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北見遼
著者:北見遼(きたみりょう)
夢と現をさまよいながら、文章を連ねるさすらいの文字使い。信州産、現在は神奈川で培養中のもやしっ子。活字と美術と歴史をこよなく愛する。治したいのは積読本をためる癖。
小説/SF

葬送のフーガ(3)

[連載 | 連載中 | 全17話] 目次へ
人妻ごっこをする家で娘ユノ。頭を抱えるレイだったが、“白葬”の箱に気が付くユノに、何を知っているのか疑念がわく。そこに意外な客が訪れる。
 レイ(三)

「おかえり、レイ。思いのほか遅かったじゃない。優等生君は寄り道せずにまっすぐ帰ってくるのかと思ってたのに」
 帰宅した僕を出迎えた光景は、ますますげんなりするようなものだった。
「なぁーにを人妻ごっこして遊んでるんだ、この家出娘がっ!」
 怒ることにさえ疲労を覚える。何なんだ、この女は。
「ちょっとー、エプロン着たくらいで人妻呼ばわりするわけ? あんたの固定観念、古すぎるわよ。頭にカビでも生えてるんじゃない?」
「いい加減にしろ!」
 ユノが着ていたのは、フリルとリボンのついた真っ白な、いわゆる「新妻エプロン」だったのだ。よりにもよって、それはないだろう。しかもキッチンに立ってでもいたのか、手にはおたままで持っている。念の入った人妻コスチュームだ。
「どうだ、ユノちゃん結構似合ってるだろう。これなら結婚しても大丈夫だな」
 などと呑気な台詞を吐きつつ現れたのは、残る一人のセリトさんである。
「新妻エプロンが似合えば結婚生活が保証されるわけでもないでしょう! セリトさんまで乗らないでくださいよ!」
 悪乗りするにもほどがある。家出娘をつけ上がらせてどうすると言うのだ。
「別に人妻ごっこしてるわけじゃないわよ。セリトさんから貸してもらっただけなんだからね! あなたこそ妙な想像しないでよ!」
「セリトさんが……?」
 思わずつぶやいて、僕はセリトさんを振り返った。しかしセリトさんは僕の視線に気づかないふりをして、壁の時計に目をやっている。だが、僕はそれ以上の追及をやめた。
 言っておくが、僕はそんなエプロンを着たことなどないし、セリトさんが僕の知らないところでこっそり着ていたとも思えない。となれば、どこからそんなエプロンが出てきたのか――残る選択肢は一つしかない。そのことに気づいて、僕はこの件に関して口を閉ざすことにした。
 代わりに訊いたのは、別のことである。
「それで、いったい何を作ってたんだ? 料理らしいものが見当たらないけど」
「う、うん、ちょっとゆで卵でも作ろうと思って……」
「……ゆで卵は料理じゃないだろ」
 いかにも料理をしたことのない台詞に脱力しながら鍋をのぞき込んだ瞬間、僕は凍りついた。
「おい……ゆで卵だろ? ゆでるんだろう!? 何でこの鍋、水が入ってないんだよ!」
 恐ろしいことに、その鍋には本当に卵しか入っていなかったのだ。水は一滴も見当たらない。いったい何をするつもりだったんだ?
「えっ、だって卵だけあればいいってセリトさんが言ってたのに――」
 水がなければゆでられない。セリトさんも当然そう思って水のことまで言及しなかったのだろうが――それにしても常識がなさすぎる。僕は急激な頭痛と目眩に襲われた。
「もういい……後は僕がやるから、ユノは部屋に戻ってろ。な?」
 このままでは人間の食べられるものは何時間かかっても現れないだろう。新妻ごっこは終了である。
 その後、食卓に並んだのはアサリのクリームシチューに、ゆで卵とホワイトアスパラのサラダという、何やら白々した取り合わせになってしまった。店の名前も含め、もともと白に縁深い家なので、こんなメニューもたまにはいいだろう。
 ゆで卵は、ユノが不完全なまま放置していったのを、まともな形に仕上げたのである。そのユノはと言えば、実においしそうに、臆面もなく夕食を平らげていた。何とも呑気な家出娘だ。
 食べ終えて一呼吸すると、セリトさんはお風呂の掃除のために立ち上がった。一応は我が家も家事は分業制である。とはいえセリトさんが分担するのは、お風呂掃除とゴミ出しという、実害の少ない二つだけなのだが。
 セリトさんが出て行くと、リビングには僕とユノが取り残された。ユノはしょっちゅう店に来るものの、僕とはあまり二人きりになったことがないので、こんな時はどう場を持たせればいいのかわからない。クラスは同じでも、共通の話題には乏しいのだ。
 しばし無言でいると、先にユノの方が口を開いた。
「ねえ……この箱、普通のじゃないわよね?」
