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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/推理

世は並べて事も無し アノ子の理由(3)

[連載 | 完結済 | 全20話] 目次へ
正義部もうひとりのメンバー、時雨アサギをスカウトすべく、真理と東光は生物準備室へと向かった。自称、吸血鬼のアサギは部屋の中に置かれた巨大な黒い棺の――向こう側の保健室であられもない姿で熟睡していた。
「遠藤学徒、珠洲学徒、まずはもう一人のメンバーをスカウトしてきて欲しい。その人物の名は、時雨アサギだ。聞いた事があるだろう、学園に巣くう悪の使者、闇の支配者、呪われた血族、吸血鬼の末裔だ!」
 この指示に突っ込みたい箇所が至る所にあったが、とりあえず、真理は言われた通りに時雨アサギのスカウトへ向かう事にした。
「くっそ、御厨杏子か……。なんだか、とんでもないヤツに関わっちまったな。大きなトラブルの匂いがする」
 正義部から出た真理は、扉が閉まるのを間って開口一番に感想を述べた。
「仕方ないさ。あの御厨だからな」
「……」
 御厨という名前には聞き覚えがあった。既視感を覚えたのは、杏子が去年同じクラスだったわけではなく、同じ御厨を名乗る男性と重ね合わせていたからだ。彼と杏子を重ね合わせてみると、目元が杏子と似ているし、醸し出している雰囲気も、どことなく似ていた。彼の娘だとしても、年齢的に齟齬は無い。
「まさか、あの御厨知久の娘か?」
「残念ながら、そのまさかだ」
「あの親にしてあの子ありか……」
 真理は呻く。なるほど、だとしたら杏子の傲岸不遜な態度も頷けるし、松下の杏子に対する態度も納得がいく。あの御厨財閥の一人娘だとしたら、学校としても彼女を無碍にできない。
 そう考えるならば、真理が杏子に協力するのは必然であり、杏子が真理達に目を付けた瞬間から、こうなることは運命付けられていたのだろう。
「東光、時雨アサギって知っているのか?」
 右手に持った扇子を左手に打ち付けながら、真理は横を歩く東光に尋ねた。
 白いスラックスに同色のジャケット。縁には二年生を示す赤いラインの入った制服。しかし、真理の身につけているジャケットは、明らかに他の生徒とは一線を画す物だった。それは、ジャケットと言うよりも、一見するとローブやコートのように裾が長いものだった。長い裾は踝まであり、真理が歩く度にヒラヒラと蝶のように舞い上がる。
 代わって、東光は真理とは真逆。胸元までしかない丈の短いジャケットだった。
 真理も東光も、校則を破っているわけではない。こんな制服だが、これでも一応校則の範囲内なのだ。御陵高校の制服はオーダーメイドであり、基本的な色であったり形を守っていれば、どんなアレンジでも認められていた。丈を短くしたり長くしたりする生徒はいるが、真理や東光ほど極端な生徒は他にいなかった。
「ああ」
 ようやく鼻血の止まった鼻を啜りながら、東光は説明してくれた。
「時雨アサギ、確かクラスは二年八組。御厨杏子とは違う意味で、かなりの変わり者だ。理事長の孫娘と言う事もあって、教師達も彼女には強く言えないみたいだな。授業もまともに受けず、やりたい放題やっているらしい」
「やりたい放題? 俺達みたいにか?」
「……達を付けられても困るが。時雨アサギの場合は少し違うな」
