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天野雅
著者:天野雅(あまのみやび)
埼玉県生まれ、千葉県育ちの関東人だった。結婚を機に関西の人間になる。現在は関西とも東海ともいえる近畿地方に在住。10年経って方言にも慣れた。血液型はマイペースで知られるB型。住めば都を地で行く性質。ネット作家歴20年。同人作家歴はプラス5年。趣味は映像鑑賞。写真撮影。歌唱。創作料理。好物は自然万物一般。美術芸能一般。パソコン。ゲーム。漫画。文章。
小説/現代

風が哭く(7)

[連載 | 完結済 | 全7話] 目次へ
自殺したさゆりのことが好きで同情した篠崎の心の隙に入り込み道具として利用したほどの凄まじい怒り。天理姉弟は鎮められるだろうか? 風が哭く、最終章。
 それまで聞こえなかった水音が派手に響き、盛田と藤冶は我に返ってプールから佐々木を助けあげた。
 激しくむせるずぶ濡れの佐々木を、電灯が照らす。
「大丈夫か?」
 藤冶の問いに、なんとかうなずいた。
「野崎っ、車からタオルだっ」
「はっはい!
 盛田に怒鳴られ、若い刑事はようやく動いた。
 一目散に来た道を戻っていく。
 咳き込んで吐きながら佐々木が泣きだした。
「オレ……オレ、さゆりの自殺に関係あるとか思ってなかった。有実の次でいいって、アイツ笑って……だから、2、3度デートしてやったんだ。まさかこんな……」
「ちゃんと彼女の墓参り行ってこいよ。今から女に憑り殺されるなんて洒落になんないぜ」
 藤冶が事件は終わったとばかり、呆れ混じりの明るい声で慰めた。
 遥子だけが異常に気づいた。
「――逍太っ!?」
 悲鳴に、全員の目が街灯の下に彼の姿を探した。
 反射的に盛田が駆け寄り、見えない壁に弾かれた。
 普段通りに光を投げる電灯は、非現実的な情景のなかで異質だった。
 プールサイドのフェンスに寄りかかり、詰襟姿の篠崎が立っている。ぐったりと肩を落とし、うつろに見開かれた目は焦点の合わない視線でぼんやりと宙をさまよっている。
 その宙に……。
 足をバタつかせ、もがく逍太が浮いていた。
 両手でノド元を押さえている。何かが、彼の首を絞めて吊り上げているのだ。
「……サナイ」
 かすかな声がぞっとするような怨嗟を帯びて遥子の耳に届いた。
「おっおいっ、どうなってんだ!?」
 藤冶が佐々木の肩を支えながら、うろたえて訊いてくる。
 遥子は見た。逍太を巻いているのは電灯から垂れていたコードだった。逍太の浮いた足先が50センチ、60センチとじりじり上がっていく。
 生き物のようにコードが彼を絞首刑にしようとしている。それは悪夢だ。
「やめてっ!」
 遥子はダメージを振り捨てて立ち上がった。先ほどの無謀な弟を呼んでいた時と目つきが変わっている。視線の先には逍太しかいないが、何か別の物を見ていた。
「そんなことをしても、あなたは救われない。分かるでしょう、さゆりさん!」
「……ルサイィッ」
 遥子の周囲に刺すような敵意がわきあがった。八方から押し寄せる。
 黒い炎が。
 晩秋には早すぎる冷気がたちこめる。体温が急速に失われていく――背広を着ている盛田が身震いした。見えない壁の前でへたり込んだまま、立てない。藤冶も佐々木も、硬直したように動けなかった。
 ただ1人、遥子だけが毅然と早川さゆりの憎悪に対峙していた。
「無駄よ、逍太を連れていっても。佐々木くんを道連れにしても。過ちに気づかなければ、そこから抜けられない」
「……ナイ……アタシガ――悪インジャ……」
