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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(2)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
僕が居候しているセリトさんのカフェに転がり込んできたユノ。政略結婚をいやがって家出したユノなのだが、どうしてわざわざセリトさんのところに来たのだろうか?
 レイ(二)

 ユノの家は、いわゆる名士(セレブリティ)というやつである。全国的に事業を展開している財閥の分家だとかで、親類縁者にも政界財界のお偉いさんがわんさかいるらしい。そんな家のお嬢様が、家出なんかしても大丈夫なのだろうか。いや、それだけでなく、このちっぽけな財政難の家にやってきたりして、後々面倒なことに巻き込まれたりしないだろうか。そのことが僕の一番の気がかりだった。
 ユノのことをもう少し話そう。
 彼女は高校卒業と同時に結婚することになっている。相手は九歳上で、最近急成長している企業の若き役員だそうだ。しかも、婚約したのは六年も前だとか。相手が幼女嗜好だったというより、政略結婚と考えたほうが妥当だろう。今の時代でも、上のほうの世界ではそんなことが行われているのかと、つい感心してしまう。
 以上が、僕の知っているユノのプライベートに関する情報のすべてである。同級生で、ほぼ毎日店に通ってくるからと言って、さほど詳しいわけではない。ユノの夫になる人の名前も顔も、僕はよく知らないのだ。
 ユノが家出してきたのは、やはりその婚約者と何かあったせいだろうと思う。僕が訊いた時も、彼女は否定しなかった。
 だが同時に、彼女が理由を話すはずもないと僕は知っている。少なくとも、僕に対して自ら説明することはないだろう。彼女がこの店に来るのは、僕ではなくセリトさん目当てなのだから。そこまで考えた時に僕は、はたと気がついた。
「まさか……」
 まさか、彼女が婚約者と何かあったその理由は、セリトさんではないだろうか。
 そんな嫌な予感を振り払うように、僕は洗濯物を干しながら、ぶんぶんと首を激しく左右に振った。
 冗談ではない。やめてくれ。
 セリトさんが現在、半ば世捨て人のような枯れた人生を送っている理由を、僕はほんの少しだけ知っている。セリトさんは自ら話してくれたことはないけれど、三年間も一つ屋根の下で暮らしていれば、気づく機会などいくらでも転がっている。
 だからこそ、僕は嫌な予感がただの思い過ごしであって欲しいと強く願う。頼むから、セリトさんを巻き込まないでくれ、と――


