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天生諷
著者:天生諷(あもうふう)
極々平凡な会社員。毎日楽しい出来事はないかと、心の中で模索しながら生活をしている。旅行と昼寝をこよなく愛し、読書とゲームが生きる原動力となっている。群馬県在住。
小説/推理

世は並べて事も無し アノ子の理由(4)

[連載 | 完結済 | 全20話] 目次へ
マンモス校では様々な事件が起きていた。教頭のカツラ喪失事件、ゲーム研究会のセーブデータ消去事件、仮面の男目撃事件、時計塔の血文字事件に、橘ヒカル殴打事件。彼らが取り組むのは真壁志保自殺事件だ。と、その前に正義部の名称で、すったもんだする部員たちなのであった…。
 正義部の部室は南校舎の四階にあった。一年の教室が並ぶ四階フロアの片隅、以前まで倉庫として使われていた小さなスペースが、正義部が正義を成す為の秘密基地、本部だった。
 部室の中には長机が一つと、取り急ぎ準備したイスが四脚。それに壁際にロッカーが一つに、サイドボードが一つ。南側の壁に細長い窓が一つあるだけだった。
 各人の前にティーカップを置いた杏子は、改めて集まったメンバーを見渡した。
 遠藤東光の付き人、珠洲真理。御陵高校理事長の娘で、杏子とも面識のある時雨アサギ。そして、珠洲真理の後ろ。棺の中に遠藤東光が安置されている。
 仏頂面でお茶を口に運ぶ真理。その横にいるアサギは、終始下を向いてタブレットを弄んでいる。
「この紅茶、旨いな」
 カップを両手で抱えるように持った真理は、ポツリと呟いた。
「フフ、そうだろう。何の紅茶か分かるか?」
「ダージリンだな。この香気と苦みは、ファーストフラッシュか?」
「珠洲学徒、詳しいな」
 同じように紅茶を口にしたアサギは眉をしかめ、「花を飲んでる見たいじゃ。純血種である儂には、不向きな飲み物じゃ」と、ティーカップを置いた。
「アサギ女史の口には合わなかったか。ちょうど良い、遠藤学徒がまだ起きないから、説明してやろう。
 ダージリン・ファーストフラッシュとは、三月から四月にかけて摘まれる一番茶で仕上げたものを指す。尖端から二番目くらいの小さな葉をOP、オレンジピコ−と呼び、ダージリンのファーストフラッシュは、そのOPが中心だ。アサギ女史の言った花のような独特な香りは、グリニッシュと呼ばれる。ダージリンは、独特の強い香りと苦みが強いのが特徴だ」
 杏子の説明に、アサギはティーカップの中の黄金色の液体を覗き込む。
「ちなみに、ダージリンというのは地名で、インド北東部の西ベンガル州の最北端に位置して、ヒマラヤ連邦のカンチェンジュンガの麓にある地域を指すんだ。ダージリンは、チベット語で雷の地、ドルジェリングに由来する言葉で、その言葉通り、雷の多い地域なんだ。グリニッシュによって好みが分かれるお茶だけど、結構高価なものなんだぜ」
「ウム、珠洲学徒の言う通りだ」
 一人離れた場所でお茶を口にした杏子は、真理のぶしつけな視線を受け動悸が速まった。動揺を悟られぬよう、眉間に皺を寄せて僅かに俯く。
「何だ? 私の顔に何か付いているのか?」
「その、珠洲学徒って呼び方止めてくれないか? 学徒って、お前も学徒だろう? 折角だ、名前で呼んでくれよ」
「チン○などと、性器の名前で呼べなんて、ドSで破廉恥な男じゃ」
「おい、俺の名前はそんなんじゃない! 真理だ、真理! 一文字も合ってない! お前も、アサギで良いだろう?」
「それは、俗世の名前じゃ。本名は、ヴァンピレス・エルドア・アスモデウス言ぁ
「そうだな、珠洲学徒。いや、真理の言う通りだ。アサギも名前で呼び合おう」
 アサギの言葉を容赦なく遮った杏子は、真理の提案に頷いた。そう、これからはチームワークが大事になる。こうして少しずつ垣根を取り払っていく事が必要だろう。
 キィっと、錆びた金属音を響かせ、鎮座してあった棺が開いた。真っ青に青ざめた東光が、蹌踉めくように出てきた。青白く凶悪な顔は、眠りを妨げられた吸血鬼のようだ。巨大な体の東光が一人増えただけで、正義部の部室は一気に狭くなったように感じる。もちろん、それは杏子の錯覚なのだが、のそりと巨体を揺らす東光を見るだけで、部屋の輪郭が歪み、目の焦点が合わなくなる。
