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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/推理

世は並べて事も無し アノ子の理由(11)

[連載 | 完結済 | 全20話] 目次へ
何でもない写真に激怒する橘と謎の少年。それを立ち聞きしていたと思われる矢上。彼らの間に何が? そして田島への聞き取りで、真理が用意したメモに書かれた文句を見て杏子は……。
 消化不良の気持ちを胸に抱きながら、杏子は北校舎から南校舎へと繋がる廊下を歩いていた。夕日が差し込む中庭を右手に望みながら、杏子はアサギと肩を並べていた。
 黒いローブを纏ったアサギは、タブレットを小脇に抱え、無表情で正面を見つめたままだ。彼女は、田島の話から何を聞き取ったのだろうか。人形のように無表情のアサギ。昔はあれほどよく話し、良く笑った彼女だったが、杏子の隣にいるのは別人のように変わったアサギだった。
 いや。杏子は嘆息を漏らす。変わったのはアサギだけではない。杏子も変わってしまったのだろう。こうして肩を並べていても、昔のように話、笑い会うことは出来ない。二人とも大人になったと言えばそれまでだが、杏子には過ぎ去った歳月以上に大きな問題を抱えていた。だから、変わってしまったのはアサギではなく、杏子の方なのかも知れない。
 物思いにふけっていた杏子は、いつの間にか横を歩いていたアサギの姿が無い事に気がついた。アサギは連絡通路の中程で足を止め、体育館と南校舎の渡り廊下を見つめていた。
「アサギ、どうした?」
 杏子の声には応えず、アサギは顎で渡り廊下を示した。見ると、渡り廊下で誰かが言い争っている風だった。
「見ろ、何か問題が起こってるようだぞ」
 足音もなく、滑るようにしてアサギは移動する。杏子は外の様子を伺いながら、アサギの後に続いた。
 南校舎から体育館へ繋がる渡り廊下へ出た杏子達。渡り廊下の丁度真ん中で言い争っていたのは、見知った顔だった。
「君! そのカメラ渡しなさい!」
 橘ヒカルはヒステリックな声を上げながら井上御津に詰め寄っていた。
「ちょ、ちょっと先輩ィ〜! 何がいけないんですか!」
 御津は手にした首に掛けたカメラを大事そうに抱え込むが、橘は御津の髪の毛を引っ張り、力尽くでカメラを奪い取ろうとしていた。
「良いから! カメラを寄越せ!」
 美都を振り回す橘に、橘の後ろにいた少年が「先輩、止めて下さい」とおろおろしながら声を掛けた。
「ウルサイ! アンタは黙ってなさい!」
 橘の後ろにいる少年は、見た事の無い顔だった。線が細く、高校生とは思えないほど幼い表情をした生徒だ。制服のラインが緑色の所を見ると、彼は一年生のようだ。
「先輩! 冗談じゃなくて怒りますよ! 人を呼びますよ!」
 御津を引きずり倒し、橘はカメラを手にした。肩で息をした橘は、暫くカメラを見つめると、思い切り振り上げた。
 ヤバイ。そう思った時には、杏子の体は動いていた。カメラを地面に叩きつけようとした手を、杏子は後ろから掴んでいた。
「橘女史、それはやり過ぎだ」
 杏子とアサギの顔を見て、橘の表情が変化する。憤怒の表情を浮かべていたが顔が、冷水を浴びせられたかのように色を失い、いつもの悲壮感漂う表情へと変化した。
 杏子は、橘の手からカメラを取り上げた。
「井上女史、何があった」
「何があったじゃないですぅ〜。写真を撮っていたら、いきなり橘先輩が怒り出したんです。ちゃんと髪もセットしてあったし、おかしな写真じゃなかったですよ〜」
 暢気に間延びした美都の声に、橘は顔を伏せる。
「そうじゃないのよ。そうじゃ……」
 悔しそうに唇を噛み締める橘。一体、何をカメラに納められたというのだろうか。杏子は橘とその後ろでオドオドしている少年を見る。
「少年、名は何という? こいつら二人の話では埒があかない」
「あっ、あの、僕は……」
 明らかに動揺した少年は、縋るように橘を見る。橘はうざったそうに頭を振る。