 真理と東光は、南校舎から北校舎へと抜ける一階の連絡通路を歩いていた。左手に見える中庭には、沈み始めた日の光を受けて輝く池が見えた。池の周囲は短く狩られた芝生になっていた。白いテーブルが整然と並べられているが、生徒の姿は見受けられない。池の向こう側に見えるのは白い時計塔だ。用務員がモップを使って時計塔の壁を磨いていた。
「時雨アサギは、今は吸血鬼なんだ」
「……はぁ? 御厨もそんな事を言っていたけど、なんだよそれ」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった真理。無理もないだろう。突然、吸血鬼なんだと言われて、「はい、そうですか」と納得する人物はいないだろう。今まで沢山の人を見てきた真理だったが、吸血鬼を見るのは初めてだ。
「もちろん、自称だがな」
「当たり前だろう! 本物がいたら、それこそどうかしてる!」
「先月までは、蛇男だった、いや、女性だから蛇女か」
「……どっちでもいいよ。その時雨って奴も、随分と痛い奴だって事は分かった。要するに、コスプレマニア、若しくはオカルトマニアって事だろう?」
「ま、そこを突き詰めた最終形態だな」
「前々から思っていたけど、お前って余り動じないんだな。御厨と言い時雨と言い、今日は随分と驚かされてばかりだ」
「その驚きは一年前に俺が味わったものだ」
「どーせ俺は人に興味はないですよ」
 扇子で肩を叩く真理を東光は笑う。厳つい顔で笑われても、端から見れば怒っているようにしか見えない。知らない人がこの笑顔を見たら、お金を置いて逃げ去ってくレベルだ。
 本当は至極真っ当で、呆れてしまうほど硬派で純真な遠藤東光。腕っ節の強さは噂通りで、暴走族のリーダーをやっていたと言うのも本当だ。しかし真理の知る限り、東光ほどまともな良識と常識を持っている人間は見た事がない。
 東光の几帳面で人並み外れた記憶力に、真理は助けられてばかりだ。
「しかし、吸血鬼か……」
 真理は足を止め、時計塔を見る。丁度夕日を背にした時計塔は、血を流したかのように赤く染まっていた。
「東光、お前は吸血鬼に付いてどの程度の事を知っている?」
 ポンポンと扇子で肩を叩きながら、真理は見上げる。そのの顔には、東光を試すかのような意地悪な笑みが浮かんでいた。
「まあ、人並み程度だと思うが。血を吸われた人間は吸血鬼になり、太陽、ニンニクと十字架、銀が苦手、その程度だな」
「まるっきり、フィクションの内容だな。ちなみに、銀が苦手って言うのは、本来は狼男の設定だな」
「ほう、そうなのか? 映画だと銀の弾丸や矢を用いているのを見るがな」
「吸血鬼の事を良く知らない人が制作すると、そうなるんだろうよ。まあ、世界中の伝承では、吸血鬼は魔女や狼男から生まれるとされているから、余計に混同されているんだろう。本来なら、吸血鬼を倒す為には心臓に杭を打つっていうのがセオリーなんだろうけどな。映画なんだから、面白ければどんな設定でも内容でも、構わないんだろう」
 ゆっくりと真理は歩き出した。東光は半歩遅れて真理の後に続く。
「吸血鬼、いわゆるヴァンパイアというのは、元々マジャール語の『Vampir』から来てるんだ」
「マジャール語とは何だ? 初めて聞くが」
「ウィン=ウゴル語系統の、ハンガリーの主要部族の言葉だな。
 今の吸血鬼が定着したのは、アイルランド人、ブラム・ストーカー、本名、エイブラハム・ストーカー、彼の小説、『ドラキュラ』が出版されてヒットしてからだ。しかし、実際それがオリジナルかと言われると、それも違う。吸血鬼の起源については色々あってな、もっとも有名なのが、『串刺し公』の異名をとった、ルーマニアの君主だ。彼の名前は、『ブラド・ツェペシュ』。ツェペシュというのは、ルーマニア語で串刺し公の意味を持つんだ」