「……俺はどうしていたんだ?」
「気を失っていた」
「何があった? ……全く思い出せない。思い出したいような、思い出したくないような」
「忘れた方が身の為じゃ、この童貞チキン野郎」
 視線を上げることなくアサギが毒づくが、東光は聞こえていないかのように真理を見つめている。
「ま、忘れとけ。思い出されると色々と面倒だ。とりあえず、座れ」
 東光は空いているスペース、杏子の横を見た。ビクリと体が震え、硬直する。グニャリと歪む部室。嫌な汗が背中を滴り落ちる。
「東光、お前はアサギの横に座れ。俺が杏子の横に座る」
 「それから、これからこのメンバーを名前で呼べよ」と、東光の背中を叩いた真理は、杏子の横へ腰を下ろした。東光は真理の座っていた場所へ腰を下ろし、飲みかけの紅茶を一口で飲み干した。
「おい、大丈夫か?」
 真理に声を掛けられ、ハッと杏子は我に返った。気がつくと、全員の視線が杏子に集中していた。
「ああ、何でもない、大丈夫だ」
 大きく深呼吸をした杏子。紅茶を口に含み落ち着けると、部室は歪みのない、いつもの長方形の室内に戻っていた。
「この吸血鬼の始祖である私を此処に呼び出して、アン子は何がしたいのじゃ?」
 無理矢理作った嗄れた声でアサギが尋ねる。杏子は一つ頷くと立ち上がった。
「正義の心、熱い情熱に満ち溢れる皆に集まって貰ったのは他でもない!」
「……いや、そんなのないんだけど」
 真理の呟きを黙殺し、杏子は続ける。
「現在、この正義部は未曾有の窮地に立たされている! 愚劣な教師と軟弱なフィギュア部の陰謀によって、御陵高校から排除されようとしてる! よって、部を存続させる為に、正義を執行する必要がある!」
「は?」
「儂が馬鹿なのか? アン子、一体何を言っているのか、さっぱり分からん」
 何という事だろう。今の説明では、真理とアサギに全く内容が伝わっていない。この胸に宿る正義の炎、それを理解させる為には、一体どうしたらいいのだろうか。
「つまり、現在は廃部の危機。事件を解決して、正義部の有用性を証明、存続させると言う事だろう?」
「……流石、東光だな」
 ドクンッと、心臓が不整脈を打つかのように暴れる。静かに息を吸い込んだ杏子は、正義(ヒーロー)の仮面を心に被せた。正義はこんな事に屈しない。トラウマがあっても、絶対に乗り越える。今がその時なのだと、杏子は自分に言い聞かせた。
「あ、なるほどね。で、手頃な事件って何かあるのか?」
「現在、学校で騒ぎになっている事件はおよそ三〇件。噂も含めると、百件以上」
 タブレットに指先を走らせ、アサギは補足する。
「そんなに事件があるのか? ったく、どーなってんだ、此処は」
「最近の事件でいうと、教頭のカツラ喪失事件、ゲーム研究会のセーブデータ消去事件、科学部の塩化コバルト盗難事件、ドミノ部のドミノ変更事件。一般生徒からの仮面の男目撃事件、それと、昨日起こった時計塔の血文字事件に、橘ヒカル殴打事件じゃな」
「仮面の男の目撃事件だと?」
 それは、昨日みた仮面の生徒のことを指しているのだろうか。やはり、昨日のあれは気のせいでは無いのだ。あの時、あの場所にいた仮面の生徒。偶然にしては出来すぎている。事件と無関係とは思えない。
「ムマと呼ばれている仮面の男じゃな。そのムマは、最近になり頻繁に目撃されておる。噂では、昨日の事件現場付近にもムマがいたという話じゃ」
「……仮面の男は、ムマと言うのか」
 顎の先に指先を当てた杏子は、何の気なしに机の角に視線を送る。何の感情も宿さない仮面が脳裏に張り付いて離れない。
「塩化コバルト盗難事件も起こっているのか?」
 隣に座る真理が素っ頓狂な声を上げた。
「真理、心当たりがあるのか?」
「いや、特に心当たりは無いけど、珍しいものを盗むヤツがいると思ってさ」
「……なるほど、毒殺というワケか! これから目を背けるような凄惨な事件が起きるというわけだな!」
 おかしな炎を瞳に宿し、拳を握る杏子。真理は頭を掻きながら「違うよ」と手を振る。