「何でも無いわよ。本当に、何でも無いの。少し、動揺しただけだから」
 精一杯の笑顔を浮かべた橘は、助ける求める少年をそのままに、足早にその場を後にした。
「アン子、カメラを貸せ」
 アサギは杏子の手からカメラを取り上げると、慣れた手つきでメモリに記録されている写真を見ていく。最新の写真を出したアサギは、カメラの小さなディスプレイを杏子に示す。
「ん? この写真は、橘女史と少年が映ってるだけだな」
 杏子は御津に確認するが、御津は「そうなんです〜」と、得心がいかないように唇を突き出す。
「なんて事無い写真なんですけどね〜。橘先輩は、怒り狂っちゃって。こんな事、初めてですぅ〜」
「……なるほどな」
 カメラを御津に返した杏子は、一人取り取り残された少年を見つめた。彼は、杏子の視線を受けるとびくっと体を震わせた。
「あの……その……。す、すいません!」
 少年は頭を下げると、杏子とアサギの間を縫って走り去ってしまった。
「彼は何者だ?」
 杏子の呟きに、「さあな」とアサギが応える。
「彼は、一年一〇組の湯川緑君です」
 アサギの代わりに御津が即座に答えた。流石、全校生徒の写真を撮りまくっている写真部といった所か。
「彼は何者なのだ?」
 振り返った杏子の目に飛び込んできたのは、ファインダーを覗き込んでいる御津だった。
「それじゃ、1枚頂きますぅ〜」
 カシャッと、校舎の影で薄暗い渡り廊下にフラッシュの強烈な光が瞬いた。突然、こんなフラッシュを焚かれたら、誰だって頭にくるかも知れない。
「あら〜」
 撮ったばかりの写真を見て、御津は笑みを浮かべた。そして、もう一度レンズをこちらに向けた。
「じゃあ、今度は三人でぇ〜」
「三人?」
「三人じゃと?」
 杏子とアサギは同時に振り返る。そこに立っていたのは、矢上雄平だった。
 背後でフラッシュが焚かれた。後ろを向いてしまった杏子達に、御津が不満そうな声を上げるが、御津の声は無視した。
「矢上学徒、何故此処に?」
 偶然、にしては少し出来すぎている感じがした。神出鬼没の御津なら兎も角として、矢上雄平がこんな場所にいるのは不自然だった。
 アサギも同じ事を感じ取ったのだろう。その場を去ろうとする矢上に、アサギはストップを掛けた。
「お主、真理と話をしたか?」
「いや、今日は会ってないけど」
「そうか。何故、お主は此処にいる?」
 アサギの質問に、矢上の表情が固まる。何かを探し求めるように、視線が泳ぎ、手にしたペットボトルを口に運んだ。
「水を、取りに来たんだ。体育館に水道があるだろう?」
 矢上は1.5リットルのペットボトルを振る。中には透明な液体が半分ほど入っていた。
「中庭で絵を描いていたのは知っているだろう? それで、水を使うんだよ。俺も飲むからさ、沢山入れようと思って」
 確かに、理屈には合っている。しかし、矢上の態度は明らかにおかしかった。
「水を汲むだけならば此処よりも校舎の中の方が早いだろう。矢上学徒、まさか、お前は橘女史と湯川学徒の話を盗み聞きしていたのではないだろうな?」
「いや、そんな事は……!」
 動揺する矢上。アサギはヨロヨロと蹌踉めくように後退する矢上に詰め寄る。
「お主、橘のストーカーか?」
 薄闇の中にあっても、やけに毒々しい輝きを放つアサギの唇から、嘲りと嘲笑を含んだ言葉が発せられた。
 矢上は首を横に振って否定する。
「そんな事あるわけ無いだろう! 誰があんな女! あんな尻軽女の何処が良いって言うんだ!」
 矢上は手にしたペットボトルを地面に叩きつけた。パンッと音を立て、ペットボトルが炸裂し、周囲に飛沫を撒き散らした。
「冗談じゃない! 俺は、ストーカーじゃないし! あんな女の事、これっぽっちも思っていない!」
 一頻り叫んだ矢上は、前の二人と同じように南校舎へ消えていった。
「なんだか、怖いです〜。最近の学校、少し変だと思いませんかぁ〜?」
 御津の声が静かになった渡り廊下に静かに響き、闇に飲まれるようにして消えていった。
 杏子とアサギの足元は濡れてしまったが、アサギは身動ぎ一つしないで矢上の消えていった扉を見つめていた。


