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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(15)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
間一髪、助け出されたユノは病院のベッドで目を冷ました。彼女をそこまで追い込んでしまった罪と、苛烈なハルの想い。すれ違う各者の行く末やいかに。
 セリト(四)

 その病院に足を踏み入れるのは、かなり気が重かった。
 ここはハルの一族が経営する総合病院。そしてエリサがかつて勤め、深く傷ついた場所でもある。私が連絡を入れたのは、ユノの主治医のいるこの病院だったのだ。
 幸いにもユノは、すぐに胃の洗浄をしたお陰で、命に別条はなかった。もともと彼女に処方されていた睡眠薬は、通常よりも低量に抑えられていたらしい。だから大量に飲んでも、大事には至らなかったのだ。
 そして、ベッドのそばで彼女の回復を待っていると、やがて二つの瞼がゆっくりと持ち上げられた。
「ん……セリト…さん……?」
 開口一番に呼ばれたのは、彼女をのぞき込んでいた私の名だった。
 重い瞼を手でこすり、辺りを見回して、彼女はようやく自分の置かれた立場を理解したようだ。
「わたし……生きちゃったのね。せっかくいい案をひらめいたと思ったのに」
 ユノの言う「いい案」とは、もちろん自殺の方法のことだ。まったくもって不謹慎な言いようだが、実はそこに導いたのは私だったのだ。
「あの時の通話を聞いて、思いついたんだね?」
 私の問いに、ユノは黙ったまま頷いた。
 そう、私は火葬屋の親爺から、今日の二時の火葬に間に合うよう、白葬の箱を用意してくれと頼まれていた。その時の会話を、ちょうど居合わせた彼女は聞いていたのだ。
 そしてまた、白葬を希望する場合、火にくべる棺は釘で蓋を打ちつけないということも知ってしまった。だからこそ、こんな行動に出たのだろう。
 なんとユノは、遺族のような顔をしてこの火葬場に入り込むと、安置室に置かれた棺の中から遺体を引っ張り出し、代わりに自分が入ってしまったのだ。
 その不幸な遺体は、白布をかけられた祭壇の下から発見された。まったくもって罰当たりな話である。
 担架で運ばれる彼女を追って火葬場を出て行こうとした時、親爺はたいそう怒っていた。無理もない話だ。まして本来の依頼主である遺族にしてみれば、迷惑以外の何物でもない。だが、どうせ後日に、口止め料を含んだ大金が振り込まれることだろう。金がすべてではないが、今回はそれで我慢してもらうよりない。
「それにしたって……生きたまま火に焼かれるつもりだったのか? そんなこと――」
 不意に横から割り込んできたのは、レイだった。とても黙ってはいられなかったのだろう。彼女の行動はあまりにも常軌を逸している。しかし、口を挟んだものの、それ以上は何を言ってよいのかわからなくなってしまったようだ。
 すると、言い淀むレイの代わりに、うつむいたままのユノが口を開いた。
「こんな体、どうなったって構わないのよ。私の罪もろとも焼いて灰にしてしまわないと……」
「な、何てこと言うんだ――」
「あなたにはわからない!」
 反論しようとするレイを、ユノは一喝して封じ込めた。さっきまで大量の薬で昏睡していたとは思えないほどの剣幕だった。
「あなたも見たでしょう。私の体には、罪の証がはっきりと残ってる。私は人殺しよ。エリサさんと、その子供と、そして自分の妹を殺したの。それだけの命を犠牲にして、これ以上のうのうと生きていくことなんてできない……!」
 ユノはそう吐き出した。小さな肩を落とし、閉じ込めていた思いをぶちまけた、その時。
「――わかったような口をきくな」
 不快げな声が、病室に響いた。
 声の主は、振り返らなくてもわかる。ベッドから少し離れてたたずんでいたハルだ。
 彼の元にも、当然連絡が入ったのだろう。だが、その厳しい表情は、探していた婚約者に会えた喜びや、無事を知った安堵とは程遠いものだった。
「おまえは何もわかっていない。それでいて、こんな突飛な行動に出るのだから、手に負えん」
 カツ、カツ、と硬い靴音を鳴らしながら、ハルは一歩ずつベッドに近づいてくる。小さな体にはおよそ不釣り合いな、鋭い視線を向けたまま。
「な、何よ……わたしが何をわかってないって言うのよ……!」
