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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(10)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
遺伝子の異常により12歳程度で体の成長が止まったハル。セリトに対する憎悪の念はどこからきたのか。利用される子供たち。原子葬とユノの手術の真相が明かされる。
 ハル(一)

 俺は、手の震えを自覚した。
 本来なら、こんなみっともない姿を見せるはずではなかった。それなのに。
 その傷痕を目にした瞬間、全身の筋肉が硬直したかのように、それ以上動くことができなくなってしまったのだ。
 何とか震えを追い払おうと強く拳を握りしめ、もう一度ユノに向かおうとしたが――どうしてもできなかった。
「……ハル?」
 裸に剥かれたユノが、俺の下から気遣わしげな声をかけてくる。まったく、情けない話ではないか。押し倒した相手に心配されるなんて。
 しかし、どう取り繕おうとしても、行為を続けることは不可能なようだった。何しろ、それを目にしただけで、体が震えて縮こまってしまったのだから。
(――わたしの罪の痕)
 生前、エリサはそう呼んでいた。ユノの双子の妹から摘出した子宮を移植した、違法な手術。それは法に触れるだけでなく、人の道にも反していた。
 人として守るべきすべてのものに背いたのは、決してエリサの意思ではなかった。それなのに――馬鹿な大人たちは、汚いことをエリサに押しつけて、身動きできなくなるほどの重荷を背負わせたのだ。だからエリサは……。
 急に強い眩暈が襲ってきた。無意識のうちに、俺の手は自分の胸を押さえていた。いつの間にか動悸が激しくなっていたのだ。眩暈も息苦しさも、この早鐘を打つような心臓の鼓動のせいだろう。だが、俺はそんな姿を見せまいと、深く吸って息を整える。
「……早く服を着て家に帰れ」
 手では胸を押さえたまま、俺は短くそう伝えた。震えや眩暈を覚られないよう、うつむいたままベッドからゆっくり降りる。もうこれ以上、エリサの残した痕に向かい合うことはできなかった。だから俺は、そこから目を背けたのだ。
「ハル……」
 ベッドの上で上体を起こしたユノが、ためらうような声で俺を呼んだ。反射的に顔を上げた俺と、視線がぶつかる。
 かすかに濡れた睫毛が、瞳に濃い影を生む。まだまだ子供だと思っていたのに、艶すら感じさせるその眼差しは、成熟した女特有のものだった。
 いつの間にこれほど成長していたのだろう。
 いや、ユノだけではない。いつだって人は俺を追い抜いてしまう。時間の流れから切り離された俺だけを残して。
「婚約解消したければ勝手にしろ。それが本望だろう」
 吐き捨てるようにそう告げるとユノは一瞬、身を強ばらせ、そしておずおずと尋ねてきた。
「……もう、聞いたの?」
 何が、と問うとユノは目を伏せる。いったい何のことだ。重ねて問おうと口を開きかけたところで、ユノが先に言葉をついだ。
「わたしには子供が産めないって……だからもう必要ないんでしょう?」
 いつもは勝気なお嬢様らしくふるまっているユノの瞳が、この時は光をなくしていた。虚ろげに向けてくる視線を振り払うように、俺は首を小さく振った。
「そう思うなら、それでいい」
 それだけ言うと、俺は足早に部屋を出た。古びた病室の扉が、二人の距離を断ち切るように重く軋む音を響かせて、閉まった。


 意地の悪い答えであることは、充分に承知している。何しろ俺は、伝えるべきことを何一つ語らなかったのだから。
 ――子供が産めないことなど関係ない。
 そう言ってやれば、どれだけユノが救われるか。それを知っていながら、俺はあえて言わなかった。
 たとえ移植した子宮が完全に機能したとしても、ユノとの間に子供は決して生まれないだろう。なぜなら、この俺にこそ欠陥があるからだ。
 十二歳程度の未成熟な体だからというだけではない。たとえこのまま育ったとしても、俺には子供を作る能力が欠けているのだ。
 だから、俺とユノとの婚姻は、両家の血を絶やさないためのものではない。それは互いが裏切らないよう、監視するための措置だったのだ。



 ハル(二)

