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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/推理

世は並べて事も無し アノ子の理由(1)

[連載 | 完結済 | 全20話] 目次へ
生徒数三千人を超えるマンモス校で起きた自殺事件。現場となった時計塔には血文字が残されていた。正義部部長である杏子は、斜め45度の天才、真理と腕っ節の強さでは誰にも負けないが呆れるほど硬派で純真な東光、自称吸血鬼の変わり者、アサギを巻き込んで、事件解決に乗り出す。一癖も二癖もある正義部の面々たち。難事件の見事解決なるか!?
プロローグ 『正義執行部』廃部の危機!

 つい先日まで静かだった景勝地は異様な熱気に包まれていた。
 雲一つない目の覚めるような青空の下、深い森の中に悠然と佇む湖。湖と青空の似ているようで違う二種類の青。まだ若い葉の、瑞々しい黄緑色コントラスト。自然の生み出した調和を打ち消すように鳴り響くサイレンと、赤色灯の明かり。
 たった三日のうちに五名もの命を奪った連続殺人事件の犯人が、警察に連行されようとしていた。犯人の男は三十代前半のまだ若い男だ。某有名大学を卒業し、更にアメリカへ渡り、博士号を取得した天才。彼は堂々と歩きながら、思い出したように足を止めて振り返った。
「……敬服するよ。よく私のトリックを見破ったな」
 男は、少し離れた場所で欠伸を噛み殺していた青年に笑いかけた。自分の起こした事件の重大さを全く認識していない、イタズラのバレた子供のように無邪気な笑みだった。
 パチンッと、青年は手にした黒い扇子を閉じると、ポンポンと肩を叩いた。深い闇を湛える瞳は、目の前に広がる湖のように透き通っている。
「別に、大したことはないよ」
 彼にとって、犯人はただの犯人であり、それ以上でもそれ以下でもない。義憤を覚えて事件を解決したわけでも、誰かに頼まれたのでもない。偶然その場に居合わせ、巻き込まれてしまったから解決したに過ぎない。だから、犯人に対して特別な感情は一つも抱いていない。
「この世界には真実しか存在しない。唯一、嘘が存在するというのなら、それは人の心の中だけだ。それは、神を気取ったアナタも例外じゃない」
「ああ、なるほど。私もヒトだったという事だな……」
 男はもう一度笑うと、再び歩き出した。二度と振り返ることなく、男は警察車両に乗って青年の前から姿を消した。
「フム、とりあえず我々の嫌疑は晴れたようだな」
 青年の横に立った中年の男性が、顎髭を弄びながら横に並んだ。白にピンク色のストライプの入った派手なスーツに、白い中折れ帽、ピンク色のシャツに赤いネクタイ、顔には時代錯誤な立派な顎髭にサングラス。見るからに怪しい人物の登場に、青年はウンザリとした表情で天を仰ぐ。
「いやー真理君、東光君、今回も災難だったね。特に東光君、危機一髪だったね。もう少しで警察にご用になるところだったんだから」
 スーツの男性は扇子を持った青年、珠洲真理の様子など気に留める風もなく、頭一つ高い青年に目を向ける。四角い顔をした青年、遠藤東光はコクリと頷いたが張り付いたような強面が崩れることはなかった。
「災難ですって? 知久さん、もうこれで三度目ですよ? こうなることを見越して俺達を呼んでいるとしか思えないんですけどね」
 差し出される右手を睨み付けた真理はプイッと顔を背ける。
「いやいや、本当に偶然なんだよ。まあ、信じてくれないだろうけどね」
 真理よりも頭一つ大きい東光は目を閉じて頷く。
「ハハハ、年甲斐もなく、興味があることにはどうしても首を突っ込んでしまいたくなる性分でね」
 御厨知久の笑い声が、吹き抜ける冷たい風に乗って湖に広がる。
「……ったく」
 全く懲りていないのは、先ほどの犯人と同じかそれ以上だろう。毎度の事でもう慣れてしまったが、知久といるとろくな事が起こらない。
「君! お手柄だったね!」
 何処から聞きつけてきたのか、マスコミがカメラを持って真理の前に現れた。真理は露骨に顔を歪めると、横にいる東光の腕をむんずと掴んだ。自分の体を隠すように、大柄な東光をカメラの前に据えた。
 知久もファインダーから逃れるように体を引いた。
 フラッシュが断続的に湖畔に煌めいたのを最後に、喧噪は消え、景勝地は以前の静けさを取り戻した。
 後日、全国紙の新聞と週刊誌が、事件の顛末を克明に伝え、事件を解決した高校生を写真入りで掲載した。