 指先を立てる代わりに、手にした扇子を突き立てる。人気のない渡り廊下に、真理の言葉が響き渡る。東光は、静かに真理の言葉に耳を傾けていた。
「一五世紀後半、当時のワラキア公国の君主となったブラドは、捕虜になったトルコ兵二万人を串刺しの刑にして、その列の長さは三キロにもなったという」
「酷い話だな」
「凄惨な光景だったろうな。でも、中世ヨーロッパじゃ、串刺しはとりわけ珍しい処刑法じゃなかったんだ。だけど、ブラドは串刺しを良く好んだって話だ。しかしねぇ、そんな串刺し公であるブラドだけど、意外と領民の評判は良かったんだ。彼が王に付いてからワラキア公国はとても治安の良い国になったんだ」
「なるほど。外から観るとの内から観るのとでは、評価が分かれるのだな」
「一国を背負う指導者ってのは、大なり小なりそんな側面があるんだろうよ」
「ブラム・ストーカーのブラムは、そのブラドから取っているんだな」
「ああ、そうさ。彼はそれを題材に吸血鬼を書いたと言われているがね、真相はどうだか分からない。事実、彼の生まれたアイルランドでは、昔から死人が甦り、血を吸うという伝承があったくらいだからな」
「そうなのか?」
「吸血するという怪物や人間の話は、遙か昔から世界中にあるんだよ。確か、もっとも古い話では、古代ギリシャの巫女の話があったな。彼女たちは死んだ人間と、その……、死姦に似た行為を行い、神託を得たとされている」
「死姦、か……」
「おかしな妄想するなよ。また鼻血を出されて倒れられても困る」
 半身で振り返ると、東光の厚い胸を扇子で突いた。東光はぐらっと体勢を崩したが、何とか踏み止まった。
「ったく。セクシャルな話題にも少しは対応できるようにしろ。今度、うちでアダルトビデオの鑑賞会でもするか?」
「行為は嬉しいが、やめてくれ、刺激が強すぎる……」
「そっか、まずはアニメとか漫画、エロゲー辺りから入ってみるか……」
 顎に手を当て真剣に考え込んだ真理だったが、東光の冷めた東光の眼差しに気がつくと「コホンッ」と小さく咳払いをした。
「閑話休題(それはさておき)、兎に角、吸血鬼というのは世界中のあらゆる伝承、伝説にあるんだよ。今では映画や小説、ゲーム、フィクションの存在だけど、少し前までは本当にいると考えられてきた。ヨーロッパでは生前に黒魔術を使った人が吸血鬼になったり、自殺者が吸血鬼になると考えられてきた。実際、イギリスでは一八四二年に非合法化されるまで自殺者に杭を打ち込み、十字路に埋めるという習慣があったくらいなんだ。
 一般的に吸血鬼は、使者が甦り生者の生き血を啜るものと考えられているけど、俺は悪魔で知られる夢魔、淫夢の類もそうだと思っている」
「それは、どんなものなのだ? 言葉から察すると、俺の苦手のもののように聞こえるが」
「インキュバスにスクブスってのは、聞いた事くらいあるだろう? ゲームや小説でお馴染みのものさ。夢の中に侵入し、その精を吸い取る。寝ている所を襲うって所は、吸血鬼とよく似ているだろう?」
「まあ、な。似てはいるが、別物だと思うな。その夢魔であるインキュバスとスクブスに精を取られたからと言って、その本人が変身するわけでは無いだろう?」
「ああ、確かにそうだな。だけど、彼ら悪魔には様々な解釈がある。もちろん、そんな物は創作だろうから、人によって色々な設定が出来るわけ何だが、研究者によっては、精を取られた人間は、インキュバスとスクブスの虜になる、とも言っている。最終的には、命を落とすこともあり得る、とね。余りの快感に、心も体もそれ無しじゃ生きて生きなくなるんだろうな。そうなってくると、吸血鬼により近づくだろう?