 探偵倶楽部の部室に到着したアサギは、すぐにタブレットを弄り出す。
 田島、橘、矢上。三人とも、安定した精神状態とは言えなかった。特に、橘と矢上は田島以上に情緒不安定の様子だ。
 御津ではないが、最近の御陵高校は確かにおかしかった。目に見えない瘴気が学園に充満し、触れれば爛れてしまうような悪意が漂っている。
「……紅茶を煎れる。リクエストはあるか?」
「美味しいのを頼む」
 何となく、気まずい雰囲気が漂う。
 小さい頃は、日が暮れるまでアサギと話していた。何を話したかは分からないが、飽きることなく、途切れることなく会話は続いていた。それなのに、今はこうして二人だけで居ると息が詰まるような重い沈黙が降りる。
 アサギはアサギで、タブレットやPCを弄っている為、こちらが話しかけない限り、何も話してこない。
 杏子はポットのお湯をティーカップに注ぎ、カップを温める。茶葉は棚の中に陳列されている。その中から、杏子はピンク色のラベルの付いた缶を取り出した。蓋を開けると、蜂蜜に似た甘い香りがフワッと広がる。ハニーブッシュと呼ばれる、アフリカ大陸の南方に自生するハーブだ。甘い香りと、鮮やかな味わいが特徴のお茶だ。
 ティースプーン二杯に茶葉をティーポットに入れ、お湯を注ぐ。二分ほど待ってから、予め温めておいたカップに注ぐ。
「……どうぞ」
 まずアサギの前にカップを置き、杏子はアサギの正面に座った。
 田島の話を聞いたからだろうか。少し疲れていた。事件を解決しなければいけないと思っているのに、頭も体も思うように動かない。
 溜息をつき、目頭を押さえた。涙を流す田島の顔が忘れられない。田島は自分だ。だからこそ、杏子は戸惑い、動揺した。憎しみも悲しみも、怒りさえも恐怖によって抑え込まれる。田島は、今その最中にいるのだ。
「杏子が引きずられてどうする」
 こちらに視線を寄越さず、アサギは独り言の様に言った。「アン子」ではなく、「杏子」と呼んだ。杏子の聞き違いではないはずだ。アサギに名前を呼ばれたのは、いつ以来だろう。
「田島と杏子は何もかもが違う。お前の闇を晴らすことは、難しいかも知れない。だけど、せめて田島の闇だけでも晴らそう。それが、わたし・・・達に出来る事だろう?」
「アサギ……」
 不思議と笑いが込み上げてきた。
「なんじゃ。人の顔をジロジロ見るでない。それよりもこのお茶は中々美味じゃな。血のように赤い色が特に良い」
「それはな、ハニーブッシュと呼ばれるハーブティーだ。鉄、カリウム、亜鉛、マグネシウムを含み、抗ウイルス作用、抗酸化作用に優れている」
「つまり、自然のファイトケミカルか」
「ま、そんな所だ」
 杏子は紅茶を口にした。香りは甘いが、砂糖が入っていない為、味はスッキリとした紅茶だ。ハーブティー独特の苦みが口の中に広がる。
「そういえば、真理は何を田島に見せたんだ? アサギは知っているか?」
 杏子は胸ポケットにしまってある紙ナプキンを取り出した。
「見ない方が良いぞ」
 ナプキンを開きかけた杏子は、アサギの言葉に手を止める。
「何故だ?」
「珠洲真理は、儂たちが思ってるほど出来た人間ではない。目的の為なら手段を選ばない、そんな奴だ」
 真理は少し浮き世めいた所がある。目的の為なら手段を選ばないと言う言葉も、分からないでもない。だが、それを言うならアサギも同じだろう。田島の涙を見ても、眉一つ動かさなかったのだから。
 アサギの忠告を無視し、杏子は紙ナプキンに認められていた一文を見て、凍り付く。見えない手に心臓を掴まれたようだ。指先が冷たくなり、ナプキンがヒラリと床に落ちた。
「だから言ったろう。見ない方が良いと。儂は警告したからな」
 杏子は床に落ちた紙ナプキンを見つめると、深い呼吸と共にそのナプキンを踏みつけた。
「真理ィ〜〜〜!」
 一拍の後、激しい怒りが込み上げてきた。
「ん? 奴らが帰ってきたようじゃ」
 これから起こるであろうトラブルを予想してか、アサギはタブレットの電源を落とすと、専用のケースに収めた。
 扉が開いた。
 東光を後ろに従えた真理が、鉄扇で肩を叩きながら入ってきた。
「もうちょっとなんだよな。あと少しで、必要なピースが揃う」
 杏子は立ち上がった。無意識のうちに、右手は振り上げられていた。
「おい、真理」
「ん?」
 東光の言葉に、視線を上げた真理。京子と目が合った瞬間、「あっ」と真理が目を見開いた。