 天気の良い午前中に洗濯物を干し終えたので、僕は買い出しに行くことにした。おおよその家事は午前の内に終えるのが基本である。今日はユノが家出してくるなどという不測の事態が起こって、危うくペースを乱されるところだったが、何とか通常の休日モードに持ち直したようだ。
 しかしここでまた、予定外のことが起きる。
「買い物に出るなら、ユノちゃんも一緒に連れていってくれ」
 セリトさんにそう言われては、断るわけにもいかない。セリトさんにしてみれば、ユノのおもりを僕に押しつけたというところだろう。店番をさせるわけにもいかないし、またずっと相手をしてやることもできない。それで、僕と一緒に外へ出させたのだ。
「ちょっと、レイ。買い物に何軒回るつもりなのよ?」
 ドラッグストアを二軒、スーパーマーケットを三軒回ったところで、ユノはとうとう音を上げた。
 僕もユノも、両手に買い物袋をぶらさげた状態である。しかも、中から食材や生活雑貨がはみ出しているのだから、誰が見てもデート中のカップルとは思わないだろう。さらにユノがぶうぶうと文句を垂れるため、道行く人たちもやや奇異な目を向けてくる。
「おんなじような店ばっかり回ってどうするのよ。玉子なんて、どこのスーパーにも売ってるじゃない。何で一軒でまとめて買わないのよ」
「物は同じでも、質や値段は違うんだよ。トイレットペーパーは駅前のドラッグストアがこの辺じゃ一番安いし、うちで飲む低脂肪乳はさっきのスーパーでしか売ってないんだ。それに玉子は最後に買えば、割れる心配が少しは減るだろう?」
「もしかして……この辺の店で売ってる物の値段とか、いちいち全部覚えてるの……?」
「そりゃ全部暗記するわけにもいかないけど、必要なものはだいたい覚えてるよ。あと、店によって特徴も違うしね。ここは魚がうまいけど、冷凍食品の品揃えがイマイチだったりするし。だから一軒だけ回っただけじゃ、満足な買い物はできないってわけさ」
 そう説明してやると、ユノは大きく息をついた。
「なるほどねえ……レイの学年トップの記憶力がどうやって鍛えられてるのか、わかった気がするわ。わたしも主婦になったら、少しは脳が活性化するかしら」
「ちょっと待て。僕は今現在も主婦じゃないぞ」
「充分名乗れるわよ、大丈夫」
「何が大丈夫だ、何が」
 人生これからの高校生を主婦扱いするとは何事だ。家事をするのは、とてもセリトさんには任せられないからであって、好きで所帯じみたわけではない。
 まあしかし、たとえユノが無事結婚したとしても、彼女がスーパーを何軒も梯子して値札とにらめっこすることはないだろう。彼女は生まれつきのお嬢様で、それが奥様になっても生活レベルは変わらない。家計のやりくりに頭を悩ますことなどないはずだ。
 人通りの多い交差点を渡りながら、僕はちらりとユノを見やる。腰まで届く長い黒髪を翻し、颯爽と歩く姿は人ごみの中でも特に際立っている。単に美人と表現するのは正確ではない。彼女は人の目を引く――すなわち人を惹きつけるような何かを持っているのだ。だから大勢の人々の中でも、すぐにその姿を見つけることができる。
「ちょっとレイ、何してるのよ? 早くしないと信号、赤くなるわよ」
 少し離れて後ろを歩いていた僕を、交差点を渡りきったユノが振り返った。
 その切れ長の瞳は、決して有無を言わせないほどの力を持っている。僕は仕方なくうなずいて、立ち止まって待つ彼女の元へと、交差点を駆け足で渡った。本当は向こうが押しかけてきた居候で、こちらが置いてやる家の住人だなんて、誰が信じるだろうか。


 翌日、僕は普段通り登校し、ユノは学校を休んだ。
「家出の次は不登校かよ」
 絶対に行かないと言い張るユノに向かって出がけにそう言うと、彼女は頬を膨らませた。
「当たり前でしょ。どうせ学校まで手が回ってるもの。登校なんてしたら、校門前で捕まって家に強制送還されるに決まってるわよ」
 そう返されては、これ以上何も言うことはできない。そうだ、ユノの実家は普通ではないのだ。親が出てきて家出娘の頬を引っぱたく程度では済まないだろう。
 ましてやこれが原因で破談になどなったら――そしてこの家に匿われていたことがばれたら、どんな事態を招くか想像するだけでも恐ろしい。少なくとも、店が夜明けを待たずしてつぶれることは間違いないだろう。
 仕方なく、僕は一人で登校することにした。休日よりも早起きの僕をセリトさんがまともに見送ったことは一度もない。低血圧で特に朝は脳みそが動いていないセリトさんのため、いつものように作りおいた朝食をテーブルに用意して、家を出た。


