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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(13)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
レイが家にやってきたときのことを思い出すセリト。ゴミ屋敷と化していた家を片付け、喫茶店を始めるきっかけを与えてくれたレイ。そんなとき、ユノが白葬の箱と一緒に失踪する。
 セリト(二)

「あなたが……僕の叔父さんですか?」
 初めてレイと顔を合わせた日、真っ先に発せられたのがこの一言だった。
 大きな目をさらに大きく見開いて、レイはまじまじと私を見つめていた。恐らく、それは疑念に満ちた視線だったのだろう。
 何しろ、私の家はとても人の住める状態ではなかった。ろくに飲めもしないくせに片っ端から開けた酒瓶やら、脱ぎ散らかした衣類やらで、床一面が埋められていた。言ってみれば、ゴミ屋敷である。気づかないうちに、未知なる生物もここかしこに発生していたかもしれない。
 だが、当時の私はそれらを片づける気になれなかった。ゴミの山に囲まれたまま、レイの言葉を聞きながら、私は黙々と白い箱を作っていた。そう、それは死者の体を完全に土に還すための、白葬用の箱。その頃はかろうじて定期的な需要もあったため、わずかな生活費を得るために白い箱をただひたすら作り続けていたのだ。
 レイの目に、私はただの異常者としか映らなかっただろう。よくも逃げ出さず、ここに残ったものだと改めて思う。もちろん他に行き場がなかったというのが最大の理由だとは思うが。
 レイが綺麗に片づけてくれたお蔭で、今ではこうして人間らしい生活が送られている。レイが店の体裁を整えてくれたから、白葬が廃れた今でもかろうじて生活費を得ることができている。レイがいなければ、私はとっくに土に還っていただろう。半ば足を突っ込みかけていた私を、何とかこの世に繋ぎ止めたのは、レイの細い腕だったのだ。

「セリトさんって意外な才能を持ってたんですね」
 私が今の仕事を始めるきっかけになったのは、レイのその一言だった。
 家事に属するほぼすべてのことを完璧にやってくれたお礼として、私はお茶を一杯淹れた。その味を、どうやらレイはいたく気に入ったようだった。
 その時に出したのは、白牡丹の茶葉を使った白茶。渋みが少なく、まろやかで飲みやすいだろうと思ったのだが、予想以上の反応だった。
「セリトさん、どうせなら喫茶店でも開いたらどうですか? これだけおいしいなら、きっと評判になりますよ」
 それほどおいしいものだろうかと、自分でも改めて飲んでみたが、いつもと大した違いは感じられなかった。茶葉も、さして高級品でもない。
 それがたまたまレイの口に合っただけだったのかもしれない。だが、だらしない大人の姿に失望していたレイが、たった一杯のお茶で目を輝かすのを見て、私の心も揺り動かされた。
 自分の殻に閉じこもり、来る日も来る日も遺骨を詰める箱を作り続けていた私の奥底で、何かが溶け出してゆくのを感じた。雪と氷に閉ざされた厳寒の荒地に、春の日差しがにわかに降り注ぐように。
 もしかしたら、ただのお世辞に過ぎなかったのかもしれない。それでも、私はレイの言葉に乗じて、茶屋を始めることにした。過去と向き合うだけの日々を過ごしていた私が、初めてベクトルを未来へ向けることができたのだ。
 レイは、私に再び命を吹き込んでくれた。
 では私は、レイに何をしてやれるだろう?
 二人で暮らし始めてから三年間、どれだけ考えても答えは出ない。私は、誰かに与えられるようなものを何一つ持っていないのだと、改めて思い知らされる。