 その台詞に、僕はどきりとした。
 ユノが指していたのは、鉢植えの鉢代わりの箱である。一辺二十センチくらいの立方体で、色は白。一見したところは何の変哲もない箱だが――その本来の用途を知れば、誰もが思わず息を呑むだろう。
「これ、もしかして――骨を入れる箱じゃないの?」
 不覚にも息を呑んだのは僕の方だった。
「な、何でそんなこと知ってるんだ……?」
 驚く僕とは対照的に、ユノはなぜだかずいぶん落ち着いていた。
「見たことがあるからよ。それに、あなたの家なら置いてあっても不思議じゃないわ。これは白葬用の箱なんでしょう?」
 そう、これは鉢植えになど使うものではない。焼いた骨を入れ、土に埋めるためのものなのだ。それなのにセリトさんは余っているからと、白葬用の箱に土を入れ、インテリアの一つにしてしまっている。店ではなく家のリビングに置いているだけましだが、普通の人は気味悪がる代物である。
 その箱に植えられているのはスノードロップ。白の愛らしい小さな花が、死者を弔うべき空間から顔を出す姿は、意味を知る者にとっては異様に映る。もちろん、セリトさんはその意味を充分知った上でやっているのだろう。
「……あなたは意味を知ってるの?」
「な、何の?」
 まさか心の声が漏れていたわけではないだろうな。内心、ちょっとぎくりとしながら聞き返すと、ユノはかすかに目を伏せた。長い睫毛の下に瞳の色を隠しながら、彼女は口を開く。
「スノードロップが意味するのは『希望』、そして『再生』よ。つまりこれは、白葬に再生を願っているということでしょう?」
 そうだったのか。
 僕はただ、白い箱に白い花を合わせただけだと思っていた。白に縁のある家だからこそ。しかし、セリトさんは実際にはそんな意味を込めていたのだろうか。
 それにしても、ユノはゆで卵の作り方は知らなくても、白葬や花言葉には詳しいらしい。特に最近ではめっきり廃れてしまった白葬など、名前すら知っている人もまれだというのに。
 そして、知っているといえばもう一つ。
 ユノは、いったい何を知っているのだろうか。――僕の知らない、セリトさんの。
「おいユノ、いったいおまえ――」
 僕が思い切って言いかけたその時、
「……あら、お客様だわ」
 僕たちの間に割って入るように、玄関のチャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だ……?」
 時計を見ると、午後八時を回ったところだった。お店はともかく、住居の方は訪れる人など滅多にいないのが我が家である。しかも夜ともなれば、近所の人が町内会の関係でやってくることもほとんどない。
 首を傾げながらも僕は立ち上がり、玄関に向かった。大変切ないことに、我が家はインターホンが壊れたままなのだ。そしてそれを直す資金も足りないと来ている。普段は大して使わないのでそのまま放置していたのだが、こういう時には直しておくべきだったかと改めて思う。
 玄関に向かう途中、ふとよぎったのは「ユノを連れ戻しに来たのではないか」という疑念だった。家出娘は目下のところ大捜索のターゲットだろう。何しろ名家のお嬢様だ。ここに隠れていることがばれないとも限らない。
 しかしその不安は、ドアの魚眼レンズからのぞいた時に消えてしまった。我が家の玄関前にたたずんでいたのは、見たところ十二、三歳くらいの少年だったのだ。
「いったい何のご用かな?」
 チェーンを外してドアを開け、僕はその少年に訊ねた。だが。
「警戒もせずドアを開けるとは、愚かな子供だな」
 ……僕は何か幻聴を体験したのだろうか。
 何事が起きたのか咄嗟には理解できず、言葉を返すことができなかった。
(い、今、子供に子供って言われたような……)
 僕を子供と称した子供は、呆然とする僕の間抜け面を嘲笑うように鼻を鳴らした。
「人を匿っているという意識はないのか?」
 ――ばれている?
 やはりユノを連れ戻しに来たのか。確かに子供だからと油断していたが、ユノの縁者だったのか。
「も、もしかして君、ユノの弟なのか……?」
 僕の問いかけに対し、少年はいっそう嘲る色を強めた。
「人を見かけで判断するとはな。さすが、あいつが育てただけのことはある」
 それまで圧倒されていた僕は、最後の台詞でようやく我に返った。
「あいつって――セリトさんのことか? 君はいったい何者なんだ!」
 これはただの子供ではない。僕はようやく認識した。
 だが、その答えまでは予測できなかった。
「俺はユノの婚約者だ。――ユノを返してもらおう」
 静かに、彼はそう告げた。


