口を出す。だが、今度ばかりは本当のことなので、私は無視することに決めた。
 思えば私と七樹の出会いは最悪だった。それなのにどういうわけか現在、私は七樹の所属する文芸部の部室に入り浸っている。その大きな理由は、ソファにストーブがあって、授業をさぼって漫画を読みふけるには最適の場所だから、ということだろう。
 一つ下の隆也と知り合ったのも、この部室だった。今では他の部員があまり利用しないらしく――というより、私たちが占領しているためだろうが――私、七樹、隆也の三人がいつもこの部室で雁首を並べている。
「仕方ないじゃないか。教室に行ってもセンター終わって誰も来ないし、図書館は人でいっぱいだし」
 センター試験終了後、三年生は自由登校になる。本当は学校に来る必要もないのだが、家にいるのは気詰まりなので、つい部室に足を運んでしまう。判定結果を見せろとしつこく迫られることを予想しつつも。
「なるほど。それで人恋しくなってここに来たってわけか。慰めてもらいに」
「あんたらには慰めてもらわないよ、もう」
「強がっちゃって、まあ。隆也、本なんかあさってないで、おまえも小紅を慰めてやれよ」
 取り上げられた本の代わりを発掘していた隆也が、面倒臭げに振り返る。
「僕は無料奉仕しない主義なんです」
 軽く言い放し、さらに一言付け加える。
「それに小紅さんは僕の範疇じゃありません」
 私はもう叫ぶのをやめた。いくら怒鳴りつけたところで、どうせ無駄だ。
 隆也というのは天性のヒモ男で、付き合う女性はみな収入のある社会人ばかりなのだ。今の十何人めかの彼女もやはりOLで、これまたずいぶんと貢がせているらしい。若干十七歳とも思えない経歴を持つ隆也だが、不思議とこれまで、もつれることなくすんなり別れているのだそうだ。だから「いつか刺されるぞ」という警句はまったく意味をなさない。どこまでも可愛げのない奴だ。
「そうだよなあ。小百合さんならともかく、こいつじゃなあ。ぎゃあぎゃあ騒がれたら慰めてやる気力も失せるよなあ」
「初めっから慰める気なんかないくせに」
「だっておまえ、俺の手を叩いただろ。傷ついたんだぞ、俺は。センシティブなお年頃だから」
「だから気色の悪いことを言うなーっ!」
 いったん落ち着いたはずだったのに、私はまた絶叫してしまった。
「それで、どうするんです? センターの必要がない大学に切り替えるんですか?」
 どこから掘り出したのか、隆也は夢野久作全集をめくりながら訊いてきた。
「まあ……ね。私大も志望してたとこは、ほとんどセンターありだったし」
 早い段階でふるい落とすためか、私立でも多くの大学が一次にセンター試験を課している。何とも厳しい世の中だ。これではいくら二次試験で頑張ってみても挽回は難しいだろう。何しろ判定マシンは「E」のお墨付きをよこしてくれたのだから。
「じゃあどうするんだ? 他の私大を受けるのか、それとも浪人するのか」
「いや、浪人はしない」
「でも小紅さん、東京に行きたいなら大学でなくても予備校だっていいでしょう。または短大に入ってから四大に編入するとか」
「ど、どうして東京だなんて――」
 まだ一言も言っていないのに。呑み込んだ台詞を覚って、隆也は先回りして答える。
「さっきの判定結果。志望大学、全部都内だったでしょう」
 何て目敏いんだ。なるべく大学名は見せないようにしていたのに。もちろんそれは、高望みだと思われたくない意地によるのだが。
「でも浪人はしない。とりあえず今んとこ、女子大を一つ受けようかと思ってる」
「女子大!?」
 大げさに聞き返す声はステレオだった。七樹と隆也が異口同音に驚きの声を上げたのだ。
「……何でそんなに驚くわけ」
「だっておまえ、女子大なんて一番向いてないだろ。わかってんのか? 女子大ってのは女子しかいないんだぞ」
「当たり前のことをいちいち教えてもらう必要はない!」
 怒鳴りつけて、私は一つ息をつく。
「そりゃ、私だって自分が口が悪くて女らしくないことぐらいわかってるよ。でも環境が変われば態度だって変わるさ。こんな劣悪な環境じゃ変わりようがないじゃないか」
「他人のせいにするなよ。おまえが女らしくないのを俺たちの責任にするつもりか?」
「そうですよ。少なくとも小紅さんは、出会った時から僕より十分男らしいです。つまり環境に関わりなく、小紅さんは本来の資質が女らしくないということになります」
「あんたら……」
 またしても怒りがふつふつと沸き上がってきた。確かに私はちっともおしとやかではないし、言葉遣いも悪いし、髪も短いせいで少年に間違えられるような女かもしれない。しかし面と向かってそこまで言うか、普通!?