 パンッ

 探偵倶楽部の部室に、乾いた音が響いた。
 京子の手が振り下ろされ、真理の顔が横へ弾き飛ばされた。大きな音を立て、鉄扇が床の上を転がった。
「真理! やって良いことと悪い事があるだろう!」
 杏子の叫び声を聞いた真理は、叩かれた左頬を押さえながら、薄暗い眼差しを杏子へと向けた。


 御厨杏子の考察

 ロッキングチェアに深く腰掛けたお母さんは、いつものように光を失った虚ろな眼差しを虚空に漂わせていた。
 小綺麗な身なりをしたお母さんは、いつものように花柄の部屋着を着ており、髪は少し乱れていたが、取り分け気になるほどでもなかった。私はギィッと音を立て、ロッキングチェアを揺らした。
 小さな白い顔、ソバージュの掛かった栗色の髪。目元と口元は、私と良く似ている。いや、逆だ。私がお母さんに似ているのだろう。お母さんがくれたこの美貌。自慢ではないが、私は自分の容姿に多少なりとも自信がある。こんな事を言えば、アサギに笑われるかも知れないが、お母さんとお父さんから貰ったこの体を誇りに思っていた。
 はぁ〜。私は胸の中で何度目かの溜息をつく。
 こんな重い気分になったのは、久しぶりだ。それも、人のことでなく自分の事でだ。胸に蓄積しているのは、罪悪感だ。目を閉じると、真理の眼差しが脳裏に蘇る。やってしまった。私、ついにやっちゃった。
 後悔先に立たずとは、良く言った物だ。真理の顔を見た瞬間、私の手は動き、彼の頬を思い切り叩いていた。真理の手から滑り落ちた鉄扇の立てた音で、私は我に返った。
 あの時、私を見ていたアサギと東光の表情と言ったら、写真に撮って携帯の待ち受けにしておきたいほどだ。目を見開き、顎が外れたように大口を開けていた。
 あれはあれで傑作だったが、真理のどす黒い殺意、というか怒りを含んだ眼差しと雰囲気は、決して冗談では済まされなかった。まあ、思い切りビンタしたのだから、当然かも知れないけど。
「お母さん……」
 声を掛けるが、母は反応を示さない。母の瞳に自分は映っていなかった。透き通り、何の感情も浮かばないガラス玉のような瞳は、窓の外に見える景色をただ写し取っているだけだ。
 分かっている。お母さんの目には何も映っていない。だけど私は話し続ける。こうして誰かに聞いてもらえるだけで、心が落ち着き、考えを整理することが出来る。それに、もしかするとこうして話しかければ、いつの日かお母さんの目に光が戻ってくるかも知れないから。
「今日ね、私、人を憎いと思っちゃった。あれほど頭にきたのは、いつ以来だろう。ちょっと、思い浮かばない」
 私は笑う。
「珠洲真理っていう人なんだけどね。あっ、男の子なの。彼氏とか、そんなんじゃなくって、友達……、ううん、仲間って言うのかな」
 自分で言っておきながら、自然と顔が赤くなるのが分かる。男の子とちゃんと話せたのは、数年ぶりだろうか。どんな男の子も、杏子は正義のヒーローという仮面を被らなければ、話をするどころか目を合わせることだって出来ない。それなのに、真理だけは違った。彼とは、なんの仮面を着けなくても話す事が出来た。目を合わせることが出来た。まあ、今でも東光は少し苦手、と言うよりも怖いけど。
「今日ね、真理を叩いちゃったの。思いっきり、後先も考えずに手を出したのって、生まれて初めて」
 右手を見る。真理の頬を張った時は、痺れたようにジンジンしていたが、今はあの時の熱も痺れも残っていない。
「だって、彼酷いんだよ。彼は、私が田島女史と同じムマにレイプされたって、紙に書いたのよ! 人の気も知らないで、女性の心を踏みにじる、そんな男を許せるわけないわ!」
 あろう事か、真理が渡した紙ナプキンには、『私も貴方と同じです』と、短い一文だけ書かれていた。具体的な内容は画かれていないが、あのシチュエーションであの一文を見れば、田島でなくとも私がムマに強姦されたと思ってしまうだろう。
 真理の予想通りだった事が、また腹立たしい。奴は分かっていたのだ。田島があの一文を見れば、疑うことなく納得してしまうと。私は仕込まれたオウムの様に、『大丈夫、絶対に解決するから』の一点張り。田島の目には、同じ目に遭いながらも、事件解決に勇気を振り絞る女の子に映ったのだろう。