 吸血鬼じゃないけど、人魚の血を飲むと〜って話があるだろう。あれだって歴とした吸血だ。事実、吸血の事件ってのは本当に多いんだ。近代のアメリカでも病弱な人や神経衰弱の人が吸血して、超人的な力を得たという事例が数多くある」
「病気ではないのか?」
「確かに、吸血病や好血症という病気は存在する。だけど、それだけじゃ解明できない神秘的な力があるのも事実だ。プラシーボ(思い込み)と言ってしまえば、それまでだけどな。それだけじゃ、虚弱な人間が見る見る元気になったりはしないだろう?」
「ウム」
「それに、対岸の火事のように思っているけど、実際身近に幾つも似たような事例はあるんだ。吸血に繋がる食人、カニバリズムだな。それは戦前戦後に日本でも良くあった事なんだ。当時は人の頭蓋骨や肝臓などが体に良いとされていて、政府が墓を暴いてはいけないとか、そんな法律を制定させたくらいなんだぜ」
「気持ちの悪い話だな」
「だけど、実際カニバリズムは存在する。まあ、ジャングルの奥にいる原住民のカニバリズムっていうのは、塩分が足りないからとか、倒した敵部族の戦士の肉を食べると、その力を得られるとか、宗教的儀式の側面をもっている」
 真理は一旦言葉を止め、「そう、宗教的儀式さ」と繰り返した。
「吸血も、もしかすると宗教的儀式の色が強いのかもな。
 一四世紀後半の、現在のスロバキアに、エリザベス・バートリと呼ばれる女性がいた。あのオーストリアの名門、ハプスブルグ家に繋がるエリザベスは、自身の美を保つ為、夜な夜な若い女性の生き血を浴びていた。東光も知っているだろう、あの拷問器具として名高い『鉄の処女(アイアン・メイデン)』を生み出したのが、他でもないエリザベス・バートリなんだ。今も昔も、人の血肉には不思議な力があると信じられているんだよ」
「真理もそう思っているのか?」
 東光の問いに、真理は不敵な笑みを浮かべた。
「あったら面白いと思っている。俺と東光は同じ人間だけど、こうも容姿が違うだろう? 声だって、骨格だって、目や耳の善し悪しだって違う。体の中に流れている血だって、血液型は同じだとしても厳密には別物だ。だったら、不思議な力が宿っていたとしても、俺はアリなんじゃないかと思う」
「そんな物か」
「ああ、そんな物なんだよ」
 真理達は北校舎に入る。「こっちだ」と、ここから先は東光が先導してくれる。時雨アサギの住処は、校内では有名のようだったが、真理は全く知らなかった。生物準備室と聞いても、その場所が何処にあるのかさえ分からない。それを聞いた杏子は呆れた顔をしていたが、横を歩く東光は慣れた物で表情一つ変えなかった。
 特別教室の並ぶ北校舎は静かだった。ここはグランドからも遠い為、南校舎で聞こえて来る喧噪も此処までは届かない。静謐と呼ぶに相応しい静寂があった。沈み始めた夕日は徐々にその力を失い、北校舎には薄闇のカーテンが垂れ下がっていた。
 東光は迷うことなく更に東へ歩いていく。真理はドアの上に掛けられた名札を眺めていた。
 科学室がABCと三つ続き、科学準備室が続く。次に、生物室がこれもまたABCと並び、生物準備室の名札が見えてくる。準備室の向こうは第二保健室となっており、行き止まりだった。
「ここだ、真理」
 生物準備室の前で足を止めた東光は、一歩横へ動いた。東光と入れ替わるようにドアの前に立った真理は、徐に手にした扇子を広げた。桜の花弁が、薄暗い廊下で輝いた。
 真理は扇子の骨に指先を走らせると、メスのように尖端の尖った細長いナイフを取り出した。
「……真理?」
 「しっ」と真理は手にしたナイフで自分の唇を押さえた。同じようにもう一本ナイフを取り出した真理は、扇子をベルトに挟み、しゃがみ込んだ。
「この程度の鍵なら、ものの数秒で開けられる」
 悪戯をする少年の様に無邪気な笑顔を浮かべた真理は、鍵穴の上下にナイフの切っ先を差し込んだ。
「いや、ちょっと待て真理。何も俺達は不法侵入するワケじゃないだろう。それに、鍵は掛かっていないんじゃないか?」