「塩化コバルトで殺人なんて聞いた事も無い。体に良いものじゃないことは確かだけど、口に入れたとしても嘔吐や下痢が良い所だ。人を殺すにはほど遠い。俺が言いたいのは、塩化コバルトは保存が難しくって、湿気を吸収してすぐに変色してしまう。そんなものを盗んで何に使うのか、興味があっただけ」
「そうか、殺人では無いのか」
 杏子は詰まらなそうに鼻を鳴らす。それを見たアサギが、「阿呆じゃのう。そんな簡単に殺人事件が起きて堪るか」と呟く。
「まあ、そこのスポンジ頭の言う通り、この事件の数は多すぎじゃな。フフ……儂には分かる。この学園には、邪悪な気配が満ち溢れておるわ。何とも心地よい」
 クツクツと笑うアサギに、真理と東光は顔を見合わせ、同時に肩を竦める。二人は、早くもアサギのキャラに慣れ、突っ込むことさえしない。
「アサギの言う通りだな。この学園には多くの邪悪な念が漂っている。しかし、私達四名が揃ったからには、この学園に差し込む一条の光となるだろう! 私達が解決する事件、それは、『美術部部長、真壁志保自殺事件! 美人部長の自殺の真相は如何に! そして、突如として現れた血文字と被害者! さらなる惨劇が御陵高校を襲う!』だ」
「なんだそのキャッチコピーは、火サスか何かか? 俺としちゃ、教頭のカツラを探す方が面白そうだと思うけど」
「馬鹿者! そんな細かい事件を解決しても何の為にもならん! そもそも、いい年した大人がハゲを恥じるなど、隠そうとするその心こそ恥じるべきだとは思わないか!」
「そこまでにしておけ、杏子」
「東光の言う通りだ。女のお前には分からないだろうがな、ハゲって言うのは、男にとって大事な問題なんだよ」
 しみじみと呟く真理と東光。彼の言う通り、杏子にはイマイチ分からない。身体的な特徴をとやかく言う趣味はないし、禿げているからと言って、それを理由に嫌いになる女性がいるのだろうか。その辺りは、男と女の感覚の違いなのだろうか。
「兎に角、私達が解決するのは、真壁志保の自殺の真相と、血文字の事件と橘ヒカルの殴打事件だ」
「いま、S−NETでもっとも話題になっているホットな事件じゃ。俗世の事とはいえ、儂も少し気になる」
「……真壁志保って誰だ? 自殺? 血文字に被害者? 全く話が見えてこないな。そもそも、S−NETって何だ?」
「……遠藤東光の腰巾着、貴様は儂達を馬鹿にしているのか?」
 ギロリとアサギが真理を睨み付ける。真理は真顔になって否定した。
「いや、本当に知らないんだって」
「気にするな、杏子にアサギ。後で真理には俺から全て説明しておく。ようするに、昨日起こった事件と、三月末に起きた事件の真相を突き止めろと言う事で良いんだな?」
「そう言う事だ。東光、真理、アサギ、事件の解決に手を貸して欲しい」
 立った姿勢のまま、杏子は額がテーブルに着くほど頭を下げた。
「俺達に異存はないよ。身柄は杏子預かりだし。な、東光?」
「ウム。異論はない」
「……まあ、良いじゃろう。定命の者達に手を貸してやるのも一興じゃ」
「有り難う、三人とも」
 杏子は時計を見る。時刻は七時を回っている。動けるうちに動きたい所だが、今日はもう事件の関係者もいないだろう。
「よし、では明日から捜査を開始する。正義部、これより正義を執行するぞ!」
 西の空に向かってビシッと指を指した杏子。冷めた視線が三つ突き刺さる。
「正義部? それは無しにしようぜ」
「闇に生きる儂に正義は似合わん」
 キッと、杏子は真理とアサギを睨み付けた。
「ダメだ! 正義を執行するのは、正義部に決まっているだろう!」
「聞いた所によると、ここは同好会にもなっていないだろう。だったら、いっそ名前を変えようぜ、DHDC! 御陵ハイスクール・ディテクティブズス・クラブってのはどうだ?」
「阿呆、何を言っているキモオタの腰巾着。ここは幻の秘密結社、薔薇十字団にちなんで、ファーマ・フラテルニタテイスでどう? じゃない、どうじゃ?」
「キャラがキツイなら、やるんじゃねーよ! そんな不吉な名前、冗談じゃない!」
「不吉な名前だと? ミミズ男、貴様! この名前を知っているというのか?」
「当然だろう! 一般常識だぜ! な、東光に杏子」
 真理は二人に意見を求めるが、二人は当然のように首を横に振る。
