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天野雅
著者:天野雅(あまのみやび)
埼玉県生まれ、千葉県育ちの関東人だった。結婚を機に関西の人間になる。現在は関西とも東海ともいえる近畿地方に在住。10年経って方言にも慣れた。血液型はマイペースで知られるB型。住めば都を地で行く性質。ネット作家歴20年。同人作家歴はプラス5年。趣味は映像鑑賞。写真撮影。歌唱。創作料理。好物は自然万物一般。美術芸能一般。パソコン。ゲーム。漫画。文章。
小説/現代

ともしび

[読切]
「今」から逃げだしたい気持ちにトモヤは深く沈んでいた。とつぜん目の前に突き出されたローソクと、それを持っているパジャマ姿の少年。「ねぇ、とりかえる? 早く楽になれるよ」
 ――いつまで続くんだろうか。
 総合病院1Fロビーのソファで薬剤と会計の順番を待ちながら、暗い表情でトモヤは思った。
 3年前、大学を卒業してすぐ大手の広告会社に就職した時の、はつらつとした元気さはみじんもない。
 ――忙しすぎるんだ、1日は24時間しかないのに。
 残業、徹夜。連日の泊まりこみ。いくら20代の若さをもってしても限界があった。
 内臓を患った者に特有の黄ばんでむくんだ顔。トモヤは黒ずんだまぶたを閉じて、落ちくぼんだ目を指でおさえた。
 消毒や点滴のにおいが鼻につく。スリッパがリノリウムの床にこすれる音が行きかう。自分のような外来受診者だけでなく、売店や公衆電話のところにパジャマ姿の入院患者がいる。
 ――いいよなあ。いっそ入院できたら保険給付金や見舞金が出て働く必要もないのに。
 いつもならすぐ我に返り自己嫌悪に陥りそうな考えに、トモヤはぼんやりと沈んだ。
 通院して半年。病状はちっとも良くならず、生活は社会の不況にあおられ、忙しいわりに成果に結びつかない。恋人はできないし、病気の身の上に対して、健康な上司の理解も得られない。もともとスポーツ好きで鍛えた体格が頑丈そうに見えることも災いした。実際には重いだけでままならない体にむち打って、会社に使われている立場の自分がとても惨めだ。
 ――どうせ人間いつかはあの世行きだ。いっそ、癌にでもなって、あっというまに死ねたらいいのに。
「これ、なんだか分かる?」
 とつぜん目の前にローソクが1本つきだされ、トモヤはエスカレートする思考を断たれた。非常用の太くて長いローソクに火がともり、ちりちりと空気を焦がして燃えている。
 いつそこに立ったのか、パジャマ姿の少年が、右手に1本、それから左手に、その半分以下の長さしかないバースデーケーキ用らしき細いローソクを1本、握っている。こちらにも炎が揺れていて、少女みたいに薄い肩をして手足のほっそりした少年の白い肌にオレンジ色の影を落としていた。
「人生を照らすあかり。長い方が今のあなたのもの。短い方にとりかえれば、願いはかなうよ」
「……何が」
 トモヤは目をしばたいた。少年はくちもとに相手をつき放すようなおとなびた微笑を浮かべて、遠慮なくトモヤの瞳をのぞきこんでくる。
sohzine(c)「ねぇ、とりかえる? 早く楽になれるよ」
 トモヤはふたつの火にすいよせられるように視線をあてた。唾をのみこむ。冗談だろうと笑いとばすには、様子があまりにも現実ばなれしていた。
 いつか火は必ず消える。しかし長い人生と短い人生。どっちをとるかと改めて問われれば残りの長い命が惜しくなってくる。
「ローソクを選ぶだけだよ。こっちにする?」
 少年は短い方をトモヤにつきつけた。
「まっ、待ってくれ。悪い、もしその長いローソクが本当にオレのものなら、ごめん。最後までひきうけるよ」
 トモヤは慌てて長い方を指した。
「そう?」
 少年は小鳥のように小首をかしげ、いたずらっぽく子供らしい笑顔になった。血色のなかった頬にほんのりと赤味がさす。
「良かった。ぼくもね、じつは、こっちの短い方は、ぼくのローソクだからね。とりかえっこなんか、したくなかったんだ」
 決意に似た潔いまなざし。
 トモヤは、はっとして顔をあげた。
 少年はいなくなっていた。ローソクの火に煤けた空気もなかった。
 周囲のざわめきが、スイッチを入れたかのようにいきなり戻ってきた。
「お兄さん、呼ばれてるよ」
 となりに坐っていた老人が、トモヤの手にある番号札をみて声をかけてきた。
「あっ。すいません、どうも……」
 トモヤは言葉につまった。急いで立ちあがる。
 頭の芯がしびれ、足元がふらついた。
 少年は強引にローソクをかえようと思えばできたのではないだろうか。それでも――あの子が自分に伝えたかったことは。
「……ありがとう……」
 かすれた声で言って、頭を下げると、トモヤは片手で顔をおさえ、カウンターへ向かった。
(了)
(初出:2000年11月)
登録日:2010年07月31日 14時35分

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