 カチャカチャと器用にナイフを動かしていた真理の動きが止まった。
「えっ?」
 驚いたように見上げる真理を退かした東光は、無造作にドアを開けた。
「な?」
「……よく鍵が掛かってないって分かったな」
「まず、学校のドアは普通に開けられるものだと思った方が良いぞ」
「そ、そうか」
 そそくさとナイフを扇子に納めた真理は、先に生物準備室に足を踏み入れる。
 ツンと鼻をつく化学薬品と埃の匂い。冷たい空気は停滞しており、濁っている。
 南向きの生物準備室は、棚によって細かく区切られている。本当はそれなりの広さがあるのだろうが、やけに狭く、息苦しさを感じる。正面には日に焼けたベージュ色のカーテンが見えた。
 廊下よりも更に暗い室内だったが、明かりを付ける事もなく真理は静かに歩みを進める。
「人の気配は、ないな……」
 こんな所にいる時雨アサギとは、一体何者なのだろう。自称吸血鬼の少女らしいが、こんな薄暗く、空気の悪い場所一人籠もって何をしているのだろうか。
「気持ちが悪いな」
 真理達は左右に並ぶ棚を眺めながら室内を探索し始めた。棚に並ぶのは、殆どが白く色の褪せた生物標本。カエルやトカゲ、フナやナマズなど、何処の学校にでもあると思われる標本はもちろん、サメの胎児、猿、犬、猫、更にサナダムシなどの寄生虫、普段余り目にする事のない標本が整然と並ぶ。
 ホルマリンの原液を3%から5%に希釈した溶液は、ホルマリンの中に含まれるホルムアルデヒドが細胞内に浸透し、タンパク質の立体構造を損なわせる。ホルマリンに漬けておくと、生物の体は硬くなり、十数%収縮する。ホルマリンは組織固定に用いられ、組織が固定した後は洗浄し、エタノールなどの別の溶液に移し替えて標本は完成する。
 物言わぬ標本。エタノールの溶液に体を浮かべる生物だった者達。光を失った彼らの目は、未だ生のある真理達を羨むように見つめてくる。死んでも拘束される定めにある標本。腐る事も、灰になる事も拒否された彼らは、自然界の摂理から乖離した存在だった。東光が気持ち悪いと感じるのは、生理的に標本が不自然な物質だと感じるからだろう。
 数え切れない程の標本の数々。真理は壁に突き当たると、左側の壁際の列を歩いた。
 目に写る標本。
 標本、標本、標本、標本、標本、標本、標本、棺、標本、標本、標本、標本、標本。
 真理は棚の半分辺りを過ぎた所で、ふと足を止めた。
「ん? いま、標本に挟まれて、辺なのがなかったか?」
「俺の目の錯覚じゃなければ、巨大な棺があった気がするが」
 振り返った真理は、棚と棚の間にあるスペースに置かれている黒い棺を発見した。
「……この学校、まともな奴はいないのか?」
 ぼやいた真理だったが、その言葉を聞いた東光は、物言いたそうな眼差しで真理を見下ろしただけだった。
 棺の高さは二メートルを優に超え、幅は一メートルほどで、東光でも十分入れそうな大きさだ。
「この中に居るようだな」
「ま、自称であれ、吸血鬼を名乗るのなら、この程度の事してくれなきゃな」
 コンコンと、真理はノックする。冷たい金属の音が響くだけで、何の反応もない。
「いないのか?」
「棺だからな、もしかして寝てるんじゃないか?」
 右拳を固め、半身引いた真理。それを見た東光が、目を大きく見開く。
「待て、何をするつもりだ!?」
「とりあえず、棺桶をぶち破ってやろうかと」
「危険だぞ!」
 声を荒げ、真理と棺の間に立つ東光。必至な表情の東光を見て、真理はやれやれと肩を竦める。
「心配すんな。叩いた所、厚さ二ミリ程の鉄板が木枠に張ってあるだけだ。鉄板も五ミリ以下なら問題なくぶち破れる」
「お前の心配をしているんじゃない! 中に居るアサギはどうなる!」
「撲殺される吸血鬼など聞いた事がないだろう。これだけ徹底してるんだ、不死性だって真似ているに違いない。だから大丈夫だ。……たぶん」
「たぶんとかいうな! ダメだ真理、手を引っ込めろ。俺が開ける!」
「なんだよ、つまらねーな」