 その擦れた言葉は、傷ついたレコードのように繰り返し遥子の耳に届いた。風だった。遥子を取り巻く風が、すすり泣くつぶやきをリフレインしているのだ。
 逍太は既に1メートルも高く引きあげられている。遥子はすらりと片手をあげた。
 黒い炎が一瞬おののいたかのように少しだけ輪を広げた。
「いじめられて、逃げたかった気持ちは分かる。だけどあなたは方法を間違えたの。誰かのために生きることより、自分のために死ぬことを選んだ。佐々木くんが福本さんと別れるように、後悔と憐れみで一生あなたを忘れないように。あなたの自殺は、ひたすら独りよがりだった」
「アタシ……可哀相ナ――アタシ……」
「聴きなさい。あなたの思惑は外れた。何も変わらなかった。そんなはずじゃなかったんでしょう? そして、あなたの死に心を痛めた篠崎くんを、利用したわね」
「ウ……違……苦シクテ――哀シ……」
「自分の命も篠崎くんの気持ちも、あなたは道具にした。そんなのは恋じゃない。あなたは他人を自分の思うままにしたかっただけ」
「……アアァアアッ!!」
 悪意の風が黒い炎を巻きこみ、遥子に襲いかかった。一気に周囲の渦が縮まる。
「逍太!」
 遥子が叫んだ。
 さゆりの意識がすべて遥子に向けられた瞬間、わずかに逍太を拘束していた力が緩んだ。宙に浮いた彼の手から紫の閃光が尾を引いた。盛田を拒否した『壁』をぶち抜き、さしのべていた遥子の手へと吸いこまれた。
 黒い炎が遥子を飲みこむ、寸前、彼女の体から銀色の炎が沸きあがった。
「キャアアアアアァッ」
 風の悲鳴が全員を震撼させた。それは早川さゆりの魂の叫びだった。
「――斬ッ!」
 遥子の手から白銀の矢が飛んだ。ビキッ、と音がして逍太がプールサイドに落ちる。同時に電灯が消えた。
 フェンスにもたれる篠崎隆志の足もとに銀の欠片が転がっていき、やがて止まると紫色の光が明滅しだした。
 遥子が逍太に駆け寄った。阻む邪念は消えている。片手に細長い箱を持ち、彼女の体はまだ燐光に包まれていた。
 逍太の横で篠崎が膝をついた。
「……ああっ」
 紫の光。それはピータイルに落ちていた薄いノートを焼く火だった。
「は……早川っ!」
 狂ったように拳で炎を叩き消す。否、消えなかった。
「やめろお……やめてくれよお」
 炎が揺れた。風が起こる。篠崎の涙が飛び散った。
「オレっ、オレは道具でもいいんだ。オレも行く、一緒に逝くから、頼むよ、連れてってくれ……キミが好きなんだ、本当なんだ。だから……!」
「……イノ……イイノ」
 軽やかに風が告げてきた。
「光……見エタ。涙……キレイ――光……アリガ――ト……ゴメン――ナサ……」
「はやかわぁっ」
 見る間に、紫の炎は頼りなげに揺らめき小さくなって、風の声も遠くなっていった。
「悪かったよ……」
 佐々木のつぶやきが、消える風を追った。
「タオルっ、持ってきました!」
 野崎が救護用のシーツを抱えて、駆けてくる。
 佐々木を野崎に任せ、藤冶は遥子のもとへ走った。
 いつの間にか盛田も自由を取り戻し、遥子から逍太の身柄を引き受けた。
 しばらく全身を震わせて呼吸していた逍太は、薄目で藤冶へ視線を向けると、
「やっぱり遥子は僕が守る」
 そう宣言し、気絶した。くちもとに挑戦的な笑みを残して。
 遥子はノートの残骸がわだかまるピータイルから、傷ひとつない、紫水晶の数珠を拾いあげた。手にした箱へしまう。慈悲による怒りの浄化……アメジストの持つ神霊の力だ。
 それが、巫女の託した品だった。
 やがて吹き抜ける風にさらわれて、塵は跡形もなく崩れて見えなくなった。