「おまえは逃げているだけだ」
 怯えたように口ごもるユノに、ハルは一言で断じる。
「おまえは、エリサたちの命の重みに耐え兼ねて、逃げ出そうとしているだけだ。それだけの命をもらっておきながら、簡単に捨てるつもりなのか!?」
 そう問い詰めるハルの目は、怒りに燃えていた。いつもはどれだけ不機嫌でも、冷たく凍った視線を浴びせるだけの彼にしては、珍しいことだ。それだけ、今は心底腹を立てているのだろう。
 だが当のユノは、ハルの視線を真正面から受け止めようとしなかった。
「すぐにそうやって……」
 彼女は眼をそらし、ふうと小さく息をつく。
「……あなたの頭の中は、いつもエリサさんのことでいっぱいなのね。わたしが命を捨てるのが許せないのも、エリサさんの命を無駄にすることが気に入らないだけで、わたし自体は別にどうでもいいのよね」
「何……?」
「あなたがわたしを嫌ってることくらい、よくわかってるわ。わたしがエリサさんを殺したから……だからわたしを許せないんでしょう?」
 問いかけるユノの顔は青ざめ、手は小刻みに震えている。このままでは、また倒れてしまうのではないか――そう思うほど。
「そんなにわたしが憎いんだったら、あのまま死なせてくれればよかったのに……そこまで痛めつけなければ気が済まないほど、わたしが憎いの……!?」
 ユノがすべてを吐き出すと、病室は恐ろしいほどの静寂に満たされた。彼女の荒い息づかいだけが聞こえる室内に、数拍おいて重い声が響いた。
「――おまえは何もわかっていない」
 ハルの両目に燃え盛っていた炎は、すでに消えていた。氷のような冷たさをたたえた瞳で、彼は告げた。
「残された者の痛みも、失うことの恐怖も、おまえは知らない」
 それだけ言い置いて、彼は踵を返した。
 硬い靴音が遠ざかると、室内は再び沈黙に覆われる――そのはずだった。
 予想に反し、完全な静寂を阻んだのは、小さな嗚咽だった。
「ユノちゃん……」
 肩を震わせ、静かに泣いていたのは彼女だった。
「……わたしは、どうすればいいの? どうすればよかったの……?」
 ユノは、うるんだ瞳を向けてくる。これが彼女の見せる初めての涙だ。多分に強がりもあっただろうが、彼女は今日まで一度だって泣き顔を見せたことがなかった。だが、もう張りつめていた涙腺も限界を超えてしまったのだろう。
 思えば、彼女の身命は常に他人に翻弄されてきた。生まれ落ちた時から、双子の妹の命を奪うことを決定づけられ、望みもしない手術の後は、子供を産むという目的のためだけに婚約させられたのだ。
 その真実を知ったのは、つい先日のこと。
 まだ十八歳。すべてを受け入れるには辛い年頃だろう。だが、それでも彼女は選ばなければならない。自らが進むべき道を。
「ユノちゃんは、どうしたい?」
 そう訊ねると、彼女はまるで親を求める子供のように、私に向けて手を伸ばしてきた。絶望の淵に追いやられていた彼女にとって、それは反射的な行動に過ぎなかったのかもしれない。
 だが、私はしがみつこうとするその手を、ついとかわした。
「ごめん、ユノちゃん。私の胸を貸してあげることはできない。それは私の役目ではないからね」
 今、ここで私が慰めてやることは難しくない。しかし、それではいけないのだ。彼女にとって、本当の救いを私は与えてやることはできないのだから。
 すると、彼女はかわされて虚空をつかんだ手を膝の上に落とすと、ぽつりとつぶやいた。
「どうせ婚約は解消よ……結婚したって、両家にとって何のメリットもないもの」
 両家のメリットが本当にゼロになるのかどうか、それは私にはわからない。しかし、さっきのハルの口ぶりでは、このまま婚約解消するだろうと思われる。あいつはそういう奴だ。しかし。
「君はそれでいいのかい?」
 私の言葉にユノは、はっとしたように顔を上げる。その瞳にはもう涙はなく、ただ驚きの色だけをたたえていた。
「ハルは一度、大切な人を失っている。その痛みを、君はもう一度与えるつもりかい?」
 それだけ言うと、私は一人彼女を残し、病室を後にした。背後から、慌てて私に続くレイの足音と、重い扉の閉まる音が響いた。
(つづく)
(初出:2015年11月26日)
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登録日:2015年11月26日 10時33分

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