 真理を押し退けた東光は、棺に手を掛けて勢いよく開いた。
「ムッ!」
 東光は驚きの声を発した。開け放たれた棺の中に、アサギの姿は無かった。今まで、そこにいた形跡だってない。
「カーテン、だよな?」
 棺の底、つまり真理達の正面には、漆黒のカーテンが風もないのにユラユラと揺れていた。
 真理は溜息をつきながら、カーテンを押した。すると、腕が飲み込まれるように奥へと入っていく。
「えっ……」
 明らかに異質。肘まで突っ込んだ腕。指先を動かしてみるが、宙を掻くだけ何も指先に触れない。棺桶の深さから考えても、それはあり得ない現象だった。
「……これ、棺桶の底を貫いて、壁も貫いているのか?」
 呆れて振り返る真理に、東光は「ムッ」と喉を鳴らした。
 真理はカーテンを捲り中へと入っていく。何も見えない真っ暗闇だったが、前方には空間を切り裂いたかのように、一筋の光が走っていた。
 真理は手探りで歩くと、その光に向かって手を伸ばした。柔らかいカーテンを押し広げた先は、生物準備室とは全く違う空間。白一色に染め上げられた部屋だった。
「保健室だな」
 同じようにカーテンから出てきた東光は呟いた。
 ここは保健室だった。清潔な白い光に、白い壁、白いカーテン、清潔なベット。消毒液の匂いが立ち籠める此処は、同じ薬品の匂いだとしても、生物準備室と違って落ち着ける雰囲気があった。立て掛けられた棺桶の底に開いた穴は、壁を突き破り、隣の保健室へと通じていた。
 真理達の抜けてきた先にあったのは、カーテンと壁で四方を区切られた長方形の空間。その中央にベットが一つ置かれている。
「……」
 もう溜息をつく元気もなかった。普段から他人に振り回される真理だったが、此処まで変わった奴等に振り回されるのは、久しぶりの事だった。関わりたくない。心底そう思ったが、関わらなければ話が進まない。杏子から、アサギを連れてくるまで帰ってくるなと、釘を刺されているのだ。
 こんもりと盛り上がったベッド。僅かに除く赤い頭に、大きいヘッドホン。ヘッドホンから僅かに漏れ出る音だけが、保健室唯一の音源だった。
 ベッドサイドに置かれているスツールの上には、無造作に黒いマントが脱ぎ捨てられている。確認するまでもない。布団を被っている人物は、探し人、時雨アサギだろう。
「ちゃっちゃと済ますぞ」
 ベッドサイドに立った真理。こちらに気がつかないのだろうか、アサギは身動ぎ一つしない。
「おい。お前が時雨アサギだな。一緒に来て貰おう」
 問いかけるが返答はない。ヘッドホンからこれ程音楽が漏れるのだ、真理の声が聞こえるはずもない。舌打ち一つ、真理は扇子の先を布団の下に突っ込むと、軽々と掛け布団を跳ね上げた。
 跳ね上がった布団はベッドサイドに落ち、ベッドに残されたアサギが露わになる。
 真理は僅かに眼を細める。白いシーツと、白い肌が光を反射してやけに眩しかった。
 肩で切り揃えられた髪の色は、赤よりも更に濃い臙脂色。体は全体的に細く、まだ成熟しきっていない少女の面影を残している。浮き出る肩胛骨に、くびれた腰。卵のように艶やかな臀部は、女性にしては若干肉付きが悪いか。
「ウオォ……」
 ブッと鼻血を豪快に飛ばした東光は、蹌踉めくように一歩後退して壁に背を預けた。
 時雨アサギは、下着一つ付けていない、生まれたばかりの姿でベッドに横たわっていた。彼女は掛け布団がはぎ取られている事に気付かず、タブレットで動画サイトをチェックしていた。
「……」
 さて、どうした物かとアサギの裸体を眺めていた真理だったが、ぶしつけな視線と気配に気がついたのか、アサギがきょとんとした表情で振り返った。
「おっ、やっと気付いたか? 早速だけど、一緒に来てもらおう。御厨杏子が呼んでいる」
 驚いた事に、上半身を浮かせて振り返るアサギは、目鼻立ちのハッキリとした正統派美人だった。洋装よりも和装が似合うと思われる線が細く小さな顔。ただ残念なのは、全てのバランスを痛々しいまでに破壊している深紅の髪の毛と、裸を見られも、眉一つ動かさない剛毅な性格だろうか。叫ぶなり枕を投げつけてくれるなり、女の子らしい対応をしてくれれば、真理の方もまだそれらしい対応の仕方があるのだが。