 その招かざる客の発言を、僕はにわかに信じることができなかった。何しろユノの婚約者はずいぶん年上という話だったし、大手グループ企業の役員が、こんな子供とは考えられなかったのだ。
 しかし、呆然とたたずむ僕を押しのけ、ずかずかとリビングに入ってきた彼を見たユノの態度は、それが事実であることを証明した。
「ずいぶん家出生活を満喫しているようだな」
「――ハル!」
 ユノの表情は驚愕に染まっていた。両目は見開かれたまま、瞬きもしない。
「どうしてここが……」
 ユノは、あえぐようにそうつぶやくのがやっとだった。対する彼は、凍りつく婚約者に冷たい微笑を向けた。
「何かあれば、おまえがセリトのところに行くことぐらいわかっていた。だから騒ぎになる前に俺が直接迎えに来たんだ」
 セリトさん、ユノ、この少年――どうやら三者は僕の知らないところでつながっていたらしい。そういえば、彼はさっきも言っていたではないか。セリトさんのことを「あいつ」と。
「そこまで結婚が嫌だったのか? だったら行動ではなく、まずは言葉で示すべきだっただろう。俺はおまえに強要した覚えはないぞ」
 見た目十二歳程度の子供の言葉に、ユノは黙ったままうなだれている。普段のわがままお嬢様ぶりが嘘のようだ。やはり本人が自称する通り、この子供がユノの婚約者なのだろう。
 すると、ユノにハルと呼ばれた少年は、不意に後ろを振り返った。
「――人の婚約者をこんなところに隠して、いったいどういうつもりだ、セリト」
 リビングの戸口には、無言でたたずむセリトさんがいた。風呂掃除を終えたばかりで、あちこち水で濡れたセーターを腕まくりした姿のままである。
「ハルか……思ったより早かったな」
 その第一声から察するに、セリトさんはハルの出現を予期していたらしかった。そしてその台詞に、ハルは明らかに嫌な顔をする。
「当たり前だ。おまえが匿うことぐらい、初めからわかっていた」
「いや、そういうことじゃなく――君が早々に動いたことが意外だったんだ」
「……俺が失踪した婚約者を捜しもしない冷血漢だと言いたいのか」
「そうでないようで良かったと言いたいんだよ。ユノちゃんのためにもね」
 セリトさんの口調はそっけない。どこか突き放すような物言いだ。――こんなセリトさんを、僕は今まで見たことがない。セリトさんはいつも、ぼんやりとゆるい笑みを浮かべているのが似合いなのに。
 歯噛みしながらセリトさんをにらみつけていたハルは、ついと顔を背けると、それまで無言を貫いていたユノの方に視線を向けた。
「さあ帰るぞ。おまえの居場所はここではない。おまえも嫌というほどわかっているだろう」
 拒絶を許さない、鋭い視線。その目つきは確かに十二、三の子供のものではありえなかった。
 ハルはユノに向けて手を伸ばしたが、彼女は小さく首を左右に振った。
「嫌。わたし、戻らないわ」
「わがままを言うな!」
 厳しい叱責の声にも、ユノは決して屈しようとはしなかった。その頑なな態度に腹を立て、ついに彼女の腕を無理やり引っ張ろうとしたところで、制止の声が上がった。
「やめなさい、ハル」
 それは、まるで子供をたしなめるような口調だった。同じことを感じたのだろう、ハルは眉間に深いしわを寄せ、鋭い眼光を放った。
「部外者が口を出すな」
「無理強いしても余計に嫌われるだけだよ。今日のところは出直してくるんだね。彼女も落ち着いてから戻ったほうがいいだろう」
 その言葉に、ハルは冷たい一瞥をユノに向けると、苦々しい表情を浮かべた。
「……今日のところは出直すとしよう」
 実に不本意そうにそう告げると、ハルは踵を返して立ち去った。来た時と同様、尊大そうな足取りで。
 そしてその後ろ姿を見送りながら、僕は一つのことに気がついた。僕が感じたぐらいだから、ユノには当然わかっただろう。
 彼が、一度も婚約者を名前で呼ばなかったということに。
(つづく)
(初出:2015年06月27日)
登録日:2015年06月27日 11時29分
タグ : 葬儀 遺伝子

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