「私は全く知らない。初めて耳にする言葉だ」
「同じく」
 なんの援護射撃も得られない真理は、吸血鬼少女を見つめながら溜息交じりに説明を始める。
「ファーマ・ルラテルニタテイスって言うのは、十七世紀の初頭、ドイツで出版された一冊の本、『薔薇十字団の覚醒』という本に書かれた論文なんだよ。薔薇十字団と呼ばれる秘密結社の存在を歴史上に示す最も古い書物と言われている。薔薇十字団の覚醒には、三つの有名な論文があって、一つは、『全世界の全般的革命』、もう一つが『尊敬すべき薔薇十字』、そして『友愛団の名声(ファーマ・ルラテルニタテイス)』はその三つの中でも最も重要な論文とされている」
「ちょっと待て真理」
 ここで杏子が手を上げた。
「その薔薇十字団とはなんだ?」
「そこからか……」
 真理は小さく舌打ちしたが、事実杏子はそんな名前聞いた事が無い。杏子だけかと思ったが、斜め前方に座る東光もコクコクと頷いてる。
「アン子、仮にも貴様は正義の味方を名乗るのだろう? ならば、これくらい覚えておけ。基本的に、正義の味方と秘密結社は敵同士じゃ。薔薇十字団というのは、多くの秘密結社の源流となる組織の事じゃ」
 確認するように、アサギは真理を見る。真理はアサギの言葉に頷き、更に補足を加える。
「実際、魔術的な事をやっていたかどうかは不明だけどな。西洋の魔術を語る上で、薔薇十字団は避けて通れない結社だ。薔薇十字団の団員を名乗る奴等や、派生した結社は事実沢山あるが、本当のところ、大本の薔薇十字団は存在していなかったんだよ」
「この正義部のようじゃな。正義の味方はフィクションの世界だけ、だが、ここに正義部が存在している」
「正義は存在している! フィクションではないぞ!」
 机を叩いて杏子は立ち上がった。真理も、東光も、アサギも、冷めた眼差しでこちらを見つめるだけだ。三人との間に、熱湯と冷水ほどの温度差を感じる。クラスメイトが杏子を見つめる哀れみを含んだ眼差しが、此処にも存在していた。
「兎に角、正義部は反対」
「じゃな」
 真理の言葉にいち早くアサギが賛同する。東光も力強く頷く。
 杏子は奥歯を噛み締めた。いつの間にか、話の主導権を真理が握っていた。東光でもアサギでも無い。居ても居なくても構わない遠藤東光のおまけ、珠洲真理が話を進めている。
「ダメだ! 正義部だ!」
「DHDC!」
「ファーマ・ルラテルニタテイス!」
 三人が火花を散らす中、東光がポツリと呟いた。
「御陵高校探偵倶楽部」
 延々と続くどうでも言い議論。小田原評定のような水掛け論。こうして、どうでも良い話で白熱しながら、一日目の夜はとっぷりと更けていった。


 遠藤東光の考察

 四月十六日 水曜日

 春の日差しは暖かく、教師達の声が子守歌のように教室に流れている。
 春の風物詩となっている花粉症も手伝い、教室にはマスクしている者が目立つ。マスクをしていなくても、薬を服用している為、副作用で激しい睡魔と孤独な戦いを展開している生徒もチラホラと見受けられた。
 幸い、俺は花粉症ではないが、見ていると相当辛そうだと言う事は分かる。
 普段と何一つ変わらない。どの学校でも見られる授業風景だったが、どことなく緊張感が漂っているのは、なにも古典の教師が強面だからと言うわけではないだろう。
 最近、学校の雰囲気は少しおかしかったように思える。杏子の言葉を借りるならば、この学園には何かしら邪悪な念のような物が漂っているように思える。恐らく、先月起きた事件と、一昨日起きた事件が起因しているのだろう。
 皆気にしていないような素振りだが、心の底で何かしら不安を覚えているのだろう。集中力が欠如し、落ち着きが無くなっている。話を始める者はいないが、衣擦れの音、溜息の数、筆記具で机を叩く音が頻繁に聞こえる。
 俺は窓際の席に視線を送る。
 起きているのか寝ているのか、顎肘を付きながら、珠洲真理はトロンとした眼差しで黒板を見つめている。学校の雰囲気など、彼にとって隣の朝ご飯くらいにどうでもいい事なのだろう。もっとも、事件を知ったとしても、彼がそれを気にするとは到底思えないが。