 タブレットの電源を落とし、ヘッドホンを外したアサギは、枕元に置いてあった付け歯を手にすると、もごもごと口に入れた。
「え、え、あ、あー、うん、コホン。……なんじゃ、貴様等は!」
 細い声を無理矢理低くしたアサギは、口の中に収まりきらない鋭く尖った犬歯を除かせ、真理と後ろに控える東光を睨み付けた。
 上半身をあげ、こちらを振り返っているアサギ。当然、彼女の胸が露わになる。形のよいお椀型の小さな胸に、淡い桜色の乳首が見える。
「ぶはッッッッ!」
 ついに東光が壊れた。彼は盛大に鼻血を撒き散らすと、バタンと大きな音を立てて倒れてしまった。鼻血をダラダラと垂らしながら、白目を剥く東光。真理は溜息混じりに彼を一瞥すると、再びアサギに向き直った。
「……俺は珠洲真理。こいつは、遠藤東光。東光の名前くらい、お前でも知っているだろう? で、俺達は御厨杏子からお前を連れてくるように頼まれたんだ。悪いけど、一緒に来て貰うぜ」
「無理じゃ」
 喉を振るわせてアサギは頭を振る。
「なんで?」
「闇の眷属は、日が沈むまで外に出る事は叶わん。分かったか、短小粗チン」
「短小……、お前、口悪いな……!」
「病原体と同じく存在価値のないお前とこうして話をしているのだ、有り難く思え」
 アサギはどこからか取り出した下着を身につけ、その上にマントを羽織る。
「それじゃ困るんだよな。御厨の奴にどうしてもつれて来いって頼まれてるし」
「アン子も窮地に立たされているようじゃからな」
「アイツのこと知ってるのか?」
「下層階級のお前達と一所にするな。フフ、奴も変わり者よ」
「お前と同じくらいな」
 着替えを終えたアサギは、ベッドから降りて東光の横に立つ。流れ出る鼻血を見て、長い犬歯の間からペロリと赤い舌を除かせた。
「まさか、血を飲む気か?」
 鼻血を飲むという話は聞いた事ないが、同じ血液だ。この出血の量なら、舐め取る事も容易い。東光が病気を持っているとは思えないが、場合によってはアサギを止めなければいけないだろう。
「馬鹿者! そんな事出来るか、感染症になったらどうする! 飲み物だったら此処にある!」
 バックから取り出したのは、輸血パック。アサギは輸血パックの封を開け、口に含んだ。
「……トマトジュースは、余り好きじゃないんだがな」
「ジュースかよ! 紛らわしい事すんな!」
 呟いたアサギにすかさず突っ込む真理。だが、先ほどのやり取りでアサギの思考は大旨掴めた。手にした扇子をクルクルと回し、自らの肩にポンッと当てる。あくまでも吸血鬼にこだわるのなら、その吸血鬼に手を加えれば良いだけの話だ。
「んじゃ、ちょっとチートな設定かも知れないけどさ、日中でも外を歩けるデイ・ウォーカーって設定にすれば良いんじゃないか?」
「……ホウ、短小で粗チン、さらに早漏なお前は良く知っているな。……ふむ。良いだろう、そう言う設定に変更しよう」
「お前に俺の何が分かるってんだよ!」
「ネットにあった」
「書いてねーよ! それに、俺はまだ童貞だ! 誰も俺が早漏とか短小とか知らねーよ!」
 可愛い顔から卑猥な言葉が連発される。思わずムキになって反抗してしまった真理だったが、アサギは何処吹く風でタブレットに何かを打ち込んでいた。
「なるほどなるほど、珠洲真理、童貞。遠藤東光、女体に弱い、と」
 クツクツと喉の奥で笑うアサギに、真理は二の句が継げなかった。杏子も強烈なキャラだったが、アサギは別の意味で強烈なキャラだ。
「馬鹿が馬鹿を呼ぶ、か……」
 未だ気を失っている東光を見下ろした真理は、心の底から呟いた。
 結局、アサギがドキツイメイクをしている間の二十分。真理は気絶している東光を介抱していたが、東光は目を覚まさなかった。東光の巨体を担いで運ぶのは骨が折れるので、生物準備室にあった棺桶を使い、正義部の部室まで東光を運ぶことにした。