「もーいい。あんたらになんか何も期待しない。勝手に言ってな」
 怒りを突き抜けて脱力し、私はソファにどさりと身を預けた。するとその震動で脇の本の山がなだれを起こして顔に落下する。ああもう、散々だ。顔にかぶさってきた本を拾い上げて、私は驚いた。『インド史概論』『インドの食と文化』『悠々インド紀行』『インドの美術』あたりはまだいいとして、『これでヤミツキ! インド生活』『インド人になる方法』『おいしいインドカレーの作り方』というのはいったい何なんだ。
「何、このインド本の山は。誰の趣味だ?」
「ああ、それ俺の」
 七樹の答えに、私はさらに驚いた。
「あんたの? 何でこんなにインドばっかり集めてるわけ?」
 見たところ、インド本は十冊以上あった。いつの間にこんなものを集めたのだろうか。
「俺、インドに留学しようかと思ってるんだ」
 私は持っていた『おいしいインドカレーの作り方』を落としてしまった。やたら硬い文庫本の角が足の甲に命中し、思わず呻き声を漏らす。不覚だ。
「いきなりインドってどういうことだよ!?」
 思わず叫んだ私とは正反対に、七樹は至極冷静に答える。
「別に。行きたいから行こうってだけだ」
「でも、七樹も東京の大学に行くって言ってたじゃないか!」
 七樹が志望調査書に書いていた大学名は私と同じだった。七樹の実力なら間違いなく受かるから、私さえ失敗しなければ四月から同じキャンパスに通えるはずだったのに――
「おまえが女子大なら俺だってインドでもいいだろ」
「何だそれは。理由になってないだろうが!」
「俺だって思いつきで言ってるわけじゃない。俺の叔父さんがインド美術の研究家で、現地で暮らしてるんだ。だからそこに下宿させてもらって、叔父さんの手伝いでもしながら勉強しようかと思ってな。親は日本の大学に行けとは言ってたけど、やっぱり自分のしたいことを選びたいしな」
「そんなの初耳だぞ」
「言ってなかったからな」
 さらりと言うな。だいたい一月も末になって、どうしてそんなことを言い出すのだ。私は何も聞いてないぞ。友達がいのない奴め。
「でも、いくら叔父さんがいるからって……何でそこまでインドに行きたいんだよ?」
 留学といえば、たいていは欧米だと私は思っていた。だが七樹は暑くて辛そうなカレーの国に行くという。それも、こんな時期までずっと黙っていて、突然言い出すのだ。あまりに勝手すぎる。
 もちろん、私に七樹の進路に口出しする権利などない。でもせめて一言ぐらい相談があっても悪くないだろうに。要するにこいつは、私のことなどどうだっていいのだ。いつだって――そう、あの最悪の出会いからずっと。
「そんなに知りたいなら、おまえもインドに来ればいいよ」
「何で私が?」
「おまえには女子大よりもインドのほうが向いてるよ。おまえは小百合さんと違うんだから、女の園なんて――」
 最後の一言が余計だった。七樹が言い終える前に、私は手元のインド本を投げつける。
「いってえな! 何しやがる!?」
「うっさい、このインド馬鹿! あんたなんかインド人にコマ切れにされてカレーの具にされちまえ!」
 私は大喝し、立ち上がった。
「……それはインド人に対する物凄い偏見だと思いますけど」
 隆也の間延びした異論を無視し、私は部室を後にする。腹の中を怒りで煮えたぎらせて。
 いつもいつも私は七樹に振り回される。こんな不幸のさなかでさえも!
(つづく)
(初出:2016年04月03日)
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登録日:2016年04月03日 13時26分

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