「だから聞いただろう、覚悟はあるのか、とな」

 頬を押さえながら、真理はそんな事をのたまった。私はもう一度手を上げたが、東光が私と真理の間に割って入った。まったく、腹立たしいボディーガードだ。友であるなら、真理の悪行をまず正すべきだと私は思う。
 売り言葉に買い言葉で、私は言い返していた。
「覚悟はある! だが、人は踏み外してはいけない道があるだろう! 真理、貴様は今、その道を踏み外した! よって、正義を執行したのだ! 本当だったら、シャイニング・ローリング・天誅五聖キックを食らわしてやる所だぞ!」
「シャイ……なんだそれ?」
「五聖ジャーの必殺技じゃ。受けたら『覚えてろよ!』と叫びながら吹っ飛ばなければいけないのじゃ」
 アサギが細かい説明をした。私は頷く。
「真理、男のお前には分からないだろうがな、女性がレイプされると言う事は、体よりも心が傷つくんだ! お前に、それが分かるか!」
 私は怒鳴った。真理は私から視線を逸らし、モゴモゴと口を動かしている。口を切ったのかも知れないが、それは自業自得だ。ざまあみろ!
「お前の言いたいことは分かるけどさ」
「真理」
 アサギが真理の言葉を遮った。私はアサギを見る。ドキツイ化粧をしたアサギは、半眼になって真理を睨み付けた。
「アン子の言う通りじゃ、今回ばかりはお前が悪いぞ。あんな手を使わなくとも、他にやり方があっただろう」
 ピシャリとアサギに言われ、真理は溜息と共に体の力を抜いたようだった。
「分かっていたよ。やり口が非道だって事はな。杏子の言い分も分かる。だから、俺は尋ねたじゃないか、覚悟はあるか、と。杏子、お前の正義って何だ?」
 改めて真理に問われたが、私は自分の信念を口にした。
「悪を滅することだ。弱者を守り、悪人を捕まえる」
「そっか……」
 真理は顔を伏せた。大きく深呼吸して、真っ直ぐ顔をこちらに向けた。迷いのない強い光を宿した眼差しだ。
「俺は、お前みたいに誰でも助けようなんて思わない。悪人だって、必要とあれば助けたいと思う。この世には、善悪、白黒で分けられるほどハッキリした境界はない。俺は、田島を助けたかった。だからお前を使った」
「あれの、何処で田島女史を助けたというのだ!」
 私は吠えた。真理は私の叫びを鼻先で吹き飛ばし、淀みなく応えた。
「田島は、自分だけが強姦された事にショックを受けている。これから先、どうやって生きていくか、分からない状態だ」
 その気持ちは良く分かる。昨日まであった生活が、日常が一瞬にして崩壊する。あの気持ちは、口で幾ら説明しても分からないだろう。特に、この男には。
「だからさ」
 真理は杏子の踏みつけ、くっきり足跡の付いた紙ナプキンを取り上げる。
「お前が道を示した。強姦されても、私は元気に生きている。そうしたメッセージを送って貰った。俺はその場にいなかったけど、田島は元気になってなかったか?」
 「嘘も方便」と呟き、真理は紙ナプキンを丸めてゴミ箱へ放った。放物線を描いたナプキンは、見事にゴミ箱の縁に嫌われ、弾かれて落ちた。東光が黙って拾い、ゴミ箱へ入れた。
「学校でね、そんな事があったんだよ」
 私はお母さんに一連の出来事を説明した。お母さんは何も言わず、庭にあるライトを見つめていた。
「私って、全然分かってなかった。真理のやってることが正しいとは思わない。だけど、そう言ったものの見方もあるんだなって。騙すことになるけど、私が傷つく事になるけど、それで田島女史が救える。そう思うと、正義って良く分からない」
 私は自虐的に笑った。
 微妙な空気が漂う中、各人知り得た情報を交換して解散となった。
 家に帰り、真理に謝罪のメールを送ったが、返信はまだない。
「あと五日で、全部の事件を解決しなきゃいけないの。私、出来るかな」
 出来るかではない。やらなければいけないのだ。あと五日、私の頭で何処まで真実まで近づけるか分からないが、やるだけのことはやるつもりだ。
 私が部屋に戻ったのは、日付が変わり十九日の土曜日になっていた。携帯を見ると新着メールが一件届いていた。開くと、メールは真理からだった。

「気にすんな。俺も悪かった」

 簡潔な一文だったが、その文面を見た瞬間、私の心の支えが取れた気がした。
(つづく)
(初出:2013年02月23日)
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登録日:2013年02月23日 13時40分

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