 四月十四日 月曜日 一日目

「え〜〜〜〜〜! ちょ、ちょっと待て! 松下教諭、気は確かか!? それでは、正義が執行できなくなるではないか!」
 まだ校庭に桜の花がチラホラ残る四月中旬。
 全校生徒三〇〇〇人を越す関東にあるマンモス校。御陵高校の職員室に女性のハスキーボイスが響き渡った。
「正義部が無くなったら、誰がこの学園の秩序を守るというのだ! 誰が正義を執行するというのだ!誰が悪を挫くというのだ!」
「あ〜〜御厨君、正義正義って言うけどね、君、この一年間、正義部で何をやったんだね?」
 禿頭を照明でキラキラと輝かせた松下は、御厨(みくりや)杏子(きようこ)を探るように睨め上げてきた。
 「うっ」と言葉に詰まった杏子だったが、腕を組むと松下を睨み返した。その眼差しは、睨み返すと言うよりも、睥睨すると言った方が相応しい傲岸不遜なものだった。
「色々と正義は執行した! 飼い猫を探したり、図書室の延滞の本を取り返したり、食堂で大量発生したゴキブリも退治した!」
「事件らしい事件は何も解決していないじゃないか」
 松下はこれ見よがしに溜息をつくと、ズズズッとお茶を啜った。
「それは……! 解決しようとした事件は、先に誰かに解決されていたんだ! 年末にあった囲碁部員失踪事件だって、私が知った時にはもう解決されていた!」
 バンッと、杏子は力任せに松下の机を叩く。
「だけど、実績も無い部活ではね。それに、部員だって御厨君一人だろう? これまでは、君が御厨財閥のご令嬢だから大目に見ていたけど、これ以上はね。あの部室、フィギュア研究会が使うと言うんだ」
「フィギュア? スケートリンクが学園にあったか?」
「ああ、違う違う、そのフィギュアじゃ無いんだよ。私もよく分からないんだけどね」
 言って、松下は一枚の紙を杏子の鼻先に突きつけた。『フィギュア研究会発足願い』と銘打たれたその紙には、三名の男子生徒の名前が記されてあり、右下にはポーズを決める萌えキャラのイラストが描かれていた。
 フィギュアはフィギュアでも、スケートではなく人形の方だ。
「腑抜け共が! 腐ってる!」
 発足願いを破ろうと手を伸ばした杏子の手から、間一髪避難させた松下は、「そう言ったわけだから」と、後ろを向いてしまった。
「ちょっ! そんな訳の分からない部活の為に、我が正義部を潰そうというのか! そもそも、日本男児がなんだ、その軟弱なフィギュアは! 男子だったら戦隊ものかライダーものだろう!」
「御厨君、もういいから帰りなさい。ちゃんと部室を片付けて、鍵は返却するように」
 右拳を力の限り握り締めた杏子は、沢山の教師が見守る前で大きく拳を振り上げた。松下の前に座る女教師が、手から飲みかけの缶コーヒーを落とした。
 拳が松下のよく磨かれた頭頂部に振り下ろされる直前、悲鳴と共に一人の生徒が職員室に駆け込んできた。
「先生! 中庭の時計塔の壁に……! 血文字が書かれています!」
 イスを鳴らし教師達が立ち上がった。我先にと、中庭に向かって駆けていく教員達。松下もその中に入ろうとしたが、その前に杏子は立ち塞がった。
「事件の様だな、松下教諭」
 杏子はニヤリと笑みを浮かべると、細い指先を顎に当てた。
「この事件、私が、正義部が解決する! 十日間の猶予をくれ!」
「それが出来たら、廃部は取りやめろと?」
「その通りだ!」
 逡巡するように視線を巡らせた松下だったが、杏子の剣幕に押され渋々頷いた。
「分かった、では、期限は十日間」
「来週の水曜日、放課後、体育館で事件を解決する!」
 高らかに宣言した杏子は、中庭に向け松下と共に掛けだした。すでに黒山の人だかりとなっている中庭。その中央にそびえる時計塔の壁には、血文字で一文が記されていた。その血文字の前に、一人の女子生徒がつくばっている。血こそは流れていないが、僅かに覗く顔や腕には酷い痣が覗いている。誰の目にも、酷い怪我をしているのが分かった。
 ぐったりとした女子生徒は教師達に抱えられると、保健室へ運ばれていった。
 運ばれていく女子生徒を見送った杏子は、ふと不快な視線を感じて顔を上げた。確信があったわけではない。杏子の視線は吸い付けられるかのように北校舎の二階に注がれた。そこには、白い仮面を付けた学生がいた。
 顔全体を覆い尽くす白い仮面。目元は燃えさかる青い炎の柄が入っている。無表情の仮面で、何処を見ているのか分からない眼差し。だが、杏子はその仮面の人物と目が合っていると直感的に感じていた。
「あれは……」
 杏子の呟きを掻き消すように、場違いな嬌声が響き渡った。
「スクープだわ! みなさ〜ん! 一枚頂きます〜!」
 一際強い光が杏子の目を焼いた。思わず目を閉じた杏子が再び目を開けた時、視線の先から仮面の男は消えていた。
 シャッター音と光が錯綜する中、杏子は時計塔の壁に書かれた血文字へと顔を向けた。その文は、禍々しい赤い文字でハッキリと書かれていた。

 天よりの使者 降臨し望みを叶えん

 御陵高校を大きく混乱させ、多くの人の未来を変える事になる事件が、今、此処に開幕した。
(つづく)
(初出:2012年08月)
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登録日:2012年08月07日 13時44分

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