『未成年中間性の性別取得期限のお知らせ』

 無味乾燥な文字を連ねた通知が届いたのは、ちょうど一年前のこと。
 レイが性別を持たない中間性であることは、引き取る前にあらかじめ聞いていた。しかしレイが少年でも少女でもなくても、日常生活にはまったく問題はなかった。男として生まれ落ちた私自身に、人間として問題がありすぎたので、そんなことすら忘れて過ごしていた。
 そんなある日、一通の文書が冷たい現実を突きつけた。
 中間性と呼ばれる者は、十八才の誕生日までに男か女か、そのどちらかの性別を選ばなければならない。
 この取得期限通知は、まだ戸籍に性別を登録していないすべての十七歳の中間性に送られる。一年後の誕生日までに性別を登録することが法律上、定められているからだ。
 それでも、レイはこの通知が来てからほぼ一年、沈黙を保っている。その理由も、決断の中身も、私は何も聞かされていない。
 それもいいだろう。
 私からレイに言えることなど何一つない。むしろ、私が余計な口出しをすべきではないと思っている。
 だから、レイ。
 私に合わせようとしなくていい。
 自ら未来を閉ざした私とともに生きる必要などないのだから。

     ※

 全身に鉛を溶かし込んだかのような重さに、私は起こしかけた体を再びベッドに落としてしまった。少し眠ったはずなのに、思考は靄がかかったように鈍い。頭を冷やそうと薬の力を借りて眠ったのがいけなかったのかもしれない。
 大きく息をつきながら店へ下りてくると、レイがなぜか複雑な表情を向けてきた。いつも冷静なレイにしては実に珍しいことだ。少し嫌な予感を胸に抱きながら、私は訊ねた。
「おはよう、レイ。明かりもつけずにいるなんて、珍しいじゃないか」
 直射日光を避けるため、店内の窓ガラスはすべて遮光シートとブラインドで覆われている。だから日中でも照明を落とすと薄暗くなってしまうのだが、今日のレイは営業時間中だというのに、明かりを消したままだったのだ。
「ユノが……いなくなったんです」
 一人の少女の名が痛みの記憶を呼び起こし、一瞬私は息を呑む。
「……ユノちゃんが? 昼間だし、どこかへ出かけたんじゃないのかい?」
「あの大きな荷物を持ってですか?」
 レイが家中を探し回った結果、どうやらユノは、家出の荷物を詰め込んだボストンバッグごと姿を消してしまったらしい。ハルがこの家に乗り込んできた時に彼女はいなかったから、私が眠っている間に荷物を取りに来たのだろう。
「まあ、彼女も家があるんだし、そろそろ帰ったんじゃないのかな」
 私は、努めて軽い口調でそう答えた。
 ユノとハルとの間に横たわるわだかまりは、決して消えることはない。そうである以上、ユノがあっさりと帰宅するとは考えにくい。
 ハルに居場所を知られたから、どこか別の場所へ移ったのだろうか。
 それが一番自然な考えなのかもしれない。しかし一方で、そんな単純なことではないという予感が次第に押し寄せてくる。何より私に向けてくるレイの表情が、事態の深刻さを示している。
「鉢が……ないんです」
 レイが切り出した言葉に、私は思わず聞き返してしまった。
「……え?」
「あの、スノードロップを植えていた白葬の箱。あれがユノの荷物と一緒に消えているんです……!」
 スノードロップを植えた、白い箱。それはエリサたちの墓標でもある。
 しかし、ユノはその意味を知らないはずだ。確かに彼女は、あの花に隠された意味を察してはいたが、さすがに何が埋められているかまでは知りようがない。
 それなのに、なぜ。
(――わたしが死んだら、白葬にしてほしいわ)
 少女のこぼしたつぶやきを、私は不意に思い出す。
 彼女は何をしようとしている?
 彼女は何を求めている?
 ああ、まただ。私はいつだってわからない。一人の女性が何を思っているのか、いつだって見誤って、取り返しのつかない過ちを犯す。
 ――またしても。
 私は誤るのだろうか。彼女が救おうとした少女を正しく導いてやることもできずに――。
「探しに行きましょう、セリトさん」
 レイの緊迫した声が、私を現実に引き戻した。この上、レイにまで心配をかけさせてはいけない。一つうなずいて、私は着替えるために再び自室に戻った。
(つづく)
(初出:2015年10月15日)
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登録日:2015年10月15日 17時38分

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