 俺と真理の付き合いは、今年の春でやっと一年と半年。彼と知り合ったのは中学三年生、夏休みの時だった。
 家庭の事情を理由に、一時期荒れていた時があった。そんな時、真理と出会った。彼との出会いで、俺は真っ当な道に戻る事が出来た。と言うよりも、強引に真っ当な道に戻されたといった方が良いだろう。
「お前、使えるな。俺と一緒に面白いことをしようぜ」
 何とも気楽なその一言が、俺の人生を一変させた。
 恥ずかしくて口には出来ないが、真理には幾ら礼をしても返せないほどの借りがある。そんな事を言えば、真理は「気にするな」と鼻で笑うだろうが。
 博識強記の徒であり、素晴らしき慧眼の持ち主。しかしながら、自分と関係のない事は何一つ記憶に止めない、斜め45°の天才。それが真理だった。
 俺と真理は同じ景色を見ていても、見えている風景は違うのだろう。数多の事件を解決してきた真理は、良くこの言葉を口にする。
「世界には真実しか無いんだよ」
 嘘があるのは、世界ではなく人の中だという。真理は世界に散らばる真実を組み合わせ、事件を解決する。俺は真理と同じ景色を見ている。なのに、真理のように真実を見つけられないと言う事は、きっと見ている物が違うのだろう。文字通り、目の付け所が違う、という事だ。そこが、天才と凡人の差なのだろう。
 だが、神様は真理に二物を与えなかった。彼はどうしようも無い物臭なのだ。いや、物臭と言うよりも、極度の怠け者。日常の些細な物事を記憶することさえ、彼にとっては億劫なのだ。
 同じクラスメイトでも、何かしら接点がない限り、名前はもちろん顔も覚えようともしない。あれだけの美人で、あれだけの濃いキャラである御厨杏子でさえ、真理は覚えていなかったのだから恐れ入る。人の名前を覚えないのはまだ良い方だ。長期休みの後、彼は自分の席は疎か、クラスさえ忘れてしまうのだ。
 普段は昼行灯で、俺の腰巾着だと思われいるようだが、実際の所全くの逆だ。俺がいつも真理の後に付いて回っている。放っておけないと言う事もあるが、真理といると飽きる事がない。
 彼と知り合って一年余り。暴力に明け暮れていた日々とは違うスリルある毎日を、俺はは送ってきた。
 真理は典型的な巻き込まれタイプの人間であり、行く先々で事件に巻き込まれてしまう。最近では、警察から学校の教師、彼の友人から何かしら依頼を受けて、渋々動き事件を解決するケースが増えてきた。彼は心底嫌がっているようだが、俺は結構楽しんでいる。
 先月、杏子の父、知久から誘われて行った旅行で殺人事件に巻き込まれた。その際、誤った報道で俺が探偵と言う事になってしまった。
 真理と俺の関係を知らない者は、俺が数々の事件を解決してきたと思い込んでしまった。
 元暴走族のリーダーであり、高校生探偵。何とも不思議な感じだったが、俺は何も否定しなかった。
「めんどくさい、お前が矢面に立て」
 真理のその一言で、記事を否定する事は出来なくなった。
 もし、真理が探偵の真似事をしていると知れたら、多くの生徒が事件を持って真理の元に集まっただろう。俺に話しかけてくるのは、奇特な人間ばかりだから、全くそう言った生徒はいない。何か言いたそうな生徒がいても、俺が声を掛けた瞬間、財布を置いて逃げて行ってしまう。真理の作戦は功を奏したと言う事になるだろう。そう考えると、杏子は特殊な例と言えた。
 知久の紹介もなく、杏子は俺達の前に現れた。彼女の様子から察するに、知久と俺達が知り合いだと言う事を彼女は知らない。面倒だという理由で、真理は杏子に知久との関係を教えないと決めたらしい。もちろん、俺もその案には賛成だ。杏子が、と言うよりも、それを知った知久がまたトラブルの種、ではなく爆弾を持ってきそうだからだ。
 杏子の持ってきた事件とS−NETの事を、帰りながら真理に説明した。
 その内容はこうだ。
 三月二四日未明。当時まだ二年生だった女子生徒が、時計塔から飛び降り自殺をした。彼女の名は真壁志保。美術部部長になったばかりの生徒だった。
 ここから先は噂話でしか知らないが、時計塔の外壁に血文字である一文が描かれていたらしい。その一文というのが、『天よりの使者 降臨し望みを叶えん』。