「おいレイ、聞いたか? ユノの奴、家出したんだってよ」
 教室に入るなり、耳に入った第一声がそれだった。クラスの男どもは、どうやらその話題で朝から盛り上がっていたらしい。三人分の朝食を作っていたせいで登校がやや遅れた僕は、その話の輪に加わるのは後のほうになったのだ。――とはいえ、いまさら聞くまでもない内容ではあるが、それは秘密である。
「あいつって卒業後に金持ちと結婚するんじゃなかったのか?」
「親が勝手に決めたって俺は聞いたぞ」
「じゃあそれが嫌で逃げ出したのか? いつの時代の話だよ」
「どうせならさー、式場から誰か花嫁強奪でもしてくれれば面白えんじゃねえの?」
「そうだレイ、おまえやれば?」
 しょうのない会話を聞き流していたところ、とんでもない台詞を投げかけられて、僕は目を丸くする。
「何で僕が……!」
「だっておまえ、ユノと仲いいだろー。放課後や休みもしょっちゅう、おまえんちに入り浸ってるって噂になってるぞ」
 家じゃなくて店だ、店。よりにもよって仲がいいとは何事だ。
「……ユノの目当ては僕じゃなくて、僕の保護者だよ。別に僕と仲がいいわけじゃない。勘違いするなよ」
「まじかよ、おまえの保護者って確か叔父さんなんだろ? 何だあいつ、年上好きなのか? 婚約者だって十歳ぐらい上だっていうしさー」
「オヤジ好きだろ、オヤジ」
「あのな……」
 僕はだんだん頭が痛くなってきた。もともと阿呆なことばかり言う連中だとは思っていたが、ここまで真性の阿呆だったとは。
 しかし、オヤジ呼ばわりされたままではセリトさんも浮かばれない。何とフォローすれば良いだろうかと考えていると、
「おいこら、いつまで遊んでるんだ? 早く席に着けよ受験生ども!」
 いつの間にか始業のベルが鳴っていたらしい。ガラッとやや乱暴にドアを開け、入ってきた担任が大声で叱咤した。
 その声を合図に、皆ばらばらと席に戻る。結局、僕は言い返すタイミングを逸してしまった。せっかくセリトさんの名誉を回復してあげようと思ったのに。
 慌しく教科書を開きながら、僕は悶々とした気持ちを完全に拭い去ることができなかった。
 ユノは本当に、セリトさんに対して特別な感情を抱いているのだろうか?
 だから政略結婚を嫌がって、僕の家に転がり込んできたのだろうか。セリトさんの元で匿ってもらうために。
 だめだ。考えないようにしようとすればするほど、どんどん思考がそちらに向かってしまう。これでは勉強どころの話ではない。お蔭で、数学教師である担任から、机の上に生物の教科書が出たままであることを指摘されるまで気づかなかった。
 本当に、この場にユノがいなくてよかった。もしいれば、後でセリトさんに告げ口されるに決まっているのだから。


 何となくぼんやりとしている内に、一日のすべての授業は過ぎ去ってしまった。毎日がこんなふうだったら、苦痛を感じている暇もないだろうな、と少し後ろ向きな思考にとらわれていたところ、
「お、ちょうどいいところにいた」
 と、教室に入ってきたのは担任だった。運の悪いことに、室内に残っているのは僕一人しかいない。ぼんやりの代償は思いのほか大きかったようだ。
「なあ、レイ。考え直してくれないか」
 まるで親友のように親しげに肩をたたいて、担任は僕の説得にかかる。まったく、面倒なことになった。ぼんやりなどしていないで、さっさと家に帰ればよかった。
「考え直す必要はありません。僕の志望する進路は決まってますから。それに、たとえ奨学金をもらったとしても、授業料以外の資金をまかなっていけるだけの余裕がありません。どうせなら奨学金は、もっと意欲のある前途有望な学生に貸し出したほうがいいですよ」
 僕は努めて冷静に答えた。
 一応は地元でそれなりに名の通った進学校である当校は、教師たちの教育熱も平熱より高い。そして特にこの担任は、他の教師たちよりもはるかに高熱を出しているらしい。お蔭でこちらの温度はいっそう冷えてゆくばかりだ。そのうち、暖気と寒気の摩擦で上昇気流が発生するのではないだろうか。
「だが、おまえの希望する進路は他にもあっただろう。俺は覚えてるぞ。入学したばかりの頃、おまえは違う道を目指していたはずだ」
 やはり。この担任の記憶力は僕を凌駕するかもしれない。あの時、ちょっと放った質問を、今でもしつこく覚えていたのだ。
「二年も経てば、考えだって変わりますよ」
「おまえは本当にそれでいいのか!? 人生はいつでもやり直しできるなんてのは、都合のいい幻想だ。一つの選択が、人生を大きく左右することばかりなんだぞ。意固地にならずに、もっと自分の気持ちと正面から向き合って考えろ。おいレイ、聞いてるのか!?」
 もう聞いてなんかいなかった。黙ったまま教科書をバッグに詰め込み、担任に背を向けて教室を後にする。
 僕は特に担任を嫌っているわけではない。ただ、こと進路に関して、辟易しているのも事実だ。そして僕の知らないところで勝手に話して、セリトさんを困らせたことは許しがたい。
 ――できれば、セリトさんには知られたくなかったのに。
(つづく)
(初出:2015年06月21日)
登録日:2015年06月21日 16時03分
タグ : 葬儀 遺伝子 葬式

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