 廊下ですれ違う生徒は、皆一様に目を丸くして真理達一行を見つめていた。校則を完全に無視した吸血鬼少女のアサギ。その後ろには、片手で棺桶を引きずる真理が続くのだ。RPGのように棺桶を連れ歩くパーティーを見て、驚くなと言う方が無理だろう。ここが公道なら、警察に通報されて職務質問されても文句の一つも言えない。
 正義部で待っていた杏子は、アサギを見ても眉一つ顰めず、快く招き入れた。
 杏子、アサギ、真理に東光。漸く、事件解決に向けてのメンツが揃った。精神的に疲れた真理は、東光の入った棺を壁に立て掛け、手近にあったスツールに腰を下ろした。初日でこれなのだ、これから続く日々を思うと、溜息しか出なかった。
(つづく)
(初出:2012年08月)
登録日:2012年08月23日 14時11分

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小説/推理の記事 - 新着情報

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    エピローグでは、探偵倶楽部の正式な発足の顛末が語られる。そしてカーテンコールでは美保と静かに語り合う真理の姿が――。これにて世は並べて事も無し連載終了!(小説推理
  • 世は並べて事も無し アノ子の理由(19) 天生諷 (2014年03月29日 19時18分)
    ムマの事件は解決した。そして第二幕の犯人がこの中にいる。しかし真理は躊躇していた。解決したところで誰も救われないからだ。しかし周囲の声に押され真理は話し始めた。ついに不可解な事件の証明が終了する。(小説推理
  • 世は並べて事も無し アノ子の理由(18) 天生諷 (2014年02月13日 19時28分)
    体育館に集まったギャラリーを前に、ついに真理の推理が披露される。志保の飛び降り自殺、ムマの強姦事件、見えない犯人による殴打事件、美術室での爆発――。何がどう繋がっていただろうか?(小説推理

小説/推理の電子書籍 - 新着情報

  • スコルピオの星 御陵高校探偵倶楽部事件簿 天生諷 (2015年10月27日 14時30分)
    評判の占いの館「サイン」を舞台に起こる連続殺人事件。軽い気持ちでサインを訪れたふたりだったが、それ以来、おかしくなってしまう佐野。蓮音も「消したい過去を乗り越えるために道を示す」という言葉にぐらついていた。そんな折、蓮音が所属する生徒会で立ち寄った教会でスコルピオの第一の殺人事件が発生。捜査によって占いの館に疑いの目が注がれることに。凄惨な事件に巻き込まれる蓮音と生徒会の面々。そして、ついに御陵高校探偵倶楽部が動きだす。部長でヒーローオタクの杏子、斜め上の天才、真理。武闘派だが女に弱い東光、コスプレマニアのアサギと一癖も二癖もある部員たちにもたらされた事件は思いもよらぬ展開が待ち受けていた!(小説推理

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  • 風が哭く(7) 天野雅 (2013年04月16日 14時59分)
    自殺したさゆりのことが好きで同情した篠崎の心の隙に入り込み道具として利用したほどの凄まじい怒り。天理姉弟は鎮められるだろうか? 風が哭く、最終章。(小説推理
  • 風が哭く(6) 天野雅 (2013年03月03日 13時48分)
    自殺した早川に関わっていたもうひとりを突き止めた天理姉弟は、詰襟の少年の元へ向かう。盛田と藤冶の見つめるなか、プールサイドで超常の光景が展開される。(小説推理
  • 風が哭く(5) 天野雅 (2013年02月05日 14時10分)
    帰宅途中の公園で福本は違和感を感じた。どうして誰もいないのか…? 衝動に駆られ、走り出した彼女の前に現れた、目に狂気を宿した男子生徒。彼の差し出したノートにあった言葉を見て、福本は悲鳴を上げた!(小説推理