 その一文のせいで、これは殺人事件ではないかという話もあったが、検死の結果、志保は自殺と言う事で落ち着いてしまった。才色兼備で、数々のコンクールで賞を取っていた志保。順風満帆に思われる彼女は、何が不満で自らの命を絶ったのだろう。俺はその理由を知らないが、彼女は彼女なりに嫌なことがあったのだろうか。命を絶つほどの理由。俺は、未だかつてそれほどまで思い悩んだことが無い。家庭の事情で荒れていた俺など、幸せな方なのだろう。
 彼女の姉であり、美術部顧問である真壁美保は、ショックの余り数日寝込んでしまった。まあ無理もないだろう。真壁美保が、遺体の第一発見者だったのだから。
 当時、春休み中だった事もあり、この話題は新聞の片隅に数行載っただけで、大きな騒ぎにはならなかった。学年が違ったと言う事もあるだろうが、俺の回りで志保の自殺について騒いでいる人物は一人もいなかった。ただ、校内で死人が出たと言う事もあり、不穏な空気は漂っていた。真理に至っては、やはり自殺があった事さえ知らなかった。
 そして、一昨日。四月十四日の月曜日。放課後に新たな事件が起こった。時計塔の壁に、再び同じ血文字が書かれたというのだ。時計塔の前には志保と同じ美術部員で、志保の後を継いで部長になった橘ヒカルが倒れていた。
 彼女の証言によれば、見えない何者かに何度も殴打されたという。彼女と一所にいた生徒も、見えない何かによって橘が殴打されていたと証言していた。結局、見えない何者かの攻撃を防げず、橘は気を失ってしまった。彼女は打ち身が全身にできただけで、命に別状はないようだ。
 杏子は、志保の自殺に関係があると思われる、血文字と橘ヒカル殴打事件を解決しようというのだ。
 昨日から、学校は殴打事件で持ちきりになり、やれ志保の亡霊だとか、彼女の怨嗟の念が呼び出した悪魔の仕業だとか、色々な噂が飛び交っていた。やはり、それらの件も真理は知らなかった。クラスメイトの話が耳に入ってきたとしても、自分に関係がなければ頭の中に止めておく事さえしないのだろう。
 そして、アサギが口にしていたS−NETだ。
 流石の俺も、真理が知らないのには驚いた。と言うか、本当に知らないのか疑ってしまった。
「ワリィ、マジで知らないんだよ。なんだっけ? 何となく、聞いた事があるような名前だけど」
 S−NETとは、御陵高校が独自のサーバーを持ち、管理運営しているSNS、ソーシャルネットワーキングサービスの事だ。
 S−NETのSは、Society(結社)の頭文字であり、その名の通り、各人で結社を作り情報交換などをするサービスの事だ。
 S−NETは匿名性が極めて高く、ほぼ全校生徒が何かしらの結社に属している。結社の数はおよそ二〇〇〇ほどあるとされ、学業や部活動、勉強とは全く関係のないゲームやアイドル、スポーツから政治、果てはオカルトに至るまで、あらゆる結社が存在している。
 生徒達は入学時に個別のIDを与えられ、それを使って様々な結社に登録できる。S−NETはハンドルネームが基本であり、実名晒しは基本的にNG。一人が幾つもの結社を掛け持ちしてもOKだった。
 情報交換の場として、S−NETは大変大きな役割を御陵高校にもたらしているが、逆に、平時では誰も見せないような裏の顔を、S−NETで垣間見せている。その手の犯罪も多く、最近では匿名性が高い事が逆に問題になっているほどだ。
 真理にS−NETの事を説明し、昨日は解散した。
 今日から本格的な調査になると杏子は言っていた。彼女のあの元気の源が一体何なのか、俺には分からないが、プール掃除の代わりに手伝う事になってしまったので、事件解決まで全力を尽くすだけだった。
 そう言えば、帰り際に真理が気になる事を呟いていた。
「御厨杏子か。……父親同様、色々とめんどくさい事を抱えていそうだな」
 そうぼやいた真理は、めんどくさいという言葉とは裏腹に、憂いを秘めた表情だった。事件も御厨杏子も、一筋縄ではいかないと言う事なのだろうか。
(つづく)
(初出:2012年09月)
登録日:2012年09月01日 14時30分

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