 エピローグ


 冬の気配の濃い11月の午後。風の少ない晴天の陽射しならば暖かく心地よい。
 遥子はのびをして、まぶしげに目を細める年配刑事を振り向いた。
「じゃあ、篠崎くんは罪に問われないんですね」
「自供だけで証拠がない、ってところかな」
 自転車を押しながら、普段の態度で逍太が横を歩いている。
 プールサイドの騒動から半月。ひととおり関係者からの聴取も終わり、事件は解決の方向で書類が作成されていた。
 冷たいプールで溺れかけた佐々木も、天理姉弟も、幸い体に異常はなかった。
 顛末の報告がてら刑事から会いたいと言われ、休日の午後に天理姉弟は常地公園へと足を運んだ。
 年配刑事は噴水脇のベンチで待っていた。長閑な空気は慣れていないのか、2人が近づくとすぐに立ち、歩きながら話そうと促した。
「その自供も、犯行を決定づける内容ではありませんでしたし」
 盛田は自転車を挟んで逍太に並ぶと、高校生相手にしては丁寧な口調で答えた。それは有力者の天理家を意識してともとれたが、そうではないことを短いつきあいで姉弟は気づいている。
「未遂事件の目撃者がいても、犯人が幽霊ではね。とり憑かれて人殺しなんて事象は世間が許しませんでしょう」
 実際。少年は事件現場に居合わせていただけだった。早川さゆりの怨念を現実への橋渡しに関わっていたのみで、直接に手を下したわけでもない。
 自殺した中学の女子生徒の復讐に同級の男子が連続殺人を犯したという事件を成立させうる論拠はなく、唯一自殺の背後を知らせるノートすら失われた今、第三者へ提示できる物証は何ひとつ残っていなかった。
 それから盛田は苦笑を浮かべ、
「私もこの目で見ておきながら、あれは夢だったのではないかと思ってしまいます。あんな事実は立証できない。結局のところ、加西さんと澤村さんは早川さんの死をきっかけにした自殺か事故死、そう片づけるしかなさそうで」
「そう……でしょうね」
 遥子は曖昧に微笑んだ。さゆりを含め、彼女達や遺族にとっては捻じ曲げられた真実だ。だが真相が正しく受け入れられるものばかりとは限らない。
「ただ、ひとつ分からないのは、なぜ篠崎隆志が……。彼は霊能者とかそういう……?」
 ためらいながら問いかける、そんな態度に遥子は好感を覚えた。一般には非常識すぎる怪談じみた一件を、目を逸らして忘れようとはせず、関わった者として精一杯理解しようとしている……それも事情通と思われる高校生に敬意を払いながら。この刑事は頭のかたいオトナとは違うらしい。
「篠崎くんは、フツーの男の子でしたよ」
 逍太が応えた。盛田に向けられたのは、あのショッキングな出来事などまさに幻かと思わせる、激しさの微塵も感じさせない柔らかな笑顔だった。見る者をそれだけで安心させてしまうような。
 自宅に福本有実を置き去りにしたあのあと、和科子は警察に事情を聞かされただけで、特に説明を求めはしなかった。有機栽培の農場で作られたという限定品のジャムをその日のうちに買い求め、翌朝から食卓に出してくれて、逍太の上機嫌は継続中である。
「彼は早川さんが好きだった……三角関係といじめに、苦しんでるのを知っていた。でも何もしてあげられなかった。それが心に隙を作って、早川の霊につけ入れられて肥大した……罪悪感を正当化して復讐に反転した。自分への怒りなんかも、あったんじゃないかな」
 盛田は、すっかり少年探偵と認識してしまった感のある彼の説明に、同意の相槌を返してみせた。
「それでは私は、ここで……。ご足労ありがとうございました。おふたりは、これから、どちらへ?」
 用事があるから外でと待ち合わせを指定されていた。休日にも関わらず、2人は高校の制服を着ている。
「東中へ行きます。後輩と約束があるもので」
 常地署の前だった。盛田は敬礼して、石段をあがっていった。
 入口のところで、かなり先に着いていたらしい野崎と稲見が待っていて、盛田に共に肩を叩かれて中へ入っていった。
 もうこの件で彼らと会うことはないだろう。
 手を振って見送ると、歩き出しながら、そもそも……と遥子が言った。
「佐々木くんが両天秤なんてかけたことが、悲劇の始まりね」
「そうだな。意外な一面だった」
 逍太はうなずき、後ろを振り向いた。
「僕はかけられても平気だけど」
 遥子が何か言いかける、そこへバイクの爆音がかぶさって止まった。
「よお、東中って今日、文化祭だよな。あの妙な議論とか観に行くんだろ? 乗せてってやろうか」
「藤冶……」
 懲りないオトコがここにもいたか、と姉弟は楽しげに笑った。
(了)
(初出:2013年04月16日)
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登録日:2013年04月16日 14時59分
タグ : 学園

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