「原子葬の認可が下りたそうです」
 開発部からその報告を受けたあの時、俺はほっと胸を撫で下ろした。いくら入念に準備したところで、認可が下りなければ計画は白紙に戻ってしまうからだ。もちろん、我が一族のことだから、裏から当局に手を回しただろうが。
 原子葬という新ビジネスの立ち上げに際し、俺は技術面での担当を任されていた。十二歳で大学に入ってから、量子力学の分野で頭角を現していた俺は、グループの開発部門における顧問のような立場だった。実際には研究室に属していても、収入の大半は開発部からのものだった。
 もちろん、俺の名前は表に出ない。一族は、子供の姿をした俺が表舞台に出ることを極力嫌っていたからだ。それでも俺を主担にしてまで開発に心血を注いだのは、これが一つの犯罪を隠蔽する工作に欠かせないものだったからだ。だから、口外される心配のない一族の人間を担当に据えたのだ。
「それにしても、新たな葬祭方法を生み出すなんてさすがですね」
 映話画面の向こうで、開発部の男が感嘆するような声を上げた。どうやらその言葉は単なる追従ではなく、素直に俺を誉めているらしかった。
 知らないというのは実に幸せなことだ。そう思った時の俺は、皮肉な笑みを浮かべていただろう。
「貪欲な獣は飽きることを知らず、神の領域にまで手を伸ばし始めたのさ」
「そんな、獣だなんて……!」
 男は目を剥いて絶句してしまった。まさかそんな言葉が返ってくるとは思ってもいなかったのだろう。いかにも呑気な面を眺めていると、俺はつい冷水のような台詞を浴びせたくなってくる。
 知らないだろう、おまえたちは。陰でどんな汚いことが行われているかなど。
 原子葬は、ただの新ビジネスなどではない。リノを極秘で処分するために始められたのだ。本来なら、炉さえ確保できれば、わざわざ葬祭ビジネスに転化する必要などなかった。だが、一族は怯えたのだ。また、ユノとリノのような子供が生まれるかもしれない。その時、世間に知られずに処分する手段が必要だ、と――。
 一族にとって、俺の存在は非常にありがたかっただろう。生まれた時は、遺伝子に欠陥が見つかって厭われたものだったが、そのうち人並外れた知能を持つとわかると、まさに手の裏を返すように態度を翻した。何しろ、たとえばこんな一族の汚点を隠す時など、外部の人間に漏らさずに計画を進めてくれる優秀な人材を手に入れたのだから。
 それはエリサも同様だった。医療部門で今後、辣腕を振るうであろうエリサを、一族は厚く遇した。とにかくまともで健全な人間の少ない時代なのだ。何か不都合なことがあっても、一族の者が医者ならば遠慮や警戒をする必要がない。だからユノの場合のような、違法手術に立ち会わされるはめになったのだ。


「こんなこと……許されるべきじゃないわ」
 エリサは最後まで首を縦に振らなかった。
 しかしユノの家から多額の援助を受け、すべては動き出していた。たとえ一族の人間とはいえ、エリサ一人が反対したところで計画が頓挫するはずもなかった。
「もしエリサが拒否しても、誰か代わりの人間が受け持つことになるだろうな。それに執刀は院長自ら行うんだろう?」
 冷たい台詞だとは自覚していても、割り切れずにいるエリサをなだめようと、俺はそう告げた。
「そうね……それはわかってる。急に私が担当から外れたりしたら、ユノちゃんも不安がるってこともね」
 まるで自分に言い聞かせるように、エリサは青ざめたままの顔で溜息をつき、そしてゆっくりと首をめぐらした。
「ハルは、この件に関して賛成なの?」
「反対する余地がない。いまさら言っても仕方ないだろう」
「仕方ない、か……。リノちゃんの命も、その一言で片付けられるのね」
「リノは……あのままなら生まれたと同時に死んでいたはずなんだ。脳死移植は合法的に認められている。その脳死状態を長引かせているだけだ」
「それが十年も? ユノちゃんが手術に耐えられる歳になるまで待つために、そこまで命を弄んでもいいの?」
 わかっている。エリサの言いたいことなど。
 それでもここは、あえて冷徹にふるまうことで、エリサの迷いを断ち切ってやろうと俺は思っていた。そのやり方が間違っていたと気づいたのは、何もかもが終わった後だったのだ。
「リノの脳は四か月の胎児と同じだ。四か月なら堕胎しても殺人ではない。つまり、まだ人間と認められていないんだ」
 そんなものはただの言い訳だと、俺でもそのくらいわかっていた。だが、そうとでも言わなければ、前に進むことはできなかったのだ。つまり、人の形をしていても、まだ人になっていない、と――そういう解釈のもとで、今回の計画は立てられた。たとえこのことが明るみに出ても、そう弁明することで殺人罪だけは逃れようとしているのだ。
「……矛盾してるわね。臓器だけは人間のものとして移植する。だけど脳が未成熟だからと、存在そのものは人間と認めない。こんな勝手が、神ならぬ人に許されるのかしら」
「エリサ……」
「わかってるわ……わかってるのよ……! どうせくだらない感傷だって言うんでしょう!? それでも……」
 叫ぶエリサの肩は小刻みに震えていた。今にも泣き出しそうな瞳を向けて、エリサは抑え込んでいた感情を吐き出した。
「それでも……せめて私だけでもこの子を人として認めてあげたいのよ。臓器を抜き取ることしか誰も考えなかった、この子のことを……」
 その時、俺たちの目の前には、リノの入った水槽があった。普段は厳重に施錠している旧棟の一室。そこには無数の管に繋がれ、ただ人の手で生かされているだけの少女が眠っていた。これから完全な「女」にさせられようとしている姉と、同じ顔をして。
 唇を引き結んだまま水槽を見つめていたエリサは、やがて思いを振り切ったように、俺の方を振り向いた。
「――医師として、手術は万全を期すわ。それだけ伝えてちょうだい」
 毅然と上げた顔に、もう迷いの色はなかった。
 その痛ましげな表情に、ずきりと胸が痛んだ。跳ね上がる心臓を叱咤するるように、俺は胸の辺りを強く押さえ込んだ。
 痛ましげなエリサの顔が頭から離れず、つい失念してしまったのだろう。俺はリノの部屋に鍵をかけ忘れていたのだ。そのことに気づいて戻ってきた時、そこには人影があった。
 隠し続けてきた秘密のドアは、すでに開かれてしまった。暴いた少女は、その幼い顔に驚愕の色を貼りつけていた……。
(つづく)
(初出:2015年09月08日)
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登録日:2015年09月08日 17時13分
タグ : 手術

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